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子犬の社会化期について~正しいトレーニング方法から失敗の原因まで

 社会化期(しゃかいかき)とは、ある犬が他の犬や猫、人間を始めとする様々な動物に対して友好的な感情を抱くようになるために重要な期間です。 犬は生後約1年で頭も体も成犬になりますが、生まれてからのたった数週間が、その犬の性格や精神面を決定付けてしまう「社会化期」なのです。

子犬の社会化期はいつまで?

 子犬の社会化期(しゃかいかき)とは、ある犬が他の動物に対して友好的な感情を抱くようになるための特別な時期です。「社会に慣れる」という意味からこの名前がつきました。
 最大の特徴は、犬の生涯のうちある限られた時期にしか現れないという点です。では子犬の性格形成に決定的に重要な役割を担っている社会化期は、一体いつから始まりいつまで続くのでしょうか?子犬の発達段階とともに詳しく見ていきましょう。

出生前期

 「出生前期」(しゅっしょうぜんき)とは、動物の胎子が母親の胎内にいる時期のことです。
 げっ歯類の研究から、おなかの中にいても、子は母親の胎盤を介して何らかの影響を受けることが明らかになったため、この時期も発達段階に含めるという考え方が生まれました。
 出生前の子に影響を及ぼす要因としては、母親のコルチコステロイドホルモン、アンドロゲンなどの可能性が考えられています。

新生子期(誕生~2週齢)

 「新生子期」(しんせいしき, neonatal period)とは、誕生直後から2週齢ごろまでの期間を指します。 生まれてから14日齢になるまでが新生子期  目は開いておらず外耳道(がいじどう=鼓膜から外の世界につながるパイプ状の部分)もふさがっており、触覚など母犬の乳首を探し当てるための一部の感覚しか機能していません。おしっこやうんちも自分でできないため、母犬が下腹部をなめることで排便を促します。
 Meier、Whimbey、Foxなど多数の研究者は、強い身体的な刺激や不快な刺激のほか、毎日触って世話をするといった軽い刺激でも、子犬の身体的発達に長期にわたって影響を及ぼすとしており、具体的に以下のような可能性を挙げています。
新生子期における刺激と子犬の発達
  • 神経系の成熟が促進される
  • 被毛の発育が促される
  • 運動能力が発達する
  • 問題解決能力が発達する
  • 目や耳の感覚が早く発達する
 FoxやZimenといった研究者は、生後6日から人間に育てられたオオカミの幼獣は、生後15日以上たってから育てられた場合に比べて、人間に対する信頼感や友好性が強くなるという研究結果を報告しています。また2015年に行われた最新の調査では、生まれてからの3週間に母犬が子犬に対して行う養育行動が、生後15~20ヶ月齢になったときの性格に影響を及ぼす可能性も示唆されています。
 これらは生後2週までの刺激が、いかに幼獣に対して強い影響を及ぼすかを示す好例といえるでしょう。 母犬の養育行動が子犬の性格形成に影響

移行期(生後13日~20日)

 「移行期」(いこうき, transition period)とは、目が開き始める生後13日(前後差3日程度)ごろから、外耳道が開いて外界の音に反応するようになる生後18~20日ごろまでの期間です。 生後13日から20日ごろまでが移行期  前後の足の触覚が発達し、よちよち歩きをはじめ、またそれまで母犬に世話をしてもらっていたおしっこやうんちも自分でできるようになります。兄弟姉妹とのじゃれ合いが始まり、尾を振ったり不満を表すための特殊な鳴き声を覚えたりします。この時期は、五感を通じて外界から膨大(ぼうだい)な量の情報が入ってきて、それに合わせて脳も急速に成長する期間です。兄弟犬や姉妹犬との遊びやじゃれあいがないと、 成犬になってから正常な交尾(こうび)を行うことができなくなるとも言われています。

社会化期(4週齢~13週齢)

 「社会化期」(しゃかいかき, socialization period)とは、対象が生物であれ無生物であれ、特殊な愛着を形成する時期のことです。一般的に「犬の社会化期」という場合はこの限られた時期のことを指します。外界に興味を抱く好奇心と、見知らぬものに対して抱く警戒心が共存し、その両者のバランスによって幼獣の行動が決定されます。
 社会化期がいつから始まっていつまで続くのかに関しては、個体差や種差があるため明言できないというのが、大多数の専門家の一致した意見です。一部の研究者が導き出した結論を列挙すると、以下のようになります。
社会化期の持続期間
  • Freedman(1961)2.5週齢~9-13週齢
  • Scott, Fuller(1965)3週齢~12週齢で、最も感受性が高い絶頂期が6-8週齢
  • Fox, Stelzner(1966)6-8週齢が、精神的・肉体的苦痛に対して最も敏感になる
 3週齢程度では感覚や神経の発達が不十分で、また12週齢を過ぎると見知らぬ場所や動物に対して明らかに警戒心を抱くようになることから、おおむね4週齢~13週齢ごろが社会化期として妥当な時期とすることが多いようです。月齢で言うとちょうど2~3ヶ月齢に相当します。また6~8週齢においては、警戒心や恐怖心を上回るような好奇心が観察されることから、6~8週齢が社会化期の絶頂期であると考えられます。 4週齢~13週齢が犬の社会化期  脳の中には扁桃体(へんとうたい)と呼ばれるアーモンドに似た部位があり、ここが損傷を受けると恐怖心が低下することが確認されています(クリューバービューシー症候群)。この事実から、子犬の社会化期における旺盛な好奇心は、扁桃体が未成熟であるからこそ生まれるのではないかと予測する研究者もいます。

若齢期(13週齢~6ヶ月齢)

 「若齢期」(じゃくれいき, juvenile period)とは、社会化期が終わってから6ヶ月齢になるまでの期間を指します。社会化期が終わる生後14週齢ころから6ヶ月齢までが若齢期  社会化期がいつまで続くのかに関しては、上記した通り犬種によって変動するため、一概には言えません。しかし一般的にジャーマンシェパードなど面長な犬種に比べ、パグチワワなど、短吻系(鼻ぺちゃ)の犬においては社会化期が長く続く傾向にあるようです。
 個体差はさておき全ての犬種に共通して言えるのは、社会化期の終わりが、見知らぬ場所、知らない個体、初めての出来事に対する恐怖心が好奇心を上回る瞬間によって特徴付けられるという点です。犬種によって多少の前後はあるものの、およそ生後12~14週のどこかで社会化期の終わりが訪れると考えてよいでしょう。そして社会化期が終わる生後4ヶ月齢ころが、若齢期の始まる時期でもあります。
NEXT:社会化期のトレーニング

社会化期のトレーニング方法

 社会化期は生後4週齢~13週齢という限られた期間にだけ出現する特殊な時期です。この時期をどう過ごすのかによって犬の性格が決定づけられると言っても過言ではありません。ですから社会化期やその前後におけるトレーニングは、他の時期とは比べ物にならないくらい重要な意味を持っています。
 この時期の重要性をまとめると以下のようになります。
社会化期の重要性
  • 生物に対する長期的な愛着この時期に接触した動物に対し、一生を通じて継続するような長期的な愛着を抱くようになります。
  • 非生物に対する愛着この時期は、生物のみならず非生物に対しても持続的な愛着を形成する時期です。たとえば生まれ育った産箱や、使い続けた毛布などが愛情の対象となります。
  • 動物種の自覚自分が属していると判断する動物種が限定されうる時期です。子猫と育てられた子犬は、成長後猫に対しては愛着を示すものの、見知らぬ子犬は避けるようになるといいます(Fox, 1969)。このように、たとえ事実ではなくても「自分は猫である」という所属動物種に関する思い込みが形成される時期でもあるわけです。
  • 短時間での変化対象に愛着を抱くために、長期的な接触は必要ないという研究がなされています。Fuller(1967)は少なくとも週に20分の接触を2回持てば、社会化が可能としており、またWolfle(1990)に至っては、週にたった5分の接触を持てば適切な社会化に十分であるとしています。このように、非常に短い時間でも子犬の性格に影響を及ぼしうる極めてデリケートな時期と言えるでしょう。
 このように社会化期は子犬の性格を形成する上で非常に重要な時期であることがわかっています。では具体的にどのようなトレーニングを行えば、人慣れした元気な子犬に育ってくれるのでしょうか?他の時期と合わせた正しい訓練方法を見ていきましょう。

新生子期のトレーニング

 新生子期(誕生~2週齢)における子犬のトレーニングについて、著名な心理学者で犬学のエキスパートであるスタンレー・コレン氏は以下のようなやり方を推奨しています。一連のハンドリングは3~5分という短い時間でも、安定した情緒性、ストレスへの高い抵抗力、高い学習能力などを形成する上で役立つと同時に、脳の成熟や運動の協調性を促進するそうです。
新生子期の子犬の扱い方
  • 頭を上下する子犬を1頭ずつ両手に乗せ、まず頭が高くなるように保持して10秒ほどキープする。次に頭が低くなるように保持して10秒ほどキープする。これを合計2~3セット繰り返す。
  • 冷却刺激冷えた金属プレートや氷水などで冷やした手を子犬の腹部にあてがい、子犬の体温と同じになるまでその状態を保持する。
  • なでる子犬を仰向けにして1分ほどやさしく腹部、頭、耳などをなでる。その後綿棒を用いて肉球の間をくすぐるようにこする。

移行期のトレーニング

 移行期(生後13日~20日)における子犬のトレーニングについては、以下のようなやり方が推奨されます。適度な刺激を与えることで脳の発育を促すと同時に、新奇なものに対する恐怖心を緩和するのが目的です。
移行期における子犬の扱い方
  • 声を掛ける両手に乗せてなでるとき、優しく声を掛けてやる。
  • 音を聞かせるテレビやラジオなど、人の声や音楽を聞かせる。
  • 動くものを与えるコロコロ転がるおもちゃや思わず触りたくなるような知育玩具を与えてみる。
  • 周囲の環境に変化をつける子犬をいつもとは別の部屋に連れて行ったり、子犬を囲む環境に新しいものを置いてみたりする。

社会化期のトレーニング

 社会化期(4週齢~13週齢)における子犬のトレーニングについては、以下のようなやり方が推奨されます。

様々なものを見せる

 子犬が将来的に出会うだろう様々な物を見せましょう。犬は嗅覚の動物ですので見ると同時に必ず鼻を近づけてクンクンと匂いを嗅ぎます。視覚と同時に嗅覚が刺激され、自然と警戒心が薄らいでいきます。
 例えば人間が着用する衣類(帽子・コート・サングラス etc)、家庭内にある電化製品(テレビ・ラジオ・携帯電話・リモコン・冷蔵庫 etc)などです。

様々な人に会わせる

 子犬が特定の人物ではなく「人間」という動物種全般に対して友好的になるよう、飼い主以外の様々な人に会わせるようにします。 友人や知人に頼んで人馴れの練習をしてもらいましょう。様々な年齢層に属する男性と女性全てに会わせるのが理想です。
 ただしすでに犬を飼っている人に頼む場合は、万が一ウイルスや細菌が子犬に感染しないよう、手や衣類がペット犬と接していないことを確認しておきます。

様々な音を聞かせる

 子犬が生きていく中で確実に聞くだろう音にあらかじめ慣らせておきます。具体的には掃除機、電子レンジ、電話のベル、雨、雷などです。音のサンプルリストに関しては以下のページでまとめてありますのでご利用ください。 犬をいろいろな音に慣らす

様々な場所に行く

 家の中だけでなく外の環境にもならせておく必要があります。注意すべきは、社会化期はワクチンプログラムが終わっておらず免疫力が十分でない時期とバッティングするという点です。
 外で出会った犬との偶発的な接触や、汚れた地面や電信柱を介しての感染を予防するため、キャリーバッグやカートに入れて外に連れ出すという形が良いでしょう。

若齢期のトレーニング

 若齢期のトレーニングでは犬が一生涯の間で出会うだろう様々な刺激を与え続けるようにします。
 残念なことに、社会化期を適切にすごした犬でも生後12週以降、犬や人間と全く接触しなかった場合、あたかも社会化していない犬のように振舞うという現象が報告されています。つまり社会化期とは性格の基礎工事に過ぎず、若齢期における「本格的な建築」を終えて初めて犬の性格が完成するというイメージです。
 若齢期では、社会化期に培った経験がしっかりと身につくよう引き続き様々な刺激に慣らせていくようにします。ワクチンプログラムも終了している頃ですので、散歩デビューもできるはずです。よりスムーズに他の犬や外の刺激と接することができるでしょう。 子犬の散歩デビュー NEXT:ワクチン接種と社会化

ワクチン接種と社会化

子犬の社会化期は、免疫力を養うことと他の犬と接触することの両方が必要な微妙な時期  社会化期は犬の性格形成にとって極めて重要な時期であることはわかりましたが、同時に免疫力が弱いため感染症にかかりやすいデリケートな時期でもあります。子犬の社会化を目的とした場合、なるべく多くの子犬と接触させることがベストです。しかし感染症予防を目的とした場合、免疫抗体ができるまで他の犬と一切接触させないのがベストとなります。つまり社会化期とは、真逆とも言える二つの要求を同時にクリアしなければならない難しい時期なのです。
 イアン・ダンバー氏は著書、「イヌの行動問題としつけ」の中で、以下のような社会化プログラムを提案していますのでご紹介します。 イヌの行動問題としつけ(RED HEART)

ワクチン接種中の社会化

 ワクチン接種中の子犬は、まだ免疫力が不十分ですので、触れ合うとしたら病原体を保有していない犬に限られます。病原体を保有していない犬とは、同腹の兄弟姉妹犬、他の犬と一切接触していない他の子犬、1週間以上散歩に連れ出していない先住犬などです。お友達で同月齢の子犬を飼っている人がいたら、相談してどちらかの家に子犬ともどもおじゃまするという方法もあります(※感染症予防に関してはかかりつけの獣医さんにも事前に相談してください)。
キャリー散歩  もし上記したような犬が身近にいない場合は、子犬をキャリーなどに入れた状態のまま外を散歩し、様々な音や匂いに触れさせるという次善策も有効です。ただし空気感染する病気もありますので、他の犬が近づいてきても接触させないよう注意します。また、電柱など他の犬の糞尿が付着していると思われる場所に近づけてもいけません。 犬の感染症
 なお、米国獣医動物行動研究会(AVSAB)が子犬の社会化に関して出している声明文 では、免疫力が十分とはいえない生後7~8週齢で、早くも最初のパピークラス(子犬同士のふれあい教室)に参加するよう推奨しています。この大胆な発言の背景には、社会化不足に起因する問題行動が、ペット遺棄の第一要因であるというアメリカならではの事情があるように思われます。すなわち、ペットの安楽死が日本とは比べ物にならないほど多いアメリカにおいては、飼い主の飼育放棄によって安楽死させられる確率よりも、免疫力不足による病気で死ぬ確率の方が、まだ少ないだろうという計算があるわけです。

ワクチン接種後の社会化

子犬同士の社会化を促進するパピーパーティ(パピークラス)  母犬の初乳を飲んでいようがいまいが、ワクチン接種プログラムはおおよそ14週までには終了し、成犬と同じだけの免疫力を備えることができます。これは子犬の発達段階で言うと、ちょうど若齢期(13週齢~6ヶ月齢)に相当する時期です。この時期は、社会化期のピーク(6~8週齢ごろ)に比較すると子犬の好奇心も影を潜め、やや警戒心の方が上回ってしまう時期と言えます。
 しかしイアン・ダンバー氏によると、生後2ヶ月齢~5ヶ月齢の子犬の修正的社会化は、ほとんど努力を要さず、どんなに怖がりな子犬であっても、数週間もしないうちに他の犬と遊び始めるそうです。
 同氏はワクチン接種が終了し次第、修正的社会化プログラムとしてパピーパーティ、知人の犬、先住犬、散歩中やドッグランで出会う犬など、15分程度のセッションを週に最低1~2回もつことを推奨しています。
パピーパーティ
 パピーパーティ(パピークラス)とは、同じ月齢の子犬を集めて社会化を促す催しものです。動物病院やしつけ教室などで無料開催しているところもあります。子犬たちは自由なじゃれあいを通じて、支配・服従の姿勢を身につけたり、どの程度の強さで噛むと相手が痛がるかという攻撃抑制について自然と学んでいきます。なお、犬用フェロモン「DAP」には、子犬同士の交流を促進し、結果として社会化を早める効果があると報告されています。併用してみるのも一案でしょう。
 なおパピークラスに参加したかどうかにより、成長してからの行動特性に影響が出ることが確認されています。詳しくは以下のページをご参照ください。 パピークラスへの参加は子犬の社会性を高める パピークラスは子犬と飼い主の両方にメリットあり 子犬たちは自然なじゃれ合いを通じて社会性を学ぶ
NEXT:社会化の失敗

子犬の社会化の失敗

 社会化の失敗とは、生後4週齢~13週齢という限られた時期を不適切な環境下で過ごすことで、生物(人間・他の犬 etc)や非生物(物・音 etc)に対する警戒心が残ってしまうことです。ペットショップを経由して販売される子犬の多くがこうした失敗の危険性にさらされています。

ペットショップのフォロー

 子犬をペットショップから迎えた場合は、社会化期の失敗を即座にフォローしなければなりません。
 2019年時点での日本の法律では生後49日齢(7週齢)以下の子犬を販売業者に引き渡してはいけないとされています。ですから必然的に、ペットショップの店頭に並ぶのは生後50日齢(8週齢)以上の子犬ということになります。逆の言い方をすれば最も感受性が高い生後6週齢から8週齢の期間は、自分以外の人間に任されているということです。具体的には繁殖者→オークション会場→仲買人やバイヤー→ペットショップというルートをたらい回しにされる状況が想定されます。 ペットのオークション会場の様子~バイヤーが画面越しに商品(犬猫)を落札していく  社会化期の最中におけるこうした不適切な環境が、子犬の健全な社会化を妨げてしまった可能性が高いため、犬をペットショップから迎えた場合はすぐに修正を図る必要があります。具体的には「社会化期のトレーニング」及び「若齢期のトレーニング」を参考にしてください。

社会化失敗の原因

 社会化失敗の原因はペットオークションやペットショップという販売システムにあります。
 ペットショップで販売されている子犬たちは、社会化期という重要な時期において最悪のケースでは以下のような環境下に置かれている可能性があります。
繁殖業者から小売店までの子犬の流れ
  • 繁殖者いわゆるパピーミルで、劣悪環境下に母犬を軟禁し次から次に子犬を産ませている。授乳量も十分ではなく子犬のケアもろくにできない。かといって繁殖業者が母犬をフォローするわけでもない。
  • オークション会場狭苦しいケージ、キャリー、小箱に入れてたくさんの子犬たちが集合するオークション会場に連れて来られる。周囲の環境がよく見えないので子犬たちは怯えきっている。得体の知れない人間に持ち上げられ、次から次に体を触られる。
  • ペットショップ感染症の危険性を排除するため一定期間他の子犬達から隔離される。隔離期間が終わりショーケースに移った後も、他の子犬と接する機会はなく、明るい店内で一日中展示される。ケースの中の糞便はろくに掃除されず汚いまま。挙句の果てにはトイレの上で寝ざるをえない。
 「社会化期のトレーニング」で解説したとおり、この時期においてすべきことはさまざまな物、人、音、環境にゆっくりと慣らしていくことです。狭苦しいケージの中に入れ、周囲の環境がろくにわからない状態のまま、あちこちたらい回しにすることではありません。また他の子犬と接する機会がないまま長時間にわたってショーケースに入れられることでもありません。 ペットショップに陳列されている子犬や子猫  社会化が失敗してしまう原因の大部分は、ペットオークションやペットショップという販売システムを許している日本の流通形態にあります。 日本のペット産業

社会化失敗の結果

 社会化の失敗が子犬の問題行動につながる危険性が指摘されています。
 犬の入手先と問題行動との関連性に関しては、早くも1994年にJogoeが「ペットショップから入手した犬では、支配性攻撃行動と社会性の恐怖心が高まる」と指摘しています。また2013年に行われた調査では、Serpellらが「ペットショップ経由の犬は同居している人間、見知らぬ人間、他の犬に対する攻撃性が強い/他の犬や無生物に対する恐怖が強い/分離不安や粗相の問題が多い」との結論に至っています出典資料:Serpell, 2016
 さらに2016年、日本とアメリカによる共同研究チームが犬の行動特性を統計的に比較したところ、「ペットショップから入手した小型犬」は問題行動の危険因子になり得ることが明らかになりました。特にペットショップで購入された3ヶ月齢以下の犬では「見知らぬ人への攻撃性」、「過剰な活動性」、「無生物に対する恐怖」、「見知らぬ犬への恐怖」、「見知らぬ犬への攻撃性」がブリーダー経由の犬よりも高くなる傾向があったとのこと。
 こうしたデータから研究チームは、犬をペットショップで購入する機会が多く、また人気が小型犬に偏っている日本においては、そうした入手ルート自体が問題行動を悪化させるリスクファクターになっているという可能性を指摘しています。
 こうした調査結果は「早すぎる離乳は、犬の問題行動の直接的・間接的な原因になりうる」という主張を裏付ける実証データになり、日本における「8週齢問題」を議論するときの論拠になってくれるでしょう。 「小型犬」を「ペットショップ」で購入する危険性

日本における「8週齢規制」

 2012年8月22日、民主党の環境部門会議で動物愛護法改正案が了承され、生後56日(8週齢)以下の子犬や子猫について、繁殖業者からペット販売業者への引き渡しが禁じられる見通しになりました。目的は、不十分な社会化に起因する犬の問題行動、および問題行動に起因する飼い主の飼育放棄を減らすことです。
 法施行後の3年間は「生後45日」(6週齢ごろ)、その後は「生後49日」(7週齢)とし、施行後5年以内に「生後56日」(8週齢)が適切かどうかを、環境省が改めて調査・検討するという流れになります。
 直近のデータでは2018年、環境省主導のもと「犬猫幼齢個体を親等から引き離す理想的な時期に関する調査」が公的に行われました。その結果、繁殖業者から生後50~56日で出荷された子犬と生後57~69日で出荷された子犬を比べると成長後の「見知らぬ人に対する攻撃性」や「家族への攻撃性」などに有意差が生じるという結論に至ったと言います。
 一方、ペット生体販売の業界団体「全国ペット協会」が環境省に提出したアンケート結果では、子犬を早く出荷することに肯定的な内容になるよう、圧力をかけて回答を方向づけした疑いがもたれています。生体販売業者が「8週齢規制」に難色を示す理由は、子犬の週齢が若いほど管理費が安くなり、またかわいさも強く残っているため売れやすいからです。社会化期の重要性は二の次なのでしょう。

野犬の成犬問題

 犬の社会化が失敗してしまう理由としては、ペットショップが抱える流通問題の他に野犬の問題があります。野犬とは人間と接触することないまま屋外で産まれた犬のことです。
 例えば以下は、2022年度(令和4年度)における殺処分数の中で幼齢個体、すなわち離乳も終わっていないものも含めた1歳未満の子犬が占める割合の一覧グラフです。青い棒グラフが殺処分の総数、赤い文字が子犬の占める割合です。 犬の殺処分数の中に占める子犬(離乳前の幼齢個体)の割合一覧グラフ(2022年度)  中国(37.7%)、四国(26.7%)、沖縄(31.6%)が他の地域に比べて異常に高い値を示していることがわかります。こうしたデータが示しているのは、飼育者のいない野良犬や野犬が屋外で繁殖を繰り返し、産まれたばかりの子犬もろとも捕獲されて殺処分されているという流れです。
 これらの地域で犬の保護・譲渡活動をしていると、必ず野犬の問題および社会化不足の問題に直面します。野犬には子犬だけでなく成犬も含まれますが、適応力に富んだ社会化期がすでに終わっている犬も多数いるため、どうしても人馴れの部分に問題が残ってしまいます。その結果が低い譲渡率と高い殺処分率です。
 時間をかけて成犬の人馴れを促し、家庭犬として譲渡するのが理想ですが、現実は犬たちの社会化不足を補ってくれる人手もお金も足りていません。野犬の問題は特に、日本全国の殺処分数の過半数を占める四国と九州地方において早急に解決しなければならない大問題と言えるでしょう。
社会化期が終わった野犬を引き取った方は「社会化期のトレーニング」や「若齢期のトレーニング」をやってみてください。子犬よりもかなり時間はかかりますが、少しずつ人間社会に慣れてくれます。