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犬の拡張型心筋症(DCM)の原因食材としてエンドウ豆が浮上~患犬に給餌されていたドッグフードに高確率で含まれている

 ある種のドッグフードとの関連性が指摘されている犬の後天性拡張型心筋症。フードミクス(foodomics)と呼ばれる最新の解析方法で調査したところ、疾患ととりわけ関連が深い食材として「エンドウ豆」が浮上してきました。

疑惑のフードには何が入ってる?

 犬の拡張型心筋症(DCM)とは心臓の壁が風船のように薄く膨張し、正常な収縮力を失って血液が十分行き渡らなくなる病態。生まれつき発症する先天性と産まれた後に発症する後天性とがあり、後天性に関してはある特定のドッグフードとの関連性が指摘されています。具体的には「グレインフリー(grain-free)」と総称される穀類を含まないタイプのフードですが明白な因果関係は証明されておらず、 疑わしきは罰せずの原則通り現在でも市場に溢れています。病気の詳細とグレインフリー騒動の顛末については以下のリンク先をご参照ください。 犬の拡張型心筋症 グレインフリーのドッグフードと犬の拡張型心筋症の関係 グレインフリーのドッグフードはやはり犬の心臓に悪い? 【2019年2月のFDA報告】グレインフリーのドッグフードと拡張型心筋症との関係性  今回の調査を行ったのは アメリカ合衆国農務省(USDA)とタフツ大学を中心とした共同チーム。拡張型心筋症との関連性が疑われているフードと、全く無関係と思われるフードを「フードミクス」と呼ばれる最新の技術によって解析し、両者を分けているものが具体的に何であるかを検証しました。
フードミクス
フードミクス (foodomics)とは食材や成分と病気との関係性を分子レベルで網羅的に解析すること。生命活動によって生じる代謝産物と病気との関連性を解析する「メタボロミクス」(metabolomics)と呼ばれる手法を食事に応用した概念。
 調査対象となったのは一般的に市販されている以下のドッグフードです。調査班が「3P/FDA」(3種のPを含む/FDAに報告がある)と称しているフードはわかりやすく「DCM関連フード」 と表現しています。
フードミクスによる比較解析
  • DCM関連フード(9種)拡張型心筋症(DCM)を発症した犬に給餌されていたドッグフードのうち報告が多かった16ブランドの中から調査チームが恣意的に選び出した9種。ラベルに表示されている成分のうち、最初の20種類にマメ科植物の種子、じゃがいも、さつまいものいずれかに属する食材が少なくとも3種類含まれていることが条件。
  • DCM無関連フード(9種)DCMを発症した犬との関連性が報告されておらず、DCM関連フードで定義した含有成分がラベルに記載されていないことが条件。
 両グループに属するドッグフードをフードミクス解析して比較したところ、以下のような特徴が浮かび上がってきたと言います。

フードに特徴的な食材

 「どちらか一方のカテゴリにだけ含まれている」という条件を満たし、さらに「両カテゴリ間の差が少なくとも5つのブランドに達する」という条件で絞り込んだところ、以下の4食材が残りました。数字は食材を含むブランドの数で「DCM関連フード:DCM無関連フード」の対比を示しています。
含有率格差が大きい食材
  • エンドウ豆(9:4)
  • レンズ豆(6:1)
  • チキン・ターキー(1:8)
  • ライス(0:7)
 なお疾患との関連性で名前が上がっていた「じゃがいも」や「さつまいも」はこの条件を満たしませんでした。

フードに特徴的な分子成分

 DCM関連フードに明白に多く含まれている成分が122種(81.9%)、逆にDCM無関連フードに明白に多く含まれている成分が27種(18.1%)見つかりました。
 前者を大分類でくくったところ「アミノ酸関連成分」が24種、「生体異物・植物成分」が20種見つかり、成分名が不明なものも34種ありました。一方、DCM関連フードに明白に少ない成分としては「補因子・ビタミン群」で8種、「生体異物・植物成分」で6種、「脂質」で5種見つかり、成分名が不明なものが4種という内訳になりました。
 さらにDCM関連フードと無関連フードを区別する特徴的な30の成分が明らかになりました。これらの成分を使って各々のフードを区分したときの正答率は100%で、すべてDCM関連フードの方に多く含まれていたといいます。

特徴的成分とエンドウ豆の関係

 数ある食材の中でもエンドウ豆に含まれる多数の分子成分が、DCM関連フードに多く含まれていることが明らかになりました。また同時に、エンドウ豆が含まれているときに少なくなる成分が20種見つかり、これらはチキン・ターキーおよびライスが含まれているときは逆に増えるという真逆の関係性が確認されました。以下のグラフ中、塗りつぶされているバーは特定食材が含まれているときに多くなる成分、空白のバーは少なくなる成分を示しています。 ドッグフードに用いられる特定食材と含有分子成分の関係グラフ Investigation of diets associated with dilated cardiomyopathy in dogs using foodomics analysis.
Smith, C.E., Parnell, L.D., Lai, CQ. et al. Sci Rep 11, 15881 (2021), DOI:10.1038/s41598-021-94464-2

エンドウ豆がDCMの原因?

 マクロな食材レベルで見てもミクロな分子成分レベルで見ても、エンドウ豆がDCM関連フードと強い関係性を有していることが明らかになりました。仮にエンドウ豆が疾患の原因なのだとすると、豆に含まれる特定成分が関係しているのでしょうか。それともエンドウ豆に含まれていない特定成分が関係しているのでしょうか。

多い成分が原因?

 DCM関連フードに「アミノ酸関連成分」として多く含まれていたものの中には、カルニチンの輸送に影響を及ぼし、生物学的利用能を変化させ得るものも含まれていました。具体的には以下のような分子成分です。倍率は無関連フードを基準としたときの関連フードの含有量です。
カルニチン影響分子
  • D-カルニチン(2.14倍)
  • デオキシカルニチン(2.03倍)
  • 5-アミノ吉草酸ベタイン(6.11倍)
 DCM関連フードに多く含まれる成分が疾患の原因なのだとすると、上記したような分子が心臓の機能に影響している可能性が考えられます。なお意外なことに、DCMとの関連性が指摘されていたタウリンL-カルニチンも統計的な格差は認められませんでした。

少ない成分が原因?

 含有量がDCM関連フードの方で少なかった成分のうち「補因子・ビタミン群」に区分されるものとしては以下のようなものがありました。カッコ内はDCM無関連フードを基準とした時の割合です。極端なものでは1割程度しか含まれていないことがおわかりいただけるでしょう(※V=ビタミン)。
補因子・ビタミン群
  • 葉酸(15%)
  • ニコチン酸(ナイアシン, 20%)
  • パントテン酸(49%)
  • リボフラビン(VB2, 14%)
  • チアミン(VB1, 27%)
  • ガンマトコトリエノール(VE, 11%)
  • ピリドキサール(VB6, 59%)
  • ピリドキシン(VB6, 20%)
 ビタミンB6やB12はタウリンL-カルニチン合成における補因子として機能する成分で、欠乏すると間接的に心臓の機能を低下させる危険性があります。DCM関連フードに少なく含まれる成分が疾患の原因なのだとすると、上記したような分子が影響している可能性が考えられます。

犯人はエンドウ豆?

 きれいに連動しているわけではありませんが、ドッグフードにエンドウ豆が含まれている場合、心臓の機能に影響を及ぼしうる分子成分が多かったり少なかったりするという関連性が見られました。どちらかと言えば特定成分が多いというより、ビタミン類(葉酸・ニコチン酸・リボフラビン・ガンマトコトリエノール・チアミン・ピリドキシン)の広範囲に渡る欠乏の方が顕著のようです。
 ただし当調査ではエンドウ豆に含まれるタンパク質、デンプン(炭水化物)、食物繊維が一括(ひとくくり)で扱われていますので、具体的にどのパーツがミクロ成分に影響しているのかはよくわかっていません。またDCM関連フードに特徴的な分子成分トップ30の中には、名前がわからないものが14種類も含まれていますので、これらの役割についても今後調べていく必要があるでしょう。以下の表中「不明」と記載されている部分です。 DCM関連フードと無関連フードとを分け隔てる特徴的なトップ30成分  その他、農薬や重金属の事故的な混入、製造方法や保存方法による栄養成分の変質などの可能性も残されていますので、今の所エンドウ豆は容疑者止まりです。
「穀類が含まれていない(グレインフリー)」というステータスより、「穀類の代わりにエンドウ豆が含まれている」というステータスの方が病因に深く関わっている印象を受けます。 エンドウ豆~安全性と危険性から適正量まで