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グレインフリーのドッグフードと犬の拡張型心筋症の関係

 2018年7月、アメリカの食品医薬品局であるFDAがある種のドッグフードと拡張型心筋症との関連性を指摘して飼い主を不安に陥れました。フードの共通項は「グレインフリー」。健康的な響きを持ったこの食材のいったい何が問題なのでしょうか?最新のデータと共に検証しましょう。

拡張型心筋症問題の発端

 カリフォルニア大学デイヴィス校に務める獣医心臓疾患の専門医ジョシュ・スターン氏は、ここ2年間の症例の中に奇妙な傾向があることに気がつきました。それはグレートデンボクサーニューファンドランドアイリッシュウルフハウンドセントバーナードドーベルマンといった大型~超大型犬に多く発症するはずの拡張型心筋症が、これまで低リスクと考えられてきたその他の犬種にも散見されるようになったという点です。
拡張型心筋症
 拡張型心筋症(Dilated Cardiomyopathy, DCM)とは、心臓のポンプ機能を生み出す心筋が拡張することで十分な収縮力を得られなくなり、血液循環量の低下や心臓弁の機能不全が起こる病気。体液が胸部や腹部に貯留することにより、咳や呼吸困難を引き起こしたり、うっ血性心不全に進行したりする。犬の拡張型心筋症正常な心臓の断面図と拡張型心筋症の模式図
 患犬の間に血縁関係はなく、また同じ家庭内で飼育されている複数の犬が同じ疾患を発症するというケースが見られました。不審に思ったスターン氏は、200人ほどの心臓病医からなるコミュニティと情報を共有し合い、同様の傾向が見られるかどうかを検証しました。その結果、やはり従来では見られなかった犬種において高い発症数が確認されたと言います。その数はざっと150頭。さらに共通要素を詳しく調べていったところ、少数の例外を除き2016年以降に多発していること、および「グレインフリー」(Grain Free)と呼ばれる特定の穀物を除外したフードを食べているという特徴が浮上してきました。より細かく言うと以下のような食材を主な原料としているフードです。
グレインフリーの主原料
  • エンドウマメ
  • ソラマメ
  • インゲンマメ
  • ヒラマメ
  • ヒヨコマメ
  • ダイズ
  • ピーナッツ
  • じゃがいも
  • さつまいも
  • 赤いも
 事の重大さに気づいたスターン氏は、上記した事実をアメリカ食品医薬局(FDA)に報告しました。

FDAによる注意喚起

 スターン氏からの報告を受けたアメリカ食品医薬局(FDA)の獣医療センター(CVM)は、「Safety Reporting Portal」と呼ばれるレポーティングシステムを通じて収集された症例のデータベースを精査してみました。その結果、犬の発症が30例、猫の発症が7例見つかったと言います。患犬たちの共通項を絞り込んで行ったところ、およそ90%において「グレインフリー」というキーワードが残りました。
 無視できないと判断したFDAは2018年7月12日、「犬の食餌と心疾患の関係を目下精査中」というタイトルで獣医師および一般の飼い主に対し、特定食材に関する注意喚起を行いました。各種のメディアを通じて情報を知った人たちの間に、不安の声が上がり出したのもこの頃です。 アメリカ食品医薬局(FDA)による犬の拡張型心筋症に関する注意喚起  注意喚起を行った後、「Safety Reporting Portal」を通じて全米から似たような症例が続々と報告されてきました。その数は8月末の時点で120件に達したといいます。症例を検証したところ、やはり数ヶ月~数年前から「グレインフリー」の食事を摂っていること、特に豆類やいも類がパッケージラベルの上部に記載されていること(=含有量が多い)が特徴として浮かび上がってきました。

DCMの原因はタウリン?

 結論から言うと、ある特定の食材と拡張型心筋症との因果関係は解明されていません。繰り返し「グレインフリー」というキーワードが出てきましたが、現段階では「犯人」ではなく「容疑者」といったところです。では健康そうな響きを持ったこの食材の、いったい何が問題なのでしょうか?
 心臓疾患医コミュニティーとFDAが怪しいと睨(にら)んでいるのは、生体内で広く認められる物質「タウリン」(taurine)です。犬の体内ではシステインやメチオニンといった含硫アミノ酸から合成されるため、特別に添加する必要はないとされています。しかし過去に行われた調査報告および新たに収集された症例データから考えると、タウリン不足が拡張型心筋症の引き金になっている可能性を否定できないとのこと。 タウリンの分子構造  体の中におけるタウリンの働きは多岐に渡ります。一例を挙げると細胞のカルシウム濃度調整、神経の興奮性調整、浸透圧調整、解毒作用、細胞膜の安定化、胆汁酸の抱合などです。タウリンと心筋との関係性は2018年の今でもよくわかっていませんが、「タウリン欠乏→浸透圧、カルシウム濃度、フリーラジカルの不活性化の乱れ→心筋の機能不全」といったメカニズムが想定されています。
 遺伝的に拡張型心筋症を発症しやすい犬との大きな違いは、タウリンやタウリンの前駆物質を栄養として補給することで、心臓の機能が改善するという点です。心臓の機能を改善する薬は全く使用せず、タウリンの給餌だけで生存期間が伸びたという報告すらあります。

飼い主の注意すべき点

 FDAでは現在も、全米中にある40の診断ラボと協同して症例を収集し、タウリンおよびその前駆物質であるシステインやメチオニンに焦点を絞った調査を行っています。具体的には、フード中に含まれるシステインやメチオニンが十分であるかどうか、患犬の血中タウリン濃度が基準範囲内であるかどうかなどです。この調査は少なくも数年かかると考えられていますので、現段階で「グレインフリーを食べると拡張型心筋症を発症する!」という単純な思い込みを抱くのは早計でしょう。

栄養型DCMは食事療法で改善

 とは言え、FDAは「数ヶ月~数年前からグレインフリーのフードを食べるようになった」「拡張型心筋症を発症している」という条件が揃った犬においては、担当獣医師と相談の上、フードを切り替えるよう推奨しています。遺伝的にリスクが高い犬種でなければ食事療法による早期介入によって比較的良好な反応が得られるとのこと。例えば以下はアメリカに暮らすヴィライ・ラムサミーさんの飼い犬「マイコ」の事例です
 ミニチュアシュナウザーのルイとマイコは数ヶ月前から「グレインフリー」の食餌を与えられていた。最初に症状が現れたのはルイの方。咳が止まらないため動物病院を受診した所、気管支炎と診断された。しかし症状は一向に改善せず、二次診療施設があるノースカロライナに趣き、専門医の診断を仰いだ。結果は「拡張型心筋症」。すでに手遅れの状態だったため、ルイはそのまま息を引き取った。 拡張型心筋症の寸前で食事療法により改善したミニチュアシュナウザーのマイコ  それから数ヶ月後、今度は同居犬マイコが同様の症状で体調不良に陥った。再び専門医に診せた所、「拡張型心筋症寸前」。急いで食事療法を中心とした治療を開始し、なんとか一命だけは取り留めた。ただし月々の医療費は100ドルをくだらない生活が続いている。ちなみに問題となったフードブランド「CALIFORNIA NATURAL™」(カンガルー肉・鹿肉・ヒラマメ/NUTRO™製)は、騒動を受け販売中止になった。

注意すべきDCMの初期症状

 日本国内においても「グレインフリー」を前面に押し出したフードが売られています。FDAの言葉を借りれば「専門店風」(※小規模でマイナーな食材を扱っているというニュアンス)のメーカーが製造しているようなブランドです。フードを切り替えてから以下のような症状が見られるようになった場合は、念の為動物病院を受診し、血中(全血+血漿)のタウリン濃度を調べると同時に、心臓に拡張型心筋症の徴候が出ていないかどうかを調べたほうがよいでしょう。
DCMの初期症状
  • 元気喪失
  • 食欲不振
  • 体重減少
  • 呼吸困難
  • すぐバテる
  • けいれん(ひきつけ)
  • 突然の卒倒・意識喪失
 人間においては「炭水化物の取りすぎはよくない」といった風潮があります。このイメージに流され「炭水化物を多く含む穀物は犬の体にもよくない」といった単純な思い込みでフードを切り替えてしまう人がいるといいます。上記したヴィライさんもその1人でした。
 しかし小麦やとうもろこしとは違い、豆類(およびその繊維質やタンパク質)やいも類といった食材は動物を対象とした十分な給餌試験が行われていません。メーカーすら知らないような悪影響が出てしまう可能性もありますので、小麦グルテンなどに対して明らかなアレルギーが出ている場合を除き、「グレインフリー=健康的」「オオカミの食餌に近いほど良い」「メジャーな食材を避ける=犬のことを誰よりも考えているワンランク上の飼い主」といった思い込みを抱くのは危険でしょう。

タウリンと犬の拡張型心筋症

 ドッグフードと拡張型心筋症の因果関係は突然降ってわいたように思われていますが、実は早くも2000年代初頭に報告が上がっています。

2000年代初期の報告

 カリフォルニア大学デイヴィス校の獣医療チームは、1997年~2001年の期間、大学付属の動物病院で拡張型心筋症と診断された症例を後ろ向きに調査し、全血もしくは血漿タウリン濃度が低い12頭の犬をピックアップして食事内容との関係性を検証しました。この調査におけるタウリン欠乏症のボーダーラインは血漿タウリン濃度40nmol/mL未満、全血タウリン濃度150mol/mL未満です。その結果、好発品種とは別の犬種ばかりが残ったと言います。具体的には以下です。
 全頭に共通していたのは、ラムミールと米を主な素材としたドッグフードを食べていたことでした。さらに12頭中8頭までもが同じブランドだったと言います(※ミール=人間用の食肉部分を取り除いた後の副産物を脱脂して粉状にしたもの)。患犬に対して心臓用の薬のほかタウリン補給を行ったところ、1~12ヶ月後で心機能の改善や血中タウリン濃度の回復が確認されました。
 さらに同じ現象は19頭のニューファンドランドでも確認されています。こちらの例では、すべての犬に血縁関係があり生活環境も部分的に共有していました。タウリン欠乏症(血漿濃度が40 nmol/mL未満)と判断された12頭の共通項を調べた所、すべての犬たちがラムミール、米、もしくはその両方が主体の食餌を摂っていたと言います。ただしこちらの例では網膜変性症、拡張型心筋症、シスチン尿症は1頭も確認されませんでした。タウリン欠乏症はフードの変更もしくはメチオニン(タウリンの前駆物質)の補給で改善したといいます。

食材とタウリンの関係

 猫においては1987年、Pionがタウリン欠乏と拡張型心筋症の関係性を指摘して以来、キャットフードにタウリンが添加されるようになり、患猫の数が劇的に減少したという経緯があります。一方、犬においては、ある特定の食材とタウリン欠乏症との因果関係は証明されていません。またタウリン欠乏症と拡張型心筋症の因果関係すら怪しいとされています。想定されているメカニズムは以下です。
タウリンとDCMの因果関係
  • タンパク質の消化不良 タウリンの前駆物質である含硫アミノ酸(システインとメチオニン)を吸収するためには、タンパク質を消化してアミノ酸まで分解する必要があります。しかし何らかの理由で消化不良が起こると、含流アミノ酸が不足して十分な量のタウリンを合成できなくなり、最終的には欠乏症に陥ります。例えばラムの副産物をレンダリングする工程でタンパク質の劣化が起こり、回腸におけるタンパク質の消化率を67%、システインの消化率を29%にまで低下させるといった報告があります。また栄養学の素人が手作りのベジタリアンフードを与えることでアミノ酸バランスが崩れることも大いにありえるでしょう。
  • 含硫アミノ酸不足 犬の消化吸収能力が正常でも、ドッグードの中にそもそも前駆物質である含硫アミノ酸が不足していては十分な量のタウリンを合成できません。例えば豆腐(ダイズ)ベースのフードなどです。
  • タウリンの合成が不十分 前駆物質は十分でも、タウリンの合成が不十分では欠乏症に陥ってしまいます。例えば猫においては、スルフィノアラニンデカルボキシラーゼおよびシステインジオキシゲナーゼと呼ばれる合成酵素の活性が低いため、タウリン欠乏症が容易に起こります。犬においても上記した酵素の活性度が先天的に低い個体や犬種がいるかもしれません。
  • タウリンの排出量が多すぎる タウリンの合成は正常でも、体外に排出される量が多すぎると結果として欠乏症に陥ってしまいます。タウリンの具体的な排出経路は尿、胆汁酸、便です。例えば米ぬかが多い食事をとると胆汁酸の分泌が促進され、タウリンを巻き込みながら糞便として体外に排出されるようになります。また食物繊維が腸内細菌叢(フローラ)のバランスを変化させ、タウリンの分解量が増えるというケースも考えられます。
 上記した仮説は全てあり得ることですが、すべてのケースにおいて反証も確認されているため、因果関係はそれほどクリアというわけではありません。今回持ち上がった騒動でも、患犬の中にはタウリン欠乏症を示すものもいましたが、全く正常なものもいました。おそらくタウリン以外の副次的な要因が絡んでいるのでしょう。発症メカニズムの解明は今後の課題です。
 ちなみに人間や動物の食品の安全性を客観的に評価する「Clean Label Project」が2017年に行った調査では、「グレインフリー」と名の付くフードほど、重金属を始めとする有害成分が高濃度で含まれていたといいます。「副次的な要因」にはこうしたものも入っているのかもしれません。 「グレインフリー」と名の付くフードほど有害成分が多い可能性あり  犬がタウリンを大量に摂取することにより、体に悪影響や副作用が出るという報告はありません。ですから今後は猫と同じように、ドックフードの中に少し多めのタウリンを添加するというレシピがデフォルトになる可能性があります。特に、犬に対する影響が十分に精査されていないマイナーなエキゾチック食材に関しては、飼い主の側でも自主的なモニタリングが必要です。

参考文献

 以下は当ページのデータ出典およびタウリンと犬の拡張型心筋症との関連性について行われた過去の調査報告です。英文ですが、ご興味のある方はご自身で精読してみてください。
 2011年、北米における「グレインフリー」フードのシェアは15%、市場規模は10億ドル程度でした。しかし2017年末の時点で、こられの数値は44%、28億ドルにまで急成長しており、今後も伸びしろがあるといいます。「グレインフリー=健康的」という企業のイメージ戦略に、いつの間にかはまっていませんか?
FDA Investigating Potential Connection Between Diet and Cases of Canine Heart Disease
U.S. Food and Drug Administration(2018.7.12)
Questions & Answers: FDA Center for Veterinary Medicine’s Investigation into a Possible Connection Between Diet and Canine Heart Disease
U.S. Food and Drug Administration(2018.7.12)
UC Davis Investigates Link Between Dog Diets and Deadly Heart Disease
UC Davis Veterinary Medicine(2018.7.19)
Update from Nutrition Services on Concern Between Diets and DCM in Dogs
UC Davis Veterinary Medicine(2018.7.23)
Grain-free, exotic dog food linked to heart disease
The Washington Post (2018.8.29)
Popular Grain-Free Dog Foods May Be Linked to Heart Disease
The New York Times(2018.7.24)
Grain-Free Dog Food Q & A’s
CVCA Cardiac Care for Pets
Taurine deficiency in Newfoundlands fed commercially available complete and balanced diets.
Backus RC, Cohen G, Pion PD et al., J Am Vet Med Assoc. 2003 Oct 15;223(8):1130-6
Taurine deficiency in dogs with dilated cardiomyopathy: 12 cases (1997-2001)
Fascetti AJ, Reed JR, Rogers QR, Backus RC. J Am Vet Med Assoc. 2003 Oct 15;223(8):1137-41
Taurine status in normal dogs fed a commercial diet associated with taurine deficiency and dilated cardiomyopathy
Toores CL, Backus RC, Fascetti AJ, Rogers QR. J Anim Physiol Anim Nutr (Berl). 2003 Oct;87(9-10):359-72
Taurine-deficient dilated cardiomyopathy in a family of golden retrievers
Beanger MC, Ouellet M, Queney G, Moreau M. J Am Anim Hosp Assoc. 2005 Sep-Oct;41(5):284-91
Idiopathic dilated cardiomyopathy in Dalmatians: nine cases (1990-1995)
Freeman LM, Michel KE, Brown DJ, et al., J Am Vet Med Assoc. 1996 Nov 1;209(9):1592-6
ゴールデンレトリバーにおける発症リスクに関しては「グレインフリーのドッグフードはやはり犬の心臓に悪い?」を、FDA発の続報に関しては「2019年2月のFDA報告」をご参照ください。また「タウリン」では栄養学的な解説をしてあります。