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犬の訓練に苦痛や不快感を与える嫌悪刺激を用いてはいけない

 犬の訓練法に関する研究報告をまとめた結果、苦痛や不快感を与える嫌悪刺激はできるだけ使わない方がよいという結論に至りました(2017.3.6/イスラエル)。

詳細

 包括レビューを行ったのは、イスラエル・ネタニヤにあるスポーツ複合施設「Wingate Institute」のGal Ziv氏。文献データベース「Google Scholar」、「PubMed」、「Scopus」の中から、2016年までに発表された研究報告のうち2つ以上の訓練法を直接的に比較したものを選び出し、犬の行動や福祉にどのような影響を及ぼしたのかを検証しました。調査対象として選抜された17の記事を「訓練法の比較検討」、「訓練法と犬同士の攻撃性」、「電気ショックのもたらす影響」、「嫌悪刺激が犬の身体にもたらす影響」といった観点でまとめていったところ、犬に苦痛やストレスを与える「嫌悪刺激」を用いた訓練法の特徴として、以下のような項目が浮かび上がってきたと言います。
嫌悪刺激が犬にもたらす影響
  • 犬の恐怖心、攻撃心、問題行動を増加させる
  • 犬の行動や福祉に悪影響を及ぼし得る
  • 他の方法より効果的であるという証拠は何ひとつ見つからない
  • 訓練とは無関係な状況でもストレス関連行動を見せるようになる
  • 身体に物理的な障害を与えうる
 調査を行ったGal Ziv氏は、上記した事実、および人間を含めた犬以外の動物を対象として行われた調査を総括し、犬の訓練に際し嫌悪刺激を用いるべきではないとの結論に至りました。また、強化刺激(ご褒美)を用いた訓練法と嫌悪刺激を用いた訓練法のどちらが有効であるかという観点から、強化刺激を用いた訓練法のうち最も効果的なものは何かという観点に、研究対象をシフトすべき時が来ていると指摘しています。
The Effects of Using Aversive Training Methods in Dogs - A Review
Ziv, G., Journal of Veterinary Behavior (2017), doi: 10.1016/j.jveb.2017.02.004.

解説

 ペット動物の問題行動修正を職業とする人たちから成る「AABP」(アニマルビヘイビア協会)では、「倫理的ヒエラルキー」(LIEBIモデル)という考え方を用いて訓練法に優先順位をつけています。具体的には以下です(→出典)。
倫理的ヒエラルキー
  • 遠くの先行条件を調整する「遠くの先行条件」とは、ある問題行動を誘発する間接的なきっかけのこと。例えば郵便配達人に吠えてしまう犬にとっての「バイクの音」など。
  • 近くの先行条件を調整する「近くの先行条件」とは、ある問題行動を誘発する直接的なきっかけのこと。例えば、郵便配達人に吠えてしまう犬にとって「窓の外に見える郵便配達人の姿」など。
  • 正の強化「正の強化」とは、犬にとってご褒美となるようなものを与えて行動頻度を高めること。例えばお座りをしたらジャーキーを与えるなど。
  • 分化強化「分化強化」とは、問題行動以外の行動をとったときにご褒美を与えることで、「問題行動をとるとご褒美はお預けになる」ことを学習させること。例えば、無駄吠えを止めたタイミングで褒めてあげるなど。
  • 負の弱化「負の弱化」とは、ある問題行動をとったタイミングでそれまで与えていたご褒美を取り去ること。例えば、かまってほしくてワンワン吠え始めたタイミングで無視するなど。
  • 正の弱化「正の弱化」とは、ある問題行動をとったタイミングで、犬にとって苦痛やストレスとなる嫌悪刺激を与える事。例えば、かまってほしくてワンワン吠え始めたタイミングで首輪から電気ショックが流れるなど。
 多くの問題行動は1~4までのどれかの方法で解決が可能だといいます。そこに嫌悪刺激は存在していません。しかし日本のテレビ番組でたまに登場する自称ドッグトレーナーは、自分から離れようとした犬のリードをぐいとひっぱって首にガツンと衝撃を与えるといった「正の弱化」を第一の選択肢として紹介しています。これでは倫理的な優先注意が真逆です。犬に苦痛を与える方法を優先的に選ぶ理由を、果たしてこうした人達は説明できるのでしょうか? 犬にムチを打ったり、耳を引っ張るといった行為には、もはやしつけの意味はなく、単なる動物虐待とみなされる  嫌悪刺激を用いて訓練を受けた犬は、訓練とは全く関係のない状況においても、ストレスや恐怖に関連した行動を多く見せたと言います。こうした事実から、嫌悪刺激はその瞬間だけではなく、刺激がなくなってからも犬に対して、慢性的なストレスや不安を与えているものと推測されます。人間で言うと、死の恐怖にさらされていた戦地から帰国した兵士が陥る「PTSD」に近いのかもしれません。
 強化刺激を用いても嫌悪刺激を用いても、犬の行動を修正できる事は確かです。しかし「吠えるのをやめたらご褒美がもらえる!」というワクワクした心理状態と、「吠えると電気ショックが加えられる…」という戦々恐々とした心理状態とでは雲泥の差があります。犬の福祉を損なわない方法があるならば、そちらを優先的に選びたいものです。基本事項は以下のページにまとめてありますのでご参照ください。 犬のしつけの基本 犬のしつけには罰が必要?
 なお以下は、今回のレビューで調査対象となった17の文献一覧です。残念ながら邦訳はありませんが、英語の基本文法さえ理解していれば読めないことはありません。簡単に言うと、時代は「知らなかった」とか「英語が苦手」ではもはや済まされない段階に来ているということです。
訓練法と犬への影響
  • Roll and Unshelm, 1997 J. Aggressive conflicts amongst dogs and factors affecting them.Appl.
    Anim. Behav. Sci. 1997; 52: 229-242
    原文リンク
  • Polsky, 2000 Can aggression in dogs be elicited through the use of electronic pet containment systems?
    J. Appl. Anim. Welf. Sci. 2000; 3: 345-357
    原文リンク
  • Hiby et al., 2004 Dog training methods: their use, effectiveness and interaction with behaviour and welfare.
    Anim. Welf. 2004; 13: 63-69
    原文リンク
  • Schilder et al., 2004 Training dogs with help of the shock collar: Short and long term behavioural effects.
    Appl. Anim. Behav. Sci.e. 2004; 85: 319-334
    原文リンク
  • Schalke et al., 2007 Clinical signs caused by the use of electric training collars on dogs in everyday life situations.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2007; 105: 369-380
    原文リンク
  • Steiss et al., 2007 Evaluation of plasma cortisol levels and behavior in dogs wearing bark control collars.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2007; 106: 96-106
    原文リンク
  • Blackwell et al., 2008 The relationship between training methods and the occurrence of behavior problems, as reported by owners, in a population of domestic dogs.
    J. Vet. Behav.: Clin. Appl. Res. 2008; 3: 207-217
    原文リンク
  • Haverbeke et al., 2008 Training methods of military dog handlers and their effects on the team's performances.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2008; 113: 110-122
    原文リンク
  • Herron et al., 2009 Survey of the use and outcome of confrontational and non-confrontational training methods in client-owned dogs showing undesired behaviors.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2009; 117: 47-54
    原文リンク
  • Arhant et al., 2010 Behaviour of smaller and larger dogs: Effects of training methods, inconsistency of owner behaviour and level of engagement in activities with the dog.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2010; 123: 131-142
    原文リンク
  • Rooney and Cowan, 2011 Training methods and owner?dog interactions: Links with dog behaviour and learning ability.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2011; 132: 169-177
    原文リンク
  • Blackwell et al., 2012 The use of electronic collars for training domestic dogs: Estimated prevalence, reasons and risk factors for use, and owner perceived success as compared to other training methods.
    BMC Vet. Res. 2012; 8: 93
    原文リンク
  • Salgirli et al., 2012 Comparison of learning effects and stress between 3 different training methods (electronic training collar, pinch collar and quitting signal) in Belgian Malinois police dogs.
    Rev. Med. Vet. 2012; 163: 530-535
    原文リンク
  • Grohmann et al., 2013 Severe brain damage after punitive training technique with a choke chain collar in a German shepherd dog.
    J. Vet. Behav.: Clin. Appl. Res. 2013; 8: 180-184
    原文リンク
  • Casey et al., 2014 Human directed aggression in domestic dogs (Canis familiaris): Occurrence in different contexts and risk factors.
    Appl. Anim. Behav. Sci. 2014; 152: 52-63
    原文リンク
  • Cooper et al., 2014 The welfare consequences and efficacy of training pet dogs with remote electronic training collars in comparison to reward based training.
    PLOS ONE. 2014; 9: e102722
    原文リンク
  • Deldalle and Gaunet, 2014 Effects of 2 training methods on stress-related behaviors of the dog (Canis familiaris) and on the dog?owner relationship.
    J. Vet. Behav. 2014; 9: 58-65
    原文リンク