罰による犬の短期&長期ストレス
調査を行ったのはポルトガルにあるポルト大学を中心としたチーム。ポルトガル国内にある犬の訓練所をランダムで選び、ご褒美ベースのしつけ方を採用しているところと罰ベースのしつけ方を採用しているところとに分けた上で、それぞれの訓練所に通っていた犬がいったいどのようなストレス反応を見せるかを短期的および長期的の両側面で観察しました。従来の調査と比べた時の大きな特徴は、過去のデータを振り返って検証し直す後ろ向き調査ではなく、よーいドンでスタートして新たなデータを収集する前向き調査であるという点です
- 犬の訓練所ポルト市内にある犬の訓練所をランダムでピックアップし、訓練内容から罰ベースとご褒美ベースに区分しました。罰ベースの定義は「正の弱化」(例:頭を叩いて黙らせる)もしくは「負の強化」(例:くわえているものを離したら耳を引っ張ることをやめる)を用いているという点です。罰には「怒鳴る」など体罰以外のものも含まれます。一方、ご褒美ベースの定義は「正の弱化も負の強化も使っていない」とされました。
- 調査対象の犬観察結果を極端にゆがめてしまうような問題行動を示さず、訓練所に通い始めて2ヶ月未満の犬たちが対象となりました。最終的に選抜されたのは罰ベースの訓練所3校からの50頭と、ご褒美ベースの訓練所4校からの42頭を合わせた92頭です。
短期的なストレス調査
短期的なストレスを調べる際は、ストレスに関連した行動(エソグラム)と、訓練が終わってからしばらく時間を空けて採取した唾液中のコルチゾール濃度が採用されました。
ストレス関連行動
訓練所における3セッションの最初の15分を録画観察し、訓練中に見られる犬のストレス関連行動(エソグラム)をカウントしていきました。ここでで言うエソグラムはいわゆる「犬のカーミングシグナル」とほぼ同じものです。その結果、罰ベースの訓練所では平均57.06回、ご褒美ベースの訓練所では平均10.56回のエソグラムが確認されたといいます。統計的に有意と判断された行動の具体例は以下。
さらに嫌悪刺激の使用頻度が高いほどストレス関連行動も増加するという強い正の関係が確認されました。この関係性は特に「体の向きを変える」「訓練士から遠ざかる」「しゃがみ込む」「横寝もしくは仰向けになる」「よだれを垂らす」「あくびをする」「前足を上げる」「唇をなめる」という行動において顕著でした。
犬の状態を「緊張している」「姿勢を低くしている」「興奮している」「リラックスしている」の4つに区分したところ、罰ベースの訓練所では「緊張している」(40.50% vs 4.18%)および「姿勢を低くしている」(2.18% vs 0.16%)状態が多く観察されたといいます。またパンティング(激しい口呼吸)に費やす時間も罰ベースの訓練所の方が多いと判断されました(37.7% vs 16.99%)。
罰ベースで増えるエソグラム
- 体の向きを変える
- 訓練士から遠ざかる
- しゃがみ込む
- よだれを垂らす
- あくびをする
- 唇をなめる
さらに嫌悪刺激の使用頻度が高いほどストレス関連行動も増加するという強い正の関係が確認されました。この関係性は特に「体の向きを変える」「訓練士から遠ざかる」「しゃがみ込む」「横寝もしくは仰向けになる」「よだれを垂らす」「あくびをする」「前足を上げる」「唇をなめる」という行動において顕著でした。
犬の状態を「緊張している」「姿勢を低くしている」「興奮している」「リラックスしている」の4つに区分したところ、罰ベースの訓練所では「緊張している」(40.50% vs 4.18%)および「姿勢を低くしている」(2.18% vs 0.16%)状態が多く観察されたといいます。またパンティング(激しい口呼吸)に費やす時間も罰ベースの訓練所の方が多いと判断されました(37.7% vs 16.99%)。
唾液中コルチゾール
コルチゾールとはストレスの指標となるホルモンの一種。ストレス反応が生じてから比較的速やかに放出されることから、動物福祉の指標としてよく用いられています。
訓練を行っていないときに自宅で採取した3サンプル、および訓練が終わって20分後に採取した3サンプルが比較されました。その結果、自宅で採取したベースライン値は両グループで同じであるにも関わらず、訓練後に採取した計測値には統計的に有意なレベルで格差が見られたといいます。
具体的には、ごほうびベースの犬たちでは変化がなかった(15頭/ベースライン0.13 μg/dL→訓練後0.13 μg/dL)のに対し、罰ベースの犬たちでは平均して0.10 μg/dLの増加が見られたとのこと(16頭/ベースライン0.14 μg/dL→訓練後0.24 μg/dL)。また嫌悪刺激の使用回数が多いほど訓練後のコルチゾールレベルも高まるという正の関係も確認されました。
訓練を行っていないときに自宅で採取した3サンプル、および訓練が終わって20分後に採取した3サンプルが比較されました。その結果、自宅で採取したベースライン値は両グループで同じであるにも関わらず、訓練後に採取した計測値には統計的に有意なレベルで格差が見られたといいます。
具体的には、ごほうびベースの犬たちでは変化がなかった(15頭/ベースライン0.13 μg/dL→訓練後0.13 μg/dL)のに対し、罰ベースの犬たちでは平均して0.10 μg/dLの増加が見られたとのこと(16頭/ベースライン0.14 μg/dL→訓練後0.24 μg/dL)。また嫌悪刺激の使用回数が多いほど訓練後のコルチゾールレベルも高まるという正の関係も確認されました。
長期的なストレス調査
長期的なストレスを調べるに当たっては「認知バイアステスト」が採用されました。このテストは自分にとってプラスかマイナスかよく分からない情報を提供された時、いったいどのようなリアクションを示すかによって平時における心的状態を推し量るためのものです。具体的な手順は以下。
さて、訓練を終えた犬たちを対象として上記「認知バイアステスト」を行ったところ、どっちつかずの容器に近づく際、ご褒美ベースの訓練所に通っていた犬たちより、罰ベースの訓練所に通っていた犬たちの方が長い時間を要したといいます。この格差は犬の体格や歩行スピードという副次的な要素を排除した後でも、統計的に有意と判断されました。 Does training method matter?: Evidence for the negative impact of aversive-based methods on companion dog welfare
Ana Catarina Vieira de Castro1, Danielle Fuchs, Stefania Pastur Liliana de Sousa, Anna S Olsson, bioRxiv(2019), doi.org/10.1101/823427
- 認知バイアステスト
- 環境を統一した室内(7.7×3m)で犬を訓練し、常にご褒美がある方向と常にご褒美がなにもない方向を覚えさせる。学習が成立した後、右とも左ともつかないちょうど中間に容器を置く。このとき犬がすぐに近づくようなら「楽観的」、逆に近づくまでに時間がかかるとか、そもそも近づかないという場合は「悲観的」と判断される。
さて、訓練を終えた犬たちを対象として上記「認知バイアステスト」を行ったところ、どっちつかずの容器に近づく際、ご褒美ベースの訓練所に通っていた犬たちより、罰ベースの訓練所に通っていた犬たちの方が長い時間を要したといいます。この格差は犬の体格や歩行スピードという副次的な要素を排除した後でも、統計的に有意と判断されました。 Does training method matter?: Evidence for the negative impact of aversive-based methods on companion dog welfare
Ana Catarina Vieira de Castro1, Danielle Fuchs, Stefania Pastur Liliana de Sousa, Anna S Olsson, bioRxiv(2019), doi.org/10.1101/823427
やっぱり犬に罰を使っちゃダメ!
短期的(エソグラムおよび唾液中コルチゾール)に見ても長期的(認知バイアステスト)に見ても、ご褒美ベースの訓練所に通っていた犬たちより罰ベースの訓練所に通っていた犬たちの方が高いストレスレベルを示しました。また嫌悪刺激を使う回数が増えるほど、ストレスレベルも高まるという、かなりきれいな正の関係性も確認されました。これまで報告されてきた後ろ向き調査とは異なり、検証のため新たにデータを収集した前向き調査だったため、「犬に罰を用いてはいけない」という鉄則に対して新たな角度から証拠が加わったとも言えるでしょう。 2019年11月時点ではまだ「preprint」で査読が終わっていない状態ですが、重要な知見であることに変わりはありません。
学習効率が低下する
犬のストレスレベルに加え、偶然にも「罰ベース犬たちよりもご褒美ベースの犬たちの方が覚えが早い」という現象が発見されました。具体的には、場所とごほうびとの関係性を覚えるまでに要したトライアル回数に関し、ご褒美ベースの犬が24.80回だったのに対し罰ベース犬が29.10回だったとのこと。この格差は統計的に有意と判断されました。
罰を用いると学習効率が低下するという関連性は、過去に行われた調査でも部分的に確認されていますので、犬に対して嫌悪刺激を用いることは健康や福祉を損なうのみならず、そもそも物覚えを悪くしてしまうという本末転倒な結果を招いてしまうことを示しています。
罰を用いると学習効率が低下するという関連性は、過去に行われた調査でも部分的に確認されていますので、犬に対して嫌悪刺激を用いることは健康や福祉を損なうのみならず、そもそも物覚えを悪くしてしまうという本末転倒な結果を招いてしまうことを示しています。
感覚から理論へ
嫌悪刺激に関しては世界各国で行われた様々な調査により、メリットよりもデメリットの方がはるかに大きいと報告されています。にもかかわらず日本国内の犬の訓練所では未だに罰ベース訓練法を採用しているところがあるようです。こうした自称ドッグスクールにおそらく理論的な根拠はなく、今までの惰性とか感覚をよりどころとしていると考えられます。そのような訓練所に預けられた犬たちは不幸としか言いようがありません。 訓練所から自宅に帰った後も「罰せられるのではないか?」とビクビク怯えながら暮らすことになり、一時的に問題行動が消えても「悲観的」な犬になってしまいますね。
インターネットの普及により、学習理論や研究論文の入手しやすさが飛躍的に向上しました。人間の世界においても体罰を禁じる法律が成立するなど、少しずつ風向きが変わってきています。これからは感覚から理論へシフトし、犬の健康と福祉を最大限に高めるしつけ方を採用することが望まれます。