トップ犬のケア犬の歯磨きの仕方

犬の歯磨きの必要性

 犬に歯磨きを行う最大の目的は歯周病の予防です。人間の場合と同様、歯ブラシによって歯の表面をこする以外の方法では予防することが難しいため、飼い主が日常的に犬の口腔ケアを行ってあげる必要があります

歯周病とは?

 歯周病(ししゅうびょう)とは歯を支えている組織に炎症が発生し、様々な障害が引き起こされた状態のことです。歯と歯茎の隙間でバクテリアが繁殖して毒素や代謝産物を作り出し、それを取り除こうとして免疫細胞が集まってくることによって起こります。つまり、外敵(バクテリア)と外敵を排除しようとする味方(免疫システム)の両方によって引き起こされるのです。 【写真元】Consequences of Untreated Dental Disease for Dogs 犬の歯周病は口内バクテリアとそれに対する免疫反応によって引き起こされる

歯磨きしなかった場合

 犬の歯磨きを怠った場合、ほぼ100%の確率で1年以内に歯周病を発症すると考えた方がよいでしょう。
 プードルを対象とした調査では、4歳未満で少なくとも1本の歯に歯周炎が発症している割合は90%、4歳以上では100%に達するとされています(Hoffmann, 1996)。また様々な犬種に属する162頭の犬を対象とした調査では歯周炎の有病率に関し2歳未満では37%、3歳から5歳では55.2%、そして6歳以上では82.3%に達していたとも(Hamp S, 1984)。さらに2014年、「WALTHAM Centre for Pet Nutrition」のチームは、歯周病の発症率が高いとされるミニチュアシュナウザー52頭を対象とした調査を行いました。歯磨きを一切行わない状態で60週間にわたる長期的な観察を行ったところ、30週の時点で最低1本の歯に歯周炎を抱えていた割合が98%、60週の時点で最低12本の歯に初期の歯周炎を抱えていた割合が67%(35頭)に達したそうです(Mark D Marshall, 2014)。
 上記したように適切な歯磨きを行わなかった場合、早ければ半年ほどで最低1本の歯に歯周病が発生し、時間がたつにつれてその数も確実に増えていきます。

歯周病の悪影響

 犬の歯周病を放置すると一体どうなってしまうのでしょうか?局所的と全身的とに分けると以下のような様々な悪影響があります。
局所的な悪影響
犬の歯周病を放置すると外歯瘻や視神経の障害が引き起こされることも
  • 歯の破折・脱落炎症が進行することによって歯周組織が損傷を受けると歯を支えきれなくなります。最も多いのは下あごの犬歯と第一後臼歯で、動物病院で施術中に取れてしまうこともあれば、家で餌を食べているときにぽろっと落ちてしまうこともあります。
  • 歯瘻歯瘻(しろう)とは歯周病が周囲の骨を突き破りトンネルを形成してしまった状態です。鼻腔との間にトンネルができると「口腔鼻腔瘻」、歯槽骨を突き破って皮膚との間にトンネルができると「外歯瘻」などと呼ばれ、目の下にポコッと膿が出てきたりします。
  • 失明上あごにある臼歯の根本によって目の神経周辺の組織が損傷を受けると、最悪のケースでは失明してしまうこともあります。
  • 骨髄炎炎症が歯を支えている骨(歯槽骨)の中にまで侵攻すると、骨の内部にある骨髄で炎症を引き起こして骨髄炎になってしまいます。一度骨髄炎が発症すると抗生物質による治療は効きませんので、外科的に骨を切除しなければなりません。
  • 口腔がん口の中における長期的な炎症が細胞の異常増殖を招き、悪性腫瘍の形成に関係しているのではないかと推測されています。
 人医学の分野では、歯周病によって口の中に集まったバクテリアや免疫細胞から放出されるサイトカイン(インターロイキン-1や6、プロスタグランジンE2、腫瘍壊死因子)が血流に乗って全身に行き渡り、全身性の疾患を引き起こしてる可能性が示されています。「静かなる伝染病」(silent epidemic)とも呼ばれているこの現象は、犬においても起こり得ると考えられています。具体的には以下です。
全身的な悪影響
  • 腎臓病
  • 肝臓病
  • 肺病
  • 心臓病
  • 骨粗しょう症
  • 関節炎
  • 糖尿病

歯周病を見つける方法

 犬の歯周病を見つけるときに最も重要となるのが飼い主による口内チェックです。歯周病以外の病気も視野に入れつつ、具体的には以下のような項目がないかどうかを毎日チェックするようにしましょう。 犬の口の異常・病気
犬の口・歯の異常と病気の関係
 上記したようなさまざまなチェック項目のほか、歯周病にかかった犬がよく見せる行動というものがあります。そのほとんどは口の中の痛みによって引き起こされるものです。飼い主は以下に示すような犬からのSOSにいち早く気づき、対処してあげなければなりません。 犬の歯周病
歯周病でよくある症状
  • よだれが多くなる
  • 食べるのが遅くなる
  • エサを噛まなくなる
  • おもちゃを噛まなくなる
  • 片方の歯ばかり使う
  • 食器や水入れに血がまじる
  • 食べ物をポロポロこぼす
  • 噛まずに丸呑みが増える
  • 不機嫌で攻撃的になる
  • 口を触ろうとすると噛む・暴れる
  • 引きこもる
  • 睡眠リズムが変わる
  • 遊び行動が減る
  • 口をぴちゃぴちゃ鳴らす
  • 唇を頻繁に舐める
  • 舌を出しっぱなしにする
  • 鼻血を出す
  • 前足で口元をしきりにこする
  • 口元の毛が抜け落ちる
犬の歯磨きの仕方トップへ

犬の歯磨きの準備

 犬の歯周病を予防するために歯磨きは欠かせません。しかしいきなり犬の口を開けて歯ブラシを突っ込むと、まず間違いなく逃げ出してしまいます。歯磨きを嫌なイベントとして記憶してしまわないよう、事前の準備をしっかりと終えておきましょう。

犬の歯の基本構造

 人間の歯と犬の歯は数も構造も大きく異なります。歯磨きを行う前に犬の口の中をしっかりイメージできるようにしておきましょう。
犬の歯の名称と機能
犬の歯の種類は門歯、犬歯、臼歯に大別されます
  • 門歯門歯(もんし, incisor)は食物を噛み切る役割を果たします。永久歯は3~5ヶ月目から生え始め、数は上6本+下6本の計12本です。「切歯」と呼ばれることもあります。
  • 犬歯犬歯(けんし, canine)は全歯の中で最も長く、先端が鋭いのが特徴です。食物や獲物を固定する役割を果たします。永久歯が生え始めるのは5~7ヶ月頃で、数は上2本+下2本の計4本です。
  • 前臼歯前臼歯(ぜんきゅうし, premolar)は食物を切ったり固定したりする役割を果たします。平べったいためハサミのように食物を引き裂くのに適しています。第1~第4まであり、生え始めるのはおおよそ4~6ヶ月頃で、数は上8本+下8本の計16本です。
  • 後臼歯後臼歯(こうきゅうし, molar)は人間の奥歯と同様、上面がすりこぎ状になっており、食物をすりつぶすのに適しています。生え始めるのはおおよそ5~7ヶ月頃で、数は上4本+下6本の計10本です。
犬の歯の外面図
犬の臼歯を外側から見た模式図
  • 歯肉歯肉(しにく)とは歯の根元を覆い尽くす上皮組織のことです。「歯茎」と言った場合は、歯肉の中で外側から見える部分を指します。歯と歯肉の境界線は「歯肉縁」(しにくえん)と呼ばれ、ここの溝が深くなると歯周ポケットを形成します。
  • 歯冠歯冠(しかん)は、歯の中で歯茎から外に飛び出している部分のことです。歯肉の上にあることから「歯肉縁上」(しにくえんじょう)と呼ばれます。
  • 歯肉溝歯肉溝(しにくこう)とは、歯冠と歯肉の境目にできる小さな溝のことです。通常は隙間が小さく細菌の侵入などを防いでくれますが、炎症などでこの溝が深くなってしまうと、食べかすなどがたまりやすくなり「歯周ポケット」と呼ばれるようになります。

犬の歯磨きの頻度

 過去に行われた膨大な数の調査により、犬の歯磨きの理想的な頻度は1日1回であることが判明しています。これは歯周病の原因である歯垢が、食事からわずか24時間で形成されてしまうためです。
歯周病の発生過程
歯周病を招く菌膜・歯垢・歯石の模式図
  • 菌膜菌膜(きんまく, ペリクル, エナメル薄膜)とは、歯を磨いた直後から歯の表面に形成される薄い膜のことです。時間がたつにつれて細菌成分が加わるようになり歯垢の土台となります。
  • 歯垢歯垢(しこう, プラーク)とは細菌コロニーと唾液に含まれる成分によって形成されるネバネバした塊のことです。菌膜が歯の表面に付着してから約24時間で形成されます。
  • 歯石歯石(しせき, ターター)とは歯垢とカルシウムやリン酸塩が結合し、石灰化して硬くなったものです。歯垢を除去しないまま2~3日放置すると形成されます。
 上の図で示したように、歯磨きを行わなかった場合、24時間程度でバクテリアが歯の表面で繁殖して歯垢と呼ばれるネバネバを形成してしまいます。やがてバクテリアは歯と歯茎の隙間に入り込み、そこで炎症を起こして歯肉炎を引き起こします。歯肉炎が長期化すると歯周組織(歯周靭帯・セメント質・歯槽骨)に炎症が広がり歯周炎に発展します。こうして引き起こされるのが歯周病です。 歯周病を予防するためには歯石になる前の歯垢の段階で歯の表面をきれいにしなければならない  歯周病を予防するための最も効果的な方法は、歯垢が形成されたタイミングですばやく歯磨きを行い、歯の表面から炎症の元となるバクテリアを機械的にはがしてしまうことです。歯石が形成されたり歯肉炎が発生してからでは手遅れですので、犬の年齢にかかわらず1日1回の頻度で歯磨きを行ってプラークコントロールするのが理想ということになります。

犬の歯磨きのしつけ

 犬の歯磨きは半年に1回行うものではなく毎日行うものです。歯磨きを行うごとに嫌がる犬の体を無理やり押さえつけていたのでは、犬も飼い主も疲れてしまいますし、それ以前に双方にとって大きな精神的ストレスになってしまいます。できれば犬が自発的に口を開けるようしつけておくこと、最低でも口を触られても抵抗しない程度にしつけておくことが必要になります。

いつから始める?

 子犬のころから始めるのが理想です。外の世界に対する好奇心が強い社会化期のうち、脳が最も柔軟になっていると考えられる6~8週齢くらいから始めましょう。犬がとっくの昔に社会化期を終えているような場合はすぐに始めて構いません。

口元を触る

 歯磨きのしつけはまず口元に触るところからスタートします。犬が大好きなおやつを用意し、急に動き出せないようお座りの姿勢にしましょう。お座りをマスターしていない場合は、まずそちらのしつけを優先して下さい。 犬のオスワリのしつけ  犬をお座りの姿勢にしたら、指先で口元を外側から軽くタッチし、おとなしくしていたらご褒美を与えます。口周りの色々な場所を触り、おとなしくしていたらそのたびごとにおやつを与えて下さい。そうすることで犬は「口元を触られるといいことがある!」と学習していきます。 【写真元】Vet Tutorial / How to Brush a Dog's Teeth 犬を歯磨きに慣らせる第一歩は口元へのタッチから  犬が人間の手を極端に怖がる「ハンドシャイ」である場合は、口元にタッチする前にまず人間の手の存在に慣らせておかなければなりません。詳しくは「ボディコントロールのしつけ」で解説してありますのでご参照ください。面倒くさがってこの作業をスキップすると、最悪のケースでは手を噛まれてしまいます。 犬のボディコントロールのしつけ

歯茎を触る

 犬が口元へのタッチに慣れてきたら、今度は歯茎を触りましょう。口の中に指を入れ、歯茎を軽くタッチします。指にはめ込むタイプの犬用歯ブラシ、歯みがきシート、歯磨きガーゼを用いても構いません。犬がおとなしくしていたらおやつを与えましょう。1ヶ所が終わったら別の場所を触り、おとなしくしていたら、そのたびごとにおやつを与えます。慣れてきたら歯ブラシの動きを真似してマッサージするように歯茎をこすってみましょう。 歯茎へのタッチにならせておかないと犬が指を噛んでしまうことも  犬が顔を動かしてしまう場合は、空いている方の手でマズル(口先)を固定するとやりやすくなります。歯の裏側までタッチできるのが理想ですが、犬が指を噛んでしまうことがありますので嫌がっているような場合は無理しなくて結構です。その代わり歯茎の外側はまんべんなく触れるようにしておきましょう。

唇をめくる

 犬が口元に触られることに慣れてきたら今度は唇をめくってみましょう。まずは上唇をめくり、犬がおとなしくしていたらおやつを与えます。今度は下唇をめくり、犬がおとなしくしていたら同じようにおやつを与えましょう。こうすることで犬は「唇をめくられるといいことがある!」と学習していきます。 【写真元】How To Brush Your Dogs Teeth 犬の唇をまくれる状態にしておくとデンタルリンスなどを注ぎやすくなる  犬が顔を動かしてしまう場合は、空いている方の手でマズルを固定するとやりやすくなります。口の前の方と後ろの方両方をまんべんなくめくり、歯茎を露出することに十分に慣らせておきましょう。

歯ブラシに慣らせる

 犬が口元へのタッチに十分慣れてきたら、今度は指ではなく実際に歯磨きに用いる歯ブラシの感触に慣らせていきましょう。まずは犬用歯ブラシで犬の口元を外側から軽くタッチします。おとなしくできたらおやつを与え、今度は唇をめくって歯茎にタッチしてみましょう。 犬が抵抗しないよう歯ブラシの先の感触に歯茎を慣らせておく  最初は1秒程度のタッチで構いません。犬がおとなしくできたらそのたびごとにおやつを与えます。1秒をクリアできたら2秒、2秒をクリアできたら3秒という具合に、少しずつ時間を延ばしていきます。1本の歯を磨くのにかかる時間はせいぜい5秒ですので、さしあたりは5秒間我慢できたら合格としましょう。

歯磨き粉に慣らせる

 歯磨き粉を使って歯を磨く場合は、あらかじめ味や感触に慣らせておく必要があります。歯ブラシの先に犬用歯磨き粉を付け、前に説明した要領で犬の歯茎にタッチしてみましょう。まだこする必要はありません。犬が口をパクパク動かしてしまう場合は、歯についたペイストをなめとっておとなしくなるまで待ちます。動きが少なくなったタイミングでもう一度歯ブラシに歯磨き粉を付け、別の場所をタッチしましょう。なおこの時、人間用の歯磨き粉は絶対に使わないで下さい。 犬用歯磨き粉には犬が好む味付けがなされている  犬が慣れてきたら、歯ブラシの先で歯の根元をこすりながら歯磨き粉を塗りつけるようにします。ここまでできるようになったらほぼ実際の歯磨きと同じですので、しつけは完了です。
犬の歯磨きの仕方トップへ

犬の歯磨きのコツ

 適切な口腔ケアを怠ると、わずか2週間で歯周ポケットの炎症が再発するとされています。また、たとえ動物病院でしっかりとしたデンタルクリーニングを行ったとしても、適切な口腔ケアを怠るとわずか6週間で歯周ポケットの深さが元に戻ってしまうとも言われています(Rober M, 2007)。要するに犬の歯周病を予防するためには、何が何でも飼い主が犬の口腔ケアを行ってあげなければならないということです。

犬用の歯ブラシ

 犬の口腔ケアで最も重要となるのが歯磨きです。中でも歯ブラシを用いた機械的な刺激が最も有効とされています。
 犬に歯磨きを行う際は、犬用の歯ブラシもしくは子供用の小さくて柔らかい歯ブラシを用いるようにします。大人用の固い歯ブラシを使ってしまうと歯茎を傷つけて出血してしまいますので使わないようにしてください。小型犬には小型犬用、大型犬には大型犬用を用いるようにします。
 指に取り付けるタイプのガーゼや歯みがきシートも売られていますが、歯周病の予防で最も重要とされる歯肉溝にはアプローチしにくいため基本的には使わないほうがよいでしょう。歯ブラシを口に入れる前の練習として用いるなら構いません。

犬用の歯磨き粉

 歯磨き粉は人間用ではなく必ずペット用のものを使うよう気をつけます。
 人間用の歯磨き粉は泡が出るようになっており、これを嫌う犬がたくさんいます。重炭酸ナトリウム(重曹, ベーキングソーダ)を含んでいる場合、飲み込んで尿のpHが変わってしまうかもしれません。またフッ素を含んでいる場合、歯磨き粉を飲み込んでフッ素中毒になってるしまう可能性があります。さらにキシリトールを含んでいる場合、急性低血糖発作で死亡してしまう危険性すらありますので絶対に使ってはいけません。
 一方、ペット用の歯磨き粉は発泡性がなく、犬が好みやすい味がついていますので、スムーズに歯ブラシを受け入れてくれるようになります。

歯ブラシの動かし方

 犬の歯磨きでもっとも重要なのは、歯周病の原因である歯肉溝の歯垢やバクテリアを除去することです。見た目のインパクトとは裏腹に、歯茎より上(歯肉縁上)にある歯垢や歯石に病原性はありません。諸悪の根源は、歯肉縁上から歯茎の隙間に入り込み歯肉縁下に侵入した歯垢やバクテリアの方ですので、歯の表面を磨くと同時に歯と歯茎の隙間にもしっかりと歯ブラシを入れる必要があります。 【写真元】Proper Brushing 歯周病を予防するためには歯肉溝にたまった歯垢をかき出す必要がある  歯ブラシを動かすときは歯肉溝に対して45度の角度で当て、回すように動かします。溝にたまったカスを外に掻き出すようなイメージです。犬のストレスを考慮し、片側を30~60秒で手早く終わらせるようにしましょう。
 歯磨きは力を入れればきれいになるというものではありません。ほうきを使う時、あまりにも力を入れすぎてしまうと先端の「穂」が折れ曲がってしまい、枯れ葉をちゃんと集められなくなってしまいます。これと同様、むやみやたらに力を入れて歯磨きすると、歯ブラシの先端が曲がってしまい歯垢を十分に取り除けないばかりか、歯茎を痛めてしまいます。

優先的に磨く場所

 すべての歯をまんべんなく磨くのが理想ですが、犬がなかなか歯を磨かせてくれないという場合は、優先順位の高い場所だけを短時間で磨くようにします。具体的には小型犬の場合、切歯、第四前臼歯、第一後臼歯です。
 2014年、「WALTHAM Centre for Pet Nutrition」のチームは、歯周病の発症率が高いとされるミニチュアシュナウザー52頭を対象とした調査を行いました(Mark D Marshall, 2014)。歯磨きを一切行わない状態で60週間にわたる長期的な観察を行ったところ、すべての歯にまんべんなく歯周炎が発症するわけではないことが明らかになったといいます。具体的には以下です。 ミニチュアシュナウザーの歯における歯周病の発生率一覧グラフ
  • 切歯=54.1%
  • 犬歯=2.0%
  • 前臼歯=29.8%
  • 後臼歯=14.1%
 上のグラフで示したように、ミニチュアシュナウザーでは特に切歯、前臼歯(特に第四前臼歯)、後臼歯(特に第一後臼歯)に歯周炎が発症しやすいことが明らかになりました。さらに歯のどの面において炎症リスクが高いのかを細かく検証したところ、切歯では歯の裏側に相当する「舌面」(45.0%)、前臼歯では歯の表側に相当する「頬面」(17.9%)における発症率が高かったといいます。図で表すと以下のようになります。色の濃い側が「ハイリスク」という意味です。 小型犬の口内には歯周病を発症しやすい部位があると考えられる  こうしたデータから、優先的に磨くべき場所は切歯、第四前臼歯、第一後臼歯であると考えられます。切歯の裏側も磨きたいところですが、難しい場合は切歯、第四前臼歯、第一後臼歯の表面を優先的に磨くのがよいと思われます。

歯周病になりやすい犬種

 過去に行われた調査では、小型犬や短頭種で歯周病の発症リスクが高いと報告されています。はっきりとした原因はわかっていませんが、切歯に関しては歯と歯の隙間が狭くて歯垢(プラーク)がたまりやすいこと、前臼歯と後臼歯に関しては唾液腺との位置や唾液の流れ方が発症リスクを高めているのではないかと推測されています。
 ミニチュアシュナウザーのみならず、以下に示すような小型犬種では同様に歯周病を発症しやすいと考えられますので、飼い主は日常的な口腔チェックと歯磨きを忘れないようにしましょう。
超小型犬
小型犬
犬の歯磨きの仕方トップへ

犬が嫌がる・噛み付くとき

 犬の歯磨きに対してやる気満々の飼い主でも、6ヶ月後には半数の人が脱落してしまうと言います(Miller & Harvey, 1994)。挫折の原因の多くは、犬が歯磨きを嫌がるとか口元を触ると噛み付くということです。歯ブラシ以外の方法で犬の歯にアプローチすることができれば、完璧とは言わないまでも多少の補助にはなってくれるでしょう。以下で一例をご紹介します。

デンタルガム

 デンタルガムとは歯垢や歯石の蓄積予防に効果があるとされているおやつのことです。チューインガムのようにくちゃくちゃ噛むことからフードとは区別して「デンタルガム」もしくは「デンタルチュー」と呼ばれます。
 小麦とセルロースを圧縮して作ったデンタルガムや生皮(ローハイド)に関しては部分的に効果が示されています(Roudebush et al., 2005)。しかし接触する部分が限られているため犬歯や切歯にはそれほど効果がありません。一方、デメリットとしては誤飲誤食、歯の破折、食べ過ぎによる肥満などが報告されています。デンタルガムとその効果に関しては、アメリカの独立評価組織「VOHC」がメーカーのデータを検証して認証制度を設けています。商品がVOHC® Accepted Products for Dogs(PDF)に記載されている場合、普通の商品よりもいくらか信憑性があるということです。
 ヘキサメタリン酸ナトリウム(HMP)を含んだ製品に関しては、歯垢・歯石予防に効果があったという報告(Stookey et al., 1995)となかったという報告(Logan et al., 2010)が入り混じっており、よくわかっていません。ただ過剰摂取によって腎臓病を悪化させる可能性が懸念されています。

デンタルフード

 デンタルフードとは食べることによって歯の表面に付着した歯垢や歯石を減らしてくれる効果をもったフードのことです。
 フードの形状や食感によって歯の表面を機械的に磨くタイプと、フードに含まれる何らかの成分(ヘキサメタリン酸ナトリウムなど)によって化学的に口内環境を変えてしまうタイプとがあります。詳しくは以下のページをご参照ください。 犬の歯に良いフードとは?

デンタルリンス

 デンタルリンスとは、犬の口の中に直接注ぎ込む形で用いる口腔衛生アイテムです。
 亜鉛塩を含んだデンタルリンスはプラークのバイオマスを減少させると報告されています(Wolinsky LE et al 2000)。またアスコルビン酸(ビタミンC)はコラーゲンの生合成を促しますので、歯周組織の再生に貢献してくれるかもしれません。
 クロルヘキシジンを含んだデンタルリンスは、定期的かつ長期的に投与すると歯肉炎の予防に効果があるとされています。また即効性があり体に対する影響力が少ないとも(Salas Campos L, 2000)。抗菌作用は7~12時間続くため、1日2回与えるのが理想です。歯茎の表面に直接塗りつけるのが効果的ですが、味が良くないというデメリットがあるため犬に拒絶されることもあります。なお2018年時点で、日本国内でデンタルリンスとして流通している商品はありません。

デンタルトイ

 デンタルトイとは噛むことによって、歯垢や歯石の蓄積を予防してくれるおもちゃ(toy)のことです。
 おもちゃをガジガジかじることにより口の中の血流が促進されたり歯の表面の歯垢を取り除くという効果はあるでしょう。しかし紐やロープといったおもちゃに歯周炎の予防効果がなかったという報告がありますので(Roudebush et al., 2005)、歯周病の発症に関係が深い歯肉縁の歯垢までは取り除けないものと推測されます。
 歯より硬い素材だと歯の破折が起こりやすくなり、柔らかすぎるとすぐに破損して誤飲事故が起こりやすくなってしまいます。おもちゃを選ぶ際は、硬すぎず柔らかすぎない中国製以外のものを選ぶようにしましょう。またテニスボールは表面がヤスリ状になっており、歯のエナメル質を傷つけてしまいますのでなるべく使わないようにします。

マウスクリーナー

 マウスクリーナーとは口に直接入れたり飲み水に加えることで歯垢や歯石の蓄積を予防するアイテムのことです。
 非常に多くの商品が出回っていますが、歯磨きの代わりになるものは一つもありません。たとえ犬の口臭がなくなったとしても、歯肉溝の歯垢が取り除かれたことにはなりませんので、しっかりと歯磨きを行うことを強くおすすめします。最悪のケースでは「犬の歯が健康になった!」と勘違いして歯周病の進行を見落としてしまいますので、あくまでも歯磨きの補助アイテムとしてお使い下さい。
 なお万が一キシリトールを含んだ商品があった場合、低血糖発作を引き起こす危険性がありますので、少量・低濃度だとしても使用しないでください。

ドライフード?

 ウェットフードよりもドライフードの方が歯周病にかかりにくいとされています。その根拠は、口の中に残る食べかすが少ないため炎症が起こりにくくなるというものです。しかし過去に行われた非常に多くの調査により、上記した根拠が必ずしも正しくない可能性が浮かび上がってきました。
ドライフードと歯周病の関係
  • Watson, 1994ウェットフードを食べている犬や猫で歯垢や歯肉炎の発症率に違いはなかった
  • Logan et al., 2006もっぱらドライフードを食べている犬でも歯垢や歯石の保有率、および歯周病の発症率に大差はなかった
  • Niemiec, 2008通常のドライフードは歯が当たると同時に砕けてしまい機械的に歯垢を取り除く能力がない。歯肉縁と接触することがないため歯肉炎の発症率に違いが生じない
 上記したように、ドライフードだから歯周病になりにくいという風説は必ずしも真実ではないようです。食べているフードのタイプにかかわらず、毎日歯磨きを行うことが推奨されます。

ローフード?

 ローフードとは加熱処理をしていない生(raw)の食材をそのまま与えることです。「自然界に存在している食材が一番良い!」という信念を持っている人がたくさんいるようですが、少なくとも過去に行われた調査ではそうした関係性は証明されていません。
ローフードと歯周病の関係
  • Robinson, 1997生の骨を与えられていたフォックスハウンドの歯を調べた所、歯周病の発症率が低いという証拠は見つからなかった。その一方、高い確率で歯の破折が見られた
  • Steenkamp, 1999草食動物を食べて生きているリカオン29頭の歯を調べた所、歯周病が41%、歯の摩滅が83%、歯の破折が48%の確率で見られた
  • Marx et al, 2016ウシの大腿骨を与えられたビーグルの歯を調べた所、歯石の蓄積は少なめだったが歯垢の形成に関しては大差がなかった
 上記したように、生の食事が歯周病の予防に役立っているという証拠は見られません。その一方、生の食材を通した感染症の危険性が高まることは証明されており、また手作り料理によるビタミン(A、C、D、E、葉酸、ナイアシン、パントテン酸、ビタミンB2)の不足で歯肉炎の発症率が高まることが確認されています。少なくとも「自然食が最高!」という盲信は抱かない方がよいでしょう。

歯周病ワクチン

 海外では、歯周病を抱えた犬の75%で見つかるという嫌気性バクテリア3種に対するワクチンが流通しています。具体的にはポルフィロモナス属の「P. Denticanis」「P.salivosa」「P.gulae」をターゲットとしたものです。2007年から使用されていますが、現時点ではぜひともやっておきたい「コアワクチン」としては認められていません。日本には存在していませんので参考程度にお考え下さい。
犬の歯磨きの仕方トップへ

犬のデンタルクリーニング

 飼い主が日常的に歯磨きを行っていても、歯垢や歯石が口の中に残って歯周病に発展してしまうことがあります。そこで必要となってくるのが、専門の技術を持った人が専用の器具を用いて歯のケアをするデンタルクリーニングです。全身麻酔をかけて行うパターンと麻酔をかけずに行ういわゆる「無麻酔デンタル」というパターンがあり、それぞれにメリットとデメリットがあります。

麻酔下でのデンタルクリーニング

 麻酔下でのデンタルクリーニングは、犬に全身麻酔をかけた上で施術を行います。理想的な頻度は年に2回で、麻酔を用いますので動物病院以外ではできません。値段は病院によってまちまちですが、麻酔料金を抜いた施術料金だけで5,000~12,500円程度とされています。主なメリットとデメリットは以下です。
全身麻酔デンタルケア
  • メリット拘束ストレスがかからない | 歯周ポケットまでケアできる | 歯の裏側までケアできる | 下顎の歯までケアできる | 抜歯できる | 歯の表面をつるつるにするポリッシングまでできる
  • デメリット麻酔による事故や副作用の危険性がある(特に短頭種や高齢) | 開口器による顎関節へのダメージや血流障害の危険性がある | 料金が高い | 獣医師の説明が不十分なことがある
 デンタルクリーニングを行っている動物病院はたくさんありますがその内容は漠然としていることが多く、事前にしっかりとした説明をしない獣医師も少なくありません。デンタルクリーニングをフルコース行うと以下のような内容になります。

歯肉縁上の歯石取り

 歯肉縁上の歯石取りとは、肉眼で確認できるところに蓄積した歯石を取り除くことです。大きな歯石の塊を取り除く際は歯石鉗子と呼ばれる小型のペンチのような器具が用いられ、小さな歯石を取り除く際はスケーラーと呼ばれる手持ち器具が用いられます。また歯石が頑固にこびりついている場合は音波スケーラー(2,000~6,500ヘルツ)や超音波スケーラー(25,000~45,000ヘルツ)を用いて粉砕することもあります。 【写真元】Dog dental cleaning 犬の歯石を除去する際に用いられる超音波スケーラー  なお歯へのダメージが大きいため、回転式の器具を用いて削るという施術は推奨されていません。事前にどのような器具を使うか確認しておいたほうがよいでしょう。また超音波器具を用いると、口の中に含まれていたバクテリアや毒素が空気中に飛散します。施術は他の手術室や病室などから完全に隔離された専用のスペースを用いなければなりません。

歯肉縁下のクリーニング

 歯肉縁下のクリーニングとは、歯と歯茎の間のすき間(歯周ポケット)をきれいにすることです。歯の表面に付着した歯石を超音波器具などで取り除く事はもちろんのこと、邪魔な組織をキュレットと呼ばれる小さな器具で取り除いたり(歯肉縁下掻爬術)、歯の表面のデコボコを平らにしたりして(ルートプレーニング)、歯垢や歯石の蓄積を予防します。

歯冠のポリッシング

 ポリッシングとはクリーニングの途中で生じた歯の表面の小さな傷やデコボコを平らにすることです。この処理により歯の表面に付着する歯垢が少なくなり、歯石の形成が予防されます。用いられる道具は専用の研磨機と歯の研磨ペイストです。 【写真元】Professional Teeth Cleaning in a Dog or Cat 歯のポリッシングはプロフィカップに研磨剤を付けて行う

歯肉溝の洗浄

 歯肉溝の洗浄とは歯と歯茎の隙間にたまった歯石のカスやポリッシングで使用した研磨ペイストの残りをきれいに洗い流すことです。こうしたものが残ったままだと、逆に歯肉溝の炎症を引き起こしてしまいますので丁寧に行わなければなりません。滅菌された生理食塩水や抗菌作用がある0.12%クロルヘキシジン水溶液をカニューレと呼ばれる小さなホースで隙間に流し込みます。

シーラント処理

 シーラントとは歯の表面にあるデコボコにフッ素樹脂をコーティングすることです。虫歯(う蝕)を予防するために行われる施術ですが、犬においてはそもそも虫歯の発症率が低いため必ずしも行われるわけではありません。 歯にシーラント処理を施すと表面が滑らかになって歯垢の付着が防がれる

全身麻酔デンタルの注意点

 デンタルクリーニングの中で最も重要なのは歯肉縁下のクリーニングです。歯周ポケットにたまった歯垢や歯石は歯槽骨、歯周靭帯、セメント質といった歯を支えている構造を弱化させ、結果として歯をぐらつかせます。歯肉縁下のクリーニングによって歯周ポケットが綺麗になると、ぐらついていた歯が再びしっかりと固定されリアタッチメントが促されます。
 一方、外から見える歯垢や歯石を取り除くだけでは、歯肉溝で起こっている病変までは防ぎきれません。動物病院が掲げる「デンタルクリーニング」という看板に、いったいどこからどこまでが含まれているのかは必ず事前に確認しておいてください。もし、歯肉縁上の歯石を取り除くだけで歯肉縁下の歯垢や歯石には全くタッチしていない場合、歯牙疾患に力を入れており、専用の施術室と専門の技術者が整っている病院に相談しなおしたほうがよいでしょう。また施術のビフォーアフターを写真で撮ってもらうと、何が変わったのかが一目でわかるため安心です。

無麻酔のデンタルクリーニング

 無麻酔のデンタルクリーニングとは、麻酔や鎮静剤を一切用いず意識がある状態の犬に施術を行うことです。日本小動物歯科研究会では、ペット動物のデンタルケアを「全身麻酔下でトレーニングを受けた獣医師がすべき処置である」と位置付けていますが、一部の獣医師やトリマー、動物看護士、歯科衛生士などが安価で安全を売りにして無麻酔デンタルを行っています。メリットとデメリットは以下です。
無麻酔デンタルケア
  • メリット麻酔による事故や副作用の心配がない | 目に見える部分くらいはきれいにできる | 料金が安い
  • デメリット動物に拘束ストレスがかかる(特に猫) | 歯周ポケットのケアは不完全になりやすい | 歯の裏面のケアはできない | 下顎の歯のケアは困難 | 抜歯は不可 | 動物が動いて口腔内を傷つけてしまうことがある | 施術者が獣医師でないことがある
【写真元】Cleaning a dog's teeth without using anesthesia! 無麻酔デンタルでは強い拘束ストレスを犬に強いてしまう  麻酔をかけておらず自由に動くことができる犬の歯に対し、1本ずつ時間をかけて施術するということはほぼ不可能でしょう。ですから無麻酔デンタルにできるのは部分的な歯石の除去だけということになります。
 前述したように、犬の歯周病予防するために重要なのは歯肉縁下のケアであって目に見える範囲の歯石を取り除くことではありません。また口腔内の目視検査で異常が見つからなかった犬のレントゲン撮影を行った所、27.8%で異常が見つかったという報告もあります(Verstraete FJ, 1998)。
 無麻酔デンタルクリーニングは麻酔によるリスクがないというメリットはあるものの、レントゲン撮影も歯肉縁下ケアも行わないため、歯周病の予防効果に関してはそれほど期待できないという点は覚えておく必要があります。体を無理やり押さえつける施術により、犬が口元に触られる事自体を拒むようになる危険性がありますので、犬が肥満や高齢で麻酔のリスクが高いという場合以外は基本的に推奨されません。
犬の歯磨きの仕方トップへ