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個人でできるノーキル運動

 日本における犬や猫の殺処分数は、緩やかにではありますが減少傾向にあります。今後この数をさらに減らして限りなくゼロに近づけるためには、行政に任せっきりにするのではなく、一人ひとりが少しずつ力を出し合い、ノーキル国家を目指すことが大切です。

ノーキル運動との関わり方

 以下では、個人が具体的にノーキル運動と関わる時の典型的なパターンをご紹介します。殺処分の現状を、まるでスイッチを切り替えるように急に変える事は難しいかもしれません。しかし、国民1人が1円出し合えば、全体で1億円以上になるのと同じように、「犬や猫のために何かをしたい」という人が、少しずつ力を出し合えば、全体では大きな力になります。

まずは自分のペットを

 殺処分数を減らすことはもちろん大事ですが、仮に数字がゼロになったとしても、家庭内における犬や猫の福祉が損なわれていてはあまり意味がありません。
 ペットの福祉を向上させるためには、日頃から犬や猫の欲求やストレスに気を配り、動物と人間がお互いを必要としあう「ヒューマン・アニマル・ボンド」(人と動物の絆)を築いておくことが重要となります。「人間が動物の幸せを決めるなんておこがましい!」という意見もありますが、おおよその見当くらいは付きます。具体的には以下のページなどを参考にしてみてください。 犬の幸せとストレス 猫の幸福とストレス
福祉を損なっている実例
 栃木県動物愛護指導センターは2013年8月6日、排泄物の処理を怠るなど、劣悪な環境を放置して犬を虐待したとして、50代の男性を動物愛護法違反の疑いで告発した。この男は、犬8匹を同一ケージ内に閉じ込めた状態で飼育し、内部には糞が60センチ(約1トン相当)も積もっていたという。また、犬3匹の死体が処理されないまま放置され、他の犬に食べられた痕跡があったという(読売新聞)。

情報を提供する

 殺処分問題を考えたとき、漠然と「とりあえず犬猫のために何かしたい!」という人もいるでしょう。そういう方は「情報を提供する」という形で関わることができます。個人のブログ、ホームページ、Twitter、Facebookなどをもっている方は、折に触れて以下のような情報を提供すると、間接的にノーキル運動に参加することになります。
殺処分減少のための情報発信
 情報を拡散する際には注意点もあります。特にTwitterなどで里親情報を広める際は、見切り発車で引き取る人を防ぐため、犬を飼う前に猫を飼う前にといった情報を合わせて伝えることが必須です。こうした情報の添付を省略すると、「命は助かったけど、劣悪な環境に軟禁された」というおかしな状況になりかねません。以下に述べるような人間が実際にいることも、念頭に置くようにします。
不適切な飼育者の実例
 京都府の下鴨署は2013年10月31日、劣悪環境下で犬37匹を飼っていた男女2人を、化製場法および狂犬病予防法違反の疑いで書類送検した。2人は約10年前から、購入したり譲り受けたりして犬を飼育。犬37匹のうち成犬25匹については、「面倒くさくて、お金がなかった」という理由で狂犬病予防の注射を受けさせていなかった疑いがもたれている(京都新聞)。

物資を提供する

 「犬猫のためなら募金してもよい。しかし、それを運用する人間がどうも信用できない…」とか、「せっかくの寄付金が、財団法人の役員報酬と言う形に変わるのはおかしい!」という人もいるでしょう。そういう方は「物資を提供する」という形で関わることもできます。
 猫砂やドッグフード、ペットシーツなどは犬猫にしか役に立たないものです。ですから支援形態を物資に限定すれば、「せっかくの善意が食い物にされるのではないか?」という不安をある程度軽減することができます。
 必要物資に関しては、動物保護団体がサイト内で「現在不足している物資」として公開していたり、通信販売大手のアマゾン内に「ほしい物リスト」という形で公開していたりします。こうしたリクエストに合わせて物資を支援してあげれば、多すぎたり少なすぎたりといった無駄を回避することができるでしょう。中には「それ必要か?」というものもありますが、そうしたものを買わないという選択も可能です。
ほしい物リストの一例
動物愛護団体が掲示している「ほしい物リスト」の一例

お金を寄付する

 「犬猫のためならお金を出しても良い。間接的に犬猫支援につながるのであれば、人件費という形で使われても構わない」という人もいるでしょう。そういう方は「募金する」という形で関わることができます。
 しかし世の中には「募金詐欺」という不正行為があることも事実です。有名なところでは、2006年に発生した「アーク・エンジェルズ事件」や、2013年に発生した「JCDL事件」などが挙げられます。不安を覚える場合は、信用できる知人が関わってる団体だけに支援を限定したり、アニマルドネーションなど、団体の実情をある程度査察した上で募金を仲介してくれるサイトを利用したりすることもできます。また団体によっては、使途を問わない「一般寄付」と、使途を限定した「指定寄付」とを区別しているところがあったり、「チャリティグッズを購入する」という間接的な形で寄付を募っているところもあります。
募金詐欺の実例
 大阪府警吹田署は2013年8月、NPO法人「動物愛護市民団体JCDL」の代表・門田充博容疑者(54)を逮捕した。門田容疑者は5月中旬、すでに団体の手を離れていた「メイプル」という犬の写真とともに「病院代が底をついた。命を救うために寄付を」と書かれたチラシを同法人の会員に郵送し、1人から寄付金約5,000円をだまし取った疑いがもたれている(読売新聞より)。

労働力を提供する

 「動物のためなら労働力を提供してもよい」という人もいるでしょう。そういう方は「ボランティアに参加する」という形で関わることができます。例えば、「犬を保護している愛護団体に協力し、定期的に散歩に連れて行ってあげる」とか、「猫を保護している愛護団体に協力し、一時的に自宅で預かってあげる」とか、「団体が主催している里親会の運営を手伝う」などです。
 しかし実際に愛護団体と関わってみると「何か違うなぁ」と感じることがあるかもしれません。例えば「自分たちの価値観を異常に押し付ける」とか、「動物の福祉を理解してるとは思えない」とか、「お金の収支記録があいまい」などです。そのまま無理をして付き合っていると、精神力が次第にすり減っていき、ノーキル運動自体が嫌になってしまいます。ですから何となく違和感を覚えた場合は、速やかに違う団体の門を叩いてみたり、一歩引いて支援の仕方を他のものと切り替えてみるという冷静心も必要です。

行政へ働きかける

 「犬猫に対する価値観のぶつかり合いを避けるため、明文化されたルールを定めてほしい」という人もいるでしょう。そういう方は「行政へ働きかける」という形で関わることができます。例えば、「動物愛護センターにおける殺処分の方法をガスから麻酔へ切り替える」とか、「犬猫回収車の廃止させる」とか、「捕獲器によって捕えられた犬猫の引き取りを禁止させる」などです。署名運動に参加したり、要望を出したりすることもできます。
行政へ働きかける例
 群馬県は2013年度より、捨て犬や捨て猫を処分場へ運ぶためのトラックを、空調設備つきのものにグレードアップすることを決定した。従来の運搬車には空調がなく、夏場の長時間移動で犬猫が衰弱するケースがあったため、動物愛護団体からの改善要求に応えたという。

「動物嫌い」を理解する

 上では、ノーキル運動との具体的な関わり方について列挙しました。最後に忘れてならないのは、動物嫌いの人との不要な対立を避けることもまた、重要な活動の一部であるという点です。
 実際にノーキル運動に関わってみると、世の中には動物嫌いの人が意外と多いことに驚かされるかもしれません。「好き派」と「嫌い派」がお互いを挑発し合い、感情むき出しで罵り合う姿を見かけることもしばしばです。こうした悶着(もんちゃく)をうまくかわすためには、「動物嫌い」の心理をある程度理解し、心に余裕を持っておくことが重要です。
 例えば、以下の文章中にある「X」の部分を、「ネズミ」、「ゴキブリ」、「ミミズ」など自分の嫌いな生物に置き換えて読んでみてください。
「動物嫌い」を理解するヒント
  • 「X」が殺されるのを何とか食い止めたい。
  • 「X」を救うために税金を使って立派な保護施設を作ろう。
  • 「X」の福祉を向上させるためには法改正が必要だ。
  • 「X」を捨てる人間は言語道断だ!
  • 「X」を救うために募金をお願いします。
  • 「X」を地域のみんなで支援しよう。
 「X」の部分を大嫌いな生物に置き換えて読み直すと、「この人は何を言っているのだろう?」と感じないでしょうか。世の中には、「X」の部分に「ゴキブリ」が入る人がいる一方、「犬」や「猫」が入る人もいます。そうした犬猫嫌いの人から見た愛護活動は、思わずいちゃもんを付けたくなる理解不能な世界なのです。
 まず「世の中の全員が犬や猫を愛している」という思い込みを捨ててみます。そして上記した思考実験を思い返して見ましょう。すると犬猫愛護に反対する人の気持ちも多少分かるようになり、感情的な言い争いに発展しにくくなるはずです。
動物をめぐる対立の実例
 埼玉県警久喜署は2014年2月3日、猫を巡るトラブルから近所の男性を刃物で刺し殺そうとしたとして、久喜市上内の無職・大川進容疑者(73)を逮捕した。
 事件の経緯は3日午前6時55分頃、大川容疑者がベランダにやって来た猫を追い払ったところ、この行為を見ていた近所に住む男性(45)が容疑者宅を訪問。「猫をそんな風に追い払うな」などと苦情を申し立てたため、口論に発展したという。その後大川容疑者は刃渡り約23センチの柳刃包丁を持ち出して男性と格闘。結局両者とも軽症で済んだものの、殺人未遂と銃刀法違反の現行犯で逮捕された。
 調べに対し同容疑者は、「相手を殺すつもりだった」と容疑を認めている(産経新聞より)。
 2013年3月、神奈川県横浜市にあるNPO法人「横浜アニマルファミリー」の元に、切断された猫の足と尾が郵送されるという事件が発生した。届いた封筒の中にはA4サイズの手紙1枚が同封されており、「猫アレルギーの子どもを持つ親の気持ちも考えてみてください」と書かれていたという。県警では、同団体が行っている「TNR活動」(猫に不妊・去勢手術をして元の場所に戻す)を快く思わない者の犯行と見て捜査を進めている(読売新聞)。
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動物愛護の倫理的FAQ

 一口に「動物愛護」と言っても、実験動物や畜産動物など全ての動物に配慮する「動物の権利」(アニマルライツ)という立場から、主として犬や猫などのペット動物に主眼を置く「動物の福祉」(アニマルウェルフェア)という立場までさまざまです。個人がいったいどの立場で動物愛護と関わるかに関しては、個々人の倫理観に任されます。以下でご紹介するのは、動物愛護に関する倫理的な「よくある質問」と、その考え方の一例です。

よくある質問

 以下は、動物愛護に関わっていると必ず一度は出会う倫理的な問題です。あらかじめよく考え、自分なりの答えを出しておくことは有意義でしょう。どの程度動物愛護と関わるかを決める際のヒントにもなります。
動物愛護のよくある質問
  • 実力行使も容認される? 体当たりで捕鯨船を沈没させようとする「シーシェパード」や、食肉産業の残酷さをアピールするため、殺人事件の被害者を遺族の同意なしにキャンペーンに用いるPETAなどの団体がいる。こうした法や人権を無視した実力行使は、動物のためなら容認されるのだろうか?
  • 他人に価値観を押し付けても良い? 「動物はあなたのごはんじゃない」として肉食を非難する動物権利団体や、ドキュメンタリー映画を製作して和歌山県における伝統的イルカ漁を批判する人がいる。こうした他人に対する価値観の押し付けは、動物のためなら容認されるのだろうか?
  • 動物に人間の価値観を当てはめても良い? 「危険や苦難を伴う野生環境で生きるくらいなら、死んだ方が動物のためだ」として積極的に安楽死を容認する動物愛護団体がいたり、「肉にされる家畜がかわいそう」という理由で、飼っている犬や猫にまで菜食主義を強要する人がいる。このように人間の価値観を一方的に動物に当てはめても良いのだろうか?
  • 愛護精神に格差をつけても良い? 「Twitterで里親情報をつぶやくだけの人はエセ」とか、「実地で犬や猫と向き合わないのは、ただの愛護ごっこ」とか、「マスコミで騒がれた犬にだけ引き取り依頼をする人は偽善」と言う人がいる。このように愛護精神に格差をつけてよいものだろうか?
  • 動物種によって差別しても良い? 犬や猫を「かわいそう」として救う一方、食肉のために大量に殺されるウシ、ブタ、ニワトリや、実験に供されるウサギ、マウスについては全く関心を持たない人がいる。このような動物種差別は容認できるのだろうか?
  • 動物よりも人間を助けることが先では? 世の中には、「天災人災の被害者」、「児童虐待の犠牲になっている子供」、「飢餓にあえぐアフリカの乳幼児」、「人身売買される東欧の子供」など、苦境に立つ人々がたくさんいる。こうした人たちを後回しにして、動物を優先する理由があるだろうか?
動物愛護と肉食  数ある倫理的な問題の中でも、「動物愛護」とコインの表裏のようにワンセットになって付いてくるのが、「犬や猫を助ける人が、ウシやブタを食べるのはおかしくないですか?」という質問です。この質問に対し、「家畜は別だ!」と反射的に開き直る人がいる一方、深く考えた末「確かにおかしい…」という結論に至り、自分自身の食生活を菜食主義(ベジタリアン)に切り替える人もいます。以下は代表的な菜食主義の分類です。 菜食主義(ベジタリアン)のタイプ一覧表  当サイト内に、畜産動物に関する記述はありません。気になる方は書籍などで情報を収集して知識を深め、「肉食」に対するご自分の立場を決めていただければと思います。

倫理的問題の考え方

 上記「よくある質問」で示したとおり、「~すべき/~すべきでない」とか「~がよい/~が悪い」など、倫理や道徳を含んだ問題を考えることは非常に困難で、時に頭が混乱してしまいます。そこで、こうした倫理問題を考える際に役立つ思考モデルをいくつかご紹介します。

実践的三段論法

 何らかの価値判断を伴う問題を考えるときは、「実践的三段論法」(じっせんてきさんだんろんぽう)と呼ばれるモデルがよく用いられます。具体的には以下のような感じです。
実践的三段論法の一例
  • 大前提=全ての生き物は平等に扱うべきだ
  • 小前提=犬も牛も豚も生き物だ
  • 結論=犬も牛も豚も平等に扱うべきだ
 大前提の部分に価値判断を含む文章(~すべき/~すべきでない/~がよい/~が悪い)を当てはめ、小前提に事実を含む文章を当てはめると、思考がスムーズに行くでしょう。大前提と小前提が正しければ必然的に結論も正しくなるという構図になっています。また逆に、大前提や小前提、もしくはその両方が間違っている場合は、必然的に結論も間違いということが分かるようになっています。複雑な問題をパーツに分解して考えるとき、非常に役立つ思考モデルです。

普遍化テスト

 上で示した三段論法は常に正しいわけではなく、大きな矛盾や間違いを内に秘めていることもあります。この矛盾や間違いを浮き彫りにする際は、「普遍化テスト」(ふへんかてすと)という思考モデルがよく用いられます。簡単に言うと、「極端なものも含めていろいろな状況を考えてみる」というものです。
 例えば、上記した「全ての生き物は平等に扱うべきだ」という大前提に対し、普遍化テストを行ってみましょう。思考実験として、「どれか一つだけをこの世に残し、その他は全て消される」という極端な状況を考えてみます。生き物の選択肢は以下で、この世に残る「どれか一つ」を選ぶのは自分です。
生き物の選択肢
「花」、「バクテリア」、「アリ」、「ゴキブリ」、「トカゲ」、「ナメクジ」、「ドブネズミ」、「キツネ」、「ネコ」、「イヌ」、「ウシ」、「ブタ」、「通り魔殺人鬼」、「動物虐待者」、「見知らぬ人」、「顔見知りの人」、「友人」、「親戚」、「恋人」、「兄弟姉妹」、「親」、「おじいちゃんおばあちゃん」
 さて、「全ての生き物は平等に扱わなければならない」という大前提が正しいなら、上記した選択肢の間には差がありませんので、どれでも均等に選ばれるということになります。しかし、生き物の間で全く格差を作らないということは、本当に可能なのでしょうか?言い換えれば、自分の「親」よりも「バクテリア」を選んだり、「恋人」よりも「ゴキブリ」を選ぶという判断が、本当にありうるのでしょうか?多くの人は、困難を感じると思います。ほとんどの場合、一緒に過ごしてきた時間、愛着の度合い、視覚的な愛らしさ、生理的不快感など、人それぞれの判断基準により、生き物の間に優先順位をつけるのが現実だと思われます。
 こうした思考実験を行うと、「全ての生き物は平等に扱うべきだ」という大前提がかなり怪しく感じられ、「全てを救うことができないとわかっている場合、生き物の間に何らかの優先順位を付けなければならない」という大前提の方が正しいのではないか、という考えが導き出されます。すると、先に挙げた三段論法は以下のように修正されるでしょう。
ビフォー
  • 大前提=全ての生き物は平等に扱うべきだ
  • 小前提=犬も牛も豚も生き物だ
  • 結論=犬も牛も豚も平等に扱うべきだ
アフター
  • 大前提=全てを救うことができないとわかっている場合、生き物の間に何らかの優先順位を付けなければならない
  • 小前提=犬も牛も豚も生き物だ
  • 結論=全てを救うことができないとわかっている場合、犬や牛や豚の間に優先順位を付けなければならない
 ここで示したのは一例ですが、「実践的三段論法」や「普遍化テスト」を繰り返していくと、自分自身が納得できる着地点を見つけやすくなります。前のセクションで示した「よくある質問」を例題としてやってみてください。なお、「現実には起こりえない極端な状況を考えても意味はない」という意見は、ゲームで言うとリセットボタンに相当するもので、一度使うと振り出しに戻ります。
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