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犬の脂肪腫・有病率と発症の危険因子(英国版)

 体の表面に突如現れたかと思うと急速に巨大化して飼い主を不安にさせる犬の脂肪腫。膨大な医療データを元に、犬種ごとの有病率と発症リスクが明らかになりました(2018.10.3/イギリス)。

犬の脂肪腫疫学調査の概要

 調査を行ったのは王立獣医大学が中心となったチーム。イギリス国内にある一次診療機関に蓄積されたデータを基にして疫学調査を行う「VetCompass」と呼ばれるプログラムに参加しているクリニックに協力を仰ぎ、犬で頻繁に見られる皮膚腫瘍の一種「脂肪腫」(lipoma)に関する調査を行いました。 犬の肘付近にある皮膚表面に発症した様々な脂肪腫(lipoma)の外見  合計215のクリニックから384,284頭分のデータを収集して解析したところ、2013年度における年間有病率(既存+新規)は1.94%(2,765頭)であることが判明したといいます。同時に発症のリスクファクターを解析したところ、以下のような傾向が浮かび上がってきました。数字は「オッズ比」(OR)で、標準の起こりやすさを「1」としたときどの程度起こりやすいかを相対的に示したものです。数字が1よりも小さければリスクが小さいことを、逆に大きければリスクが大きいことを意味しています。

脂肪腫・犬種別発症リスク

脂肪腫・体重別発症リスク

犬における脂肪腫の発症リスク(体重別)
  • 犬種平均より軽い=1.00
  • 犬種平均より重い=1.97
  • 10kg未満=1.00
  • 10~20kg未満=2.85
  • 20~30kg未満=4.00
  • 30~40kg未満=5.62
  • 40kg以上=5.85

脂肪腫・性別発症リスク

犬における脂肪腫の発症リスク(性別)
  • 未手術メス=1.00
  • 避妊メス=1.62
  • 未手術オス=0.79
  • 去勢オス=1.99

脂肪腫・年齢別発症リスク

犬における脂肪腫の発症リスク(年齢別)
  • 3歳未満=0.18
  • 3~6歳未満=1.00
  • 6~9歳未満=7.56
  • 9~12歳未満=17.52
  • 12歳以上=18.34

脂肪腫・KCグループ別発症リスク

犬における脂肪腫の発症リスク(KCグループ別)
  • 雑種=1.00
  • 純血種=1.16
  • トイ=0.28
  • ユーティリティ=0.57
  • テリア=0.65
  • ガンドッグ=2.08
  • ハウンド=0.86
  • パストラル=0.78
  • ワーキング=1.12
Lipoma in dogs under primary veterinary care in the UK: prevalence and breed associations
Dan G. O’Neill, Caroline H. Corah et al., Canine Genetics and Epidemiology 2018 5:9, doi.org/10.1186/s40575-018-0065-9

犬の脂肪腫疫学調査の解説

 犬の脂肪腫は多くの場合良性ですが、あまりにも大きくなってしまうと周辺の神経や臓器を圧迫して体調不良を起こしてしまうことがあります。また見た目がえげつないため、飼い主を不安にさせることもしばしばです。 犬の腹部にある皮膚表面に発症した様々な脂肪腫(lipoma)の外見  皮膚腫瘍の中では非常に頻度が高く、英国内で飼い主を対象として行われた聞き取り調査では、純血種の中で最も多い疾患だったと報告されています。また英国南部の一次診療施設における3,884頭分のデータを元にした別の調査では、全年齢層の犬で12番目に多い疾患で有病率は3.5%だったと報告されています。さらにデンマークで行われた調査では、良性腫瘍のうち最も多く全体の24%を占め、英国内で行われた調査では腫瘍のうち2番目に多く年間新規診断率が0.337%だったとされています。
 上記したように非常に発症頻度が高いにもかかわらず、どういうわけかこれまで詳細な疫学調査がほとんど行われておらず、犬種別の発症率や発症リスクに関してはよくわかっていませんでした。今回行われた調査は世界初の試みとなります。

犬の年齢と脂肪腫

 脂肪腫を発症した犬の平均年齢が10.02歳だったのに対し、比較対象グループのそれは4.18歳と大きな格差を見せました。また疾患グループ内における発症リスクでも、12歳以上が3歳未満の18.34倍という明確な傾向が見られました。
 スイスで行われた疫学調査では、加齢とともに腺癌、メラニン細胞腫、扁平上皮腫の発症リスクが高まるとされています。またアメリカでグレーハウンドを対象として行われた疫学調査では、加齢とともに骨肉腫の発症リスクが高まるとも。
 発症メカニズムが完全に解明されているわけではありませんが、こうした腫瘍には共通している部分があるかもしれません。調査チームは老齢に伴う好発疾患として飼い主も獣医師も念頭に置いた方が良いと推奨しています。 犬の老化について

犬の体重と脂肪腫

 脂肪腫を発症した犬の平均体重が26.0kgだったのに対し、比較対象グループのそれは16.5kgと大きな格差を見せました。また疾患グループ内における発症リスクでも、犬種平均より重い 場合に1.97倍、40kg以上が10kg未満の5.85倍という明確な傾向が見られました。
 発症リスクが高い犬種の体格には中~大型、樽型の胸郭、ぎゅっと締まったウエストという共通項が見られました。また8犬種中5犬種(ワイマラナー | ラブラドールレトリバー | スプリンガースパニエル | ジャーマンポインター | コッカースパニエル)までもがガンドッグ(猟犬)に属する犬でした。調査チームは、寒い冬場の環境でも仕事(発見・追い立て・回収)ができるよう選択繁殖されてきた犬においてリスクが高まるのではないかと推測しています。具体的には、白色と褐色脂肪細胞の分布様式や量に違いがあるなどです。こうした体質が「ペット犬として家の中にこもりがちになる」といった生活スタイルと作用しあい、「肥満」という中間要因が引き起こされて脂肪腫につながったのではないかと考えられます。避妊メス(1.62倍)や去勢オス(1.99倍い)で高い発症リスクが確認されたのも、同様に不妊手術が肥満を引き起こしたからだとされています。 犬の肥満

犬の遺伝性と脂肪腫

 人間においては肥満、高脂血症、糖尿病、遺伝性が脂肪腫の危険因子とされています。犬において同様の報告は無いものの、明らかに発症リスクが高い犬種が確認されたことから、遺伝的バックグラウンドがあるものと推測されています。将来的には「ワンヘルス」として人医学と獣医学の知見が共有されるようになるかもしれません。
まとめ
 発症リスクが高い犬種たちには「なめらかな直毛」という共通項が見られました。被毛のタイプが発症率を高めているのではなく、腫瘤を外から見分けやすいという特性が発見率を高めたのではないかと考えられています。犬が大型犬だろうと小型犬だろうと、特に老犬と言われる犬を飼っている家庭においては、ブラッシングやマッサージなどを通していち早く皮膚の表面にできる腫瘤(こぶ)に気づいてあげたいものです。 犬のブラッシングのやり方 犬のマッサージ