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犬のマダニ症~症状・原因から治療・予防法まで

 犬のマダニ症について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

犬のマダニ症の病態と症状

 犬のマダニ症とは、ダニの一種である「マダニ」に咬まれることで発症する病気のことです。マダニとは、主に屋外の山野に生息している大型のダニのことで、家庭の中で見られるコナダニやチリダニ、あるいは動物の皮膚に穴をあけて居座るヒゼンダニといった種類とは違います。 マダニの外観と、口吻部に当たる「口下片」(hypostome)  マダニは一生のうちに1~3種類の宿主に寄生し、血を吸うことで栄養を補給します。口の先はまるでノコギリのようにギザギザになっているため、宿主の皮膚を切り裂くのも簡単です。

マダニによる一次被害

 マダニに食い破られた皮膚表面では、破損した皮膚の細胞とマダニから分泌された唾液成分(吸着セメント)によって免疫反応が起こり、時として痛みやかゆみが生じます。この炎症がマダニによる一次的な被害です。具体的には以下のような症状となって現れます。
マダニによる急性症状
  • 刺咬部位の痛みやかゆみ
  • 歩行障害
  • 貧血(重症例)
犬のマダニ症~米粒ほどのマダニが吸血すると、10円玉程度にまで肥大する

マダニによる二次被害

 マダニによる被害は、刺咬部位の炎症だけにとどまりません。体内に保有した様々な病原体を宿主の体内に送り込み、重大な感染症を引き起こすこともあります。この被害は、犬や猫と言ったペット動物のみならず、人間にも及ぶことがありますのでますます厄介と言えるでしょう。以下は、主に日本国内で見られるマダニ媒介性の疾患です。
マダニが媒介する病気
  • 日本紅斑熱キチマダニ、フタトゲチマダニ、ヤマトマダニなどが媒介。病原体はリケッチアの一種「リケッチア・ジャポニカ」。2~8日間の潜伏期を経て、頭痛、発熱、倦怠感、発疹を発症する。
  • ライム病シュルツェマダニなどが媒介。病原体は「ボレリア」。初期において倦怠感、頭痛、発熱、紅斑など、インフルエンザに似た症状を示したのち、神経、循環器、皮膚、目、関節など多様な部位に発展する。流行地域は本州中部以北で、特に北海道や長野県に多い(→詳細)。
  • ダニ麻痺症メスダニの唾液に含まれる神経毒によって起こる麻痺。6~9日間の潜伏期を経て、迷走神経、顔面神経、三叉神経といった脳神経のほか、交感神経系や呼吸筋を障害することもある。ダニ麻痺症
  • 重症熱性血小板減少症候群(SFTS)2013年1月に感染が確認された新興の疾患。恐らくフタトゲチマダニ、ヒゲナガマダニ、オオトゲチマダニ、キチマダニ、タカサゴキララマダニなどが媒介していると推測される。病原体は「SFTSウイルス」。発熱、消化器症状といった症状が中心だが、重症化した場合は血小板が減少し、死亡することもある。重症熱性血小板減少症候群(SFTS)
  • バベシア症病原体は原虫の一種「バベシア」。日本においては、「Babesia canis」による「犬バベシア症」の症例が沖縄で、そして「Babesia gibsoni」による「ギブソン犬バベシア症」の症例が西日本で散見される。約2~4週間の潜伏期を経て、溶血性貧血、倦怠、食欲不振、発熱といった症状を示す。 バベシア症
  • Q熱病原体はリケッチアの一種「コクシエラバーネティー」。動物においてはあまり症状が出ないが、人に感染した場合は発熱、頭痛、筋肉痛といったインフルエンザに似た症状を示したのち、肺炎、肝炎、心内膜炎などに発展することもある。
  • 野兎病野兎からの感染がほとんどだが、マダニが媒介することもある。病原体は「野兎病菌」(やとびょうきん)。東北地方全域と関東地方の一部で多い。1週間程度の潜伏期を経て、40℃近くに達する急な発熱、寒気、頭痛、筋肉痛といったインフルエンザに似た症状を示したのち、皮膚の膿瘍、リンパ節の腫脹に発展する。

ダニが多くなる時期

 ダニは基本的に1年中生息していますが、季節によってピークがあるようです。
 2009年3月から10月の期間、英国内にある173の動物病院に協力を仰ぎ、1週間のうち5頭をランダムで選び出してダニを保有しているかどうかが調査されました(F.D.Smith, 2011)。その結果、3,534頭の犬のうち少なくとも1匹ダニを保有していたのは23%(810頭)に及んだといいます。さらに症例数を時期ごとに比較したところ、3月が「0.013ケース/日」だったのに対し、6月が最も多く「0.096ケース/日」を記録したとも。
 さらに2016年、イギリス国内でダニに食われた犬を対象として行われた調査では、マダニの症例数増加が3月から9月に集中しており、とくに6月の急増が顕著であると報告されています(Ian Wright, 2018)。 マダニは3月から9月にかけて活動が活発になる  ダニの種類や地域によって多少の違いはあるでしょうが、春先から秋にかけてダニが活発になり、特に6月が要注意であることは覚えておいて損はないでしょう。

犬のマダニ症の原因

 犬のマダニ症の原因としては、主に以下のようなものが考えられます。予防できそうなものは飼い主の側であらかじめ原因を取り除いておきましょう。

マダニの寄生・吸血

 主に春から初夏にかけて木や草の生い茂った地域を歩くことで寄生しますが、冬の感染や都会での寄生(公園や道路沿いの植え込みなどで)も報告されています。マダニは前足の先端部分に「ハラー器官」(Haller's organ)と呼ばれる特殊なセンサーを持っており、哺乳動物から発せられる二酸化炭素、体温、振動などを感知することができます。マダニの多くが草むらにじっと身を潜めているのは、そこが宿主となる野生動物の通り道で、待ち伏せしやすいからです。

ダニには赤外線が見える!

 ダニは映画「プレデター」に出てくるエイリアンのように、赤外線(体温)を感知して獲物の位置を特定できるようです。
 2018年、ノースカロライナ州立大学の調査チームは赤外線と白色光を使ってダニの感知能力をテストしました(Robert D. Mitchell III, 2018)。その結果、前脚にあるハラー器官を除去すると赤外線に反応できなくなり、単眼を目隠しすると白色光に反応できなくなることが明らかになったといいます。つまりハラー器官が赤外線を、単眼が白色光を特異的に感知していると言うことです。ハラー器官はクサリヘビ、ニシキヘビ、ボアがもつ「ピット器官」と同様、TRPA1と呼ばれる遺伝子によって作られるのではないかと考えられています。 ダニの前脚には赤外線の感知と関係があるらしい未知の器官がある  さらに調査チームがハラー器官を電子顕微鏡レベルで詳細に調べた所、前方ピット、後方カプセルのほか、今まで知られていなかった第三の構造物があることに気づきました(上の写真の奇妙なつぶつぶ)。そしてこの未知の構造物が赤外線の感知に関与しているのではないかと推測しています。ヘビと同じように、たとえ光がなくても獲物の位置を特定できるのは、ダニが上記したような特殊な構造物と能力を備えているからなのですね。厄介です。

ダニが吸い付きやすい場所

 ダニは前脚にあるハラー器官を使って獲物の体温(赤外線)を感知し、温かい場所に飛びついてメスの場合は血液をチューチューと吸い取ります。犬の体温は部位によって違いますので、ダニが好む場所と好まない場所があるようです。
 まずはダニになりきって犬の体を見てみましょう。これはちょうどサーモグラフィで観察するときと同じ状態です。体温が均一ではないことがおわかりいただけるでしょう。 犬の体温には頭部や腹部が高く、四肢先端や尾が低いという温度勾配がある  全体的に頭部、体の前面、四肢の上部(上腕+太もも)などの体温が高いようです。そしてこの体温勾配を忠実に反映するかのように、ダニが食いつきやすい場所にもばらつきが見られます。以下は 2016年、イギリス国内でダニに食われた犬を対象として行われた「咬みつかれやすい場所」に関するデータです。302頭の犬が元データになっています。体温が高い頭部のリスクがとりわけ高いことが一目瞭然です。 犬の体の部位別に見たダニに食われやすい場所一覧  また以下は2015年、ギリシア・アテネの路上で倒れていた野良犬「ブロッサム」の画像です。体温勾配に沿ってダニが食いついている様子がうかがえます。ちなみにこの犬は保護された後で無事に回復し、新しい家庭に譲渡されましたのでご安心を。 体中をダニに食われた状態で保護された野良犬「ブロッサム」  犬がダニに食われていないかどうかをチェックする際は、体の温かい部分を入念に調べると効率的でしょう。ブラッシングのついでにチェックする習慣をつけておくと忘れることも少なくなります。 犬のブラッシングのやり方

犬のマダニ症の治療

 犬のマダニ症の治療法としては、主に以下のようなものがあります。

ダニを取り除く・引き抜く

 犬の皮膚に食いついているダニを見つけたら基本的には獣医さんに抜いてもらったほうが無難です。しかしちゃんとしたコツさえつかめば飼い主にもできなくありません。
 オハイオ州立大学の調査チームはアメリカイヌカクマダニ(American dog tick)を対象とし、慣習的に用いられているダニ取り方法が本当に有効なのかどうかを検証しました。12~15時間吸着したダニと3~4日吸着したダニに対し、ワセリン、マニキュア、イソプロピルアルコール(70%)、マッチという4つの方法を試したところ、どれ1つとしてきれいに取れるものはなかったと言います。唯一きれいに取れたのは鉗子(先が細いピンセット)を使ったときだけでした。 皮膚に食い込んだダニを引き抜くときは先端が細いピンセットや鉗子を用いること  さらに調査チームは、最も効率的な鉗子の使い方を検証するためローンスターダニ(lone star tick)を用いた比較実験を行いました。「ねじる」「ゆっくり引き抜く」「すばやく引き抜く」「皮膚と平行に引き抜く」という4つの取り方を試したところ、どの方法でも口下片はきれいに抜けたものの、ダニが分泌するよだれ(吸着セメント)までは除去できなかったといいます。
 調査チームは、鉗子でなるべく皮膚に近いところを持ち、均一な力で真っ直ぐ引き上げるのが最も効果的であると推奨しています。また吸着セメントや口下片が残ったらそれも引き抜き、刺咬部をよく消毒するようにとも。以下の動画を見ればイメージをつかみやすいでしょう。ただしマダニの体内にはSFTSウイルスを始めとする人獣共通のウイルスを保有している可能性があります。体をつぶすと人間に感染するかもしれませんので、自信がない時やダニの数があまりにも多い時は、いさぎよく動物病院に依頼してください。
ダニの取り方
 以下でご紹介するのは鉗子(先が細いピンセット)を使って皮膚に食い込んだダニを引き抜く方法を解説した動画です。犬の場合は周囲を被毛で覆われていますので、丁寧にかき分けて患部を露出しておく必要があります。あまりにも大量にくっついている場合は獣医さんの手を借りたほうが無難でしょう。 元動画は⇒こちら

殺ダニ薬を投与する

 マダニが大量に寄生している場合は、殺虫効果のある滴下薬やスプレー剤の塗布、抗生物質の投与などが施されます。またダニが活発になる時期(3~9月)に合わせ、あらかじめ予防薬を投与しておくことも重要です。
 なお犬用のノミダニ駆除薬の中にペルメトリン(Permethrin)と呼ばれる成分を含んでいるものがあります(フォートレオン®など)。この薬を誤って猫に用いてしまうと、最悪の場合では死んでしまうこともありますのでご注意ください。猫を飼っている家庭ではもちろんのこと、犬と猫が同居している家庭においても使用は避けた方がよいでしょう。理由は、猫が犬の皮膚を舐めることで薬剤を吸収してしまう危険性があるためです。

フェロモントラップ?

 光によってダニを集める商品は既に流通していますが、次世代のダニトラップには「フェロモン」が使われるようになるかもしれません。
 2017年、インドのマドラス獣医大学の調査チームは、人工的に生成したダニフェロモン(グアニン25+キサンチン1+アデニン1)を使い、ダニの幼虫、幼体、成虫を対象とした誘引テストを行いました。その結果、24時間以内に幼虫、幼体、成虫の100%(合計952匹)がフェロモントラップにまんまとかかったといいます(R.K. Anish, 2017)。 フェロモントラップには幼虫、幼体、成虫全てのダニが誘引される  人工フェロモンは副作用の危険性がある殺ダニ成分を含んでいないため、家の中に常備するタイプの商品として使えるのではないかと期待されています。今後の展開に期待です。