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犬に睡眠薬を投与する危険性~種類・副作用から誤飲したときの対処法まで

 特殊な状況に置かれた飼い主の中には、犬用の睡眠薬を求める人がいます。しかし獣医師が処方した睡眠薬でも市販の睡眠改善薬でも、死亡を含めたさまざまな副作用が報告されていますので、自己判断で投与するのは絶対に厳禁です。

犬が睡眠薬を誤飲したら

 特殊な状況に置かれた飼い主の中には、犬用の睡眠薬を求める人がいます。例えば犬を飛行機や新幹線に乗せるため数時間だけおとなしくしてほしいとか、犬の寝付きが悪くて夜中に何度も起こしに来るとか、老犬が認知症(痴呆)を発症して夜鳴きがひどいなどです。しかし獣医師が処方した睡眠薬でも市販の睡眠改善薬でも、死亡を含めたさまざまな副作用が報告されていますので、自己判断で投与するのは絶対に厳禁です。 犬に睡眠薬を投与することには様々なリスクが伴う  犬が人間用の睡眠薬を誤飲したとか、間違った量を投与したという場合、中毒に陥る危険性がありますので薬の種類と飲み込んだ量を確認した上で急いで動物病院を受診します。薬が効くまでの時間は早ければ10分ほどですので、症状が出る前に催吐、胃洗浄、輸液治療などを行う必要があります。受診が間に合わず症状が出てしまった場合は、最低でも半日(12時間)ほど入院して体調をモニタリングすることが必要です。 犬が異物を飲み込んだらどうする?

睡眠薬の種類と副作用

 人間に対して処方される睡眠薬にはベンゾジアゼピン系、非ベンゾジアゼピン系、メラトニン受容体作動薬などがあります。また市販されている睡眠改善薬としてはジフェンヒドラミンが代表格です。それぞれ違った効果を有しており、犬が間違って食べてしまったり誤った量を投与した場合さまざまな副作用を引き起こしてしまいます。以下は学術論文等で報告されている一例です。

ベンゾジアゼピン系睡眠薬

 ベンゾジアゼピン系の睡眠薬は、脳内において神経細胞の抑制にかかわるGABA-A受容体に作用し、神経伝達物質の一種であるGABA(γ-アミノ酪酸)の働きを強めて鎮静や睡眠導入を促します。人間向けの精神安定剤(抗不安薬)や鎮静剤の成分としても使われていますが、乱用や依存症の危険性があるため医師の処方がないと使用できません。

ベンゾジアゼピンの副作用・人

 人医学においては短時間型(半減期1~12時間)と中間型(半減期12~40時間)のベンゾジアゼピンは主として不眠症の治療に用いられますが、投薬の中止によって反跳性不眠(リバウンドの不眠症)が生じることがあります。また長時間型(半減期40~250時間)のベンゾジアゼピンは主として不安症の治療に用いられますが、高齢者や肝臓の機能が低下した人において体内に蓄積する危険性が指摘されています。
 過剰摂取したときの主な症状は眼振、低血圧、運動失調、昏睡、呼吸抑制、心停止などです。

ベンゾジアゼピンの副作用・犬

 犬に間違った量のベンゾジアゼピンを投与すると、中毒症状が引き起こされます。代表的な症状は元気消失、運動失調、嘔吐、落ち着きをなくす、知覚過敏、震え、昏睡、流涎(よだれを垂らす)、攻撃性の増加、麻痺などです出典資料:Bertini, 1996)
 アメリカのペット中毒ヘルプセンターが1998年から2000年にかけて行った統計調査では、中間型(半減12~40時間期)のベンゾジアゼピンだけに限定したにもかかわらず、わずか3年間で238もの疑わしい症例が見つかったといいます。症状の多くは誤飲から10~30分という極めて短い時間で現れたとも出典資料:Wismer, 2002)
 また哺乳動物に対してベンゾジアゼピンを長期的に使用すると薬剤耐性がついて依存性が高まることが報告されています。投与をやめたときの禁断症状もあり、犬の場合は筋トーヌスの亢進(力が入りっぱなし)、硬直姿勢(手足がガチガチ)、ぎこちない歩き方、震え、けいれん、突発的な筋肉の収縮(ジャーク)などが報告されています出典資料:Loscher, 1989)
 人間向けに処方されたベンゾジアゼピン系睡眠薬を、犬が誤って飲み込んで中毒に陥るケースが報告されています。例えば2006年1月から2012年12月までの期間中、イタリア・ミラノにある中毒ヘルプセンターに寄せられたペットの症例を後ろ向きに参照したところ、中枢神経系に働きかける人間向け薬剤によるケースが42あり、そのうちベンゾジアゼピンを原因とするものが7%(3症例)を占めていたといいます出典資料:Caloni, 2014)

非ベンゾジアゼピン系睡眠薬

 非ベンゾジアゼピン系睡眠薬とは、ベンゾジアゼピン系と化学構造が異なっているにも関わらず、ベンゾジアゼピン系と薬理学的によく似た作用をもたらす薬の総称です。ベンゾジアゼピン系と同様、神経伝達物質の一種であるGABA(γ-アミノ酪酸)の働きを強めて鎮静や睡眠導入を促します。

非ベンゾジアゼピン系の副作用・人

 人医学においては超短時間型(作用時間は2~4時間で効果のピークが1時間未満)が主として入眠障害の治療に用いられます。しかし投薬をやめた場合の反跳作用(眠りに入りにくくなる)と離脱症状が報告されており、また乱用の危険性もあるため医師の処方がないと使用できません。

非ベンゾジアゼピン系の副作用・犬

 アメリカのASPCA(動物虐待防止協会)は1998年から2000年の期間中、附属機関であるペット中毒ヘルプセンターに問い合わせがあった症例を後ろ向きに参照し、非ベンゾジアゼピン(ゾルピデム)による中毒症例がどのくらいあるのかを検証しました。
 その結果、疑わしいものも含めて33症例が見つかり、患犬の年齢は5ヶ月齢~16歳、誤飲量は体重1kg当たり0.24~21mgであることが判明したといいます。症状として多かったのは運動失調(54.5%)、過活動性(30.3%)、嘔吐(21.2%)、元気喪失(15.2%)で、その他パンティング(速くて激しい呼吸)、方向感覚の喪失、流涎(よだれ)が12.1%ずつ確認されたとも(複数回答あり)。85%では誤飲から1時間以内に症状が現れ、12時間以内に回復の兆しを見せたそうです。
 調査チームは、本来なら中枢神経系の働きを抑制するはずの薬が、犬においてはなぜか逆に興奮させる方向で働く可能性があると指摘しています出典資料:Richardson, 2008)
 人間向けに処方された非ベンゾジアゼピン系睡眠薬を、犬が誤って飲み込んで中毒に陥るケースが報告されています。例えば2006年1月から2012年12月までの期間中、イタリア・ミラノにある中毒ヘルプセンターに寄せられたペットの症例を後ろ向きに参照したところ、中枢神経系に働きかける人間向け薬剤によるケースが42あり、そのうち非ベンゾジアゼピン(ゾルピデム)を原因とするものが14%(6症例)を占めていたといいます出典資料:Caloni, 2014)
 ミネソタ州にあるペット中毒管理センターは2004年から2010年の期間中に収集された電子医療記録を後ろ向きに参照し、睡眠薬を原因とする犬の中毒症例を検証しました。
 その結果、疑わしい症例を含めて317見つかったといいます。原因が判明している症例の統計をとったところ、ゾルピデムが75.7%と圧倒的な多数を占め、それにエスゾピクロン19.5%、ザレプロン4.7%が続いたとも。最終的には非ベンゾジアゼピン系睡眠薬が99.9%を占めるという結果になりました。
 36%(115症例)では症状が確認され、中枢神経系の症状(過剰な覚醒・鎮静)や消化器系の症状(食欲不振・よだれ・嘔吐)が多く見られたとも。死亡例はなかったものの、何らかの症状を示している犬は最低12時間の入院治療とモニタリングが必要であると警告しています出典資料:Lancaster, 2011)

メラトニン受容体作動薬

 メラトニン受容体作動薬とは、覚醒と睡眠リズムに関わるメラトニン受容体に作用して体内時計を調整する睡眠薬の一種です。
 メラトニンは脳内にある松果体と呼ばれる部位で作られるホルモンの一種で、視床下部に働きかけることで自律神経の働きを調節しています。午後8時(20時)ごろから分泌されて夜間の1~2時に最大値となり、明け方に減少するという日内リズムを持っており、体内時計のリズムを整えることから「睡眠ホルモン」の異名を持ちます。
 メラトニン受容体は上記メラトニンが特異的に結合する部位のことで、体温を低下させて睡眠を促すMT1受容体と体内時計を同調させるMT2受容体が視床下部・視交叉上核にあります。メラトニン受容体作動薬はこれら2種類の受容体に働きかけることで、体内時計のリズムを整えて自然な眠りを誘発する作用を有しています。内因性のメラトニンと比較したときの受容体への結合能力は数倍です。

メラトニン受容体作動薬の副作用・人

 メラトニン受容体作動薬は眠りの途中でしょっちゅう目覚めてしまう人や、朝早くに目を覚ましてしまう人、及びなかなかぐっすり眠ることができない人を対象として処方されます。効果が現れるまでに時間を要することがあり、人によっては2~4週間ほどかかることもあります。また推奨用量である8mgを投与した人においては眠気(5%)、倦怠感(4%)、浮動性めまい(5%)といった副作用も報告されています。

メラトニン受容体作動薬の副作用・犬

 犬においては作動薬ではなく、サプリメントとして市販されているメラトニンによる中毒例がアメリカで報告されています。しかし原因となった物質はメラトニンそのものではなく、錠剤の糖衣に使われていたキシリトールでした出典資料:FOX13)
 メラトニンサプリメントを輸入して使用したり、国内で市販されているものを使用する場合は、キシリトールが使われていないことを確認し、もし使われている場合は、犬が誤飲してしまわないよう厳重に保管することが必要です。 犬のキシリトール中毒

ジフェンヒドラミン

 ジフェンヒドラミンはヒスタミンH1受容体拮抗薬の一種です。本来ならヒスタミンが結合するはずのH1受容体にいち早く取り付き、結合部位を塞ぐことでヒスタミンが引き起こす炎症、気道内分泌、覚醒状態などが抑制されます。またアセチルコリンが受容体に結合するのを阻害する抗コリン薬としての側面も有しており、喉が渇く、便秘、幻覚など数多くの副作用が引き起こされます。

ジフェンヒドラミンの副作用・人

 人医学では短期間な使用でもすぐに耐性が付き、薬が効かなくなるため不眠症に対する使用は推奨されていません。日本国内では「睡眠改善薬」として販売されており、医師の処方箋がなくても薬局などで入手が可能ですが、耐性のほか依存性の問題も指摘されているため、やはり長期的な使用は避けるべきとされています。

ジフェンヒドラミンの副作用・犬

 ノースカロライナ州立大学のチームは、2008年から2013年の期間中、ペット中毒管理センターに報告された症例の中からジフェンヒドラミンに関連したものだけをピックアップし、疫学調査を行いました。
 その結果、経口的もしくは注射によって体内に摂取した症例が全部で621見つかったといいます。犬の平均年齢は3.6歳、経口摂取が93.6%(581症例)と大部分を占めていました。最低1つの中毒症状を示した割合は23.5%(146症例)で、多かったのは中枢神経系(元気喪失・過活動・易興奮性・高体温・運動失調・振戦・筋線維束性攣縮)や心血管系(頻脈)で、死亡例も3つ確認されたとも。症状の重症度は体内に取り込んだ用量と正の相関関係にありました出典資料:Worth, 2016)
 人間の場合と同様、耐性がついてすぐに効果がなくなってしまう恐れがあり、また長期的に服用した場合の肝臓への負担も十分に検証されていません。睡眠薬として日常的に使用することは避けたほうが安全でしょう。
人間向けの薬を犬に誤って投与してしまうことによる中毒症例が数多く報告されています。薬の誤飲が疑われる場合は、種類と飲み込んだ量を 確認の上、すぐ動物病院を受診して下さい。 犬が異物を飲み込んだらどうする?