イソオキサゾリンとは?
イソオキサゾリン(Isoxazoline, イソキサゾリンとも)とは、環状に結合した5個の原子を持つ「五員環」のうち、隣接する酸素と窒素および分子構造中のどこかに二重結合を一つだけ持つ化合物の総称です。節足動物の神経にある塩素イオンチャンネルのガンマアミノ酪酸(GABA)受容体と結合する性質を有しており、中枢神経の過剰興奮を引き起こして駆虫効果を示すことから、主としてノミダニ駆除薬の有効成分として使われています。例えば以下です。
以下で具体的なデータをご紹介しますが、アメリカ食品医薬品局(FDA)の元データは2013年1月から2017年9月までの期間、レポーティングシステムを通じて集積された合計32,374件の副作用事例で、欧州医薬品局(EMA)の元データは同期間に集積された7,074件の副作用事例です。ともに獣医師、飼い主、製薬会社などからの報告で構成されています。 Survey of canine use and safety of isoxazoline parasiticides
Veterinary Medicine and Science, Valerie Palmieri, W.Jean Dodds et al., DOI:10.1002/vms3.285
有効成分 | 商品名®
イソオキサゾリンは市場に出回る前の段階において、実験室におけるラットやマウスを対象とした毒性調査、投与を受けるターゲットアニマル(犬と猫)を対象とした毒性調査、そして一般のペットを対象として予備的に行われたフィールド調査を通じ、重大な副作用は引き起こさないことが確認されています。しかし実際に市場にリリースし、膨大な数の動物に投与されて初めて現れてくる「ポストマーケットの有害反応」は珍しくありません。例えば2018年、アメリカ食品医薬品局(FDA)がイソオキサゾリンを含むノミダニ駆除製品が神経系の副作用を引き起こす危険性があるとし、一般の飼い主に対する公式の警告を行っています。
こうした高まる不信感を背景として安全性に関する検証を行ったのは、さまざまな職種からなるアメリカの共同調査チーム。アメリカとヨーロッパに蓄積されたイソオキサゾリン関連の副作用事例を集めると同時に、米国内に暮らす犬の飼い主を対象とした独自のアンケートを行い、この成分の安全性(危険性)に関するレビューを行いました。結論は「イソオキサゾリンは節足動物だけでなく哺乳動物の神経系にも想定以上の毒性を発揮するのではないか?」というややショッキングなものです。以下で具体的なデータをご紹介しますが、アメリカ食品医薬品局(FDA)の元データは2013年1月から2017年9月までの期間、レポーティングシステムを通じて集積された合計32,374件の副作用事例で、欧州医薬品局(EMA)の元データは同期間に集積された7,074件の副作用事例です。ともに獣医師、飼い主、製薬会社などからの報告で構成されています。 Survey of canine use and safety of isoxazoline parasiticides
Veterinary Medicine and Science, Valerie Palmieri, W.Jean Dodds et al., DOI:10.1002/vms3.285
フルララネルの副作用事例
フルララネル(fluralaner)は日産化学工業株式会社が発明したイソオキサゾリン系化合物の一種。含有製品としては「ブラベクト®」が有名です。2013年1月から2017年9月までの期間、FDAには 16,896件、EMAには4,351件の副作用事例が報告されました。症状の具体的な内訳は以下です(※複数回答あり)。
症状 | FDA 16,896件 | EMA 4,351件 |
死亡 | 2.50% | 23.56% |
発作・ひきつけ | 2.80% | 18.73% |
振戦・運動失調 | 3.60% | 6.23% |
異常行動 | 20.90% | 6.83% |
神経・認知機能異常 | 1.60% | 7.54% |
筋肉・平衡感覚異常 | 4.20% | 1.56% |
吐き気・嘔吐 | 43.60% | 29.37% |
食欲不振 | 11.70% | 22.29% |
下痢 | 9.10% | 19.86% |
皮膚・そう痒 | 10.20% | - |
内出血 | 3.00% | - |
貧血 | 0.80% | - |
呼吸器異常 | - | 6.09% |
元気喪失 | - | 21.93% |
アフォキソラネルの副作用事例
アフォキソラネル(afoxolaner)は製薬企業メリアルが発見・開発したイソオキサゾリン系化合物の一種。含有製品としては「ネクスガード®」が有名です。2013年1月から2017年9月までの期間、FDAには14,116件、EMAには2,328件の副作用事例が報告されました。症状の具体的な内訳は以下です(※複数回答あり)。
症状 | FDA 14,116件 | EMA 2,328件 |
死亡 | 2.40% | 22.68% |
発作・ひきつけ | 6.90% | 46.69% |
振戦・運動失調 | 7.50% | 7.65% |
異常行動 | 36.10% | 8.72% |
神経・認知機能異常 | 2.20% | 6.87% |
筋肉・平衡感覚異常 | 6.20% | 1.07% |
吐き気・嘔吐 | 37.90% | 22.12% |
食欲不振 | 16.80% | 15.64% |
下痢 | 15.50% | 11.94% |
皮膚・そう痒 | 39.40% | - |
内出血 | 3.90% | - |
貧血 | 0.50% | - |
呼吸器異常 | - | 4.85% |
元気喪失 | - | 17.65% |
サロラネルの副作用事例
サロラネル(sarolaner)は製薬企業ゾエティス(ファイザーの子会社)が開発したイソオキサゾリン系化合物の一種。含有製品としては「シンパリカ®」が有名です。2013年1月から2017年9月までの期間、FDAには 1,361件、EMAには395件の副作用事例が報告されました。症状の具体的な内訳は以下です(※複数回答あり)。
症状 | FDA 1,361件 | EMA 395件 |
死亡 | 3.20% | 12.66% |
発作・ひきつけ | 20.50% | 60.25% |
振戦・運動失調 | 41.10% | 11.14% |
異常行動 | 46.70% | 8.86% |
神経・認知機能異常 | 6.70% | 10.89% |
筋肉・平衡感覚異常 | 13.40% | 1.27% |
吐き気・嘔吐 | 39.10% | 16.20% |
食欲不振 | 21.30% | 9.37% |
下痢 | 18.70% | 9.87% |
皮膚・そう痒 | 16.30% | - |
内出血 | 4.00% | - |
貧血 | 1.20% | - |
呼吸器異常 | - | 2.28% |
元気喪失 | - | 11.65% |
独自の安全性調査
2018年8月、アメリカ国内の獣医師、犬の飼い主、犬種クラブのメンバー、ソーシャルメディアなどを対象としたオンラインアンケートが行われました。「Project Jake」と名付けられたこの調査では最終的に2,751人分の有効回答が得られ、そのうちノミダニ駆除薬を投与したことがある人の数が1,594人(57.9%)だったといいます。さらにそのうちイソオキサゾリン系が1,325人(83%)と大部分を占めていました。内訳はフルララネル(ブラベクト)が911人でそのうち有害反応は791人(86.8%)。アフォキソラネル(ネクスガード)が342人でそのうち有害反応は235人(68.7%)。サロラネル(シンパリカ)が72人でそのうち有害反応は44人(61.1%)というものです。症状の具体的な内訳は以下(※複数回答あり)。
さらに、死亡症例にだけ絞り、いったいどのくらいの割合で神経症状が併存していたかを調べたところ以下のようになったといいます。フルララネルの死亡数は117頭、アフォキソラネルは28頭、サロラネルは2頭です。神経系の異常兆候が非常に高い割合で死に先行していることが見て取れます。
症状 | フルララネル | アフォキ ソラネル | サロラネル |
死亡 | 14.79% | 11.91% | 4.55% |
発作・ひきつけ | 14.79% | 11.91% | 4.55% |
運動失調・平衡異常 | 14.66% | 12.34% | 13.64% |
振戦 | 17.19% | 15.32% | 15.91% |
虚弱 | 19.47% | 15.74% | 13.64% |
不安・動揺 | 18.20% | 17.02% | 11.36% |
便の異常 | 15.17% | 11.06% | 6.82% |
元気喪失 | 31.35% | 24.26% | 18.18% |
荒い呼吸 | 18.20% | 17.02% | 15.91% |
食欲不振 | 28.32% | 22.13% | 15.91% |
そう痒 | 15.04% | 17.87% | 4.55% |
嘔吐 | 21.37% | 20.85% | 9.09% |
下痢 | 22.76% | 20.00% | 9.09% |
体重減少 | 14.16% | 8.94% | 9.09% |
過剰飲水 | 17.32% | 10.21% | 11.36% |
過少飲水 | 8.34% | 6.81% | 6.82% |
多尿 | 8.98% | 5.96% | 2.27% |
鼓腸 | 3.92% | 3.40% | 0.00% |
脱毛 | 6.07% | 7.66% | 4.55% |
その他 | 5.94% | 8.09% | 9.09% |
先行症状 | フルララネル | アフォキ ソラネル | サロラネル |
発作・ひきつけ | 30.77% | 21.43% | 100% |
運動失調・平衡異常 | 41.03% | 46.43% | 100% |
振戦 | 35.04% | 35.71% | 50% |
データの解釈は慎重に
死亡症例を含めた数多くの副作用事例を目の当たりにすると「イソオキサゾリンは危険だ!」と早合点しそうになりますが、データの解釈は慎重に行わなければなりません。
分母が不明
フルララネルにしてもアフォキソラネルにしてもサロラネルにしても、そもそもどのくらいの数が犬に投与されたのかという「分母」のデータが欠落しています。例えば100万回投与されたうち1万件で何らかの副作用が引き起こされた場合の発生率は1%ですが、投与回数が1000万回だと0.1%になり意味合いが大きく変わってきます。製薬企業がこの「分母」の数をリリースしていないため、実際の副作用発生率を算出することは困難です。
因果関係が不明
報告された副作用や有害反応の事例が、そもそもイソオキサゾリンの投与を原因としているのかどうかがわかっていません。全く別の原因を投薬のせいだと勘違いしている可能性もありますし、使用法を遵守しないいわゆる「オフラベル」の投与が原因になっている可能性もあります。FDAやEMAに集積されたのは副作用の報告だけで、その前の詳細が不明ですので、薬との因果関係も必然的に不明となります。「オフラベル」の一例は「用量が多すぎた」「犬の年齢が若すぎた」「薬の使用期限が切れていた」「犬の持病を無視して投与した」などです。
また日本国内の動物医薬品データベースでも死亡例を含めた副作用事例が報告されていますが、判断材料が乏しいため多くの場合因果関係は不明とされています。
また日本国内の動物医薬品データベースでも死亡例を含めた副作用事例が報告されていますが、判断材料が乏しいため多くの場合因果関係は不明とされています。
回答バイアス
米国内で行われたアンケート調査は任意回答です。「投薬したけれど副作用はなかった」という人よりも「投薬したら犬の具合が悪くなった」という人の方が、回答に対するモチベーションが高いことは自明でしょう。その結果、回答者の中に占める副作用経験者の割合が高くなり、フルララネルの有害反応率が86.8%、アフォキソラネルのそれが68.7%、サロラネルのそれが61.1%と、異常とも思える高い数値になっています。
少なくとも、上記した有害反応率が現実を反映しているとは考えない方がよいでしょう。
少なくとも、上記した有害反応率が現実を反映しているとは考えない方がよいでしょう。
副作用の重複カウント
FDAやEMAの副作用事例は獣医師、飼い主、製薬企業などからの報告によって成り立っています。もし飼い主と獣医師が同じ症例に関して報告を行い、さらに獣医師からの報告を受けた製薬会社が同じ報告を行うと、実際には1件の副作用事例が3件と重複カウントされる可能性があります。
人間も無関係ではない
イソオキサゾリン系薬剤による実際の副作用発生率はよくわかっていません。また多くの場合、投薬と副作用の因果関係は不明のままです。とは言え「投薬の後に犬が死んでしまった!」という逸話を一度ならず耳にすると、飼い主としては気持ち悪いものです。さらに近年は犬だけでなく、人間の体の中にもイソオキサゾリンが入ってくる可能性が示されています。
例えばカリフォルニア生物医学研究所などの研究チームは人間に対してイソオキサゾリン(フルララネルなら410mg、アフォキソラネルなら260mg)を経口投与した場合、蚊やサシチョウバエに対する殺虫効果が50~90日間持続する可能性があり、蚊が媒介するマラリアやジカ熱などの感染症から人を守る役にも立つかもしれないと発表しました(:Miglianico, 2018)。現在、イソオキサゾリン系の駆虫薬は犬や猫に投与されていますが、将来的には人間に対しても投与されるようになるかもしれません。 またEUにおいてはワクモやトリサシダニの予防薬としてフルララネルを有効成分とする家禽用の動物医薬品が認可されています(:EMA factsheet)。投与から食肉処理するまでの間に最低14日間をあけるという規定はあるものの、「食肉(ウシ)から安楽死薬が検出された」という信じがたい先例もありますので、食肉を通じてペットフードが薬剤で汚染されたり、人間の口に入ってしまうのではないかという不安はどうしても残るところです。 イソオキサゾリンは市場に出回り始めてから日が浅く、安全とも危険とも断言できない不安定な成分です。逸話的な報告によると「けいれん・ひきつけ・運動失調(足元フラフラ)・震え」といった神経系の症状が死亡事例に先行することが多いため、使用後は犬の様子を慎重に観察した方が良いでしょう。
例えばカリフォルニア生物医学研究所などの研究チームは人間に対してイソオキサゾリン(フルララネルなら410mg、アフォキソラネルなら260mg)を経口投与した場合、蚊やサシチョウバエに対する殺虫効果が50~90日間持続する可能性があり、蚊が媒介するマラリアやジカ熱などの感染症から人を守る役にも立つかもしれないと発表しました(:Miglianico, 2018)。現在、イソオキサゾリン系の駆虫薬は犬や猫に投与されていますが、将来的には人間に対しても投与されるようになるかもしれません。 またEUにおいてはワクモやトリサシダニの予防薬としてフルララネルを有効成分とする家禽用の動物医薬品が認可されています(:EMA factsheet)。投与から食肉処理するまでの間に最低14日間をあけるという規定はあるものの、「食肉(ウシ)から安楽死薬が検出された」という信じがたい先例もありますので、食肉を通じてペットフードが薬剤で汚染されたり、人間の口に入ってしまうのではないかという不安はどうしても残るところです。 イソオキサゾリンは市場に出回り始めてから日が浅く、安全とも危険とも断言できない不安定な成分です。逸話的な報告によると「けいれん・ひきつけ・運動失調(足元フラフラ)・震え」といった神経系の症状が死亡事例に先行することが多いため、使用後は犬の様子を慎重に観察した方が良いでしょう。
イソオキサゾリン系のノミダニ駆除薬を用いるときは、少なくとも用法と用量を守ってください。また不測の事態に備え、動物病院が開いている時間帯に投与することをおすすめします。