トップ犬のしつけ方室内で必要となるしつけ犬を音に慣らす

犬を音に慣らす

 犬を音に慣らすとは、家の中でも外でも犬が音を聞いて取り乱さない状態のことです。このしつけは犬の突発的な動きを予防すると同時に、日常生活の中で引き起こされるストレスを減らすという重要な意味をもっています。

犬を音に慣らすことの必要性

 犬をさまざまな音に慣らせておく事は、犬と飼い主両方の身の安全を守る上で重要です。
 散歩中には自動車や自転車、オートバイなどの乗り物が必ず存在します。エンジン音やブレーキ音、クラクションやベルの音にいちいち反応して取り乱していたら、いつか興奮した犬が道路に飛び出して事故に遭ってしまうでしょう。あるいは他の犬の吠え声や猫の鳴き声などにおびえていたら、いつまでたっても家の中に閉じこもりっきりの引きこもり犬になってしまう危険性もあります。
1997年、静岡市の市道で犬を連れて歩道を散歩していた女性が道路に飛び出し走ってきた乗用車にはねられ頭を強く打って即死した。連れていた体長1mほどの犬が他の犬の鳴き声に興奮して市道に飛び出し、女性が引きずられる形で道路に出てしまったものとみられている。
 詳しい状況まではわかりませんが、上記したような痛ましい事故は、犬をあらかじめ「他の犬の鳴き声」という音刺激に慣らしていれば、ひょっとしたら防げたかもしれません。 犬を音に慣らせておくことは突発的な動きを予防することにつながる  また犬をさまざまな音に慣らせておくことは、ストレスを軽減してあげるという意味においても重要です。
 2016年、フィンランド・ヘルシンキ大学のチームは192犬種の飼い主合計3,284人に対してアンケート調査を行い、犬の不安症の中で最も報告例が多い「怖がり傾向」「騒音感受性」「分離不安」という3項目に関する統計データを収集しました(→詳細)。その結果、「騒音感受性が強い」すなわち物音に対してネガティブに反応しやすい犬では51.9%で「怖がり傾向」が見られたと言います。また逆に「怖がり傾向」が強い犬のうち55.9%では騒音感受性が見られたとも。つまり音に敏感な犬は多くの場合怖がりであると言うことです。ですから犬を色々な音に慣らしておく事は、音によって引き起こされる恐怖心を緩和し、怖がりな犬のストレスを減らすことにつながってくれるのです。
 では具体的に犬を音に慣らすトレーニング方法を見ていきましょう。
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2つのアプローチ法

 犬を特定の音に慣れさせるトレーニングの目的は「音への馴化」です。馴化(じゅんか)とは刺激に対して自然に慣れて特別な感情を抱かなくなることを意味します。

系統的脱感作法

 音への馴化を達成する際は、系統的脱感作法(けいとうてきだつかんさほう)という手法を用いると、最も犬に対するストレスが少なく、また同時に成功率が高いと考えられます。これは、犬が苦手としている音刺激を、弱いものから段階的に強いものへと高めていき、最終的には刺激に対して無反応にするというものです。
 系統的脱感作法に近いものとしては、免疫的脱感作療法(めんえきてきだつかんさりょうほう)が挙げられます。これは、アレルギーを引き起こすアレルゲンを、皮下注射、経口投与、舌下投与などの方法でほんの少し体内に摂り入れ、徐々に体を慣らしていく治療法のことです。アレルギー症状を軽減する対症療法ではなく、アレルギー反応自体をなくす根治療法として注目されています。
 上記した治療法を知っておくと、犬を少しずつ苦手なことに慣らせていくプロセスをイメージしやすくなるでしょう。トレーニングの最終的な目標は、音を我慢させることではなく、音を聞いてもそもそも何も感じなくさせることです。
 犬をある特定の刺激に対して系統的に慣らしていく場合は、犬がすでに鋭敏化(※)している可能性を考慮し、原因となっている刺激そのものだけでなく、その刺激によく似た刺激も含めて、脱感作の対象にする必要があるでしょう。たとえば、雷の音を怖がる犬の場合は、ベビーカーのゴロゴロという音や、カメラのシャッター音、そして場合によっては人間のくしゃみの音などにも慣らしておく必要があるということです。
鋭敏化 刺激への鋭敏化とは、ちょっとした刺激に対しても過剰に反応してしまうこと  「鋭敏化」(えいびんか)とは、ある刺激に対する反応が強くなることをいい、馴化の対極にある概念です。指の皮が厚くなることが「馴化」だとすると、「鋭敏化」とは指先に切り傷がある状態だとお考えください。切れた(鋭敏化した)状態の指先に刺激を加えると、痛みが倍増して感じられるはずです。

氾濫法

 動物を馴化させる方法として系統的脱感作法の対極にあるのは、氾濫法(はんらんほう, flooding therapy)と呼ばれる手法です。これは、犬に最大の恐怖を引き起こすような強い刺激に、予行演習無しでいきなりさらしてしまうという荒治療のことです。まるで氾濫した川の水のように刺激を浴びせかけることからこの名が付けられました。
 具体的には、子犬をクレートの中に閉じ込め、雷の音を大音量で聞かせ続けたりするなどがあります。人間で言うと、高所恐怖症の人にいきなりバンジージャンプさせたり、虫恐怖症の人をインディ・ジョーンズの映画に出てくるような虫だらけの個室に閉じ込めてしまうようなものです。
 この手法は、刺激に対する反応を「鋭敏化」(先述)して恐怖心を逆に強めてしまったり、攻撃性が増したりする危険性をはらんでいるため、素人が面白半分や実験感覚でやってよいものではありません
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子犬を音に慣らす

 生まれて間もない子犬を音響刺激に慣らす場合、社会化期とのタイミングが重要になります。社会化期とは、犬が外界の刺激に対してオープンになり、たくさんの情報を貪欲に吸収する時期のことで、犬においては生後4週齢から13週齢くらいだと考えられています。 子犬の社会化期

生まれたばかりの子犬の場合

 自宅で子犬が生まれた場合や知人の家で生まれた子犬を生後間もなく引き取ったような場合、音響刺激トレーニングの期間は耳が十分に聞こえるようになる生後4週齢から、ワクチン接種が終わり散歩デビューする生後16週齢とします。絶対的なものではなくあくまでも一例です。

生後4~5週齢

 犬の耳が聞こえるようになるのは生後2週齢くらいからですので、生後4週齢ではすでに外の音をしっかりと聞き取ることができるようになっています。先天的に耳が不自由でないかどうかは、手を軽く叩いて犬がこちらを向くかどうかでチェックしておいて下さい。
 社会化期が始まるこの頃から、聞こえるかどうかわからないくらいの小さな音量で様々な音を聴かせていくようにします。子犬が起きている間、音響刺激をBGMのように流しっぱなしにし、ボリュームは1日単位で少しずつ上げていくようにします。焦って突然大音量にはしないでください。2週間くらいかけてゆるやかに通常の音量に上げていきます。
 この時期に慣らせておきたい音は以下です。1つの音を30分間ずっと流し続けるよりは、5種類の音を5分×6回のように小分けにしたほうが効果的です。

生後6~8週齢

 社会化期のピークは生後6~8週齢くらいだと考えられています。この時期の子犬は外界に対する警戒心が薄れ、異種の動物も含めて積極的に受け入れようとします。様々な音を聞かせて将来的に出会う動物や外の世界をシミュレーションさせましょう。
 この時期に慣らせておきたい音は以下です。1つの音を30分間ずっと流し続けるよりは、5種類の音を5分×6回のように小分けにしたほうが効果的です。

生後9~16週齢

 生後9週齢以降は社会化期がピークが過ぎ、少しずつ警戒心が戻ってきます。しかし外界に対する興味は失っていませんので引き続きBGMトレーニングをしましょう。
 この時期に慣らせておきたい音は以下です。1つの音を30分間ずっと流し続けるよりは、5種類の音を5分×6回のように小分けにしたほうが効果的です。
 「突発的な音」や「雷の音」は、犬が本能的に嫌うものです。いきなり大音量から始めるのではなく、聞こえるかどうかわからないくらいの小さなボリュームから始めてください。1日単位で少しずつ音量を大きくし、8週間くらいかけて非常に緩やかに通常のボリュームにあげていきます。馴化のペースを間違うと、逆に音恐怖症に発展することがありますので要注意です。

子犬を購入した場合

 ペットショップやブリーダーなどを通じて子犬を購入した場合、現行法(2018年時点)では最低でも生後8週齢のはずですので、ちょうど社会化期のピークが終わった時期に相当します。外界に対してオープンになっていた重要な時期をペットショップのショーケースで過ごしていたというハンデがありますので、9~16週齢までの期間でなんとか遅れを取り戻さなければなりません。
 以下は音響トレーニングスケジュールの一例です。犬が嫌悪感を抱きにくい音からスタートし、徐々にストレスを引き起こしやすい音にグレードアップしていきます。1つの音を30分間ずっと流し続けるよりは、5種類の音を5分×6回のように小分けにしたほうが効果的です。
9~10週齢
11~13週齢
14~16週齢
 絶対やってはいけないのは、焦っていきなり大音量からスタートするということです。これは先述した「氾濫法」に相当しますので、逆に犬を音恐怖症にしてしまう危険性があります。
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成犬を音に慣らす

 犬が1歳超えた成犬である場合、社会化期はとっくに終わっていますので、新しいものに対する受け入れやすさは子犬に劣ります。しかし適切な方法を用いれば新しい音響刺激や苦手な音に慣らすことも十分可能です。

犬の音恐怖症

 犬がある特定の音に対して恐怖や不安を示すことを音嫌悪(おとけんお)、音恐怖症(おときょうふしょう)などといいます。犬や猫が音恐怖症になる原因としては、主に以下のようなものが挙げられます。 獣医行動学の適用と展望(インターズー)
犬や猫が音恐怖症になる原因
  • 馴化不足馴化(じゅんか)とは外界の刺激になれることです。2006年、Iimura氏の研究によると、6ヶ月齢未満の犬に花火、エンジン音、ドアの音、クラッカー、掃除機、大声などに慣らしておくと予防的な効果があるそうです。子犬の社会化期における刺激への暴露(ばくろ)が重要ということです。
  • トラウマトラウマとは心的外傷のことで、非常に強い刺激にさらされたことが原因で恐怖心が植えつけられることです。たとえば風船とじゃれあっていて「パン!」と割れたときなどです。
  • 感作感作(かんさ)とは、トラウマのようにいきなりではなく徐々に苦手意識が芽生えていく過程のことです。エンジン音や雷の音などに繰り返しさらされることで少しずつ恐怖心が強まっていきます。
  • 脱馴化脱馴化(だつじゅんか)とは、一度なれた刺激に対し、再び苦手意識がよみがえることです。全く無関係なストレスが原因となることがあります。
  • 社会的促進社会的促進(しゃかいてきそくしん)とは他の犬や飼い主の恐怖心が犬に伝染することです。2006年、Iimura氏の研究によると、1つ以上の音刺激に過敏な犬の飼い主283人の内、22.6%が他の犬の恐怖行動を観察することで恐怖を学習、または模倣したと回答しています。
 苦手な音に接して不安や恐怖が引き起こされた時、犬は特徴的なしぐさや行動を見せることがあります。音恐怖症に伴う代表的なストレスサインは以下です。飼い主はこうしたサインをよく観察し、音響刺激のボリュームが適切かどうかを判断していきます。
音恐怖のストレスサイン
  • 口を舐める
  • クンクン泣き
  • 警戒吠え
  • ウロウロ歩き回る
  • 飼い主とくっつこうとする
  • 震える
  • 破壊行動
  • 逃げたり隠れたりする
  • トイレが増える

系統的脱感作

 成犬をある特定の音に慣らせる場合、基本的には系統的脱感作を用います。
 音響サンプルの中から音を選び、聞こえるかどうかわからないくらいの小さな音量からスタートして1日単位で少しずつボリュームを上げ、最終的には通常と同じ音量まで引き上げます。1つの音を30分間ずっと流し続けるよりは、5種類の音を5分×6回のように小分けにしたほうが効果的です。
 ストレスサインが見られた場合は、何らかの理由により音恐怖症になっている可能性があります。その場合は、以下に述べる「拮抗条件付け」とあわせて馴化を進めいくようにしましょう。

拮抗条件付け

 成犬がある特定の音を明らかに怖がっているような場合、拮抗条件付けによって慣らすという方法もあります。これは苦手としている刺激とごほうびとをリンクすることにより、不快感の引き金を快感の引き金に入れ替えてしまうという手法のことです。例えば犬が雷を怖がる状況を考えてみましょう。

しつけの準備

 まず雷の音響サンプルと犬が大好きなごほうび用意します。犬をお座り伏せの姿勢にし、ミュートの状態から少しずつボリュームを上げて犬が不安や恐怖の兆候を示す音量を見つけます。

おとなしくしていたらごほうび

 最初は犬のストレスや不安を引き起こす音量より少し落とした状態で音響刺激を聞かせます。犬をお座り伏せの姿勢にし、音を5秒ほど聞かせてみましょう。じっとしていたら「いいこ」とほめてごほうびを与えます。これは音とごほうびの間で形成される古典的条件付けであると同時に、「じっとしていること」と報酬とを犬の頭の中で結び付けるオペラント条件付けでもあります。終わったら再び5秒聞かせ、じっとしていたらごほうびを与えましょう。
 クンクン鳴きや警戒吠えを始めたタイミングで間違ってごほうびを与えないようにしてください。これでは取り乱す事を強化することになってしまいます。犬がおとなしくなるのを待ち、落ち着いたタイミングでごほうびを与えましょう。

音量を徐々に上げていく

 犬が低音量の音に慣れてきたら、少しずつ音量を上げていきましょう。5秒ほど聞かせ、静かにしていたらそのたびごとにごほうびを与えて「音」および「じっとしている」という行為とごほうびとを繰り返しリンクします。もし犬が再び冷静心を失うような場合は、先走りすぎですので、もう一度犬が落ち着いていられる音量まで下げ、そこからしつけを再スタートします。

おやつの回数を減らす

 犬がいろいろないろいろな音量に慣れてきたら、今度はおやつを与える回数を減らしていきましょう。常におやつを与えていると犬がごほうび自体に飽きてしまったり、肥満の原因になりかねません。毎回おやつを与える→2回に1回ごほうびを与える→3回に1回→4回に1回・・・と減らしてゆき、最終的には「いいこ」などのほめ言葉だけにします。
 音恐怖症に対する系統的脱感作を用いた治療法を確立したのはTuber、Voithらで、1974年にまで遡ります。彼らの報告では、雷恐怖症の犬に対し、1日1時間、連続5日行ったところで、本物の雷に対する恐怖反応が消えたとしています。しかし犬の集中力は10分~15分ほどです。集中力がなくなってきたらいさぎよくしつけを中断してその日の夜や翌日に改めて再開しましょう。短期集中コースを無理強いする理由は全くありません。
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音響サンプル

 以下は日常生活の中で出会う確率が高いさまざまな音のサンプルです。流しっぱなしにできるよう、音は1時間以上継続します。ネット接続機器がスマートフォンしかない場合は、スピーカーなどと組み合わせるとよいでしょう。

家屋が出す音

電化製品の音

自然の音

他の動物の音

人の出す音

乗り物の音

突発的な音

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