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去勢・避妊手術は犬の泌尿器の病気を減らすか?

 犬に対して不妊手術(オスの去勢とメスの避妊)を施すと泌尿器の発症リスクは変わるのでしょうか?もし変わるとするとリスクが高まるのでしょうか、それとも逆に低くなるのでしょうか?最新のデータとともに検証してみましょう。

犬の不妊手術と泌尿器系疾患

 2019年、アメリカ・ワシントン大学病理学部が犬に対する不妊手術に関する包括的なレビューを行いました。当ページでは手術と泌尿器に発生する病気の関連性について検証した過去の調査報告(エビデンス)をご紹介します。なお出典論文はオープンアクセスです。 Desexing Dogs: A Review of the Current Literature
Silvan R. Urfer, Matt Kaeberlein, Animals 2019, 9(12), 1086; DOI:10.3390/ani9121086
ざっくりまとめると
  • メス犬では早期避妊(5.5ヶ月齢より前)によって膀胱炎のリスクが高まる
  • メス犬が避妊済の場合、未手術より3.41倍ストラバイト結石を発症しやすい
  • オスの去勢と尿もれとの間に因果関係は認められない
  • メスの避妊と尿もれの因果関係はあるようだがエビデンスの強度は低い(以下参照)
  • 避妊手術と尿もれリスク✅メス犬では手術を受けるタイミングが早いほど尿もれ(排尿不制御)のリスクが高まる
    ✅1歳未満のタイミングで避妊されたメス犬の尿もれは統計的に有意
    ✅中~大型犬に関しては、避妊手術を施すタイミングが尿失禁のリスクになりうる
    ✅6ヶ月齢以前に手術を受けたメス犬のほうが尿もれを発症しにくい
    ✅3ヶ月齢未満のタイミングで避妊(子宮卵巣切除)手術を受けた場合に尿もれリスクの弱いエビデンスあり

犬の不妊手術と泌尿器疾患・エビデンス集

 以下は犬の不妊手術と泌尿器疾患の関連性に関するエビデンス(科学的証拠)です。出典へのリンクもありますので参考にして下さい。

尿もれ・膀胱炎(米/2004)

 ニューヨーク・コーネル大学の調査チームは、1歳を迎える前のタイミングで早期不妊手術を受けた後、里親宅に譲渡された1,842頭の保護犬を対象とした後ろ向き調査を行いました。
 飼い主に対するアンケートを行い、問題行動や医療問題など合計56項目の発症リスクを最長11年に渡って追跡調査したところ、メス犬では早期避妊(5.5ヶ月齢より前)によって膀胱炎のリスクが高まり(※ハザード比で2.76)、また手術を受けるタイミングが早いほど尿もれ(排尿不制御)のリスクが高まることが明らかになったといいます(※1ヶ月齢早まるごとにハザード比が0.2増加)。
Long-term risks and benefits of early-age gonadectomy in dogs
Spain CV, Scarlett JM, Houpt KA, J Am Vet Med Assoc. 2004 Feb 1;224(3):380-7, DOI: 10.2460/javma.2004.224.380

尿もれ(英/2011)

 王立獣医大学を中心とした調査チームは、早期避妊手術と尿もれ(排尿不制御)との関連性を調べるため、手術(卵巣子宮摘出)を受けた後に尿もれを発症したメス犬202頭と、手術後に尿もれを示さなかったメス犬168頭を対象とした比較調査を行いました。
 その結果、統計的に有意までは判断されなかったものの、6ヶ月齢を過ぎてから手術を受けたメス犬よりも、6ヶ月齢以前に手術を受けたメス犬のほうが尿もれを発症しにくい傾向が確認されたといいます。尿もれの発症リスクとして統計的に有意と判断された項目は、断尾(OR3.86)、体の大きさ(10kg超でOR3.5~3.8)、年齢(5歳超でOR3.1~23.9)でした(※OR=オッズ比)。
The association between acquired urinary sphincter mechanism incompetence in bitches and early spaying: a case-control study
Vet J. 2011 Jan;187(1):42-7, de Bleser B, Brodbelt DC, Gregory NG, Martinez TA, , DOI: 10.1016/j.tvjl.2009.11.004

尿もれ(英/2012)

 王立獣医大学の調査チームは、過去に報告のある避妊手術とメス犬の尿もれ(排尿不制御)との因果関係をコクランガイドラインに則(のっと)って精査し、医学的な証拠の強さを検証しました。
 その結果、避妊手術と尿もれとの関連性が記載された調査は7つあったものの、そのうち4つは強いバイアスがかかっていたため結論を支持できなかったといいます。バイアスに関して中等度リスクと判断された残りの3つに絞って検証したところ、特に3ヶ月齢未満のタイミングで避妊(子宮卵巣切除)手術を受けた場合に弱いエビデンスが確認されました。しかし「尿もれの発症リスクが高まるから」を論拠に避妊手術の是非や適切なタイミングを論議することはできないと結論づけています。
The effect of neutering on the risk of urinary incontinence in bitches ? a systematic review
W.Beauvais, J.M.Cardwell, D.C.Brodbelt, Journal of Small Animal PracticeVolume 53, Issue 4, DOI:10.1111/j.1748-5827.2011.01176.x

ストラバイト結石(米/2013)

 カナダ・オンタリオ獣医大学の調査チームは2007年10月から2010年12月までの期間中、全米にある787の一次診療施設に蓄積された電子医療記録を後ろ向きに参照し、ストラバイト結石の初発症例とその危険因子を検証しました。
 合計508の症例と7,135頭分の対照データ(結石未発症)を比較したところ、発症の危険因子としてトイブリードや小型犬、尿のpHが7.5超、尿中の赤血球もしくは白血球、タンパク質濃度が30mg/dL超、ケトン濃度が5mg/dL以上が残ったといいます。また避妊済のメス犬は未手術のメス犬より3.41倍発症リスクが高いことが判明したとも。
Risk factors associated with struvite urolithiasis in dogs evaluated at general care veterinary hospitals in the United States
Chika C. Okafor, DVM, PhD; David L. Pearl,Journal of the American Veterinary Medical Association, December 15, 2013, Vol. 243, No. 12, Pages 1737-1745, DOI:10.2460/javma.243.12.1737

尿もれ(米/2017)

 アイダホ州にある獣医学大学が中心となったチームは2009年1月から2012年12月の期間、アメリカ動物病院協会(AAHA)に認可されている病院に依頼をかけ、症状として尿もれを示している避妊手術済のメス犬と、臨床上健康な避妊手術済のメス犬の医療データを集めました。
 尿もれグループ163頭と健常グループ193頭のデータを比較したところ、「避妊手術のタイミング」と「成長時の体重」という2つの因子がある一定の条件になると、危険因子になりうることが明らかになったといいます。特に成長した時の体重が25kg超になることが予想される中~大型犬に関しては、避妊手術を施すタイミングが尿失禁のリスクになりうる可能性が浮上しました。詳しくは以下のページをご参照下さい。 避妊手術後のメス犬で見られる尿失禁の原因

尿もれ(米/2017)

 カリフォルニア大学デイヴィス校の教育病院(VMTH)において、2000年1月から2014年6月までの14年半の間に蓄積された医療データを後ろ向きに調査し、ジャーマンシェパードにおけるさまざまな疾患との関連性が検証されました。調査対象となったのは合計1,170頭(未手術オス460+去勢オス245/未手術メス172+避妊メス293)のデータです。
 尿もれ(歩いているだけでおしっこがちょろちょろ漏れてしまう状態)に焦点を絞ったところ、未手術のメス犬では0%(0/156頭)だったのに対し、1歳未満のタイミングで避妊されたメス犬は7%(6/83頭)で、統計的に有意と判断されました。
Neutering of German Shepherd Dogs: associated joint disorders, cancers and urinary incontinence
Hart BL, Hart LA, et al., Vet Med Sci. 2016 May 16;2(3):191-199. DOI: 10.1002/vms3.34

尿もれ(スコットランド/2018)

 エジンバラ大学の調査チームは、英国内における疫学プログラム「VetCompass」に参加している動物病院の医療記録を参照し、オス犬の尿もれ(排尿不制御)の危険因子が何であるかを統計学的に検証しました。
 2009年9月から2013年7月までの期間中、119の施設に蓄積された合計109,428頭分のデータを調べたところ、尿もれと診断されたケースが全体の0.94%に当たる1,027見つかったといいます。危険因子として犬種(オッズ比で3.65~17.21)と加齢(9~12歳でオッズ比10.46)が挙がってきたものの、多変量解析した結果、体重および去勢手術は発症リスクに無関係と判断されました。
Urinary incontinence in male dogs under primary veterinary care in England: prevalence and risk factors
D.B.Church, D.C.Brodbelt, D.G.O'Neill, J.L.Hall, L.Owen, A.Riddell, Journal of Small Animal PracticeVolume 60, Issue 2, DOI:10.1111/jsap.12951
泌尿器系疾患に関する調査はほとんどが「尿もれ」に集中しているようです。手術に関しては「犬の去勢と避妊」、疾患に関しては「犬の泌尿器系疾患一覧」をご参照下さい。