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犬のフィラリア症・予防編

 フィラリア症を予防する方法は大きく分けて2つあります。1つは「そもそも蚊に刺されないようにすること」、そしてもう1つは「蚊から幼虫を移されても成虫になる前にとっとと殺してしまうこと」です。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

蚊に刺されないよう予防する

 フィラリアの幼虫を体内に含んだメスの蚊に刺されなければ、フィラリア症にかかることもありません。

フィラリアを媒介する蚊

 日本においてフィラリアを媒介するのはイエカ属、ヤブカ属、アノフェレス属の昆虫類です。具体的にはトウゴウヤブカ、コガタアカイエカ、ヒトスジシマカなどのありふれた蚊が含まれます。動物の皮膚に針を指して血を吸い取るのは産卵前のメスだけですので、必然的に犬にフィラリアを移すのは100%メスということになります。 犬のフィラリアを媒介するヒトスジシマカ  以下は、一般的な蚊のライフサイクルです。繁殖に最適な温度域が22℃~27℃くらいで、4月下旬~11月中旬が主な活動期間です。しかし冬でも生きている種がいますので油断はできません。
蚊のライフサイクル
蚊のライフサイクル~卵・幼虫・さなぎ・成虫
  • 水分と温度で孵化する。条件がそろわない場合は、最適な季節が来るまで乾燥した環境で越冬できる。
  • 幼虫ボウフラとも呼ばれる。水中で5~14日かけて脱皮を繰り返し、徐々に大きくなる。
  • さなぎ水面近くに生息し、数日かけて成虫へと近づく。
  • 成虫オスは植物などをエサとし、寿命は約1週間。メスは動物の血液をエサとし、寿命は約1ヶ月。フィラリアの伝播に関係しているのはメスの成虫のみ。
 フィラリアを媒介するヒトスジシマカのライフサイクルには初春の平均気温が大きく影響しており、気温が高いほうがより早く活動を始めます。その結果、沖縄では4月なのに対し盛岡では6月下旬といった具合に、同じ日本国内でも大きな開きが生じます。以下は蚊が活発になり始める時期を地域ごとに見たときのマップです(Komagata, 2017)。 日本国内におけるかの活動開始時期ヒートマップ

蚊の繁殖を防ぐ

 蚊のライフサイクルでも解説したように、蚊が繁殖するためには水が必要です。長崎県で行われた調査では、下水システムの発達に伴って水たまりなどが減り、アカイエカの繁殖場が少なくなるのと同時に犬のフィラリア陽性率も減っていったといいます(Oda, 1995)。これと同様、家の周りや家の中から蚊が好みそうな水たまりをなくすことで、繁殖を予防することができるでしょう。具体的には植木鉢の皿、庭のビオトープ、玄関に出しっぱなしの発泡スチロール容器、じめじめしたゴミ捨て場、金魚鉢、スイレン鉢、雨水枡(うすいます)、ししおどしなどです。 犬を庭や外で飼う

蚊の接近を防ぐ

 仮に蚊の繁殖を許したとしても、蚊が犬の体に近づけないようにすれば刺されることもありません。イタリアで行われた調査(Cancrini, 2003)によると、ヒトスジシマカがウヨウヨ飛んでいる場所でじっとしていた場合、わずか1時間で30~48ヶ所も刺されるといいますのでゾッとしますね。まず室内犬に比べて屋外犬のほうが蚊に刺される危険性が圧倒的に高いため、室内飼いに切り替えてあげます。これは夏の日差しによる熱中症を予防する上でも重要です。

室内における防虫

 人間と犬は1つ屋根の下に暮らしていますので、飼い主が蚊に刺されないよう気を付けていれば、犬もまた蚊に刺されにくくなります。近年は1度室内に噴射するだけで24時間防虫効果を保ってくれる便利な商品なども開発されていますので利用しましょう。こうした商品は天井や壁など、犬の口と接する可能性は少ない場所にとどまって蚊を殺してくれますので比較的安全です。
 なお蚊の攻撃を避ける方法はたくさんありますが、以下の方法は推奨されません。
室内における蚊の予防法
  • 蚊取り線香蚊取り線香は夏の風物詩として有名ですが、独特の匂いによって犬の具合が悪くなってしまうかもしれません。また被毛に匂いがついてしまう可能性もあります。猫においてはお線香や煙など、PM2.5と呼ばれる微小分子を吸い込むことによって呼吸器系の疾患を発症する危険性が懸念されていますので、犬においても同様の心配を持っておいたほうがよいでしょう。
  • 殺虫剤の噴霧部屋の中で蚊を見つけると「喰らえ!」と叫びながら殺虫剤をかけたくなりますが、部屋の中に噴霧された殺虫成分は床や食器など、犬の口と接触する可能性がある場所に付いてしまいます。間違って舐めとると具合が悪くなるかもしれませんので避けたほうがよいでしょう。
  • 虫除け剤を犬にふりかける体にふりかける形の虫除け剤(リペラント)が人間用に開発されていますが、こうした商品はペットに使用することを想定していません。犬にかけてしまうと被毛に付いた成分を舐めとってしまうかもしれませんので、人間用の製品を安易に転用するのはやめたほうがよいでしょう。

屋外における防虫

 屋外においては蚊の攻撃を避けるための忌避剤を用いることがディフェンスの基本方針となります。
犬用の蚊除けアイテム
  • 虫除けカラー(首輪)市販されている虫除けカラー(首輪)の多くは、ノミ、ダニ、蚊を寄せ付けないという効果を謳(うた)っています。しかし首に装着するという関係上、顔や頭に対しては防虫効果があるかもしれませんが、首輪から遠くにある体幹、腰、後ろ足まではガードしてくれません。また首輪に含まれる防虫成分によって皮膚炎を起こしてしまうこともあります。
  • 虫除け滴下薬蚊を寄せ付けないという名目で売られている滴下薬(スポット薬)が市販されています。月一回の投与でおよそ1ヶ月間の効果があるとされていますが本当のところは不明です。
  • フィラリア予防薬フィラリア予防薬は蚊を遠ざけてくれる効果も併せ持っているかもしれません。ミクロフィラリアを体内に保有した犬が蚊に刺される割合が47%だったのに対し、予防薬を投与された犬が刺される割合は6.7~12.9%だったといいます(Cancrini, 2006)。人間においてもマラリア原虫に感染した人ほど蚊に刺されやすくなるといいますので、体内に幼虫や原虫を抱え込むことで体温、発汗、呼吸リズム、体臭などが微妙に変化し、蚊のレーダーに引っかかりやすくなるのかもしれません。もし事実なら、後述するフィラリア予防薬を投与することがそのまま蚊の予防にもなってくれるでしょう。
 海外では近年、ジノテフラン(殺ノミ薬)、ピリプロキシフェン(昆虫成長制御剤)、ペルメトリン(殺蚊剤)という3つの成分を含んだ防虫薬(Vectra3D)が登場し、フィラリアに対する高い「ダブルディフェンス」が確認されています。これは、万が一フィラリア予防薬を飲み忘れたとしても、上記成分(DPP)をあらかじめ身にまとっておけば、幼虫を媒介する蚊にそもそも刺されなくなるという考え方です。実験では、DPPを滴下されていない犬16頭と滴下された犬16頭とを同一環境においた時、前者を刺した蚊のトータル数が418匹だったのに対し、後者の数がわずか6匹だったとのこと(John W. McCall, 2017)。
 重大な副作用がなければ近い将来、日本にもこの「ダブルディフェンス」という考え方が浸透するかもしれません。

成虫になるのを予防する

 たとえ蚊に刺されて幼虫を移されたとしても、成虫になる前に殺してしまえばフィラリア症にまで発展することはありません。

フィラリア予防薬の種類

 フィラリアの幼虫駆除に用いられるのはマクロライド(12員環以上の大環状ラクトン)と呼ばれる薬剤です。マクロライドはさらにアベルメクチン系のイベルメクチンやセラメクチン、ミルベマイシン系のミルベマイシンオキシムやモキシデクチンに細分されます。日本国内で認可されている予防薬は以下です。 日本国内で認可されているフィラリア予防薬の一覧  これらの薬剤はミクロフィラリアのみならずL3やL4にも有効ですが成虫にはほとんど効きません。細胞膜のクロライドチャネルに作用することにより、寄生線虫類や節足動物の神経筋に麻痺を起こして死に至らしめます。またミクロフィラリアや幼虫が犬の免疫攻撃をかわすために分泌する特殊なタンパク質の量を減らすことで、防御力を低下させているという可能性も指摘されています。
 各成分の主な特徴は以下です。なお副作用に関しては農林水産省の「動物医薬品・副作用情報データベース」をご参照ください。

イベルメクチン

 イベルメクチンを含んだフィラリア予防薬(例:カルドメック)に関しては、中毒になりやすい犬種がいくつか確認されています。しかし中毒症状の多くは家畜用の製剤を犬に転用したとか、投与間隔を間違えたなど人為的なミスが多いようです。薬への脆弱性を生み出しているMDR1遺伝子の変異率に関しては、ヨーロッパで大規模な調査が行われ、危険犬種がコリー、オーストラリアンシェパード、シェットランドシープドッグなどの牧羊犬であることが判明しています。こうした犬種(もしくは犬種の血が混じったミックス犬)を飼っている方は以下のページもご参照ください。 フィラリア予防薬(イベルメクチン)中毒を引き起こすMDR1遺伝子の変異率調査

セラメクチン

 セラメクチンを含んだフィラリア予防薬(例:レボリューション)は、フィラリアのほかノミやミミヒゼンダニに対する駆除効果も併せ持っています。

ミルベマイシンオキシム

 ミルベマイシンオキシムを含んだフィラリア予防薬(例:システックやミルベガードなど)はすべて経口投与です。錠剤で与えるか味のついたチュアブルという形で犬に自発的に食べてもらいます。フィラリアのほかノミ、マダニ、回虫、犬鉤虫・犬鞭虫、瓜実条虫、多包条虫に対する駆除効果も併せ持っています。

モキシデクチン

 モキシデクチンを含んだフィラリア予防薬(例:アドボケートやモキシハートタブなど)は投与方法が豊富で、経口投与のほか皮下投与や皮下注射といった選択肢があります。中には一度注射しただけで12ヶ月間持続的に効果を発揮するというものもあります。

フィラリア予防薬の投薬期間

 フィラリア予防薬の基本的な投薬期間は、蚊が活発に動き始める1ヶ月前から開始し、活動が止まってから1ヶ月間は継続するというものです。しかし地域によっては1年中投与したほうがよい場合もあります。例えばヒートアイランド現象で冬の間でも蚊が活動している都心部などです。こうした地域では一般的に蚊がいないと思われている冬の間も予防薬を投与しておいたほうが無難でしょう。 都心部におけるヒートアイランド現象は蚊の活動期間を伸ばす  近年は効果が6ヶ月~12ヶ月持続する予防注射も登場していますが、主流な投薬スケジュールは1ヶ月に1回の頻度でチュアブル薬(食べさせる)やスポット薬(皮膚に垂らす)を投与するというものです。先述したように、予防薬に用いられているマクロライドはミクロフィラリアやL1~L4段階にある子虫には有効ですが、L5子虫に対する効果は薄く、また一部を除いて成虫にはほぼ効きません。投薬期間が1ヶ月の場合は仮に蚊に刺されたとしてもL3~L4の段階で退治することができます。しかし投薬を忘れて2ヶ月の間隔が空いてしまった場合、予防薬の効きが薄いL5の段階にまで成長したフィラリアと対戦する必要があるのです。
 「予防薬は月に1回」というペースにはそれなりの理由がありますので、自己判断で投薬を飛ばしたり2倍にするのではなく、しっかりと処方を守るようにします。なお小型犬に対して7~8ヶ月間予防薬を投与したときの費用はだいたい5,000~1万円、中大型犬に対して同じ期間投与したときの費用は1万~1万6,000円です。

薬が効かない理由と解決法

 予防薬の効果は100%ではありません。さまざまな理由で「有効性の欠如」(lack of efficacy, LOE)が生じます。フィラリア予防薬におけるLOEの主な原因とそれに対応した解決法は以下です。

投薬忘れ

 最も多いパターンが飼い主によるうっかりミスです。本来30日であるべき投薬間隔が、ちょっと忘れて33日になってしまったというくらいなら大した問題ではありません。しかしすっかり忘れて50日になってしまったとなれば大事(おおごと)です。先述したようにフィラリアの幼虫がL5にまで発育している可能性が十分ありますので、フィラリア症に発展する危険性が高まってしまいます。
LOEの予防・解決策  月に1回必ず行うことと予防薬の投与をリンクすることで投薬忘れを予防することができます。例えば家賃を払う、電気料金を払う、スケジュール帳の新しいページを開く、カレンダーをめくる、給料の振込みを確認するなどです。パソコンやスマホについている「リマインダー」機能を利用するのもよいでしょう。

容量の間違い

 投与量が多過ぎるとが逆に少なすぎるといった容量の間違いもよく起こります。極端な例はウマ用の駆虫薬を「成分は同じだからまあいいか」といったノリで犬に投与してしまうなどです。さすがにこのようなマヌケはそれほど多くないでしょうが、小型犬用の駆虫薬を大型犬に投与したり、大型犬用の駆虫薬を小型犬に投与するといったアクシデントは起こるかもしれません。
LOEの予防・解決策  処方箋をよく読み、容量が正しいことを確認します。うっかり投薬を忘れたからといって薬の量を2倍にしても副作用のリスクが高まるだけですので控えましょう。また犬の体重をはかり、大幅な上下動がないことも併せて確認しておきます。特に獣医師の処方箋がないにもかかわらず、ネット通販でフィラリア予防薬を購入した時などは、投与量も投与スケジュールもいい加減になりがちですので要注意です。

吐き戻し

 ネズミなどのげっ歯類とは違い、犬や猫は一度胃袋に入ったものを吐き戻すことができます。投薬量や投薬間隔が合っているにもかかわらず、飼い主が見ていないところで犬が薬を吐き戻してしまうと、せっかくの薬効が台無しになってLOEにつながります。
LOEの予防・解決策  チュアブル薬を投与している場合は、犬の嘔吐や吐き戻しにとりわけ注意しましょう。中型犬においては、胃袋の中身が空になるまでの時間はおよそ3時間です。薬を与えてから最低3時間は何も吐き出していないことを確認してください。

吸収不良

 薬の成分を吸収する能力が個体差があります。経口投与するチュアブル薬では胃腸における消化吸収能力、経皮投与するスポット薬では皮膚からの吸収能力に差がある時に、薬効成分の消化不良が起こります。
LOEの予防・解決策  スケジュール通りに投薬していたにもかかわらず、定期検査でフィラリア陽性と出た場合は薬の消化不良により幼虫がしっかりと駆除されていなかった可能性があります。幼虫駆除薬にはたくさんの種類がありますので、別の成分を含んだものに変えてみましょう。また成分はそのままでチュアブル薬とスポット薬を入れ替えるという方法もあります。

フィラリアの抵抗力獲得

 アメリカのミシシッピ渓谷近辺では、マクロライド系薬剤に対して抵抗力を持ったやっかいなミクロフィラリアおよび幼虫の存在が確認されています。「MRV」と呼ばれるこれらの系統は、突然変異によってたまたま生まれた薬剤抵抗性の個体が繁殖し、数を増やしたのではないかと推測されています。Pグリコプロテイン遺伝子の変異が怪しまれていますが確かなことはわかっていません。
LOEの予防・解決策  今の所日本で同様の現象は確認されていませんが、抵抗力を持った系統が突然発生するという現象はいつどこで起こっても不思議ではありませんので、最新情報には気を配っておく必要があるでしょう。
最後に
 フィラリアは肺の細かい血管内部に住み着いているという関係上、長い間放置すると肺、心臓、肝臓など体中の臓器にガタが生じてしまいます。他の寄生虫と混同して「虫下しを飲めば治るんでしょ?」と軽く考えていると、時として犬の寿命を縮めてしまいますので要注意です。日本におけるフィラリアの感染率は、世界と比べてみても異常なほと高い数字になっていますので、犬と人間両方の健康を守るためにも「予防医学」を徹底したいものです。