トップ2019年・犬ニュース一覧9月の犬ニュース9月2日

犬の病院嫌いを克服する方法は?~フィアフリークリニックとハンドリングトレーニングについて

 犬の健康を損なうと同時に、多くの飼い主を憂うつにさせる犬の「病院嫌い」。C-BARQと呼ばれる質問票を通じたアンケート調査により、犬が見せる病院恐怖症と関わりが深い因子と解決のヒントが見えてきました。

C-BARQによる病院嫌い調査

 犬の病院恐怖症に関する調査を行ったのはオーストラリアにあるアデレード大学獣医科学部のチーム。2005年から2016年の期間に集められた、犬の行動特性を明確化する際に用いられる「C-BARQ」と呼ばれる質問票の回答を後ろ向きに調査し、非常に高い頻度で見られる犬の「病院嫌い」と関連性がある因子が何であるかを統計的に解析しました。
C-BARQ
「C-BARQ」とは日常生活でよく見られるシチュエーション100項目に対し、飼い主が0~4までの5段階で回答することによって犬の行動特性を浮き彫りにするアンケート調査。得えられたデータは最終的に「社会的恐怖心」「攻撃性」「接触感受性」など14のサブスケールに分類される。
 合計26,555人分のデータをまとめ、犬の基本属性(平均体重22.78kg | 平均年齢4.52歳)と飼い主の基本属性を明確化した上で、犬の病院嫌いの度合いと関連している項目を調べていったところ、以下のような事実が浮かび上がってきたと言います。「動物病院で診察を受けている時に怖がったり不安な様子を見せる」と「馴染みのない状況(物・場所)で怖がったり不安な様子を見せる」は100項目ある質問の一部、「非社会的な恐怖心」と「接触感受性」は14項目あるサブスケールの一部です。 およそ半数の犬たちは動物病院に対して恐怖反応や拒絶反応を示す

犬種

 診察時に見せる恐怖反応に関し、雑種、ハウンド、トイブリード(小型愛玩犬)で強く、ユーティリティ、ガンドッグで弱かった(※犬種分類はオーストラリアナショナルケネルクラブに準拠)。
✅犬種グループと行動特性の関連性を調べた過去の調査においても、社会的な対象物(人や犬)に対する恐怖や非社会的な対象物(場所や物)に対する恐怖に犬種差があることが確認されています。 犬種には固有の性格がある?

役割・飼養目的

 診察時に見せる恐怖反応に関し、コンパニオンドッグで強く、繁殖犬やショードッグ、およびワーキングドッグ(作業犬)としての経歴がある犬で弱かった。
✅ショードッグ等で恐怖反応が弱かった理由は、グルーミング、ブラッシング、保定・拘束といった状況や外的な刺激に慣れているからだと推測されています。またたとえ同じ犬種であっても、能力を重視して繁殖された作業犬と、見た目を重視して繁殖されたショードッグでは、「衝動性」の度合いに格差が生まれる可能性が示唆されています。わずかながら先天的な要因が影響しているのかもしれません。 犬の衝動性を変動させるのは、犬種よりも繁殖目的

入手先

 診察時に見せる恐怖反応に関し、友人や親戚から入手した犬やペットショップで購入した犬で強く、ブリーダーや自家繁殖の犬で弱かった。
✅日本とアメリカにおける犬の行動特性を統計的に比較したところ、「ペットショップから入手した小型犬」は問題行動の危険因子になり得ることが明らかになっています。また生まれてから3週間、母犬と子犬との交流を観察したところ、母犬による養育行動が子犬の後の性格に影響を及ぼすという可能性も確認されています。生後数週間における飼育環境が犬の性格形成に多大なる影響を持っていることは確かなようです。 「小型犬」を「ペットショップ」で購入する危険性 母犬の養育行動が子犬の性格形成に影響

体重・体格

 診察時に見せる恐怖反応に関し、22kg未満の小~中型犬で強く、22kg超の大型犬で弱かった。
✅ある特定の刺激に対して犬が見せるリアクションは、マズルの長さや体高によってある程度予測できるという可能性が示唆されています。この調査では体高の低い犬は総じて攻撃性が強く、体重が軽い犬は総じて警戒心が強く怖がりだったそうです。「小型犬症候群」の一例かもしれません。 犬の行動特性は体型から予測が可能

同居犬の有無

 診察時に見せる恐怖反応に関し、同居犬がいない犬で強く、同じ年~年長の同居犬がいる犬で弱かった。
✅同い年もしくは年長の犬が同じ家の中にいる場合、観察や交流を通じて社会的な学習を行う可能性があります。単頭飼いされている犬よりいろいろな刺激に接する機会が多く、いつのまにか馴化(慣れること)が促されたのでしょうか。

不妊手術の目的

 なじみのない状況における恐怖心、接触感受性、非社会的な恐怖心に関し、問題行動を修正するために不妊手術を受けた犬で強かった。一方、なじみのない状況における恐怖心および接触感受性に関し、不妊手術の理由が定かでない犬で最も弱かった。
✅問題行動の前科がある犬は動物病院において強いストレス反応を示したという予備的な報告と一致します(Lind, 2017)

飼い主の経験値

 接触感受性に関し、飼い主が経験者のときよりも、飼い主が初心者のときに強かった。
✅飼い主が未熟だと犬との接し方をあまり理解しておらず、外界の刺激に対する馴化が疎(おろそ)かになっているのかもしれません。またトレーニングクラスへの不参加という因子も考えられます。
Investigating risk factors that predict a dog’s fear during veterinary consultations
Edwards PT, Hazel SJ, Browne M, Serpell JA, McArthur ML, et al. (2019), PLOS ONE 14(7): e0215416, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0215416

犬の病院嫌いは解決すべき大問題

 犬が病院嫌いだと犬自身、犬の飼い主、犬を診察する病院スタッフのすべてにデメリットをもたらします。ですから早急に解決しなければなりません。

病院嫌いが招くデメリットは?

 犬の病院嫌いは様々なデメリットをもたらします。
 まず犬が病院嫌いだと、犬を病院に連れて行く飼い主まで憂うつになってしまいます。北米で行われた調査では、飼い主の主観でおよそ38%の犬が病院嫌いの兆候を示し、犬を動物病院に連れて行くと考えただけで26%の飼い主がストレスを感じるといった報告もあるようです(Felsted, 2011)
 また恐怖や怯えに関連した行動や生理学的なサインは病気の兆候と非常に似ているため、異常な値が検出された場合それが病気なのかそれとも来院に伴う一時的なストレスサインなのかがよくわかりません。結果として正確な診断が妨げられ、重大な病気の兆候を見落としてしまうリスクが生じます。
 さらに診察台の上で暴れると自分自身が落ちて怪我をしたり、ハンドリングを行う動物看護師や医師に対して攻撃性を示して怪我を負わせてしまう危険性もあるでしょう。
 このように犬の病院嫌いは、犬自身、飼い主、病院スタッフの全てを不幸にするかなり深刻な問題です。可能な限り犬が病院嫌いを克服してくれるよう努力しなければなりません。

病院が嫌いな犬の割合は?

 犬の病院嫌いは洋の東西を問わず見られる現象のようです。過去に行われた調査では、およそ13%の犬が動物病院に入ることを拒んだ(Doring, 2009)という報告から、70%の犬が拒んだ(Stanford, 1981)といった報告まで幅広くあります。
 また906頭の犬とその世話人を対象としたアンケート調査では、動物病院の待合室で落ち着いた状態を保てたのはわずか36.4%で、恐怖や興奮状態に陥った割合が37.6%、極度のストレスサインを見せた割合が29%、攻撃性を示した割合が3.4%だったとも(Mariti, 2017)
 今回の調査では獣医師による診察を受けている最中、41%の犬たちが軽度から中等度の恐怖を示し、14.2%の犬たちが重度から極度の恐怖を示したといいます。つまり半分以上の犬(55.3%)が大なり小なり何らかの恐怖反応を示したということです。日本における疫学調査はないものの、上記した様々なデータから考えると、およそ半分の犬が病院に対する拒絶反応を示すと言われても決して驚きません。

犬が病院を嫌う理由は?

 犬の病院嫌いは生まれついての先天的な要因と、生まれてからの後天的要因によって形成されると考えられています。
 例えば動物病院を訪れた経験がない子犬を対象とした調査により、およそ10%の個体では模擬診察を行った時に極端な拒絶反応を示すことから、犬たちが示す病院嫌いは完全に後天的なものではなく、ある程度は生まれつき備えている素因が関わってると推測されています(Godbout, 2007)。これは「先天的な要因」と言えるでしょう。
 一方、後天的要因の例を上げると、注射をされて痛かった、無麻酔デンタルで強引な拘束を受けた、怪我をして痛い箇所を触られたなどの嫌な経験により、動物病院自体が嫌いになってしまうというものがあります。
 今回の調査により、犬の病院嫌いと関連性がある予見因子は、強い順に「犬種グループ>犬の飼養目的・活動歴>出身・入手先>体重・体格>同居している犬の年齢>不妊手術の理由>飼い主のレベル・経験値」となりました。しかしこれらで完全に犬の病院嫌いを予測できるわけではなく、どの項目を取ってみても、その効果量は5~7%だったといいます。言い換えると、確認された関係性が全くの偶然である可能性が高いということでもあります。

犬の病院嫌いを治す方法

 上記した項目以外の要因が犬の病院嫌いを助長していることが大いに考えられるため、調査チームは2つの対策を強く推奨しています。1つは病院側、もう1つは飼い主の側で行うものです。

病院がフィアフリークリニックを目指す

 「フィアフリークリニック」(Fear-Free Clinic)とは、知らないうちに動物達を怖がらせてしまう様々な要素を院内から可能な限り排除した動物病院のことです。一例としては「白衣」「明るすぎるライト」「冷たい診察台」などがあります。アメリカ国内では2018年から12時間のオンラインで講座を介した認定制度を設け、1年で5,000ほどの登録者を見込んでいるといいます。ゆくゆくは、動物保護シェルターにも適用範囲を広げていきたいとのこと。 「フィアフリークリニック」の認定制度が登場

飼い主が日頃からハンドリングを行う

 ショードッグではあまり恐怖心を抱かない傾向が見いだされました。自信満々で胸を張って歩く個体を選択繁殖した結果と可能性もありますが、それよりも日頃からブラッシングやグルーミングを頻繁に受けているため、動物病院における診察をストレス刺激と感じにくくなった可能性の方が高いでしょう。
 犬の病院嫌いを克服するため飼い主としてできることは日常的にハンドリングやマッサージを行い、人に触られることに慣らしておくことです。
ボディコントロール(ハンドリング)、ブラッシング、マッサージの仕方に関しては以下のページで詳しく解説してありますので参考にしてはいかがでしょうか。 犬のボディコントロールのしつけ犬のブラッシングのやり方犬の歯磨きの仕方・完全ガイド犬のマッサージ