トップ2017年・犬ニュース一覧10月の犬ニュース10月12日

オキシトシンが犬の親愛行動に及ぼす影響は犬種によって違う

 「愛情ホルモン」の異名を持つオキシトシンが犬に及ぼす影響に関し、異なる調査チームが立て続けに報告を行いました。2017年における概要をご紹介します(2017.10.12/複数国)。

詳細

 アリゾナ州立大学やデューク大学などからなる共同チームは、オキシトシンとバソプレシン(脳下垂体後葉から分泌されるホルモンの一種)が犬の行動に及ぼす影響を調査しました。
 実験1では、他の犬に対して攻撃性を示す癖がある犬とそうでない犬を対象とし、血漿に含まれるオキシトシンとバソプレシンの濃度を計測しました。その結果、攻撃的な犬では遊離バソプレシンが低くて総バソプレシンが高いという傾向が見られたものの、オキシトシンには格差が見られなかったといいます。
 実験2では、普通のペット犬と穏やかな性格を基準として選別されている補助犬を対象とし、血漿に含まれるオキシトシンとバソプレシンの濃度を計測しました。その結果、補助犬では遊離オキシトシンおよび総オキシトシンレベルが共に高かったものの、バソプレシンには格差が見られなかったといいます。また穏やかな補助犬の中で、脅威的な方法で見知らぬ人間が近づいてきた場合に攻撃性を示した個体群では、総バソプレシンレベルが高いという傾向が確認されました。
 こうした結果から調査チームは、血中に含まれるオキシトシンとバソプレシンのレベルは、犬の友好性や攻撃性に影響を及ぼす因子の1つなのではないかと推測しています。
Endogenous Oxytocin, Vasopressin and Aggression in Domestic Dogs
MacLean EL, Gesquiere LR,Gruen ME, Sherman BL, Martin WLand Carter CS (2017), Front. Psychol. 8:1613.doi: 10.3389/fpsyg.2017.01613
 日本の麻布大学獣医学部・伴侶動物学研究室は、遺伝的に狼に近いとされる日本犬を対象とした調査を行いました。
 犬と飼い主のペアを集め、犬に対してオキシトシンもしくは生理食塩水(プラセボ)を経鼻投与した後、接触時間や近接行為がどのように増減するのかを観察すると同時に、飼い主の生理学的な変化をHRVという指標で調査しました。その結果、犬にオキシトシンを投与した場合、犬が飼い主を見つめる行動が増えたといいます。また尿中オキシトシンレベルに関しては、犬のみならず飼い主の方も同時に上昇したとも。さらに飼い主の心拍の指標(RRI・SDNN・RMSSD)が低下し、特にメス犬の飼い主におけるSDNNの低下が顕著だったといいます。
 こうした結果から調査チームは、オキシトシンが犬のアイコンタクトを促し、犬のアイコンタクトが飼い主のオキシトシンレベルを上昇させているのではないかという結論に至りました。また微妙ながら性差もあるのではないかと推論しています。
Intranasal Oxytocin Treatment Increases Eye-Gaze Behavior toward the Owner in Ancient Japanese Dog Breeds
Nagasawa M, Ogawa M, Mogi K and Kikusui T (2017), Front. Psychol. 8:1624. doi: 10.3389/fpsyg.2017.01624
 ハンガリーにあるエトヴェシュ・ロラーンド大学のチームは、オキシトシン受容器に関連した遺伝子の変異が、犬全体に共通しているのかどうかを検証しました。
 ボーダーコリー、ジャーマンシェパード、シベリアンハスキーという3犬種を対象とし、「OXTR 19208A/G」と呼ばれる遺伝子のSNPs(※変異部分)を調査した所、ボーダーコリーではAアレルの欠失で友好行動と近接行動が増え、ジャーマンシェパードではGアレルの欠失で友好行動が増え、シベリアンハスキーではCアレルの欠失で挨拶行動が増加するという関連性が確認されたといいます。
 こうした結果から調査チームは、オキシトシン受容器の遺伝子変異(遺伝子型)と、実際に現れる親愛行動(表現型)との関係は複雑で、犬全体に共通しているのではなく犬種ごとに違いが見られると考えるのが現実的だろうとの結論に至りました。
Oxytocin and Opioid Receptor Gene Polymorphisms Associated with Greeting Behavior in Dogs
Kubinyi E, Bence M, Koller D, Wan M, Pergel E, Ronai Z, Sasvari-Szekely M and Miklosi A (2017), Front. Psychol. 8:1520. doi: 10.3389/fpsyg.2017.01520
 オレゴン州立大学を中心としたチームは、オキシトシンを経鼻的に投与したときの犬の行動変化を観察しました。
 犬の鼻にオキシトシンもしくは生理食塩水(プラセボ)を投与した上で「セキュアベーステスト」と呼ばれる犬の愛着の度合いを測る行動テストを行った所、当初の仮説とは違い、オキシトシン投与群で飼い主に対する接触行動や近接行動の増加は見られなかったといいます。また生理食塩水を投与された場合、メス犬においてのみ「独りでいる時ドアの近くに陣取る」という奇妙な現象が確認されたそうです。
 こうした結果から調査チームは、オキシトシンの効果は犬種によって格差があり、行動に変化が見られる個体もいれば見られない個体もいるという可能性に行き着きました。
Nasally-Administered Oxytocin Has Limited Effects on Owner-Directed Attachment Behavior in Pet Dogs (Canis lupus familiaris)
Thielke LE, Rosenlicht G, Saturn SR and Udell MAR (2017), Front. Psychol. 8:1699. doi: 10.3389/fpsyg.2017.01699

解説

 狼と犬とを比較した時、オキシトシン受容器に違いが見られるという事実から(→詳細)、犬が人間に対して示す親愛の情には何らかの形でオキシトシンが関わっている可能性が高いと考えられます。例えばアリゾナ州立大学の調査チームが示したように、愛情ホルモンであるオキシトシンと抗利尿ホルモンであるバソプレシンが、拮抗的に作用して行動を形成しているなどです。 犬とオオカミとの間に見られる気質の違いは、オキシトシンレセプターの違いで説明できるかもしれない  日本古来の犬は遺伝的に狼に近くなかなか人間を受け入れようとしませんが、麻布大学の調査によると、オキシトシンによって少なくとも「アイコンタクト」くらいは増えてくれるようです。しかし近接行動や接触行動に違いは見られなかったといいますので、洋犬と日本犬とでは作用の仕方に違いがあるのかもしれません。「柴距離」とはよく言ったものです。
 洋犬と日本犬の違いに象徴されるように、オキシトシンが「イヌ」という動物種に一様に作用するわけではなく、犬種によって微妙に異なる振る舞いをすると考えたほうが現実的かもしれません。ハンガリーの調査チームによると、オキシトシン受容器遺伝子に特定の変異が見られても、ボーダーコリーでは親愛行動が増えるのにジャーマンシェパードでは変化がないといった現象が容易に起こりえるようです。犬種ごとに見られるオキシトシンの効果に関しては今後の課題と言えるでしょう。
 人間においては、自閉症患者に経鼻的にオキシトシンを投与した場合、社交性が増加するといった報告がなされています。しかし薬と同様、すべての個体に100%の効果があるわけではなく、また仮に効果があったとしても、その度合いには個人差があります。オレゴン州立大学の調査でも、オキシトシン投与群の犬で親愛行動の顕著な増加が見られなかったといいますので、万人に効く「惚れ薬」というわけではないようです。 オキシトシンはすべての人に効く万能の惚れ薬というわけではない  アメリカ動物虐待防止協会(ASPCA)が出した推計によると、米国内では年間330万頭もの犬が保護施設に入り、そのうち67万頭が安楽死の憂き目に遭っているといいます(→出典)。犬の飼育放棄の原因として多いのは「攻撃性」だといいますので、ホルモンの投与によって行動が穏やかになるのであれば、犬のストレスを軽減すると同時に殺処分数の減少につながってくれるかもしれません。犬の攻撃行動を促している根本的な原因に対するアプローチと組合わせれば、より高い効果を得られるでしょう。 犬と狼の社交性の違いは愛情ホルモンのせい? オキシトシンが絆を作る? 問題行動を抱えた犬の飼い主はどのような時に譲渡や安楽死を決断するのか?