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去勢・避妊手術は犬の筋骨格系疾患を減らすか?

 犬に対して不妊手術(オスの去勢とメスの避妊)を施すと筋骨格系疾患の発症リスクは変わるのでしょうか?もし変わるとするとリスクが高まるのでしょうか、それとも逆に低くなるのでしょうか?最新のデータとともに検証してみましょう。

犬の不妊手術と筋骨格系疾患

 2019年、アメリカ・ワシントン大学病理学部が犬に対する不妊手術に関する包括的なレビューを行いました。当ページでは手術と筋骨格系疾患の関連性について検証した過去の調査報告(エビデンス)をご紹介します。なお出典論文はオープンアクセスです。 Desexing Dogs: A Review of the Current Literature
Silvan R. Urfer, Matt Kaeberlein, Animals 2019, 9(12), 1086; DOI:10.3390/ani9121086
ざっくりまとめると
  • オスでもメスでも不妊手術でリスクの低下する筋骨格系疾患は報告されていない
  • 不妊手術が招いた肥満が発症リスクを高めている可能性がある
  • 体重がまるで違うため大型犬の統計データを小型犬に当てはめるのは危険
  • 不妊手術のタイミングで発症リスクが変動することがある
  • 統計の元データはアメリカとイギリスの犬に大きく偏っている
  • 前十字靭帯✅さまざまな犬種を包括した場合、オスメスとも不妊手術を受けた犬の受傷リスクが高いという報告のほか、避妊手術を受けたメス犬でだけ受傷リスクが2倍になるといった報告がある
    ✅ゴールデンレトリバーに限定するとオスメスとも早期不妊手術で受傷リスクが高まる
    ✅ラブラドールレトリバーに限定するとオスの早期去勢手術で発症リスクが高まる
    ✅ジャーマンシェパードに限定するとオスメスとも不妊手術で受傷リスクが高まる
  • 股異形成✅ゴールデンレトリバーに限定するとオスの早期去勢手術で発症リスクが高まる
    ✅ラブラドールレトリバーに限定するとタイミングに関わらずメスの避妊手術で発症リスクが高まる
  • 肘関節障害オスメスとも不妊手術を施すと関節障害(骨関節炎・肘異形成・外傷)のリスクが1.7倍
  • 骨関節炎オスメスとも不妊手術を施すとリスクが1.8倍
  • 膝蓋骨脱臼オスメスとも不妊手術を施すとリスクが2.4倍

犬の不妊手術と筋骨格系疾患・エビデンス集

 以下は犬の不妊手術と筋骨格系疾患の関連性に関するエビデンス(科学的証拠)です。出典へのリンクもありますので参考にして下さい。

アメリカ(2004)

 テキサス工科大学医療科学センターは、整形外科疾患を専門とする動物病院の医療記録3,218頭分を後ろ向きに参照し、前十字靭帯(膝関節の中にある紐状の結合組織)損傷に関する疫学調査を行いました。
 その結果、全体の受傷率は3.48%で、不妊手術(子宮卵巣切除術および精巣切除術)を受けた場合、オス犬(2.1% vs 3.8%)でもメス犬(2.4% vs 5.2%)でも未手術の犬に比べ受傷率が統計的に高かったと言います。またオスメス全体で見ても、未手術(2.3%)の場合より手術済み(4.7%)の方が高いと判定されました。さらに小型犬や中型犬に比べ、大型犬以上の受傷リスクは62%ほど高まることも併せて確認されました。
Orchiectomy Increases the Prevalence of ACL Injury
J Slauterbeck, K Pankratz, K Xu, S Bozeman, D Hardy, Clinical Orthopaedics and Related Research, No.429, DOI: 10.1097/01.blo.0000146469.08655.e2

アメリカ(2013)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の調査チームは、米国内でペットとして飼育されているゴールデンレトリバー759頭の医療電子記録(2000~2009年)を元に、不妊手術と関節疾患(股異形成と前十字靭帯損傷)との関係性を検証しました。その結果、手術の有無によって以下の疾患における発症率が影響を受ける可能性が見えてきたといいます。「早期」は12ヶ月齢未満で不妊手術を受けたこと、「晩期」は12ヶ月齢以降に受けたという意味です。
不妊手術と関節疾患の発症率・GR編
  • 股異形成早期去勢10.3%>晩期去勢3.1%および未去勢5.1%
  • 前十字靭帯損傷早期去勢5.1%>晩期去勢1.4%および未去勢0%/早期避妊7.7%>未避妊0%および晩期避妊0%
Neutering Dogs: Effects on Joint Disorders and Cancers in Golden Retrievers
Torres de la Riva G, Hart BL, Farver TB, Oberbauer AM, Messam LLM, Willits N, et al. (2013) PLoS ONE 8(2): e55937. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0055937

アメリカ(2014)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の調査チームは医療データベース(2000年から2012年までの13年分)を参照し、1~8歳の年齢層に属するゴールデンレトリバー1,015頭(去勢オス315+未去勢オス228/避妊メス306+未避妊メス166)およびラブラドールレトリバー1,500頭(去勢オス272+未去勢オス536/避妊メス347+未避妊メス345)における不妊手術とさまざまな疾患との関連性を調査しました。関節疾患に限定した時の主な結果は以下です。
ゴールデンレトリバー
  • 股異形成未去勢(4%)のオス犬と比較し、去勢のタイミングが6ヶ月齢未満(14.7%)、6~11ヶ月齢(8%)、2~8歳(7.3%)のオス犬の方が発症リスクが高い
  • 前十字靭帯損傷未去勢(0%)のオス犬と比較し、去勢のタイミングが6ヶ月齢未満(9%)、6~11ヶ月齢(3.3%)、2~8歳(3.4%)のオス犬の方が発症リスクが高い/未避妊(0%)のメス犬と比較し、避妊のタイミングが6ヶ月齢未満(10.9%)、6~11ヶ月齢(4.9%)、2~8歳(3.4%)のメス犬の方が発症リスクが高い
ラブラドールレトリバー
  • 股異形成未避妊(1.7%)のメス犬と比較し、避妊のタイミングが6ヶ月齢未満(5.4%)、6~11ヶ月齢(5%)、1歳(4.3%)のメス犬の方が発症リスクが高い
  • 肘異形成未去勢(0.6%)のオス犬と比較し、去勢のタイミングが6ヶ月齢未満(4.2%)、2~8歳(2.2%)のオス犬の方が発症リスクが高い
  • 前十字靭帯損傷未去勢(2.3%)のオス犬と比較し、去勢のタイミングが6ヶ月齢未満(7.6%)のオス犬の方が発症リスクが高い
Long-Term Health Effects of Neutering Dogs: Comparison of Labrador Retrievers with Golden Retrievers.
Hart BL, Hart LA, Thigpen AP, Willits NH (2014) , PLoS ONE 9(7): e102241. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0102241

イギリス(2015)

 王立獣医大学の調査チームは、英国内にある97の一次診療機関に蓄積された171,522頭分の医療記録を後ろ向きに参照し、前十字靭帯損傷に関する疫学調査を行いました。
 その結果、全体の有病率は0.56%(953症例)で、未手術のメス犬を基準とした場合、避妊手術を受けたメス犬は2.1倍ほど発症リスクが高いと判定されました。一方、未去勢のオッズ比は0.9(=10%低い)、去勢済みのそれは1.3(=30%高い)でしたが、去勢手術と発症リスクとの間に統計的に有意な格差は認められませんでした。
Epidemiology of Cranial Cruciate Ligament Disease Diagnosis in Dogs Attending Primary‐Care Veterinary Practices in England
Frances E. Taylor‐Brown B, et al., Veterinary Surgery Volume 44, Issue 6, DOI:10.1111/vsu.12349

イギリス(2016)

 イギリス王立獣医大学のチームは2009年9月~2014年8月の期間、イギリス国内にある119の一次診療病院から合計210,824件の医療記録を集め、小型犬に多いとされる膝蓋骨脱臼に関する統計調査を行いました。
 その結果、当疾患の有病率は全体の1.3%(約2,740件)で、メスの罹患リスクはオスの1.3倍、不妊手術を施した犬のリスクは施していない犬の2.4倍だったといいます。なお当調査は「膝蓋骨脱臼の有病率と危険因子に関する統計」でも解説してあります。
The epidemiology of patellar luxation in dogs attending primary-care veterinary practices in England
Dan G. O’Neill, Richard L. Meeson, Adam Sheridan, David B. Church & Dave C. Brodbelt, Canine Genetics and Epidemiology volume 3, Article number: 4 (2016) , DOI:10.1186/s40575-016-0034-0

アメリカ(2016)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の教育病院(VMTH)において、2000年1月から2014年6月までの14年半の間に蓄積された医療データを後ろ向きに調査し、ジャーマンシェパードと関節障害との関連性が検証されました。調査対象となったのは合計1,170頭(未手術オス460+去勢オス245/未手術メス172+避妊メス293)のデータです。
 その結果、少なくとも1ヶ所に関節疾患を発症した個体数に関し、オス犬では「未去勢7%<早期去勢が21%」、メス犬では「未避妊5%<早期避妊16%」という有意差が確認されたといいます。また早期不妊手術によって最も発症リスクが高まった疾患は前十字靭帯損傷だったとも。なお「早期」とは1歳になる前のタイミングを指します。
Neutering of German Shepherd Dogs: associated joint disorders, cancers and urinary incontinence
Hart BL, Hart LA, et al., Vet Med Sci. 2016 May 16;2(3):191-199. DOI: 10.1002/vms3.34

アメリカ(2017)

 カリフォルニア大学の調査チームは、大学付属の教育病院において1995年から2010年までの15年間で収集した医療データを参照し、OMIAデータベースにおいて遺伝性が確認されている疾患を疫学的に調査しました。
 153犬種、合計90,090頭分のデータを総合的に見た場合、避妊済みのメス犬では椎間板疾患のオッズ比が1.7、前十字靭帯損傷が3.18になることが判明したといいます。一方、去勢済みのオス犬では前十字靭帯損傷のオッズ比が2.32と推計されました。なお当調査でオスメスとも有意差が確認されなかった関節疾患は肘異形成、股異形成、膝蓋骨脱臼(パテラ)です。詳しくは「犬の不妊手術(去勢・避妊)と遺伝性疾患の発症リスク」でも解説してあります。
Correlation of neuter status and expression of heritable disorders
Belanger, J.M., Bellumori, T.P., Bannasch, D.L. et al., Canine Genet Epidemiol 4, 6 (2017). https://doi.org/10.1186/s40575-017-0044-6

イギリス(2018)

 リンカーン大学が中心となったチームは「VetCompass」と呼ばれる疫学調査プログラムに参加している一次診療クリニックを受診した犬を対象とし、四肢(肩関節から先+股関節から先)に発症する骨関節炎の有病率と危険因子を精査しました。
 調査の結果、合計455,557頭分の医療データのうち4,196件で発症が確認されたと言います。また未手術の犬を基準としたとき、不妊手術を受けた犬では1.8倍の有病リスクが見られたとも。不妊手術を施すことによって体重が増加し関節への負担が増えた可能性のほか、性腺ホルモンのバランスが変わって関節内の代謝が影響を受けた可能性が想定されています。なお当調査は「犬の四肢における骨関節炎(変形性関節症)の有病率と危険因子・英国版」でも解説してあります。
Prevalence, duration and risk factors for appendicular osteoarthritis in a UK dog population under primary veterinary care
Katharine L. Anderson, Scientific Reports volume 8, Article number: 5641 (2018), doi:10.1038/s41598-018-23940-z

アメリカ(2019)

 「Morris Animal Foundation」の調査チームは全米48州に暮らすゴールデンレトリバーの健康状態を長期的にモニタリングする「Golden Retriever Lifetime Study」に参加している犬を対象とし、不妊手術と整形外科的疾患(前十字靭帯損傷と骨関節炎)の疫学を調査しました。
 肥満および整形外科的な疾患を抱えていないという条件で選抜された2,764頭の医療記録を前向きに調べたところ、不妊手術を受けていない個体と比べ、6ヶ月齢以前のタイミングで早期手術(去勢もしくは避妊)を受けた個体では、整形外科的疾患の発症リスクがハザード比で4.06になることが判明したといいます。
 ただし肥満のハザード比に関し、手術のタイミングが6ヶ月齢以前で1.81、6~12ヶ月齢以前で2.21、12ヶ月齢超で1.56になると推計されましたので、不妊手術が整形外科的疾患のリスクを高めたのか、それとも不妊手術が招いた肥満がリスクを高めたのかは検証の余地があるとしています。
Age at gonadectomy and risk of overweight/obesity and orthopedic injury in a cohort of Golden Retrievers.
Simpson M, Albright S, Wolfe B, Searfoss E, Street K, Diehl K, et al. (2019) PLoS ONE 14(7): e0209131. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0209131

イギリス(2020)

 王立獣医大学の調査チームは英国内における獣医療の疫学調査プログラム「VetCompass」に参加している一次診療施設に協力を仰ぎ、2013年における合計455,069の症例データを検証しました。
 その結果、肘関節に関する疾患の有病率は0.56%、調査期間中に新たに診断された「インシデントケース」は全部で616件あったといいます。多い疾患は上から順に骨関節炎(76%)、肘異形成(30.8%)、外傷(6.7%)でした。また危険因子を統計的に調べたところ、成犬時の体重が犬種の標準値以上、加齢、オスのほか、不妊手術済み(1.69倍)が残ったといいます。
Epidemiology and clinical management of elbow joint disease in dogs under primary veterinary care in the UK.
O’Neill, D.G., Brodbelt, D.C., Hodge, R. et al. , Canine Genet Epidemiol 7, 1 (2020). https://doi.org/10.1186/s40575-020-0080-5
不妊手術が筋骨格系疾患の発症リスクを下げるというエビデンスはないようです。「不妊手術→体重増加→骨や関節の受傷リスクが高まる」という可能性もありますので、影響が直接的なのか間接的なのかは検証の余地があるでしょう。手術に関しては「犬の去勢と避妊」、疾患に関しては「犬の筋骨格系疾患一覧」をご参照下さい。