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オス犬の去勢手術・完全ガイド~方法・費用から術後のケアまで

 去勢とはオス犬の生殖能力を人の手によってなくしてしまうことです。メリットとデメリットを最新の科学的データとともにご紹介しますので、手術の目的や時期を決める際の参考にして下さい(🔃最終更新日:2020年3月)

オス犬の去勢手術とはなにか?

 去勢(きょせい)とはオス犬の生殖能力を人の手によってなくしてしまうことです。さまざまな方法がありますが、日本国内においてはほとんどが精巣切除術のことを指します。 オス犬の去勢手術では精巣の摘出が行われます

去勢手術の費用はいくら?

 去勢手術の料金は10,000~25,000円程度が一般的です。2015年のデータでは、だいたいの相場(中央値)が「17,675円」となっています(📖:日獣医・診療料金実態調査
 動物病院によって「去勢手術」に含まれる内容が多少違うかもしれません。例えば病院Aでは「事前検査+施術+麻酔」で病院Bでは「施術+麻酔+術後ケア」などです。どこからどこまで含まれているのかは事前に確認したほうがよいでしょう。また手術の期間は日帰りがほとんどですが、1日入院させて落ち着いてから退院というケースもあります。入院を伴う場合は手術と別料金になることがありますので、こちらも事前の確認が必要です。
 なお地方自治体によってはオス犬の去勢手術に助成金を設けているところがあります。ほとんどのケースでは申し込み条件や人数制限がありますので、管轄の役所にお問い合わせ下さい。以下は助成金を給付している自治体の一覧リストです。 犬・猫の不妊・去勢手術助成金(平成30年3月31日版)
🚨保険は効かない!  去勢は病気の治療を目的とした手術ではなく、飼い主の都合で健康体に対して行う選択的な手術です。ですから「精巣に腫瘍ができた」などの理由がない限り、ペット保険が補償して金額の一部を補助してくれるということはありません。 犬のペット保険を知ろう!

去勢手術の目的や割合は?

 オス犬に去勢手術を施す主な目的は、望まない妊娠を防ぐことや生殖器に関連した病気を予防することです。また家の中でのマーキングをやめさせることのほか、科学的な根拠ははっきりしていないものの「おとなしい性格にさせること」を理由に行う人もいます。
 去勢手術を施している飼い主の割合は、2023年のペットフード協会のデータでは55.3%と報告されています。ただしオスとメスを合わせた数値ですので、オス犬の去勢率というわけではありません。一方、東京都が2017年に公開したデータでは、アンケートを行った205頭のうち64.9%が去勢を受けていたと報告されています。

去勢手術の流れや時間

 去勢手術はいったいどのような流れで行われるのでしょう?以下では最も一般的に行われる精巣切除術の段取りを、術後のケアとともにご紹介します。

去勢手術の流れ

 以下は去勢(精巣切除)を行うまでの一般的な流れです。料金は地域や犬の体重によって変動しますので事前に確認しておく必要があります。
  • 予約かかりつけの動物病院に連絡し、去勢手術の予約を取ります。
  • 絶食手術前の最低8時間程度は食事を抜き、胃袋の中を空っぽにしておきます。これは麻酔で嘔吐してしまった時、嘔吐物が気管や肺に入って誤嚥性肺炎を起こさないようにするためです。水は飲んでも大丈夫です。
  • 来院予約時間に遅れないよう来院します。病院にも受診スケジュールがありますので、遅刻しそうな場合は少なくとも連絡しましょう。
  • 身体検査身体検査や血液検査を行い、特に腎臓や肝臓に問題がないかどうかを確認します。腎臓に障害がある場合は麻酔に伴う血圧の低下で死亡事故が起こってしまうかもしれません。肝臓に障害がある場合は、投与した麻酔薬を代謝できないかもしれません。特に老犬においては飼い主が知らないうちに腎臓や肝臓に障害が発生していることもありますので、事前検査は慎重に行います。
  • 麻酔腎臓や肝臓に問題がないことが確認されたら、麻酔薬を注射して全身麻酔をかけます。
  • 手術熟練した獣医師の場合、麻酔を除いた実際の去勢(精巣切除)にかかる時間は10分以内です。具体的なやり方は「図解・去勢手術のやり方」をご覧ください。
  • 帰宅犬が問題なく麻酔から覚めた場合、その日のうちに帰宅することが可能です。犬の回復が思わしくない場合は1日入院させて翌日に帰宅するというパターンもあります。経口麻酔薬や傷口の感染を防ぐための抗生剤が処方されるかどうかは病院によってまちまちです。

去勢後の安静期間

 去勢後の24時間程度はまだ通院ストレスや痛みが残っていますので、犬の元気がなくエサを拒絶することがあります。傷口の離開を防ぐためにも、動かず安静にしていたほうが安全です。
 その後、少しずつ体調が回復してぐったり感がなくなっていきますが、72時間経過しても水をやたらに飲む、逆に全く飲まない、食事を拒絶、嘔吐、元気消失、無尿、タール便、下痢といった症状が見られる場合は念のため獣医さんに確認しましょう。なお自己判断で人間用の鎮痛薬や睡眠薬は絶対に投与しないでください。死亡を含めた重大な中毒事故が報告されています。 犬に睡眠薬を投与する危険性  犬が手術で縫合した部位を自分でなめてしまわないよう、痛みが続いている間はエリザベスカラーを装着して口が届かないようにガードします。去勢後の激しい運動やなめまわしにより精索から出血してしまうと、陰嚢(袋)がはれたり赤くなることがあります。あまりにも大きくなると血腫や漿液腫ができて手術前と同じ外観を呈するため「手術ミスではないか!」と勘違いする人もいますが、通常は血液が自然に体内に吸収されてしぼんでいきます。 去勢手術の後しばらくはエリザベスカラーで患部を保護  手術から5日ほどは激しい運動によって傷口が開いてしまう危険性がありますので、散歩はリードを付けてゆっくり行うよう注意しなければなりません。傷口が治癒して完全にふさがるまでの2週間くらいはお風呂や水浴びも禁止です。皮膚縫合で抜糸を指示されている場合は、予約に合わせて来院し、縫合糸を抜いてもらいます。
去勢後、1日で元気になる犬もいれば4~5日間ぐったりしたままの犬もいます。痛みや感染が見られる場合は鎮痛薬や抗生薬を処方してもらいましょう。
NEXT:去勢手術の方法は?

図解・去勢手術の方法

 以下は全身麻酔下にあるオス犬に対して行われる精巣切除術を図解したものです。図には示されていませんが、汚染を防ぐため切開する部分以外には医療ドレープが掛けられています。
精巣切除術・図解
オス犬の去勢(精巣切除)・手術手順の図解
  • 【図解1】剃毛・切開犬を仰向けに寝かせ、おなかから足の付け根にかけての部分に生えている被毛をきれいに剃り落とします。手術部位を見やすくすると同時に、被毛から切開部に病原体が入らないようにするためです。皮膚が露出したら陰茎(ペニス)と陰嚢(玉袋)の間にある皮膚を切開します。きわめてまれですが、下手くそな獣医師の場合、切開する際に下にある尿道を傷つけてしまい、大出血を起こしてしまうことがあります。
  • 【図解2】精巣露出左右どちらか一方の精巣を切開部から押し出して露出します。精巣の上に付属しているのが精巣上体と呼ばれる小器官です。また精巣は精巣鞘膜と呼ばれる線維組織で覆われていますので、切り開いて中の精巣を露出してしまいます。ちょうどブドウの果実を皮からちゅるんと取り出すときのようなイメージです。
  • 【図解3】結紮・切除精巣を露出したら、血管と精管を含んだ紐状のケーブル(精索)を手術用の糸で1~2ヶ所を固く結び、血液の流れを止めてしまいます。結紮(けっさつ)が完了したら、そこより上の部分で精索をカットし、精巣と精巣上体の両方を腹腔から切り離します。これで片方が完了です。
  • 【図解4】縫合上記した手順で左右両方の精巣切除が終わったら、精索の末端部分を腹腔内に戻し、皮膚につけた切開部を縫合します。埋没(皮内)縫合の場合は体内で溶ける糸を使い、皮膚縫合の場合は2週間後にもう一度来院して抜糸するというのが一般的な流れです。
 以下でご紹介するのはオス犬に対して去勢手術を施す際の動画です。鎮静→麻酔→手術→回復という順で進行します。 元動画は→こちら
腎臓や肝臓が悪いまま麻酔をかけると手術中の死亡リスクが高まりますので、術前の検査はしっかり行います。
NEXT:去勢の適齢期とは?

去勢手術の時期はいつ?

 アメリカ国内では長らく、不妊手術を行う適齢期として6~9ヶ月齢が推奨されてきました。しかし近年は、もっと早い時期に手術を行ってもよいのではないかという意見がちらほらと出てきています。

オス犬の去勢はいつ行う?

 オス犬に関しては6ヶ月齢以前に行うことを推奨する専門家が増えてきています。具体的には以下です。
犬の早期去勢手術・支持団体
  • The Association of Shelter Veterinarians(ASV)→6~18週齢
  • American Veterinary Medical Association(AVMA)→時期は明記せず
  • American Society for the Prevention of Cruelty to Animals(ASPCA)→2ヶ月齢(0.9kg)になったら
  • Canadian Veterinary Medical Association(CVMA)→性的に成熟する前に(※大型犬と超大型犬は最新データを精査すること)
 そもそも「6~9ヶ月齢」という推奨項目には明確な科学的根拠がなく、恐らく麻酔学のレベルが今よりも低くて幼齢時の死亡率が高かった、数十年前の慣習が残っているだけだろうと推測されています。現代の技術を用いれば生後7~12週齢の子犬にも比較的安全に麻酔を施すことができることから、1990年代に入り不妊手術の適齢期を見直すための様々な研究調査が行われてきました。調査によって結果はまちまちですが、早期手術によるメリットの方が手術しなかった場合のメリットよりも大きいと判断されることがあり、上で示したような時期が、従来の「6~9ヶ月」という漠然とした適齢期の代替案として挙がってきています。
 とは言え全ての犬に当てはまるゴールドスタンダードは残念ながら存在せず、個々の犬に合わせて手術のタイミングを見計らうというのが最善策となります。子犬の場合、まずは生後6ヶ月齢になる前の段階でかかりつけの獣医さんと相談しましょう。

去勢の適齢期・エビデンス集

 以下は、6~9ヶ月齢という慣習的な年齢(月齢)で手術を受けたグループと、それよりも早い段階で手術を受けたグループを比較した調査結果(エビデンス)です。手術のタイミングを決める際のヒントが含まれていますので参考にしてください。
早期不妊手術の影響
  • 1997年の調査1,213頭の犬と775頭の猫を対象として調査した所、24週齢以降に手術を行ったグループ(10.8%)は、12週齢未満のグループ(6.5%)よりも合併症が多かった。しかし12~23週齢のグループ(8.8%)とは統計的な差はなかった。早期の不妊手術が犬や猫の疾患率や死亡率を高めることはないと思われる 出典資料:Howe LM, 1997)
  • 2001年の調査動物保護施設に収容された269頭を対象に調査を行った所、24週齢(生後6ヶ月)未満で手術を施したグループでは感染症の発症率が高く、中でもパルボウイルスが多かった。逆に24週齢以降に手術を行った犬では消化管の障害が多かった。しかしこれらの違いは、調査が行われたシェルターの衛生レベルに差があっただけかもしれない。その後4年間の追跡調査を行ったが、早期グループにおいて問題行動や身体に関連したトラブルが多いという傾向は見出されなかった 出典資料:Howe LM, 2001)
  • 2004年の調査1,800頭を超える犬を対象とし、5.5ヶ月齢を境に不妊手術を施し、4~4.5年の追跡調査を行った。早期手術グループでは、股関節形成不全、騒音恐怖症、性的行動が増え、肥満、分離不安、逸走、恐怖時の粗相、飼い主による飼育放棄が減った。早期手術を受けたオス犬では、同居人に対する攻撃性と無駄吠えが多かった。オス犬に対しては6~8ヶ月齢前の段階で去勢を行うことが推奨される。出典資料:Spain, 2004)
2020年に行われた最新調査により、犬種や性別ごとに去勢手術を行うべき最適なタイミングが少しずつ異なることが明らかになっていますので、子犬の場合はまずは生後6ヶ月齢になる前の段階でかかりつけの獣医さんと相談しましょう。 犬種別の病気統計から導き出したベストな年齢
NEXT:メリットとデメリット

去勢手術のメリット・デメリット

 去勢手術は男性ホルモンの低下によってオス犬の体にさまざまな影響を及ぼし、メリットとデメリットの両方を生み出します。以下では、手術の効果やリスクに関してよく聞かれる質問をQ&A方式でご紹介します。根拠となる論文も合わせて紹介しますので参考にして下さい。

去勢の最大のメリットは?

飼い主のいない犬の数と殺処分数を減らすことです。

 2022年4月~2023年3月の1年間で、1,985頭の成犬と、449頭の子犬が殺処分されました。こうした殺処分の背景には面白半分で犬を繁殖させ、生まれてから子犬の貰い手がいないことに気づき、「まぁいいや」という感覚でタバコの吸殻のように犬猫を捨ててしまう一部の飼い主の存在があります。
 犬は多産で多いときは一度に5頭以上生むこともあります。生まれてくる子犬全てに飼い主を見つけることができないのであれば、予め不妊手術を受けさせるのが不幸な犬猫の数を減らすことへとつながるのです。 犬の殺処分について

麻酔で死亡するリスクはある?

犬の性別や年齢に関わらずあります。

 北海道大学大学院・獣医学研究科を中心としたチームは2010年4月から2011年3月の期間、日本国内にある18ヶ所の二次診療施設で麻酔を受けた犬合計4,323頭を対象とし、麻酔に関連した死亡率を明らかにすると同時に、死亡率を高める危険因子を検証しました。「麻酔関連死=麻酔チューブを抜いてから48時間以内の死亡」と定義してカウントしたところ、全体における死亡率は0.65%(28/4,310頭)であることが判明したといいます。
 ただしこの死亡率は二次診療施設におけるものですので、大部分の去勢手術が行われる一次診療施設を対象とした場合は少し変わるかもしれません。なぜなら二次診療施設とは医療技術の専門性が高かったり特殊な医療設備を備えている病院のことですので、ここを訪れる犬はそもそも重症である可能性が高いからです。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 日本の二次診療施設における麻酔に関連した犬の死亡率と危険因子

マーキングは減る?

マーキングや粗相が減る可能性示されています。

 マーキングとは縄張りや自分の存在をアピールするため、なるべく高い場所におしっこを残そうとする本能的な行動。粗相とはトイレ以外の場所でおしっこをしてしまうことです。
 過去に行われた調査により、去勢手術を施したオス犬においては6割程度の確率でマーキングや粗相に改善が見られたと報告されています。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の問題行動を増やすか?減らすか?

食欲や体重は増える?

手術後は太る可能性があります。

 国に関わらず去勢手術が体重減少につながるという報告はほぼなく、逆に手術後に太りやすくなるという報告が大多数を占めています。また犬種や体の大きさが肥満リスクに関係している可能性もあります。去勢後の摂取カロリーを15~20%ほど落とすよう指示されるのもそのためです。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の肥満の原因になるか?

寿命は伸びる?短くなる?

寿命に格差が見られたとしてもわずかです。

 メス犬においては手術によって寿命が伸びて長生きする可能性が多くの調査で示されている一方、オス犬に関しては結果がまちまちで、たとえ寿命に格差が見られる場合でもわずかに長生きするという程度です。また平均寿命と健康寿命は同じ意味ではなく、長生きしたからと言って犬が健康(=苦痛がない)とは限りません。さらに調査報告の多くは日本に比べて安楽死の割合が高いアメリカやイギリスのものですので、日本国内に暮らしている犬に海外のデータがあてはまるかどうかは不明です。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の寿命を伸ばすか?

ストレスは減る?

性衝動に関連したストレスは減ると考えられます。

 去勢手術によって精巣を取り除くと、男性ホルモンに起因する性衝動(リビドー)が減少し、結果としてマウンティングやメス犬をしつこく追いかけてハンピング(腰振り)するといった行動が減ったり、欲求不満などのストレスが軽減すると考えられます。ただしペット犬で確認されているストレス軽減効果が、なぜか野犬では確認されないという報告もありますので、すべての犬に等しく当てはまるわけではないようです。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の問題行動を増やすか?減らすか?

尿もれは増える?

去勢と尿もれとの間に因果関係は報告されていません。

 メス犬においては不妊手術後に尿もれ(尿失禁=歩いているだけでチョロチョロおしっこが漏れてしまう状態)を発症しやすくなるという報告が多数ありますが、オス犬においては同様の報告がありません。ただし去勢手術の失敗により、尿道などをメスで傷つけてしまうと、当然リスクは高まるでしょう。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の泌尿器の病気を減らすか?

噛み癖は治る?

よくわかっていません。

 多くの書籍やネット情報では、去勢手術によって男性ホルモンレベルが低下すると、オス犬に特有の攻撃性が減少するといった記述が見られます。しかし去勢と攻撃行動の関係性を検証した調査を詳しく調べてみると、手術によって増えるとか逆に減るといった報告があり、それほどはっきりとした答えは出ていませんので、「噛み癖をしつけ直す方法」を読んだほうが早いでしょう。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の問題行動を増やすか?減らすか?

性格はおとなしくなる?

徘徊・放浪行動は減るかもしれません。

 男性ホルモンが体内を循環していると、発情期のメス犬が発する匂いにつられ、放浪癖や徘徊行動が見られるようになります。過去に行われたいくつかの調査では、去勢手術を受けた犬のおよそ半数で改善が見られたとされていますので、迷子予防になってくれるかもしれません。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の問題行動を増やすか?減らすか?

無駄吠えはなくなる?

遠吠えに関しては減るかもしれません。

 ペンシルベニア大学獣医学部が行った調査によると、一生のうちで性ホルモンに暴露されていた期間の割合(PLGH)が増えるほど、また去勢を受けたタイミング(AAC)が遅いほど、飼い主の主観ベースで「留守番中の遠吠えが増加する」割合が増えたといいます。逆に言えば去勢手術によって遠吠えが減るということです。
 しかし去勢手術と無駄吠えの関係性を検証した調査はほとんどなく、また遠吠え以外の無駄吠え(ストレス・来客・他の犬 etc)は逆に増えるという報告もありますので、「無駄吠えをしつけ直す方法」を読んだ方が早いかもしれません。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の問題行動を増やすか?減らすか?

トイレで足上げしなくなる?

おしっこするときの姿勢が変わる可能性があります。

 ニューヨーク・コーネル大学のチームはアメリカ国内の2ヶ所にある動物保護施設に収容された犬たちを対象とし、排尿行動の際に見られる足上げ行動を促す要因は何なのかを検証しました。その結果、中型犬や大型犬よりも小型犬、そして去勢済みのオスより未去勢のオスの方が後ろ足を上げながらおしっこをする確率が高かったといいます。
 去勢手術後に排尿姿勢がかわり、足上げ放尿(RLU)を見せなくなる可能性は大いにあるでしょう。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 おしっこをするときに後ろ足を上げやすい犬の特徴は?

がんのリスクは減る?

去勢によって非生殖器系の悪性腫瘍(がん)の発症リスクが低下するという報告は見当たりません。

 生殖器以外に発症するがん(悪性腫瘍)に関し、去勢手術によって発症リスクが低下するという報告は見当たらず、逆にほとんどはリスクが増加してしまう可能性を示しています。ただし去勢手術を受けたタイミングや犬の品種によって結果は変動し、また調査のほとんどはアメリカとイギリスの犬を対象としていますので、日本に暮らす犬にどれほど当てはまるのかはわかっていません。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の悪性腫瘍(がん)発症リスクを減らすか?

骨や筋肉の病気は減る?

去勢手術で筋骨格系疾患のリスクが低下するという報告は見当たりません。

 筋骨格系の疾患としては股異形成肘関節形成不全膝蓋骨脱臼変形性関節症(骨関節炎)、前十字靭帯断裂などがあります。過去にかなりの数の調査が行われていますが、残念ながら去勢手術によってこれらの怪我や病気のリスクが低下するという報告はないようです。
 去勢によって太りやすくなることのほか、骨端線の閉鎖が遅れ、体が大型化することが一因ではないかと考えられていますが、はっきりしたことはわかっていません。去勢手術の時期に関し「大型犬と超大型犬に関しては最新のデータを参照すること」という保留的な態度をとっている獣医療組織があるのもそのためです。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の筋骨格系疾患を減らすか?

生殖器の病気は減る?

おおむね減ります。

 去勢手術によって精巣を取り除くと、男性ホルモンレベルが低下しますので、ホルモン依存性の病気が減ります。オス犬では前立腺肥大精巣腫瘍に対する予防効果が報告されており、特に停留(潜在)精巣がある場合は腫瘍化する前に切除したほうが良いと推奨されています。
 一方、前立腺がんのリスクが高まるという報告がありますが、がんの発症自体が少なく、またエビデンスの強度も弱いため、手術の決定因として考慮する価値があるかどうかは疑問です。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の生殖器の病気を減らすか?

内分泌疾患は増える?減る?

去勢と副腎皮質機能亢進症との関係性が指摘されています。

 アメリカ・カリフォルニア大学の動物科学部チームは1995年から2010年の期間、同大学デイヴィス校に蓄積されたトータル90,090頭の犬の医療データを基にして、不妊手術(オス犬の去勢+メス犬の避妊)と遺伝性疾患との関連性を精査しました。
 内分泌系の疾患に限定した場合、去勢手術を受けたオス犬では副腎皮質機能亢進症(クッシング症候群)の発症リスクが2.02倍であることが判明したといいます。ただしこれは単なる関係性であり、必ずしも「去勢→発症」という因果関係を示しているわけではありません。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 犬の不妊手術(去勢・避妊)と遺伝性疾患の発症リスク

免疫系疾患は増える?減る?

去勢といくつかの免疫系疾患の関係性が指摘されています。

 アメリカ・カリフォルニア大学の動物科学部チームは1995年から2010年の期間、同大学デイヴィス校に蓄積されたトータル90,090頭の犬の医療データを基にして、不妊手術と免疫系疾患の発症リスクに関する統計調査を行いました。
 免疫系疾患のオッズ比(OR=1より大きいほど標準より発症リスクが高い)に限定した場合、去勢手術を受けたオス犬においては炎症性腸疾患(OR1.43)、免疫介在性血小板減少症(OR2.05)、甲状腺機能低下症(OR1.29)、クッシング症候群(OR2.07)、自己免疫性溶血性貧血(OR1.76)、アトピー性皮膚炎(OR1.51)だったといいます。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 犬の不妊手術(去勢・避妊)は免疫系疾患の発症リスクを高めるかも

認知症になりやすくなる?

よくわかっていません。

 去勢手術によって軽度~重度の認知機能不全(認知症)に進行しやすいという調査報告がある一方、手術による影響はなかったという反証が同時に存在しています。まだ研究中の分野ですので、現時点ではっきりしたことは言えません。論文を含めた詳しい内容は以下のページをご参照下さい。 去勢・避妊手術は犬の認知症リスクに影響するか?
いまだに去勢賛成派と反対派が混在している理由は、上記したようにメリットとデメリットが複雑に絡み合っているからです。そう簡単に答えは出ませんね。
NEXT:停留精巣の危険性

停留精巣の診断と手術

 停留精巣(ていりゅうせいそう)とは、本来なら陰嚢の中にあるべき精巣がそれ以外の部分に停留した状態のことです。遺伝病の一種であり、性染色体連鎖性劣性遺伝でオスからオスに伝わると考えられています。発症率は10%というデータもありますが、国、犬種、血統によって割合が変動しますのであくまでも参考です。

停留精巣の診断

 オス犬の場合、生後5~10日齢で睾丸が陰嚢の中に移動し、生後14日齢くらいで触知できるようになります。この頃の子犬が興奮したり激しい運動をしたりすると、一度落ちてきた睾丸がまるでヨーヨーのように、再び腹腔内に引き戻されてしまうことがあります。移動が正常に完了し、位置が定まって腹腔内への引き戻しが起こらなくなるのは生後8週齢(56日齢)ころです。ただし犬の中には生後6ヶ月齢になってようやく移動が完了する個体もいます(Cox, 1986)
 犬が停留精巣であるかどうかの診断は生後8週齢頃に行います。片方だけ降りてもう片方が見当たらない場合が片側性の停留精巣(片玉)、両方とも見当たらない場合が両側性の停留精巣です。最も多いのは片側性(75%)で右側の精巣だけが停留するというパターンが左側の2倍に達するとされています出典資料:Miller, 2004)
 なお睾丸がそもそも1つしかない場合は単精巣(monorchidism)、そもそも両方欠落している場合は無精巣(anorchism)として区別しなければなりません。

停留精巣のデメリット

 男性ホルモンの生成と分泌は体温の影響を受けませんので、腹腔内に停留精巣という形でとどまると、体がホルモンの影響を受け続けることになります。以下に述べるようなさまざまなリスクがあるため、見つかった場合は開腹手術(おなかを切り開くタイプの外科手術)や腹腔鏡手術(おなかに小さな穴をあけるタイプの外科手術)によって体外に取り出すことを検討しなければなりません。

精巣捻転

 精巣捻転とは、精巣がぐるぐる動き回ることによって精索(精管+動静脈)がねじれて血流不足に陥り、栄養と酸素不足で精巣が死んでしまうことです。特に腹腔内にとどまるタイプの停留精巣では、しっかりと位置が固定されていないため捻転が起こりやすく、また腫瘍化(巨大化)した場合はさらにリスクが高まるとされています。治療しなかった場合は腹膜炎や腹水を発症してショック状態に陥り、最悪のケースでは死亡してしまいます。

腫瘍化

 停留精巣が腫瘍化すると、巨大化によって腹部が圧迫され、痛みや違和感の原因になります。また運動や衝撃で破裂すると腹腔内で出血を起こし、周辺にある臓器への血液供給が滞って多臓器不全につながります。精巣内に含まれていた大量の男性ホルモンによって行動に変化が起こることもあります。

女性化症候群

 女性化症候群とは、特にセルトリ細胞腫によって女性ホルモンが大量に分泌され、乳房の膨張、オス犬の誘引、排尿姿勢の変化、皮膚の黒ずみや被毛の対称性脱毛(腹部・背部・胸部・頸部に多い)、前立腺障害(痛み・炎症・膿瘍など)、骨髄低形成が引き起こされることです。

骨髄低形成と汎血球減少

 骨髄低形成とは、体内を循環する過剰な女性ホルモン(エストロゲン)によって骨髄の機能が障害され、血球(赤血球・白血球・血小板)が十分に製造されなくなることです。エストロゲン中毒とも呼ばれ、最悪のケースでは血球成分の不足から死亡してしまいます。例えば赤血球不足による貧血、白血球不足による免疫力低下、血小板不足による凝結障害などです。

停留精巣の手術方法と料金

 しっかり落ちてこなかった精巣はおなかの中、鼠径部、陰嚢周辺部などにとどまっています。どこにあるのかを見極めた上で慎重に切除しなければなりません。なおhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)やGnRH(性腺刺激ホルモン放出ホルモン)で正常な位置まで落とすホルモン療法もありますが成功例は数えるほどしかなく、また外科手術で強引に固定する方法は倫理面(疾患遺伝子を伝えてしまう危険性)から非推奨とされています。

皮下停留精巣の手術方法

 鼠径部に停留している場合は膨らみとして確認できますので場所の特定は簡単です。切除する際は脂肪の塊や鼠径リンパ節と間違わないようしっかり確認し、「図解・去勢手術のやり方」で解説したのと同じように、直上の皮膚を切開して停留していた精巣を体の外に露出した上で結紮・切除します。 画像の元動画→Canine Inguinal Cryptorchid 犬の皮下停留精巣  皮下停留精巣の手術にかかる金額は、10,000~40,000円程度が一般的です。2015年のデータでは、だいたいの相場(中央値)が「20,568円」となっています(📖:日獣医・診療料金実態調査

腹腔内停留精巣の手術方法

 精巣が腹部に停留しているような場合は、超音波検査をしたりいったんおなかを切り開いた上で位置を特定しなければなりません。停留精巣は通常の精巣に比べて小さく、またしっかりと固定されていませんので、なかなか見つからないこともしばしばです。
 開腹手術は犬の体に対する負担が大きいため、近年は腹腔鏡を用いた手術法も開発されています。この方法を用いた場合、へその下に1.5~3.0cm前後の穴を開けて腹腔鏡を差し込み、停留している精巣をカメラで見つけます。見つかったら患部の近くにもう1つ別の穴を開けて医療鉗子を差し込み、2~3cmの切れ込みを付けて精巣を体の外に取り出します。後は「図解・去勢手術のやり方」で図解したのと同じ手順で停留精巣を切除します出典資料:M. Lew, 2005)画像の元動画→Laparoscopic Assisted Cryptorchid Neuter 犬の腹腔内停留精巣  従来の開腹手術にくらべ、かかる時間(10~30分)の短縮、体につける傷の減少(1~3cm)、術後の痛みや鎮痛薬の軽減などさまざまなメリットがあります。動物病院が腹腔鏡手術に対応しているかどうかは事前にご確認下さい。
 腹腔内停留精巣の手術にかかる金額は、15,000~50,000円程度が一般的です。2015年のデータでは、だいたいの相場(中央値)が「28,500円」となっています(📖:日獣医・診療料金実態調査
停留精巣は病気の一種ですが、ペット保険ではなぜか補償されないことが多いようです。加入している場合は「停留/潜在」「精巣/睾丸」などのキーワードを約款内でご確認下さい。
NEXT:化学的去勢とは?

去勢の代わりになる方法

 去勢手術のメリット・デメリットでも解説したとおり、去勢によって改善が期待できる項目もあれば、逆に悪化の危険性を否定できない項目もあります。外科手術で精巣を切り取ってしまうと、もう元に戻すことはできません。手術を行うべきかどうかわからない飼い主の中には、後悔しないよう薬剤による化学的去勢という選択肢に頼る人もいます。
 以下は代表的な去勢手術の代替法です。効果が100%でないとか薬による副作用があるなど、外科手術とは違ったデメリットがありますのでご注意下さい。またかかりつけの動物病院が対応しているかどうかは事前にご確認下さい。 Contraception and Fertility Control in Dogs and Cats

性腺を狙った方法

 性腺に直接化学物質を注入することによって精巣、精巣上体、精管などに働きかけ、精子を形成できなくする方法です。「化学的去勢」と言った場合、狭い意味ではこの方法を意味します。
 去勢手術の場合と同様、ひとたび生殖能力を失うともう元には戻せません。切開を必要としないことから、数多くの野犬を一度に去勢する場合などに採用されます。また麻酔が必要ないことから、肝臓や腎臓が弱い老犬などに用いられることもあります。
 グルコン酸亜鉛を用いた製品アメリカのFDA(食品医薬品局)ですでに認可済です。

視床下部を狙った方法

 性腺刺激ホルモン放出ホルモン(GnRH)は視床下部から分泌されるホルモンの一種で、生殖サイクルの維持に関わっています。男性では一定の頻度で分泌されますが、女性では月経周期によって頻度が異なり、排卵前に分泌量が急激に高まります。GnRHを狙った化学的去勢の目的は、体内における分泌リズムを崩すことです。
 現在「GnRH作動薬」「GnRH拮抗剤」「GnRH毒素抱合体」「GnRHワクチン」などの開発が進んでいます。なお薬の効果が切れると生殖能力は元に戻ります。

下垂体を狙った方法

 プロゲスチンをオスに投与すると、下垂体からの性腺刺激ホルモンの分泌が抑制され、結果として生殖能力が失われると考えられています。しかし糖尿病、乳がん、乳腺過形成、副腎皮質機能低下症などの副作用が出てしまうリスクが高まります。薬の効果が切れると生殖能力は元に戻ります。

免疫学的な方法

 免疫学的な方法は、オス犬の精子にだけ含まれるタンパク質を見つけ出し、それを選択的に異物として排除するような免疫機構をワクチンによって人為的に作り出すというものです。まだ実験的な段階で、副作用(体の他の部位まで攻撃してしまうなど)があるため実用化には至っていません。
メリット・デメリットをよく読み、去勢手術を行うかどうか、もし行うとしたらいつ行うのがよいかをじっくり検討して下さい。メスに関しては「メス犬の避妊手術」で解説してあります。