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日本の二次診療施設における麻酔に関連した犬の死亡率と危険因子

 4,000頭以上の犬を対象とした調査により、日本の二次診療施設における麻酔に関連した死亡率と危険因子が明らかになりました(2017.2.23/日本)。

詳細

 調査を行ったのは、北海道大学大学院・獣医学研究科を中心としたチーム。2010年4月から2011年3月の期間、日本国内にある18ヶ所の二次診療施設で麻酔を受けた犬合計4,323頭を対象とし、麻酔に関連した死亡率を明らかにすると同時に、死亡率を高める危険因子を検証しました。手術上の失敗や安楽死よる死亡例を除き、「麻酔関連死=麻酔チューブを抜いてから48時間以内の死亡」と定義してカウントしたところ、全体における死亡率は0.65%(28/4,310頭)であることが判明したといいます。また、死亡率を高めるリスクファクターとしては、以下のような項目が浮かび上がってきました。
麻酔関連死の危険因子
全身麻酔中の犬の様子
  • 意識の混濁正常な意識を持っている場合よりも意識が混濁している時の方が7.63倍リスクが高い。
    ここでいう「意識の混濁」とは、麻酔を受けていない状態において静かで覇気がない(傾眠, somnolent)、環境刺激に対して反応がないが痛み刺激には反応する(昏迷, stuporous)、環境刺激にも痛み刺激にも反応しない(昏睡, comatose)といった状態のこと。
  • ASA-PS「I-II」よりも「 III-V」の方が3.85倍リスクが高い。
    ASA-PSとはアメリカ麻酔科学会における全身状態分類のことで「I=一般に良好。合併症無し」、「II=軽度の全身疾患を有するが日常生活動作は正常」、「 III=高度の全身疾患を有するが運動不可能ではない」、「V=生命を脅かす全身疾患を有し、日常生活は不可能」。
  • 低血糖血糖値が77~126mg/dLよりも77mg/dL未満の方が6.86倍リスクが高い。
  • ALT値55IU/L以下よりも55IU/L超の方が5.52倍リスクが高い。
    ALTとは肝臓にある酵素の一種「アラニンアミノトランスフェラーゼ」のこと。GPTとも。
  • クロール値109~120mEq/Lよりも120mEq/L超の方が5.14倍リスクが高い。
  • 入院時の白血球数4,200~15,200/μLよりも15,200/μL超の方が2.90倍リスクが高い。
  • 麻酔中の低酸素血症SpO2が90%以上よりもSpO2が90%未満の方が21.13倍リスクが高い。
    SpO2とは「経皮的動脈血酸素飽和度」のことで、動脈血中のヘモグロビンが酸素とどのくらいの割合で結合しているかを示したもの。
  • 頻脈心拍数が60~180/分よりも180/分超の方が5.03倍リスクが高い。
  • 低体温35.0~40.0℃よりも35℃未満の方が4.49倍リスクが高い。
 こうした結果から調査チームは、事前に危険因子を把握しておく事は、麻酔による死亡率を低下させる際に役立ってくれるだろうと期待をかけています。特に「意識の混濁」(7.6倍)と「低血糖」(6.9倍)によるリスクが高いため、適切な酸素供給、頭蓋内圧の調整、高二酸化炭素血症を予防するための換気コントロール、低血圧や高血圧の予防といった点に十分注意を払う必要があるとも。
Association between preoperative characteristics and risk of anaesthesia-related death in dogs in small-animal referral hospitals in Japan
Itami T, Aida H, et al. Veterinary Anaesthesia and Analgesia (2017), doi: 10.1016/j.vaa.2016.08.007

解説

 今回の調査で明らかになった「0.65%」という死亡率は二次診療施設におけるものですので、一次診療施設を対象とした場合はもう少し数値が下がるかもしれません。二次診療施設とは、医療技術の専門性が高かったり特殊な医療設備を備えている病院のことですので、死亡率を解釈する際は「ここを訪れる犬はそもそも重症である可能性が高い」という点を加味しておく必要があります。
 刺激に対する反応が薄かったり反応が見られない「意識の混濁」という状態は、意識に問題がない状態に比べ麻酔による死亡率を7.6倍高めることが明らかになりました。またASA-PSが「I-II」(おおむね健康)よりも「 III-V」(不健康)と判定された犬の方が、3.85倍麻酔によって死亡しやすいことが明らかになりました。おそらく、麻酔中に生じる生理学的な変化をどの程度自力で調整できるかという点が、死亡率を左右しているものと推測されます。
 一般的に「短頭種」や「肥満」は麻酔の危険因子と考えられていますが、今回の調査では死亡率との間に明白な関連性は見い出せませんでした。しかし上でも述べたように、今回の調査は二次診療施設を対象としたものです。臨床上健康な犬や軽症例が多い一次診療施設を対象として大規模な調査を行った場合、鼻ペチャや太り気味といった要素が危険因子として浮かび上がってくるかもしれません。