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ノーキルとは?

 健全な犬猫までむやみに殺してしまう「キルシェルター」と、犬猫たちを無条件で飼養し続ける「サンクチュアリ」との間に、「ノーキルシェルター」という中間点を設ける考え方があります。

日本の殺処分の現状と理想

 犬の殺処分について猫の殺処分についてで述べたとおり、平成28年度(2016年4月~2017年3月)、日本国内では約1万頭の犬と、4万5千頭の猫が殺処分されました。この数を可能な限り減らすには、今後以下の3点を実現することが重要だと考えられます。
殺処分減少のための三本柱
  • 犬猫流通量の絶対数削減 ペットを捨ててしまう人が常に一定の割合であると仮定すると、ペットの全体量を減らせば、それに応じて捨てられるペットの数も減ることになります。
  • 飼育放棄や遺棄の減少 ペットを保健所や動物愛護センターへ持ち込む「飼育放棄」や、道端・山林に置き去りにする「遺棄」が減れば、殺処分されるペットの数も減ります。
  • 養子縁組の増加 保健所や動物愛護センターに収容されても、新しい家庭に送り出すことができれば、それだけ殺処分されるペットの数も減ります。
 上に挙げた3点を実現できれば、将来的に殺処分の数を限りなくゼロに近づけることも不可能ではないでしょう。「限りなく」という言葉を入れた理由は、致命的な病気を抱えていたり、修正するのが難しい行動障害を抱えている動物のことが念頭にあるからです。
 こうした里子に出すのが難しい動物たちを1ヶ所に集め、終生飼養してあげる「サンクチュアリ」(聖域)のような施設がある事は理想です。しかしよほど多額の税金を投入するか、よほど多くの寄付金でもない限り、金銭面において実現するのはかなり難しいと思われます。
 そこで「サンクチュアリ」という究極の理想を実現するまでのステップ案として出てくるのが健康とみなされた動物に関しては決して殺処分せず、里子に出すのが難しいと判断された動物のみを安楽死の対象とするという考え方です。一般的に「ノーキルポリシー」と呼ばれるこの考え方は昨日今日始まったわけではなく、イギリスやドイツではすでに何十年も昔から、そしてアメリカでも1990年代から広がりを見せています。
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ノーキルとは何か?

 かつてアメリカの動物保護施設では、収容した犬や猫を安易に殺処分していました。その数は、1996年の時点で600万匹以上と推計されています。しかしこの数は、2010年の時点で約340万頭にまで減少しました(Maddie's Fund推計)。この大幅減少の背景には、「ノーキル」というキーワードが隠れています。

ノーキルポリシーの定義

 「ノーキル」(No-Kill)とは、保護した動物が健全であると判断される場合は決して殺処分せず、新しい家庭が見つかるまで面倒を見るというスタンスのことです。
 アメリカにおいてこの「ノーキル」という考え方を最初に示したのは、1940年代に設立された「ノースショアアニマルリーグアメリカ」(North Shore Animal League America)という動物愛護団体だとされています。一方、その考えが広く知られるようになったのは、約50年後の90年代に入ってからです。
 普及に一役買ったのは、「サンフランシスコSPCA」(動物虐待防止協会)の代表を20年以上務めたリチャード・アヴァンジーノ(Richard Avanzino)氏でした。彼は1994年、アメリカで初めての試みとなる「縁組み補償」(adoption guarantee)を導入し、センセーションを巻き起こします。「縁組み補償」とは、「健康」もしくは「里子に出せる」と判断された犬猫に関しては、決して殺処分対象にしないというシステムのことで、「ノーキルポリシー」の原型となる概念です。
 同じ頃、リチャードの画期的なアイデアに感銘を受けたリンダ・フォロー女史は、「縁組み補償」に賛同した動物保護団体をまとめるため、非営利団体「Doing Things for Animals」を立ち上げ、ノーキル運動普及のために奔走しました。彼女の尽力もあり、1995年に初めて開催された会合では75名だった参加者が、4年後の1999年には600名にまで急増したといいます。
 一方、アヴァンジーノ氏が率いるサンフランシスコSPCAは、動物保護統制局(DACC)と協働し、1999年における保護動物たちの生還率を71.4%にまで高めるという偉業を成し遂げます。彼のこの功績に目をつけたのが、「マディー基金」(Maddie's Fund)の設立者デイヴィット・ダッフィールド氏でした。ダッフィールド氏は、巨大チャリティ団体である「マディー基金」にリチャードを社長として迎え入れ、殺される運命にある犬猫を救うためのシステム作りを任せました。
 このように、1940年代に誕生し、90年代初頭に広がりだした「ノーキル」という考え方は、啓蒙団体であるNo Kill Advocacy Centerなどの助力もあり、10年以上かけて徐々にアメリカ国内に浸透して行きました。そして1996年には推定600万頭だった犬猫の殺処分数が、2010年の時点では約340万頭にまで減少しています。数字だけ見るとまだ膨大な数の動物が殺処分されていますが、ノーキル運動が少しずつ効力を発揮していると前向きにとらえることもできるでしょう。
 現在、アメリカのシェルターに関する統計は、マディー基金の「Searchable Database」というページで公開されています。全米を網羅しているわけではありませんが、従来型の「キルシェルター」から、新興の「ノーキルシェルター」へ少しずつ比重が移りつつあることを確認できるでしょう。なお「マディー基金」では、2015年までに殺処分数を70万頭にまで減らし、生還率を90%にまで高めることを目標としています。 The History of the No-Kill Movement Getting to No-Kill by 2015

命の境界線「アシロマ協定」

 保護された動物の命運を左右する「健全である」と「健全でない」の線引きには幾つかの方法があり、現在も議論の最中(さなか)です。以下では、最も一般的なの「アシロマ協定」をご紹介します。
 アシロマ協定(Asilomar Accords)とは、2004年、カリフォルニア州のアシロマで取り決められたルールのことで、保護した動物の状態を分類するときの基準が具体的に示されています。内容は以下。 A Guide to the Asilomar Accords Definitions
保護動物のステータス
  • ヘルシー 「ヘルシー」(Healty)とは、日本語に訳すと「健全」といった意味になります。具体的には「8週齢以上で、健康や安全を脅かすような行動・気質的な特徴を見せず、また動物の健康を損なうような怪我、病気、遺伝的疾患の兆候が見られない」動物が該当します。
  • トリータブル 「トリータブル」(Treatable)とは、日本語に訳すと「何とか里子に出せる」といった意味になります。この「トリータブル」はさらに2つに分かれ、「リハビリテイタブル」(Rehabilitatable)は「医学的な治療や行動矯正を行えば、「ヘルシー」になる可能性を秘めた全ての犬猫」を指し、「マネジャブル」(Manageable)は「ヘルシーになる可能性はないものの、適切なケアを施せば充分な生活の質を保てる犬猫」を指します。ただし後者の場合は「人や他の動物の健康を脅かさない」という条件付きです。
  • アンヘルシー・アントリータブル 「アンヘルシー・アントリータブル」(Unhealthy and Untreatable)とは、日本語に訳すと「里子には出せない」といった意味になります。具体的に言うと「適切なケアを施したとしてもヘルシーになる可能性がない」、「動物の健康を著しく損なうような怪我、病気、遺伝的疾患を抱えている」、「8週齢未満でヘルシーにもトリータブルにもなりえない」などの動物が該当します。
 ノーキルポリシーにおいては上記「ヘルシー」、および「トリータブル」の動物達が譲渡の対象となり、「アンヘルシー・アントリータブル」と判断された動物たちだけが安楽死の対象となります。つまりノーキルとは、ただの1匹も殺さないという意味ではなく、可能な限り殺さないという意味なのです。
 「健全な動物までむやみに殺す」という従来の方針を「キルポリシー」と呼び、「すべての動物を無条件で生かし続ける」という方針を「サンクチュアリポリシー」と呼ぶとすると、「ノーキルポリシー」はちょうどその中間点にあると言えるでしょう(→Defining No-Kill)。
ノーキルとローキル  「ノーキル」(no kill)と言ってしまうと「全く殺さない」という誤解を与えてしまうため、本来は「ローキル」(low kill)、つまり「可能な限り低い殺処分率に抑える」という表現を用いるべきです。しかし欧米ではすでに「ノーキル」という言葉が定着してしまっているため、当サイト内でも便宜上こちらの表現を採用します。ちなみに日本国内で婉曲的に用いられている「理由なき殺処分をなくす」という表現も「ローキル」と同様の意味です。

ノーキルのメリット・デメリット

 日本において犬や猫の引き取りや里親探しを行っている機関には、公共の保健所や動物愛護センターのほか、民間の団体などがあります。こうした機関において「ノーキル」を実践するには、時間、空間、施設、労力、資金の全てが必要となりますので、一朝一夕にはいかないでしょう。しかし、そうした難関をクリアしてノーキルを実現した暁(あかつき)には、さまざまなメリットが待っています。
ノーキルのメリット
  • 里親希望者が足を運びやすくなる 保護施設が「キルシェルター」の場合、里親になることを希望して施設を訪れた人は、独特の罪悪感にとらわれます。それは「自分が引き取ることで1匹の命を救うことはできるかもしれない。しかし施設に残された他の犬や猫を見殺しにしてしまう…」というものです。一方、保護施設が「ノーキル」を実践している場合、上記したような心苦しさを感じずに済むようになります。結果として他の人にも口コミで広がりやすくなり、里親希望者の来訪数が伸びると考えられます。
  • 譲渡の好循環を生み出す 施設が「ノーキル」で運営されていると、里親希望者が足を運びやすくなり、犬や猫の譲渡率が上がります。その結果、保護している動物の数が減り、スタッフの世話が細かいところまで行き届くようになります。そして見た目が小奇麗でしつけの行き届いた犬猫の譲渡率は上がります。このように、「ノーキル」を実践することにより、譲渡サイクルがうまく回り出すことが期待できます。
  • 人々の反感をそらすことができる 殺処分の背景にある事情を全く度外視し、「動物を殺している」という事実だけに着目して保健所や動物愛護センターの業務を非難する人は必ずいます。施設が「ノーキル」を実践していれば、こうした人々から寄せられる問い合わせの電話に忙殺されることもなくなり、動物の世話に専念することができます。
  • スタッフの精神衛生に良い もし公共の保健所や動物愛護センターを、従来の「キルポリシー」から「ノーキルポリシー」に切り替えることができれば、職員は「自分の仕事が動物を生かすことにつながっている」という実感を得やすくなります。結果として仕事に対する意欲が高まり、譲渡率のアップとして還元されること期待できます。
  • 協力を増やせる 動物の殺処分に手を貸すのはまっぴらごめんだが、動物たちの命を救うことに役立つなら、手伝っても良いという人々は、潜在的にたくさんいると思います。施設がノーキルポリシーを前面に打ち出していれば、こうした層にアピールし、ボランティアや募金など、より多くの支援を受けることができるようになります。
 上ではノーキルの「光」の部分を列挙しました。しかし物事には必ず光と影があります。ノーキルの「影」の部分を列挙すると、おおよそ以下のようになるでしょう。
ノーキルのデメリット
  • ノーキル詐欺 「ノーキル」を標榜して支援を受けておきながら、実際は動物を殺していたという実例があります。2010年12月、「ACCは健全な犬猫に虚偽の診断名を与えて殺している」というスキャンダルが、ABCニュースによってすっぱ抜かれました。ACC(Animal Care and Control)とは1995年、ニューヨークのASPCAから市営のシェルターシステムを引き継ぐ形で誕生した非営利団体です。この団体は、ノーキルポリシーを謳(うた)って基金から補助金を受け取りつつ、収容した犬猫の口減らしをするという一石二鳥狙い、「健康な犬猫に虚偽の診断を与えて安楽死処分する」という不正を行っていました(→ACC Criticism)。
  • モラルの崩壊 「ノーキル」を標榜しておきながら、その低いモラルから全く基本ルールを守らないという実例があります。例えば「Kern County shelter」は2004年、飼育放棄された猫を保護せずに安楽死処分にしていた疑いで訴えられています(→Lawsuit Against Animal Shelter Abuses)。
  • 引き取る動物の線引きがあいまい 「健全」と「不健全」を区別する際のガイドラインとしては、先述した「アシロマ協定」が代表格です。しかしその内容は「適切なケアを施したとしてもヘルシーになる可能性がない」という具合に、かなりあいまいで、解釈の違いが生まれやすいものになっています。その結果、「施設によって命の境界線が全然違う!」という事態が起こる可能性を秘めています。
  • 受け入れ制限 保護施設にはスペースやスタッフ、資金などさまざまな制約があります。そうした制約の中で運営しようとすると、時として動物の引取りを断らざるを得ない状況が発生します。これを「間接的に動物を見殺しにしているじゃないか!」として難癖をつけることは可能でしょう(→PETA)。
  • ホーディングの危険性 施設がもつスペース、スタッフ、資金などさまざまな制約を度外視し、ノーリミットで動物たちを受け入れてしまうと、それはアニマルホーディングになってしまいます。アニマルホーディングとは、動物の福祉を無視して大量飼育することです。また、一般市民の中にまぎれている病的なアニマルホーダーが「うちはノーキルシェルターです!」という具合に、ノーキルを隠れ蓑として利用してしまう危険性もあるでしょう。いずれにしても、動物に対する必要最小限の世話すらできない「ニグレクト」という形の虐待につながります。
 上で述べたようなメリットやデメリットは、日本においてノーキルを実践しようとする際の大きな目安になってくれると思われます。
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