トップ犬の不思議な能力犬の帰巣本能

犬の帰巣本能

 帰巣(きそう, homing)とは、見知らぬ場所から自分のテリトリーや生まれ故郷に戻る行動や、生得的に身に着けたナビゲーション能力の事です。犬や猫を始め、多くの動物がこの帰巣本能を備えていると考えられています。

犬の帰巣事例集

 にわかには信じられないくらいの長距離を移動して、元の場所に戻ってきたという犬の話を集めてみました。「首輪に書かれていた住所を見た人が、親切心で近場まで送り届けてくれたのではないか?」という無粋(ぶすい)な邪推をせずに見てみると、確かに奇跡と呼ぶにふさわしいような長旅ばかりです。一体どのようにして家までたどり着いたのでしょうか?とても不思議です。 15 Pets Who Returned Home From Remarkable Distances

コリーミックスのボビー

 1923年夏、レストランを経営するフランク・ブレイザーさんは、コリーの血が混じった生後6ヶ月の子犬「ボビー」を車に乗せて、休暇を楽しむためインディアナ州・ウォルコットを訪れていました。 4,800キロの距離を移動して自宅へと帰りついたボビーしかし、車が速度を落とした際、ボビーが外に飛び出してしまいます。ブレイザーさんは数日間付近を捜索し、地元の新聞に情報提供を求める広告を出したりもしましたが、結局ボビーを発見することはできず、自宅のあるオレゴン州シルバートンへと戻ります。
 一方そのころボビーもまた、自宅のあるオレゴン州へと続く道をたどっていました。自宅へ到達するには、イリノイ州とアイオワ州を越え、川を泳ぎ、氷に閉ざされたミズーリ州を横切り、ロッキー山脈を越えなければなりません。途中240キロほどの寄り道をしつつ、8つの州を越え、約6ヵ月かけて、ボビーは4,800キロ離れたブレイザーさんのいるレストランへと自力でたどり着きました。
 オレゴン州の動物愛護協会会長は、ボビーを目撃したり、えさや寝る場所を実際に提供した人々のインタビューからボビーがたどった道程を再現し、6ヶ月に及ぶ彼の大移動を「紛れもなく本物である」と認定しました。また各州においてボビーを目撃した人々の証言をまとめた「Bobbie: A Great Collie of Oregon」という本も、1926年に発売されています。

ラブラドールレトリバーのタフ

 1996年、フロリダ州に住むクリス・ジャクソンさんが「Crazy Horse Saloon」という飲み屋で一杯やっている間、イエローラブラドールレトリバーのタフは外に駐車されたブルーのピックアップトラックに鎖でつながれていました。数時間後にクリスさんがトラックへ戻ってくると、すでにタフの姿が消えており、焦ったクリスさんは恋人とともに急いで迷子チラシを配り、付近の捜索に当たります。
 何度か目撃情報が寄せられたにもかからず捕まえることができず、結局タフが見つかったのは、自宅からおよそ4.8キロ、そして飲み屋から飼い主の家に29キロほど近づいた場所でした。その場所に行き着くには、広い川幅を誇るセントジョンズ川を泳ぎきるか、川に架かっている橋の一つを越えるしか方法はなく、いかにしてタフが自宅へ近づいたのかは不明とされています。

ビーグルのレーザー

レーザーは自宅から80キロ離れた海岸から帰宅した  カナダ・マニトバ州南部の町・ウィニペグに住むパリー・ラページさんは、3歳のビーグルを引き取り「レーザー」と名づけました。しかし引き取ってから1ヵ月後、自宅から80キロほど離れたウィニペグ海岸のコテージで休暇を楽しんでいた際、花火の音に驚いたレーザーが急に走り出し、そのまま行方不明になってしまいます。迷子チラシを配布して情報提供を求めたところ、目撃情報が次々に寄せられましたが、奇妙なことに目撃された場所がだんだんと自宅に近づいてきたのです。
 最終的にレーザーは自宅近くの校庭で捕獲されて家族との再会を果たましたが、およそ80キロほどの距離を、家に向かって正確に移動したことになります。

シベリアンハスキーのムーン

 ネバダ州・エリーに住むドグ・ダシールさんは、3匹の犬をドライブに連れて行き、途中、レイルロード渓谷で犬たちに小休止をとらせました。しかし突如、シベリアンハスキーの「ムーン」が姿を消してしまいます。数時間捜索したものの見つからず、ドグさんはムーンとの再会をあきらめて帰路に着きました。
 ところが1週間後、ムーンは砂漠や川、そして山をも含む123キロもの距離を越えて、見事エリーの町に戻ってきたのです。飼い主と再会したときは、まるでスカンクのような悪臭を放っていたとのこと。

ジャックラッセルテリアのジャービス

 イギリス・デボン州に暮らすヴィヴィアン・オクスリーさんは、コーニッシュの田舎町を孫娘と散策している際、連れ立って歩いていたジャックラッセルテリアの「ジャービス」が茂みの中へと姿を消しました。彼女は2時間ジャービスを探し回ったものの見つからず、結局あきらめて家路に着きます。
 数日後、ヴィヴィアンさんが買い物をしていると夫から電話連絡が入り、ジャービスが自宅に戻ってきたことを知ります。コーニッシュからデボンまではフェリーに乗って移動せねばならず、ジャービスがいかにしてフェリーに乗り込んだのかは不明のままです。

エアデールテリアのマックス

マックスは1ヶ月かけて、72キロ離れた場所から自宅へと帰ってきた  ニューヨークのロードアイランド・コベントリーに住むビル・クラークさんは、2歳のエアデールテリア「マックス」を飼っていました。ビルさんがマックスを車に乗せて出かけた際、スターリングという町で追突事故に遭ってしまいます。幸いビルさんに怪我はありませんでしたが、後部座席に乗っていたマックスは驚いて外に飛び出し、近くにあった森の中へと姿を消してしまいます。マックスを見つけることのできなかったビルさんは自宅へ戻り、さっそく迷子犬捜索キャンペーンを開始しますが、結局数週間たっても手がかりを得られませんでした。
 ところが、1ヶ月ほど経過したとある火曜日、クラークさんが仕事から家に戻ると、なんとマックスがちょこんと玄関に座っていたのです。行方不明になった場所から自宅までは、州境をまたいで72キロほどの距離だとか。マックスは5kgほど体重が減ったほか、とりわけ怪我もなく、飼い主のビルさんは「私も3kgほどやせたよ」と語っています。
犬の帰巣本能トップへ

帰巣本能のメカニズム

 車に搭載されているカーナビや一部のスマートホンは、GPS(Global Positioning System)と呼ばれるシステムを利用しています。これは車や携帯端末の位置情報を宇宙にある衛星が計算し、地球上のどこに位置しているのかを視覚的に返してくれるという優れものです。このシステムは近年になってようやく開発されたものですが、ある種の動物の中には、このGPSに匹敵するような優れたナビゲーション能力を太古の昔から有しているものがおり、以下のような情報を利用して位置情報を把握しているのではないかと推測されています。

地上の目印

コマドリは、視覚を通じて地上の目印を記憶し、位置情報の手がかりにしている  ミツバチやスズメバチを代表とする昆虫、および一部の哺乳類や鳥類は、視覚を通じて地形の目印を記憶することができると考えられています。たとえば、片方の目に眼帯をして視界をさえぎられたコマドリは、左目を隠された場合は問題なかったにもかかわらず、右目を隠した場合、なぜかナビゲーション能力が機能不全に陥ったという実験結果があります(Graham Appleton, of the British Trust for Ornithology)。

太陽の位置

 太陽の位置をナビゲーションに利用している生物も確認されています。太陽は時間とともに移動するため、その移動誤差を計算するためには極めて正確な「体内時計」が必要です。
 Ronald Lockley氏の実験 によると、海辺にいる小さいエビに似た甲殻類・ハマトビムシの体内時計を人工的に12時間狂わせて浜辺から遠ざけて放ったところ、本来戻るべき浜辺からおおよそ180度間違った方向へと進み出したといいます。このことから、ハマトビムシは太陽の位置と体内時計を利用して方向を計算していると考えられています。
ミツバチは8の字ダンスによって仲間たちに蜜のありかを伝えている  また同氏の実験によると、ミズナギドリは、快晴の日に放たれた場合は一直線で戻るべき場所を探し当てることができるにもかかわらず、曇りの日に放たれた場合はぐるぐる飛び回り、しまいには迷子になってしまうという事実が明らかになりました。このことから、一部の鳥は太陽の位置をナビゲーションの手がかりにしていると考えられます。
 さらにヨーロッパミツバチの研究でノーベル生理学・医学賞を受賞したカール・フォン・フリッシュ(Karl Ritter von Frisch, 1886~1982)氏は、ミツバチが太陽の位置を元にして、エサのある場所を巣にいる仲間たちに「8の字ダンス」(waggle dance)を通じて知らせていることを明らかにしました。

星空

ムシクイは星空を手がかりに進行方向を決めている  星空をナビゲーションに利用している生物も確認されています。太陽と同様、刻々と移り変わる空の移動誤差を計算するためには、極めて正確な「体内時計」が必要です。
 Ronald Lockley氏の実験により、鳥の一種であるムシクイは、夜空を再現したプラネタリウムの中で解き放たれると、一様に南に向かって飛び出すという事実が明らかになりました。また、プラネタリウムをゆっくりと回転させると、鳥たちの飛行もそれに連動したとのこと。
 氏は、「鳥が生得的な六分儀と経線儀を脳内に持っており、それときわめて正確な体内時計とを併用して、自分たちの進むべき道を計算している」と推論しています。

地磁気

 地球上には地磁気と呼ばれる磁場があります。地磁気の強さは場所によって異なり、赤道付近で弱くなり、高緯度地域で強くなるというのが特徴です。
 ハトは地磁気を感知して帰巣に利用していると考える研究者がいます。William Tinsley Keeton氏の実験により、体内時計を意図的に狂わせたハトは快晴の日にもかかわらず巣に戻ることができないが、曇りの日にはなぜか正しい場所に戻ってくるという事実が明らかになりました。
 このことから同氏は「ハトは、太陽の位置と体内時計をメインナビに、そして太陽が隠れているような状況では地磁気をサブナビとして用いている」と推論しています。その後、地磁気を感知できなくした状況で曇り空の日に同様の実験を行ったところ、案の定ハトが誤った場所にたどり着いたことから、上記仮説の信憑性が高まりました。
犬の磁覚
 2013年、チェコとドイツの研究チームにより、犬に磁覚がある可能性が示されました。「磁覚」とは磁場の方向、強さ、場所を知覚する能力のことです。
 研究チームは、約2年間に渡って70匹の犬が見せた膨大な行動を記録・観察したところ、「地球の磁場が安定しているとき、犬は南北の軸に体を合わせてウンチをする」という奇妙な現象を発見します。
 行動が「排便時」に限定される理由まではわからなかったものの、犬にも磁気を感じる「磁覚」が備わっている可能性が、この観察によって示されました。 なお2015年、体調1mmにも満たない線虫の脳内から地磁気センサーが発見されたことにより、犬の脳内にも生まれつき方位磁石が備わっているのではないかという可能性が検討され始めています。FRONTIERS IN ZOOLOGY 犬はウンチをするとき、なぜか体の軸を南北に合わせる

におい

 帰巣にはにおいが重要な役割を果たしているという実験結果もあります。
ハトは地磁気を感知して位置情報の手がかりとしている  Nozzolini, M. と Papi, F. 両氏の実験によると、嗅覚の利かないハトにおいては、嗅覚が正常なハトよりもナビゲーション能力が劣るという事実が明らかになりました。このことから両氏は「ハトの帰巣には嗅覚とにおいが関連している」と結論付けました。
 またイタリア・ピサ大学のAnna Gagliardo氏は、嗅神経を不全にしたハト24匹と、地磁気情報を脳に伝える三叉神経を不全にしたハト24匹を、巣から約48キロ離れた場所から放つという実験を行いました。結果は、地磁気情報を把握することができないはずの24匹のうち、23匹が無事に巣にたどり着いたのに対し、嗅覚不全でにおいのわからないハトのうち無事に巣に戻ってきたのは、24匹中たったの1匹というものでした。このことから、「ハトが地磁気を検知できることは確かであるにしても、ナビゲーションにそれを利用しているとは限らず、嗅覚を利用してにおいの地図を頭に描きながら飛行している可能性が高い」という事実を明らかにしました。

複合情報

 動物が帰巣する際は、たった一つの情報源から現在位置や目的地を計算しているのではなく、異なる複数の手がかりを利用しているという考え方もあります。
サケは匂いと地磁気の両方を手がかりに、故郷の川に遡上すると言われている  サケの一生は、海とつながった淡水の川から始まります。その後4~5年は海中で過ごし、性的に成熟すると、生まれ故郷の川に戻ってきます。この遡上過程がいわゆる「母川回帰」(ぼせんかいき)というもので、主たる目的は産卵です。
 サケが自分の生まれた川に戻るときは、まず地球の地磁気を感知して自分の故郷のおおまかな場所にあたりをつけ、実際に川が近づくと、今度は化学的な手がかりを嗅覚を通じて検知して自分の川を特定するという説があります。嗅覚で感知する化学的な手がかりは、その川特有の含有物かもしれないし、サケ自身が川から海に下る際に残したフェロモンのようなものかもしれません。意図的に化学物質を刷り込んだサケの稚魚を用いて実験したところ、ほとんど全ての稚魚が成長してから元の場所に戻ってきたという結果も観察されています。
 このように複数の手がかりを用いて長距離の帰巣を行っているとするのが「複合情報説」です。
犬の帰巣本能トップへ

犬に帰巣本能はあるか?

犬に帰巣本能があるかどうかに関しては、いまだにはっきりとした結論が出ていない  動物の帰巣本能は、様々な能力と手がかりによって構成されていることがなんとなくわかりました。では犬に帰巣本能はあるのでしょうか?「信じられないくらい離れた場所から飼い主の家にたどり着いた」という逸話や伝説は世界中で散見され、枚挙に暇(いとま)がありません。こうした話を聞くと「犬にも確かに帰巣本能がある」と信じたくなりますが、犬の帰巣本能はいまだ科学的に解明されておらず、あるともないともいえないのが現状のようです。犬の帰巣能力に関しては推測の域を出ませんが、代表的なものとしては以下のような説があります。
犬の帰巣本能仮説
  • 感覚地図説 犬は視覚、聴覚、嗅覚などから得た情報から、自分を取り囲む地形に関する記憶を作り、一種の地図のようなものを頭の中に描くという説。
  • 地磁気説 犬は地磁気を感知することができ、地磁気の微妙な特性に関連付けて地形の地図を描くという説。
  • 方向細胞説 犬はある特定の方向を向くことで活性化する方向細胞という特殊な細胞を有しており、その細胞の活動を検知することによって現在地や進行方向を割り出すという説。
  • 複合情報説  一つだけではなく、感覚情報や磁気情報など複数の情報を脳内で統合し、方向を導き出すという説。
 このようにいくつかの説がありますが、いずれも万人を納得させるような科学的な証拠に欠けるため仮説の域を出ません。どの説が正しいにしても毎年数十万頭の犬が迷子になっているという事実を考えると、全ての犬に都合よく帰巣本能があるわけではないようです。
 なお、ドイツの博物学者・バスチアン・シュミット博士が1931年~32年にかけて犬の方向感覚に関する実験を行ったところ、やはり「よくわからない」という結論に達しています。実験は、3匹のシープドッグをワゴン車に乗せ、方々を迂回した後、犬たちが一度も来たことのない土地へ連れて行き、そこで放つというものです。
 まずマックスという犬で3回実験したところ、3回とも犬は元の位置に戻ることができました。シュミット博士は「犬は嗅覚や視覚を頼りにしているわけではない」としながらも、なぜ犬が元の位置に戻れたのかを解明できませんでした。
 次にノーラという犬を用いて同様の実験を2回行ったところ、多少迷いながらも、やはり元の位置に戻ることができたといいます。博士は「定位感覚とでも呼ぶべき、謎めいた未知の感覚がある」と述懐しています。なお、別の犬を用いた実験では、迷子になったとのこと。
 これらの実験から博士は、犬には未知の方向感覚があり、見知らぬ場所からでも自分の慣れ親しんだ場所へ戻ることができるが、個体差はあるようだという曖昧な結論に至っています。 「あなたの帰りがわかる犬」(P238-240)
犬の帰巣本能トップへ