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犬の問題行動予防

 アメリカ人がペットの飼育を放棄する原因の筆頭は「問題行動」です。もし、日本においても同様の構造があるのなら、ペットの問題行動を解決することが、殺処分数の減少につながり、獣医業界の潤いにつながり、ひいては、ペットを飼う全ての人々の幸せにつながることは疑う余地がありません。

犬の問題行動とは

 犬や猫の問題行動(behavior problem)は、飼い主の家庭内だけにとどまらず、時に近隣住民をも巻き込んだトラブルに発展することもあるやっかいな問題です。ではそもそも問題行動とは一体何なのでしょうか?
 犬を始めとする動物の行動には様々な側面がありますが、問題行動を理解する際には、比較対象として正常行動と異常行動について知っておく必要があります。
犬の行動分類
  • 正常行動  正常行動とは、その動物種に広く見られる行動のことで、多くはエソグラム(下記参照)という形で現れます。
  • 異常行動  異常行動とは、動物種として本来もっていない行動(食べ物以外のものを摂取する異嗜)、頻度や強度が異常に多いか低い行動(無目的な同じ行動を延々と反復する常同行動)、本来見せるべき種に固有の行動を発現しないことなどを指します。
  • 問題行動  問題行動とは、ヴォイスとマーダーの定義によると「飼い主が容認できない行動、あるいは動物自身に有害な行動」のことを指します。
犬の問題行動とは、正常行動と異常行動との間にある流動的な概念。  こうした定義によると、犬の異常行動の全てが問題行動とは言えず、逆に問題行動の全てが異常行動に当てはまるわけでもないようです。例えば、「犬がしっぽを追いかけて延々と走り回る姿を見て、飼い主は笑っている」という場合、犬が異常行動を示しているにもかかわらず、飼い主はそれを正常行動とみなしています。また「じゅうたんの上でおしっこした犬を叱る」という場合、犬にとっておしっこは正常行動であるにもかかわらず、飼い主はそれを問題行動とみなしています。
 このように犬の問題行動とは、正常行動と異常行動のどこで線を引くかによって変わる、極めて流動的なものと言えるでしょう。
エソグラム
 エソグラム(ethogram)とは動物行動学において用いられる言葉で、野生動物の見せる一連の行動要素をリスト化し、それを時間的・空間的・順序的にどのように発現するかを細かく記録・解析したものです。自然環境と飼育環境下における動物の行動の違いを明確化する際などに利用されます。
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問題行動予防トレーニング

 一度習慣化してしまった行動を修正するには多大な時間と労力を必要とするため、犬の問題行動を予防するためには、子犬の頃からのしつけが極めて重要です。子犬のしぐさが可愛いからといってそれを放置するのではなく、飼い主が明確な理想像を描きながら、犬の行動を方向付けることが問題行動予防につながります。

タイムアウトルール

 タイムアウト(一時中断)とは、犬に対する注目、ふれあい、関心を一切遮断し、一定期間「空気」のように扱うことです。犬のわがままを予防するためには、家族全員が一貫してこのルールに従う必要があり、具体的には以下のような「問題行動の芽」が見られた瞬間に適用します。
問題行動の芽
  • 気を引くためキャンキャン吠える時→無駄吠え予防
  • 顔や鼻をなめる時→なめ癖予防
  • 飛びつきじゃれかかる時→飛びつき予防
  • ぴったりついてあとを追う時→つきまとい・分離不安予防
  • 手を甘噛みしてきたとき→噛み癖予防
犬のわがままを助長しないため、関心を剥奪するという「タイムアウト」を適用することは非常に効果的  「遊びたい」・「触れ合いたい」・「散歩したい」といった欲求を抱えている犬にこのタイムアウトを適用すると、欲求不満という苦痛がそのまま罰の代わりになってくれます。罰の効果を高めるため、犬をクレートや飼い主とは別の部屋に閉じ込めてしまったり、飼い主自身が退室するという方法も効果的です。
 しばらくタイムアウトし、意気消沈した犬が問題行動の芽を見せなくなった瞬間を見計らって、ごほうびを与えます。これは犬に「おとなしくしていたほうが逆にごほうびがもらえる!」と学習させることが狙いです。
 最初は単におやつや「いいこ」などのほめ言葉から始め、「おとなしくすること」と報酬との結びつきを強化します。その後、犬がフォーマットトレーニング(下記参照)を終えたら、問題行動の芽が出たタイミングでまず「オスワリ!」と指示を出し、うまくできたらごほうび、できなかったらタイムアウトという具合に切り替えていきます。
タイムアウトの注意  タイムアウトルールは、家族の全員が一貫して行うようにします。「あるときは無視するけど、あるときは相手にしてあげる」という状況が重なると、「間欠強化」(→犬のしつけの基本理論)の原理にのっとって、逆に犬の問題行動が助長されてしまいます。

フォーマットトレーニング

犬にとって必要不可欠な刺激を与える前に、必ずオスワリの指示を出し、犬の心と体をフォーマットするのがフォーマットトレーニング  フォーマットトレーニングとは、犬の状態を初期化(フォーマット)するための基本トレーニングです。ここで言う「初期化」とはアイコンタクトオスワリマテのことを指し、食事、散歩、遊び、ふれあい、マッサージ、グルーミング、飼い主の関心など、犬にとって必要不可欠な刺激を与える前、および問題行動が見られた瞬間に、必ず犬をフォーマットするというものです。
 この種のトレーニングに関しては非常に多くの人が、非常に多くの表現を用いており、若干混乱の様相を呈しています。一例を挙げると「生涯只のものはない法」(Voith)、「稼ぐことを学ぶ法」(Campbell)、「ペットとあなたの絆を築く法」(Horwitz)、「行動修正プロトコール」(Overall)などです。しかし呼び方に違いこそあれ、目指している目標はおおむね一緒で、ペットを適切な方法でコントロールすることという一点に集約されます。
 犬の行動をいったんリセットしてまっさらな状態にすることから、当サイトでは分かりやすくフォーマットトレーニング(初期化訓練)と表現しますが、このトレーニングの主な目的と効果は以下です。
フォーマットトレーニングの目的と効果
  • 地位の把握  オスワリとアイコンタクトをすることで、飼い主が上位で自分が下位であることを自然に理解する(服従的行動の中に相手を下から見上げるというものがある)。
  • 行動の指針  適切な行動をすることに不安を持っている犬に安心感を与える(マラソンの先導車)。
  • リラックス  オスワリをしている犬は走り回っている犬よりも生理学的に落ち着いた状態にある。オスワリをすることで自然と心身ともに沈静化するようになる。
  • 報酬を得る  オスワリをして飼い主の指示に従うことが自分にとって気持ちいいことであることを理解する。オスワリ自体が一種の癖になる。
  • 行動の抑制  望ましくない行動をとったとき、「オスワリ」の一言で行動をフォーマットし、問題行動を即座に抑制できる。
犬の問題行動を予防するには、子犬の頃からの一貫したしつけプログラムが必要  このように様々な目的がありますが、特に最後の行動の抑制としての機能は重要です。このフォーマットトレーニングを行っていない犬の行動を抑制しようとする際は、サプライズ(犬に苦痛を与えることよりも、驚かせてひとまず行動を中断するために与える軽度の罰)のような罰を用いる必要がありますが、いくら軽度とはいっても罰の一種ですので、相応のリスクを伴います。その点フォーマットトレーニングを事前にマスターしておけば、犬が望ましくない行動を取ろうとした瞬間、飼い主が指示語をかけさえすれば、犬に対して抑止力を発揮してくれます。ちょうど「パンッ!」と手を叩いて、瞬時に犬を正気に返らせる機能があるわけです。
フォーマットトレーニング・実践
  • 何が必要か?  アイコンタクトオスワリマテをまずは個々にマスターすることが必要です。それぞれのしつけ方は各ページをご参照ください。
  • どうやって行う?  アイコンタクトオスワリマテの3つをワンセットで行います。具体的には以下です(カッコ内は犬の行動)。
    「ジョン!→(アイコンタクトして飼い主に近づく)→オスワリ→(犬が座る)→マテ→(10~30秒程度犬が待つ)→ヨシ!→ごほうびを与える」
  • いつから始める?  脳がある程度発達した7週齢くらいからスタートできます。最初は子犬がストレスを感じないよう、5分以内でトレーニングセッションを終わらせるようにし、集中力が切れたらあまりしつこくしないよう注意します。成犬になってからでも遅くはありません。
  • どこで行う?  あらゆる場所で行います。家の中のあらゆる場所で行い、家の中で慣れたら屋外のあらゆる場所で行います(般化とプルーフィング)。
  • いつ行う?  最初の内はランダムに5~10分のトレーニングセッションを1日5~6回行います(分散学習)。犬が慣れてきたら、食事、散歩、遊び、ふれあい、マッサージ、グルーミング、飼い主の関心など、犬にとって心地よいと思われるものを提供する前に、必ずフォーマットをするようにします。
  • 犬はどう変わる?  自分にとって必要なものを手に入れるためには、いったんフォーマット(飼い主の前でアイコンタクト・オスワリ・マテ)しないといけないことを学びます。これは子供が、「映画を見るためにはチケットを係員に見せなければならない」ことを学ぶのと一緒です。
  • 誰が行う?  なるべくたくさんの人が行います。家族の全員はもちろんのこと、できればお友達にも頼んでトレーニングしてもらうのがベターです。
  • 注意点は?  家族全員が同一のルールに従います。無節操にごほうびを与えるのは、逆に犬の頭を混乱させます。また、トレーニングを実施する人は、犬のしつけの基本理論を理解していることが望まれます。
  • 犬を操っているようでイヤ!  犬を操っているのではなく、ルールを教えているといった方が真実に近いでしょう。たくさんの子供たちがボールで遊んでいるところに、「メンバーを11人ずつの2チームに分けて枠を設定し、そこにボールを入れたら1点。使えるのは足だけ。15分戦って勝った方にはガリガリ君あげるよ。」というルールを教えるのと同じです。ルールを設けられた子供たちは「操られている」という感覚ではなく、逆に「楽しくてしょうがない!」という感覚で動くようになります。

リラックスシグナル

 リラックスシグナルとは、犬がリラックスしたときの肉体的・心理的状態と結びついた、特定の環境刺激のことです。
犬がリラックスしているときに特定の刺激を与えると、古典的条件付けを通して条件反射が出来上がる。  たとえば、ある特定のラグマットの上に犬を横に寝かせ、水の音が流れる環境音楽CDをかけ、ゆっくり優しくマッサージしてあげたとします。すると犬は、そのときのリラックスした状態と環境刺激(この場合はラグマット、水の音)とを結びつけて記憶してくれるのです。
 これは学習理論の内の「古典的条件付け」に当たるものですが、この条件付けをあらかじめ成立させておけば、様々な場面で役立ってくれます。一例を挙げると、留守番しているときに環境音楽をかけるなどです。
 問題行動が起こりそうなときにこうしたリラックスシグナルを用いると、犬の不安・恐怖・興奮を相殺(そうさい)してくれるため、事前に行動が抑制されるという寸法です。
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問題行動を悪化させるもの

 犬の問題行動を悪化させるものがいくつかあります。先天的な要因を除いたとき、その最大の黒幕は、犬に対する罰です。罰とは犬に不快感を与える刺激全般のことですが、薬よりも毒の力が強いということで、罰を用いたトレーニングは近年急速に下火(したび)になってきています。

優位性理論

 優位性理論(ゆういせいりろん, Dominance Theory)とは、問題行動の原因は自分の階級を上げようとする犬達の出世欲にあるとする説です。米国獣医動物行動研究会(AVSAB)は、犬に対する罰を正当化してきたと思われる優位性理論に関する声明を発表し、当理論の存在意義はもはやなくなりつつあることを明言しています。以下では優位性理論に関する声明を要約しました。
AVSAB・優位性理論に対する声明(要約)
 問題行動の原因は自分の階級を上げようとする犬達の出世欲にあるとする優位性理論によると、問題行動を起こさないようにするためには、飼い主がアルファ(ボス)になって犬達に出世をあきらめさせることが必要だ。そして飼い主がボスになるためには、時にアルファロールやマズルコントロールのような「力技」も必要となる。
 しかしこうした認識が、飼い主によるペットへの体罰を助長し、問題行動を悪化させ、ひいては安楽死の数を増やしてきた真犯人ではないのか?
 野生の動物でも飼育されている動物でも、階級闘争の一環として(すなわち資源への優先順位を高めるため)に攻撃性を見せることは、確かにある。しかし、それだけで全ての行動を説明できるわけではない。たとえば無駄吠え、無秩序なあいさつ、呼んでも来ないことなどの問題行動は、階級とは全く関係がなく、飼い主が偶発的に強化してしまった結果に過ぎない。
 優位性理論は、何かしらの争いごとがあったとき、その原因として自動的に想定されるべきものではない。人間の世界でも、常にリーダーがプレッシャーをかけ、方向性を指示するような恐怖政治と権力乱用は消極的な服従しか誘起せず、ベストパフォーマンスをチームから引き出すことはできないことが明らかになっている。
 全ての動物種に適用できるような、確固たる科学的基盤をもった学習原理を用いることが、動物を訓練したり行動に修正を加える際の妥当な方法であり、また、私達がペットと意思の疎通を図る際の要(かなめ)となるであろう。その方法とは、優位性理論にのっとって「誤った行動に罰を加える」ことではなく、「正しい行動には報酬を与えて強化し、誤った行動には報酬を与えない」ということだ。 優位性理論に対する声明
一部のテレビ番組で行われている力づくの犬のしつけ法(たとえばアルファロールやドミナンスダウンなど)  AVSABがこうした声明を発表した背景には、アメリカ国内におけるショービズの影響が多少なりとも関わっているような気がします。
 犬のしつけをテーマとしたとある番組では、視聴者をひきつける「見せ場」を作るため、力づくのアルファロールや、犬が苦手としている刺激の中に放り込んで克服させようとする氾濫法(はんらんほう)などが放映されることもあります。こうしたしつけ方を素人が見よう見まねで行ってしまうと、犬との信頼関係を崩すばかりか、時には反撃行動から咬傷事故につながることにもなりかねません。
 AVSABの声明文には、マスメディアによる面白半分のしつけ方法を牽制し、咬傷事故の結末としてシェルター(動物保護施設)に送られるペットの数(2011年度で約150万頭)をこれ以上増やさないようにするという狙いがあるように思われます。

直接罰を用いた訓練法

犬の首根っこをつかんで持ち上げるスクラフアンドシェイク(scruff and shake)  直接罰(ちょくせつばつ)とは、罰を与えているのが飼い主であると、犬が認識した状態で与える罰のことで、体罰もこの中に含まれます。以下はアメリカのしつけ教本の中に記されている直接罰を用いた訓練法ですが、こうしたしつけ方は、まるで伝言ゲームのように海を越え、若干のマイナーチェンジを経て日本国内でも聞いたことがあるのではないでしょうか。
 なお、米国獣医動物行動研究会(AVSAB)は、優位性理論に関する声明のほか、罰に関する声明も発表しています。詳しくは犬への罰についてでまとめてありますのでご参照ください。 獣医行動学の適用と展望(P28)
直接罰を用いた訓練法(抜粋)
  • 歯をむいてうなったとき  犬が服従してうなるのをやめるまでムチで打つ。強く打つときは体の前部、もしくは後部の筋肉がしっかりついている部分やお尻を打つこと。
    Training Dogs(Konrad Most, 1954)
  • 穴を掘るとき 犬が掘った穴に水を入れ、犬が溺れてしまいそうになるまで頭を水の中に突っ込む。翌日同じ穴に連れて行き、犬が穴を掘るかどうか確かめる。
    The KoelherMethod of Dog Training(William Koehler, 1962)
  • 犬の服従心を高めるため  チョークチェーンをぐいと引く。犬は悲鳴を上げるかもしれないがひるんではいけない。なぜなら、鳴くのは犬が飼い主を操ろうとしているから。
    Good Dog, Bad Dog(Matthew Margolis, 1973)
  • オスワリやマテをしつける  クリップ留めタイプのチョークカラーを犬の首の高い位置に装着し、上方にぐいと引っ張る。
    Training Your Dog(Joachim Volhard, 1983)
  • オイデをしつける  リードを付け、呼び声を掛けた後に訓練者の方に荒々しくすばやく引っ張る。
    Beyond Basic Dog Training(Diane Bauman, 1986)
  • 悪さをした子犬を叱るとき  両首をしっかりつかみ、犬の上半身を地面から持ち上げ、何回か振り回す(スクラフアンドシェイク)。優位性を示しやすい犬種ほどあごの下をがっちりつかむこと。
    The Art of Raising a Puppy(Monks of New Skete, 1991)
好意の返報性~犬をほめてしつけた場合、飼い主と犬が相思相愛になるという好循環が生まれやすい  イルカの調教師としてキャリアを積み、クリッカートレーニングの普及に尽力したカレン・プライア女史はその著書「うまくやるための強化の原理」(二瓶社)の中で「動物にとってトレーナーは、面白くてわくわくする好子(ごほうびのこと)をくれて生活を楽しくする宝庫であり、トレーナーにとって動物の反応は、面白くて強化的であるから、お互いに愛着が芽生えるのは当然であろう」と述べています。つまり、「ほめてしつける→ペットが喜んで学習する→しつけがうまくいく→飼い主が楽しくなる→ほめてしつける・・・」という好循環が生まれるというわけです。
敵意の返報性~犬を直接罰でしつけた場合、お互いに憎しみ合うという悪循環が生まれやすい  一方、罰のうち、特に罰の執行人が飼い主であるとばれた状態で与える直接罰を用いたしつけでは、上記した好循環とは真逆の悪循環が生まれる危険性があります。
 ペンシルベニア大学ライアン病院が発表した研究報告によると、望ましくない行動をした犬を叩いたり蹴ったりする、犬が口にくわえたものを力ずくで放させる、アルファロール(力ずくで仰向けに寝かせて押さえつける)、にらんだり犬が目をそらすまで凝視する、ドミナンスダウン(力ずくで横向きに寝かせる)、犬の顎をつかんで左右に振るなど、体罰や不快感を伴うしつけを受けた犬の、少なくとも1/4から攻撃的な反応を引き出したとしています。
 自分を肯定的に評価してくれる相手に好感を抱く現象を心理学用語で好意の返報性(こういのへんぽうせい)といいます。犬をほめてしつけたときに生まれる好循環をこの「好意の返報性」だとすると、直接罰を用いてしつけたときの悪循環は、いうなれば敵意の返報性といったところでしょう。

先天的な要因

バーバラウッドハウスの「No Bad Dogs」(悪い犬なんていない)は、犬の問題行動の原因を全て飼い主の能力不足に押し付け、繁殖業界の責任をもやに包んでしまった。  優位性理論とそれにのっとった直接罰によるしつけ方法は、犬の問題行動を悪化させうる後天的な要因です。しかしバーバラ・ウッドハウスの著書「悪い犬なんていない」(No Bad Dogs, 1978)が主張するように、犬の問題行動の全てが、飼い主の能力不足で説明できるわけではありません。犬の問題行動の要因として、先天的な要素を指摘する人もいます。
 「動物行動医学」(チクサン出版社)の著者、カレン・オーバーオール女史は、自身が務めるペンシルバニア大学獣医学部付属動物病院(VHUP)の行動クリニックでは、問題行動を起こすペットの多くは、しつけが誤っているのではなく、実際に異常があったり問題を引き起こしている器質的(先天的)な原因があったとしており(P18)、こうした先天的な要因に対しては、今後薬理学の分野が台頭するのではないかと述べています。また犬猫の問題行動専門家、ヴァレリー・オーファレル女史も「問題犬を飼っている飼い主の方に落ち度があるに違いない。悲しいかな、これが現実であり、同時にまた神話でもある」として犬の側にも問題点があることを指摘しています(「プロブレムドッグ」・ペットライフ社)。
 アメリカでは1995年以降、動物行動医学は専門委員会による正式認可を受けた専門分野となっており、獣医学のカリキュラムに加えられ、専門家をトレーニングするための厳格かつ一貫した基準が提供されています。そして米国の多くの州では、動物の問題行動に対して診断を下したり特定の治療を進めたり必要な薬物を処方したりできるのは、免許を保有する獣医師だけです。先天的な要因に対しては獣医師が薬を処方し、後天的な要因に対しては獣医師自ら、もしくは信頼の置けるトレーナーに委託するというという形が浸透しつつあります。
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問題行動と獣医師の役割

病気治療と行動修正の両方を担うのが今後の獣医像になっていくことでしょう。  日本では近年、獣医学教育の正規カリキュラムに動物行動学と臨床行動学が取り入れられ、また2013年秋には第一回獣医行動認定医試験が行われる予定です。こうした流れは、獣医師の役割が今までの「病気を治す人」という枠を超え、「ペットの行動を直す人」という枠にまで広がりつつあることを意味しています。つまり「犬がうなったら口を押さえつけてじっとにらみなさい!」というトンチンカンなアドバイスをする獣医師が、今後は少なくなっていくことが期待できるというわけです。
 臨床行動学の最終目標は、人間と動物の関係性を、飼い主が望む姿に再構築し、そのプロセスを通じてストレスを軽減し動物の心理的健康を守ることです。つまり人と動物の双方がストレスフリーで幸せと感じられる生活環境へ導くことが目的であり、具体的には「行動診療」によるペットの問題行動解決という形でアプローチします。
 動物病院にとっての行動診療は、診療時間あたりの収益としては必ずしも大きくなく、導入する際は少なからず二の足を踏んでしまうこともあるようです。しかしその一方、導入すれば以下のようなメリットもあります。 臨床行動学(インターズー)
行動診療導入のメリット
  • 飼い主との信頼関係を築き上げる
  • 動物が行動診療を通じて病院やスタッフを好きになる
  • 病院の診察・治療効率が向上する
  • パピークラスの開催など、地域社会における啓蒙の場になる
 いささか理想論的ではありますが、なるべく多くの獣医師が上記したようなメリットを重視し、「体と行動の両方を治してくれるお医者さん」になることで、問題行動に起因するペットの飼育放棄、ひいては犬や猫の殺処分数を減らしてくれることを、期待せずにはいられません。
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