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去勢・避妊手術は犬の認知症リスクに影響するか?

 犬に対して不妊手術(オスの去勢とメスの避妊)を施すと認知能力(記憶力・空間認識力・訓練性 etc)に影響が出るのでしょうか?もし出るとしたら能力を改善するのでしょうか?それとも悪化させて認知症の発症リスクを高めてしまうのでしょうか?最新のデータとともに検証してみましょう。

犬の不妊手術と認知能力・認知症

 2019年、アメリカ・ワシントン大学病理学部が犬に対する不妊手術に関する包括的なレビューを行いました。当ページでは手術と認知能力・認知症の関連性について検証した過去の調査報告(エビデンス)をご紹介します。なお出典論文はオープンアクセスです。 Desexing Dogs: A Review of the Current Literature
Silvan R. Urfer, Matt Kaeberlein, Animals 2019, 9(12), 1086; DOI:10.3390/ani9121086
ざっくりまとめると
  • 去勢済みのオスは未去勢のオスに比べて軽度~重度の認知機能不全に進行しやすいかも
  • 特定犬種のオスでは去勢手術によって訓練性が高まるかも
  • オスよりもメス犬の方が2.4倍認知症を発症しやすいかも
  • オスでもメスでも不妊手術を受けた場合2.5倍認知症を発症しやすいかも
  • 空間認識能力に関しては避妊済みのメスが最も優れているかも
  • オスでもメスでも、不妊手術による影響はなかったという反証がある
 上記したように、不妊手術を施した犬で認知症のリスクが高いという報告がある一方、まったく無関係という報告があったり、逆にリスクが低いという報告があったり、はっきりしません。性差や犬種による影響もよくわかっておらず、調査数自体も少ないため、因果関係を断言できないというのが現状です。

犬の不妊手術と認知能力・エビデンス集

 以下は犬の不妊手術と認知能力(認知症)の関連性に関するエビデンス(科学的証拠)です。出典へのリンクもありますので参考にして下さい。

アメリカ(2001)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の調査チームは、不妊手術が老犬の認知機能に及ぼす影響を検証しました。11~14歳に属する未去勢のオス29頭、去勢済みのオス47頭、避妊済みのメス63頭の飼い主を対象とし、犬の認知症が現れやすい4項目(家や庭での方向認識・社会的交流・トイレ・睡眠覚醒サイクル)に関するアンケートを行った後、12~18ヶ月経過したタイミングで再び電話インタビューを行いました。
 その結果、去勢済みのオスは未去勢のオスに比べて軽度~重度の認知機能不全に進行しやすいことが明らかになったといいます。また犬の年齢、再調査までの期間、犬の健康状態(※飼い主の主観評価による)と進行度は無関係だったとも。
 調査チームはすでに軽度の認知機能不全を抱えている場合、テストステロン(男性ホルモン)が認知症の進行に対して予防的に働いているのではないかと推測しています。なおメス犬のエストロゲンも同様の作用を有していると仮定されましたが、調査頭数が少なかったため統計的な検証まではできませんでした。
Effect of gonadectomy on subsequent development of age-related cognitive impairment in dogs
Hart BL, J Am Vet Med Assoc. 2001 Jul 1;219(1):51-6, DOI: 10.2460/javma.2001.219.51

アメリカ(2005)

 ペンシルベニア大学の調査チームは飼育頭数が多い11犬種に属する合計1,563頭の犬の飼い主を対象として「C-BARQ」と呼ばれるアンケートを行い、犬の訓練性に影響を及ぼしている因子が何であるかを検証しました。ここで言う「訓練性」には飼い主に注意を払う、シンプルなコマンドに素直に従う、「とってこい」へのモチベーションが高い、気が散りにくいなどが含まれます。
 回答を統計的に検証したところ、品評会ライン(ドッグショーに出場することを目的としている犬)においては訓練性のスコアが有意に低いことが確認されたといいます。また性別による違いは認められず、不妊手術の有無による影響もほとんど認められませんでした。しかし唯一、シェットランドシープドッグのオスに関しては、去勢手術によって訓練性が高まることが確認されたとも。
 調査チームは、訓練性には犬種や不妊手術の有無が複雑に絡み合うため、結論を一般化して手術を勧めたり控えたりするのは早計だろうと警告しています。
Effects of breed, sex, and neuter status on trainability in dogs
James A. Serpell, Yuying A.Hsu, Anthrozoos Volume 18, 2005 - Issue 3, DOI:10.2752/089279305785594135

スペイン(2009)

 サラゴサ大学の調査チームは国内に暮らす9歳超の犬325頭の飼い主に電話インタビューを行い、犬の認知症が現れやすい4項目(家や庭での方向認識・社会的交流・トイレ・睡眠覚醒サイクル)に関する聞き取り調査を行うと同時に危険因子が何であるかを検証しました。
 その結果、多少なりとも認知症の徴候が見られた犬の割合は22.5%で、オスよりもメス犬(2.4倍)、未手術よりも不妊手術を受けた犬(2.5倍)において高いリスクが確認されたといいます。また有病率と重症度は加齢とともに増加し、単変量解析では15kg超(17%)の犬に比べ15kg以下(30%)の犬ほど認知症になるリスクが高い(1.8倍)と判断されました。最も変化が現れやすいのはトイレ習慣と社会的交流だったとも。
Prevalence and risk factors of behavioural changes associated with age‐related cognitive impairment in geriatric dogs
G. Azkona, S.Garcia‐Belenguer, et al., Journal of Small Animal Practice Volume 50, Issue 2, DOI:10.1111/j.1748-5827.2008.00718.x

デンマーク(2013)

 コペンハーゲン大学の調査チームは8歳超の老犬94頭の飼い主を対象とし、認知症を診断するための問診票を配布して2008年から2012年までの追跡調査を行いました。
 日中に眠って夜間に動き回る、家族との交流が減る、家の中で迷う、不安徴候を示すなどの項目を指標とし、犬たちを「認知症」「ボーダーライン」「非認知症」に分けていった結果、認知症によって生存率が下がることはなかったといいます。また体重、性別、不妊手術による影響はなかったとも。
An Observational Study with Long‐Term Follow‐Up of Canine Cognitive Dysfunction: Clinical Characteristics, Survival, and Risk Factors
R.Fast, T.Schutt, N.Toft, A.Moller, M. Berendt, Journal of Veterinary Internal MedicineVolume 27, Issue 4, DOI:10.1111/jvim.12109

スロバキア(2016)

 マサリク大学を中心とした調査チームは、スロバキア共和国内にある動物病院をワクチン接種や駆虫などを目的として受診した8~18歳(平均11歳)の老犬合計215頭(未去勢オス25+去勢済みオス88頭+未手術メス23+避妊済みメス79)を対象とし、認知機能に影響を及ぼす危険因子が何であるかを検証しました。
 犬の飼い主から回収された「CADES」と呼ばれるアンケートを元に、犬の認知機能と生活環境との関係性を精査したところ、性別、体重、不妊手術、居住空間は認知能力の低下に関係していないことが明らかになったといいます。一方、市販の適合食(犬種や年齢に合わせて売られている高価なドッグフード)を給餌されている犬に比べ、それ以外のドッグフードを給餌されている犬では2.8倍認知症を発症しやすいことが確認されました。また8~11歳の年齢層においては小型犬と中~大型犬との間に有病率の格差は認められませんでしたが、11~13歳の年齢層では認められたとも。
Risk factors for canine cognitive dysfunction syndrome in Slovakia
Stanislav Katina, Jana Farbakova, Aladar Madari, Michal Novak & Norbert Zilka, Acta Veterinaria Scandinavica volume 58, Article number: 17 (2015), DOI:10.1186/s13028-016-0196-5

イタリア(2017)

 パドヴァ大学の調査チームは去勢済みのオス、未去勢のオス、避妊済みのメス、未手術のメス16頭ずつを対象とし、T字型をした迷路の中にある出口をトライアンドエラー方式で覚えさせ、2週間後に再テストを行って記憶しているかどうかを確認しました。
 その結果、学習スピードと正確さ(間違う回数が少ない)に関しては未手術のメス犬が最も良い成績を収めたといいます。また学習の成功率と再テスト時の記憶力に関しても未手術のメス犬が最高点を記録しました。なお同様の成績格差はオス犬では見られなかったとのこと。
 こうした結果から、少なくとも空間認識能力に関してはオスよりもメス、手術済みよりも避妊済みの方が優れているのではないかと考えられています。
Effect of sex and gonadectomy on dogs’ spatial performance
PaoloMongillo, AnnaScandurra, BiagioD’Aniello, LietaMarinelli, Applied Animal Behaviour Science Volume 191, June 2017, Pages 84-89, DOI:10.1016/j.applanim.2017.01.017
結論がバラバラではっきりしませんね。因果関係はおろか、関係性があるのかどうかも怪しいくらいです。現時点では認知症のリスクを不妊手術の決定因にするのは保留したほうが良いでしょう。手術に関しては「犬の去勢と避妊」、認知能力の低下に関しては「犬の認知症」をご参照下さい。