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優位性理論による体罰の正当化は犬虐待

 2019年に入ってから、犬に対する虐待事件が立て続けに公になりました。「しつけ」と称して体罰を容認している人が、もし「優位性理論」を盲信しているなら、今すぐに知識のアップデートを行う必要があります。

「しつけ」と称した虐待事件

 2019年に入ってから、犬に対する虐待事件が立て続けに公になりました。以下は一例です。
犬に対する虐待事件
  • 2019年1月大阪府の自称トレーナーが、リードを引っ張って犬を首吊り状態にする。
  • 2019年2月京都府の路上で、飼い主の女が年老いたゴールデンレトリバーを何度も蹴りつける。
  • 2019年3月福島県に暮らす女が犬のリードを引っ張って首吊り状態にした上壁に激しく叩きつける。
 2番目のケースで虐待者は「ペットショップに言われた方法を実践した」と語っています。3番目のケースでは「自分のやり方が正しいかどうかを専門家に確かめるためにやった」としています。
 こうした発言が単なる言い訳ではなく本当なのだとしたら、最初に挙げたドッグトレーナーの例を含め、一般の飼い主に対して正しい知識を広めるべき立場の人間が動物虐待を推奨しているということになります。
 日本国内ではいまだに根強い体罰。信奉している人間の根底にあるのは、ひょっとして「優位性理論」なのではないでしょうか?だとしたら今すぐに知識のアップデートを行う必要があります。

優位性理論とは何か?

 優位性理論(Dominance Theory)とは「犬の問題行動は、飼い主に対して優位な立場を築き、支配しようという願望から発生する」という考え方のことです。
 例えば優位性理論にのっとると「食事の時にうなる」「散歩の時リードをぐいぐい引っ張る」「ソファーに座ったままどこうとしない」といった行動はすべて「群れのリーダーは自分であると飼い主に知らしめるためにやっている」となります。
 こうした優位性理論は一体いつ誕生したのでしょうか?

優位性理論の誕生と歴史

 優位性理論の大本となっているのは、1930年代から40年代にかけ、スイスの動物行動学者Rudolf Schenkelが飼育オオカミを対象として行なった行動観察だとされています。
 彼の考えは「パック(群れ)の中のオオカミは争うことで優位性を獲得する。勝者はアルファウルフとなる」というもので、こうした捕獲環境におけるオオカミたちの行動は野生におけるオオカミたちの行動にまで拡大解釈されました。 Rudolf Schenkelの著書「Expressions Studies on Wolves」に描かれたオオカミのイラスト  さらにこの考え方はオオカミだけでなく、オオカミの子孫である犬にまで適用されるようになりました。その結果が「パックリーダー」「アルファドッグ」「トップドッグ」「アルファシンドローム」といった概念です。犬は常に群れのリーダーになることを虎視眈々と狙っているという、優位性理論の原型がここに誕生します。
 こうした考え方は徐々に一般に浸透していきましたが、そのプロセスは「Monks of New Skete」(モンクスオブニュースキート)の存在を抜きにしては語れません。「New Skete」(ニュースキート)とは1966年に設立された、ニューヨークにあるアメリカ正教会の修道院のことです。ジャーマンシェパードのブリーディングとトレーニングを行なっていることで知られています。 「Monks of New Skete」の著書「How to be your dog's best friend」  1970年代に入ると、ニュースキートの男性修道士たちは犬の訓練に関する書籍を出版するようになりました。その内容は前述した優位性理論を基本としたもので、「飼い主は群れのリーダーにならなければならない」「群れのリーダーになるためには体罰も辞さない」といったものです。
厳密に言うと、オオカミの群れには全てアルファのペアがいる。アルファのオスとアルファのメスがおり、それぞれオスグループとメスグループの統制をとっている。 How to be your dog's best friend
 70年代当時、修道士たちの考え方は最先端と考えられていたため、 「優位性理論」の概念と、人間が「アルファ」になることを目的とした犬に対する懲罰的な接し方が一般に浸透するようになってしまいました。 Monks of New Sketeは犬に対してリーダーになることを強調する  犬に対する敵対的で懲罰的な接し方は、「マッチョ」を売りにする一部のドッグトレーナーによって受け継がれ、メディアを通じて一定のファンを獲得するようになりました。その代表格がシーザー・ミランです。犬の喉元に地獄突きを食らわす「カフ」(cuff)と呼ばれる体罰や、犬を力づくで組み伏せる「アルファロール」(alpha dog roll downの略)といったテクニックに、ニュースキートの遺伝子を見て取ることができます。

科学的に見た優位性理論

 犬の健康や福祉向上を真剣に考えている組織は、ほとんど全てが優位性理論およびそこから派生する体罰に対して強い反対の姿勢を示し、科学的な知見に基づいた合理的なトレーニングを行うよう推奨しています。
 以下は各組織が公的な見解として示している立場表明の一例です。全てに共通している要点を1行でまとめると「犬に対する罰は百害あって一利なし」となります。

AVSAB

 人間と動物の交流において優位性理論を用いることは、ペットと飼い主の間に敵対的な関係を生み出すことにつながる。問題行動を矯正する時は、根底にある情動やモチベーションあるいは医学的・遺伝的な要因などを考慮しつつ適切な強化を用いるようにする。 The American Veterinary Society of Animal Behavior

APDT

 オオカミの行動を元にした問題行動修正戦略は、犬には全く無関係であり、効果もなく深刻な副作用を引き起こしてしまう。肉体的かつ心理的な脅かしは効果的なトレーニングを邪魔し、人間と犬との関係性を壊す。 Association of Professional Dog Trainers

PPG

 優位性理論というものは古臭く、不正確で誤解されたデータに基づいた考え方である。犬に嫌悪感を引き起こす方法であり、動物と人間の関係性を損なうだけでなく、問題行動を逆に悪化させる危険性がある。 Pet Professional Guild

IAABC

 「犬が問題行動を見せる理由は人間を支配しようとしているからである」という優位性理論は、犬に対する罰を容認してきた。行動を修正するためには力関係のバランスを取り戻すことが必要という考え方は懲罰的で有害なアプローチ法につながり、現代のエビデンスベースのトレーニング業界における居場所はない。 International Association of Animal Behavior Consultants

AVA

 犬を力づくで組み伏せる「アルファロール」や唸っている犬を睨み返すといった敵対的なテクニックは、危険であるし犬の攻撃性を高めることにつながる。懲罰によって興奮した犬を落ち着かせることはできないし、逆に恐怖心や興奮性をエスカレートさせる。罰を加えることで正しい行動が何であるかが伝わらず、結果として犬との信頼関係が崩れ、人間全体が嫌いになる。 Australian Veterinary Association

BC SPCA

 エビデンスベースの学習理論を応用した、力づくではない人道的な方法を推奨する。嫌悪を引き起こす罰をベースとしたテクニックによって一時的に行動が変わるかもしれないが、こうした方法では根底にある原因を解決できず、無期限の不安感、恐怖心、苦悩、ストレス、痛み、怪我を引き起こす。BC SPCA

日本獣医動物行動研究会

 飼い主、トレーナー、獣医師など動物にかかわる人が、家庭動物のしつけや行動修正のために「体罰」を用いること、またこれを推奨する行為に反対します。 日本獣医動物行動研究会

なぜ体罰はやめられない?

 科学的な知見が蓄積され、犬に対する体罰は効果がないばかりか、人間と動物の関係性を悪化させ不安や攻撃性の増加につながることが分かっています。にもかかわらずなぜいまだに一部の獣医師やドッグトレーナーは優位性理論に基づいた体罰を容認し、一般の人々にも推奨しているのでしょうか?以下のような理由が考えられます。
優位性理論や罰の信奉者
  • 我流型「自分自身が親から罰を受けて育った」といった単純な理由により、犬にも同じ教育法を取ろうとする人。あるいは何の知識もなく、単なるフィーリングで犬のしつけをしている人。
  • 勉強不足型2000年前後までは比較的一般的だった「犬に対する体罰」をいまだに引っ張っており、知識のアップデートを行っていない人。一部のドッグトレーナーや獣医師も含む。
  • 情報弱者型ネット上の質問コーナーに寄せられる「粗相した場所に鼻づらをこすりつけよ!」といった極めていい加減な回答を真に受けてしまう人。その後、複数の情報源を比較しようとしない。
  • 模倣犯型しつけ番組の中で強烈な印象を与える「ドミナンスダウン」といった場面だけが記憶に残り、「犬には高圧的に接しなければいけない」という短絡的な思い込みを抱く人。とりあえず有名人や権威者の真似をする。
  • サディスト型犬に対して罰を加えることが単純に楽しいと感じる人。自分の行為を正当化するため「しつけの一環だ」を口癖のように用いる。
  • マッチョ型「ほめてしつけるなんて生ぬるいことやってられるか!」という体育会系の人。自分自身に対して抱いているマッチョなイメージを崩したくないため、支配性と力を自覚して陶酔できるようなしつけ法をあえて選ぶ。
 市販されているしつけ本やDVDの中にも、いまだに犬の行動を優位性理論で解説しているものがあります。情報化社会にもかかわらず、こうした人たちの時計は戦後で止まっているのでしょうか?

犬の訓練法の変遷

 今は2019年です。戦後間もない頃に行われていた犬に対する懲罰的なしつけ方法をいまだに行うということは、スマートフォンがあるのに電報を用いるようなものです。
 第二次世界大戦中、全米でおよそ1万頭の犬たちが軍用犬として国防に従事しました。こうした軍用犬のトレーニングを行っていたハンドラーたちは戦後、その知識を活かして今で言うドッグトレーナーのような仕事をしていました。
 その中でも有名なのがWilliam Koehlerです。ウォルトディズニーのスタジオでも働いていたこの人物は、犬に対する友好的なアプローチ法を「神経症に引きずり込む」と糾弾し、叩くとか蹴るといった体罰はもちろんのこと、犬を首吊り状態にして振り回す「ヘリコプタリング」(helicoptering)という虐待行為まで正当化していました。これはちょうど、冒頭で紹介した日本国内における虐待事件で見られた行為です。 犬に対する虐待行為の一種「ヘリコプタリング」  以下では犬のトレーニング方法がどのような変遷を経て進化してきたかを概略的にご紹介します。優位性理論を振りかざした体罰がいかに古臭くて非効率的であるかがお分かりいただけるでしょう。 APPLIED DOG BEHAVIOR AND TRAINING(Vol.2)

1950年代

  • 1951年B.F.スキナーが行動主義心理学(Behaviorism)に関する知識をまとめた書籍「How to Teach Animals」を出版。強化によるシェイピングやクリッカートレーニングが初めて世に紹介される。
  • 1953年Ramona Albertがモチベーションレベルで犬と通じ合う重要性を強調。擬人化を排して犬の行動に真摯に耳を傾ける手法を紹介。

1960年代

  • 1961年L.F.Whitneyが実験心理学を犬の行動やトレーニングに応用し始める。パブロフの古典的条件づけとソーンダイクのオペラント条件づけを採用した書籍「Dog Psychology:The basis of Dog training」を出版し、現代におけるトレーニング理論の基礎を築く。
  • 1965年Winifred StricklandとMilo Pearsallが「National Association of Dog Obedience Instructors」(NADOI)をヴァージニア州マナサス設立。犬の視点に立ち、より人道的で優しいアプローチ方法を強調する。子犬の幼稚園(KPT)という概念を重視し、訓練に遊びを取り入れる。
  • 1965年メイン州バーハーバーにあるJackson Laboratoryにおいて、J.P.ScottやJ.L. Fullerが犬の遺伝学と発生学の研究を行う。社会的行動についてまとめた「Genetics and the Social Behavior of the Dog」を出版。
  • 1966年Dare Millerがカリフォルニアに「Canine Behavior Center」を創設。「犬の心理学」(Dog psychology)という概念を提唱し、不満や不安が問題行動の根底にあると強調。飼い主の精神医学的な問題が犬に反映されているとし、「犬を治したいならまず飼い主を治せ」とした。
  • 1967年獣医師兼心理学者のMichael L. Foxが「Biosensor Research Program」に参加。主として軍用犬の育成のため、犬の社会化、繁殖、訓練などの調査研究を行う。
  • 1960~70年代アメリカ陸軍がベトナム戦争で用いる軍用犬育成のため、「Canine Behavior Laboratory」を設立して選択繁殖と行動研究を行う。犬の行動を効率的にコントロールするため、古典的条件づけとオペラント条件づけが導入されるようになる。終戦後、軍を去ったハンドラーたちは民間に移り、こうした知識を一般に広める。

1970年代

  • 1972年「Monks of New Skete」にJob Michael Evansが加入。その後11年間、ジャーマンシェパードの繁殖と訓練を行う。1978年には「How to be your dogs best friend」を出版。1983年に修道院を辞してからは民間のトレーニング所に移り人気を博すが、優位性理論と犬に対する体罰という敵対的訓練法を世に広める。
  • 1977年ユニバーサルスタジオで映画やテレビ向け動物のトレーニングを行っていたRay Berwickがオペラント条件付けを用いた訓練法を紹介。
  • 1978年F.J.SautterとJ.A.Gloverが学習理論をしつけに取り入れた「A Primer of Canine Psychology」を出版。
  • 1979年獣医師兼心理学者であるIan Dunbarが子犬の社会化の重要性を強調。各地でセミナーやワークショップを開催するようになる。

1980年代

  • 1980年~イルカの調教師として有名だったKaren Pryorが、クリッカートレーニングを洗練し犬の訓練に応用。

1990年代

  • 1990年~製薬会社が国の認可を得るため、薬の効果を証明する科学的なデータを欲するようになる。その結果、それまで逸話的だった犬の行動修正にランダム化や二重盲検が取り入れられ、より説得力のあるデータが蓄積し始める。1993年から動物の問題行動を目的とした薬が認可され始める。
  • 1991年「Animal Behavior Society」が動物行動専門家の認定制度を開始。
  • 1998年「American College of Applied Animal Behavior Sciences」(ACAABS)が応用行動専門家の育成を開始。
  • 1998年「American Humane Association」がトレーナーや行動家を一堂に集め、人道的なトレーニングガイドラインを作成。

知識のアップデートを!

 犬に対するトレーニング方法の効果が科学的に検証されるようになった1990年代以降、体罰を含む懲罰的な訓練法には全く効果がないばかりか、逆に犬の攻撃性や不安を増大させてしまうことがわかってきました。2000年代に入り、市販されている犬のしつけ本の中から「犬を叩け!」といった類の文言が急速に消えていった背景には、こうした科学的な知見があるものと推測されます。
 2019年2月、「しつけ」を名目とした虐待事件が後を絶たないことを受け、国連の「子どもの権利委員会」が日本政府に対して子供に対する体罰を禁じるための法整備を急ぐよう勧告しました。その結果同年3月、児童虐待防止法と児童福祉法の改正案が閣議決定され、たとえ親といえども子供に対して体罰を用いてはいけないとする方針が打ち出されました。
 人間を対象とした調査でも犬を対象とした調査でも、体罰を用いることはマイナスの結果しか生まないことが分かっています。面倒な下調べはこちらで行いましたので、あとは読むだけです。「こうしないと殺処分される」とか「犬の幸せのためだ」と言って暴力を正当化している人は、そろそろ知識のアップデートを行ってはいかがでしょうか?飼い主に必要なことは、望ましい行動にご褒美を与え、望ましくない行動には何も与えないことです。
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