トップ2022年・犬ニュース一覧2月の犬ニュース2月24日

犬の起立性振戦~病態・症状から原因・検査・治療法まで

 大型~超大型犬が立っているとき、寒いわけでもないのに足がブルブルと震えることがあります。「起立性振戦」と呼ばれるこの症状はどのような原因で起こるのでしょうか?

起立性振戦の病態と症状

 起立性振戦(orthostatic tremor)とは立位や座位からの姿勢変換、臥位、歩行を契機とし、主として四肢がブルブルと震えてしまう病態。振るえは高周波(12?Hz超)、不随意、律動的、正弦波が特徴で、四肢のほか体幹や頭部にも同時に出現することがあります。重力に対抗して姿勢を維持しようとする際に発生することから行動関連性姿勢振戦の一種に数えられます。
元動画は→こちら

患犬たちの基本属性

 スコットランドにあるグラスゴー大学の調査チームは国内にある4つの獣医教育病院、および4ヶ国(ベルギー・イタリア・イギリス・アメリカ)で開業している5つの二次診療施設に協力を仰ぎ、蓄積された医療データを回顧的に参照して起立性振戦の症例を集めました。その結果、合計60頭分のデータが該当したといいます。国別の内訳はアメリカ43頭、イギリス9頭、ベルギー4頭、イタリア4頭というものでした。患犬たちの基本属性は以下です。
  • 性別オス24頭(去勢済み16)/メス29頭(避妊済み25)
  • 発症時の年齢飼い主によって症状が確認された時の年齢は中央値で12ヶ月齢/80%は2歳以下、およそ半数は1歳以下で発症
  • 診察時の年齢動物病院を受診して確定診断を受けたときの年齢は中央値で20ヶ月齢(8ヶ月齢~8.8歳)
  • 診察時の体重中央値で55kg(15~101kg)体重は中央値で55kg(15~101kg)
  • 犬種純血種が全体の96%(53頭)を占め、超大型犬44頭、大型犬8頭、中型犬1頭/特に多かったのはグレートデン(21)、ニューファンドランド(9)、レトリバー(7)、アイリッシュウルフハウンド(6)、マスティフ(6)

犬における主症状

 犬における起立性振戦の症状としては以下のようなものが飼い主によって報告されました。情報に不備のなかった53頭分のデータが元になっています。
  • 立位時の振戦=98%(52頭)
  • 座るときや立ち上がるときの体位変換困難=13%(7頭)
  • 上記両者=32%(17頭)
  • 食事中の姿勢維持困難=9%(5頭)
  • 運動したがらない=8%(4頭)
  • 痛みがある兆候=4%(2頭)
  • 股を開いて立つ=4%(2頭)
  • ダンシングサイン=4%(2頭)
  • 四肢振戦に伴う頭部振戦=4%(2頭)
  • 四肢の弱化=4%(2頭)
 四肢振戦は81%(43/53)で見られ、 四肢均等が20頭、後肢>前肢が14頭、前肢>後肢が2頭という内訳でした。また後肢のみの振戦は19%(10/53) で見られました。その他、四肢振戦に頭部振戦が付随するケースが11%(6/53)、体幹振戦が付随するケースが2%(1/53)確認されました。
 振戦が出現するトリガーとしては立っている最中が96%(51/53)、立ち上がるときが85%(45/53)、座るときが43%(23/53)、ゆっくり歩行時の最初の数歩だけ(タンデム)が4%(2/53)という内訳でした。
Primary orthostatic tremor and orthostatic tremor-plus in dogs: 60 cases (2003-2020)
Journal of Veterinary Internal Medicine Volume 36, Theofanis Liatis, Rodrigo Gutierrez-Quintana et al., DOI:10.1111/jvim.16328

起立性振戦の原因

 人医学において起立性振戦の原因となる明白な随伴疾患がある場合は「二次性」もしくは「症候性」と呼ばれる一方、そうした疾患が見当たらず原因が不明な場合は「原発性」もしくは「特発性」と呼ばれます。
 原発性起立性振戦の原因としては脳幹もしくは小脳内の中枢性発振器が想定されていますが、詳細な発症メカニズムに関しては解明されていません。振戦が現れるのが重力に抗っているときに限られていることから、中枢性発信器が直接・恒常的に筋肉に影響を及ぼしているというより、脊髄における運動神経が介在する事によって間接・断続的に振るえが発現している可能性が高いと推測されています。
 犬における原発性の症例報告は少ないものの、特定の大型犬種に集中していること、および症状の発現時期が若い時期に集中している事実から考え遺伝的な要因が疑われています。具体的にはグレートデンスコティッシュディアハウンドワイマラナーマスティフなどです。

起立性振戦の検査・診断

 起立性振戦の検査では以下のような項目がチェックされます。
  • 視認もしくは触診可能な12Hz超の四肢の振戦(頭部や体幹を巻き込むこともある)
  • 震えを起こしている四肢に聴診器をあてると遠くでヘリコプターが飛んでいる時のような律動的な音が聞こえる「ヘリコプターサイン」
  • 覚醒状態で体重を支えている時に行う筋電図検査で12Hz超の高周波振戦が確認される
  • 体重を支えていないときや歩行時には振戦が消失する
  • 四肢の荷重撤去テスト(WEBLT)で振戦が減少もしくは消失する
起立性振戦を発症した犬に対する四肢の荷重撤去テスト(WEBLT)  鑑別すべきその他の紛らわしい疾患は麻痺、痛み、低体温時の震え、小脳性振戦、ミエリン形成不全症、加齢性振戦、中毒、代謝性疾患などです。

起立性振戦の治療

 先に紹介したグラスゴー大学の調査では53頭に対して何らかの投薬治療が行われ、改善が認められた症例が85%(45頭)、変わらなかったり逆に悪化した症例が15%(8頭)だったと報告されています。改善の度合いが判明した38頭を対象とした調査では、部分的な改善71%(27/38)が完全な改善29%(11/38) を大きく上回りました。具体的に使用された薬と改善率は以下です。主として抗てんかん薬が処方されています。
犬の起立性振戦・治療薬
  • フェノバルビタール/プリミドン=100%(15/15)
  • ガバペンチン=86%(25/29)
  • クロナゼパム=83%(5/6)
 統計的に解析したところ、症状の発現時期が24ヶ月齢以上の場合、およびレトリバー種の場合は投薬治療に反応しにくいという結果になりました。
 レトリバー(ゴールデンラブラドール)の特殊性は症状の発現時期が76ヶ月齢(レトリバー以外が11ヶ月齢)とかなり遅い点、および体重が32kg(レトリバー以外が59kg)とかなり軽い点ですが、こうした属性と改善率の悪さ(レトリバー以外93%/レトリバー43%)との関連性は解明されておらず、さらなる追跡調査が必要とされています。