トップ2017年・犬ニュース一覧3月の犬ニュース3月27日

がっちりした大型犬を生み出している遺伝子候補が判明

 800頭を超える犬を対象とした大規模な遺伝子調査により、大型犬を作り出している遺伝子変異の候補が明らかになりました(2017.3.27/アメリカ)。

詳細

 ポーチュギーズウォータードッグミニチュアプードルダックスフントなどを対象として行われた過去の調査では、体の大きさを決定づけている遺伝子として以下のようなものが同定されています。カッコ内は染色体の番号です。
犬の体の大きさと関連遺伝子
  • IGF1(第15)
  • IGF1受容体(第3)
  • 成長ホルモン受容体(第4)
  • HMGA2(第10)
  • STC2(第4)
  • SMAD2(第7)
 しかしこれら6つの遺伝子変異は、小~中型犬(犬種標準体重が41kg以下)の60%、大型犬(犬種標準体重が41kg超)の5%程度にしか関わっていないため、隠れた関連遺伝子があるはずだと予測されていました。
 80犬種に属する915頭を対象とした別の調査では、犬の性別を決定する「X染色体」上にある2つの遺伝子座が、どうやら上記6遺伝子以外の調整因子であることが明らかになりました。しかし、具体的にどこのどういった遺伝子がどのように変異すると体の大きさが変わるのかに関しては、詳細な調査が行われていませんでした。
 そこでアメリカにある国立ヒトゲノム研究所の調査チームは、体の大きさがバラバラな88犬種に属する合計855頭の犬を対象とした大まかな遺伝子調査を行った後、87犬種163頭のX染色体に焦点を絞った遺伝子座の詳細な解析に取り掛かりました。その結果、体の大きさを調整していると思われる3つの遺伝子候補が浮かび上がってきたと言います。具体的には以下です。
犬の大型化遺伝子候補
  • IRS4遺伝子IRS4遺伝子はインスリン受容体基質4の形成に関わる遺伝子。
    犬では体の巨大化(特に体高)に必要不可欠ではあるものの、この遺伝子だけでは表現系の変化は起こらないと考えられる。
  • IGSF1遺伝子IGSF1(免疫グロブリンスーパーファミリー1)遺伝子は、細胞膜の糖タンパク質をエンコードする機能を持ち、甲状腺ホルモンの生成回路に関わっている遺伝子。
    大型犬種ではコドン欠失変異とミスセンス変異が確認され、犬種標準体高を大きくしていると推測される。
  • ACSL4遺伝子ACSL4(アシルCoAシンテターゼ長鎖ファミリーメンバー4)遺伝子は、肝臓内で発現が増加すると脂肪酸の取り込みを促進する遺伝子。ACSL4は多価不飽和脂肪酸の長鎖と特異的に結合する機能を持つ。
    犬においては筋肉質で背中の脂肪が豊富な「がっちり型」の体型を作り出していると推測される。
 人間の体の大きさを決定づけている遺伝子が非常にたくさんあるのに対し、犬という動物種で見られる極端な体型の多様性には、上記したような驚くほど少ない数の遺伝子しか関わっていないという可能性が示されました。
Analysis of large versus small dogs reveals three genes on the canine X chromosome associated with body weight, muscling and back fat thickness
Plassais J et al., PLoS Genet 13(3): e1006661. doi:10.1371/journal.pgen.1006661, Creative Commons CC0 public domain dedication

解説

 既知の6遺伝子に加え、今回の調査では3つの遺伝子が犬の体の大きさに関わっている可能性が示されました。それぞれの遺伝子に関する特記事項は以下です。

IRS4遺伝子

 IRS4遺伝子は視床下部における発現が顕著で、インスリン様成長因子1受容体(IGF1R)との相互作用でインスリン様成長因子1刺激性の細胞成長を促したりします。
 IRS4遺伝子が機能しないマウスでは重度の肥満が生じるとか、人間の統合失調症患者でIRS4の4つのSNPsと肥満とが関連しているといった報告がありますので、この遺伝子の変異は脂肪の付き方に影響を及ぼしているのかもしれません。

IGSF1遺伝子

 X染色体に関連したIGSF1(免疫グロブリンスーパーファミリー1)遺伝子に変異がある人間では、IGSF1不全症候群を引き起こすことが知られており、幼少期の成長ホルモン生成不足、男性患者における肥満(67%)といった症状として現れます。また骨格レベルで特徴的な顔貌を示すことがあるそうです。一方IGSF1不全のオスマウスでは、下垂体ホルモンと血清TSH(甲状腺刺激ホルモン)濃度の低下、TRH(甲状腺刺激ホルモン放出ホルモン)受容体発現の低下、体質量の増加が確認されています。
 犬で確認されたIGSF1の変異2種類に関し、26頭のハイイロオオカミ(うち2頭はレッドウルフという亜種)、2頭のコヨーテの遺伝子を調べたところ、どの個体からも検出されなかったといいます。こうした事実からIGSF1遺伝子の変異は、犬が狼から分岐した後、人為的な選択の対象となったのだろうと推測されています。
 変異の保有率に関しては、大型犬が95%(ホモ型76.2%+ヘテロ型18.8%)、小~中型犬が51.4%(ホモ型44.7%+ヘテロ型6.7%)という結果になり、大型犬以外でもそこそこ高い確率で保有していることが明らかになりました。小~中型犬が保有している場合はボストンテリアフレンチブルドッグなど、やや筋肉質の体型になるようです。また鼻ぺちゃが多いことと人間における「骨格レベルで特徴的な顔貌」とが対応関係にあるという可能性も否定できません。

ACSL4遺伝子

 ACSL4(アシルCoAシンテターゼ長鎖ファミリーメンバー4)遺伝子に変異を持った75品種のブタでは、背脂の肥厚化(BFT)が起こり、X染色体上にある4つのQTL(量的形質座位)がBFT、筋肉量、筋肉間の脂肪の付き方(霜降り具合)に連関していると推測されています。
 大型犬種全体におけるACSL4変異の保有率を見てみると、ホモ型が28%、ヘテロ型が20%、全く保有していないものが52%とバラバラです。ですから全ての大型犬にこの遺伝子が関わっているわけではないと考えられます。犬のACSL4遺伝子変異はがっちりした体型を生み出すと考えられる  調査チームが便宜上「がっちり遺伝子」と呼ぶこの遺伝子変異は、おそらくイギリスとフランスあたりで出現し、ドーグドボルドーブルマスティフといった犬種の中で固定化されたのだろうと推測されています。その後ヨーロッパに広がり、バーニーズマウンテンドッグレオンベルガークーバースへと受け継がれていった可能性が高いとも。カネコルソナポリタンマスティフアナトリアンシェパードドッグといった地中海やユーラシア産の犬種は保有していないことから、比較的近年になってヨーロッパを中心として広がった可能性が大きいようです。