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犬のクリッカートレーニングのメリット~効果を確認できた研究論文集

 過去に行われた検証実験では、クリッカーには効果がないという悲しい結果が数多く報告されています。しかし全く効果がないというわけではありません。直接的ではないものの間接的に犬のパフォーマンス向上に役立っている可能性がいくつかの調査で示されています。以下で具体的な内容をご紹介しますが、参加頭数が2頭など極端に少ないもの、および「クリッカーあり」と「クリッカーなし」を直接比較していないものはデータとしての価値が低いため省いてあります。

オーストラリア・ラトローブ大学

 オーストラリアにあるラ・トローブ大学のチームは、クリッカートレーニングを採用したことがある犬の飼い主もしくはドッグトレーナー合計586名を対象としたアンケート調査を行いました。
 「クリッカートレーニングがうまくいったか?」という質問に対して10段階で回答してもらった所、平均8.9という非常に高いポイントを示したといいます。さらにクリッカートレーニングがもたらすメリットとして「訓練に対する飼い主のモチベーションが高まる(7.26/10)」「訓練に対する犬のモチベーションが高まる(8.23/10)」「飼い主のトレーニングテクニックが高まる(7.98/10)」といったものが報告されました。
 科学的な検証実験が示す通り、クリッカーそのものに犬のパフォーマンスを向上させる効果は無いかもしれません。しかし「クリッカートレーニング」という概念そのものによって犬や飼い主のモチベーションが高まり、結果としてトレーニングテクニックが向上して犬のパフォーマンスにつながると言う可能性は大いにあるでしょう。
 「テクニック向上」の一例としては、書籍やハウツービデオなどを通じて条件付けの基礎学力が高まる、犬を特定の動作に誘導するのがうまくなる、ご褒美を与えるタイミングの重要性を理解できるようになるなどが考えられます。
Practices and perceptions of clicker use in dog training: A survey-based investigation of dog owners and industry professionals
Lynna C.Feng, Tiffani J.Howell, Pauleen C.Bennett, Journal of Veterinary Behavior Volume 23 (2018), DOI:10.1016/j.jveb.2017.10.002

アメリカ・ウィスコンシン大学

 ウィスコンシン大学ホワイトウォーター校の調査チームは、州内にある犬種協会に所属するバセンジー35頭を対象とし、クリッカーの有無が犬の学習にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
 チームはまず犬たちをランダムで18頭と17頭に分け、前者は「クリッカー+おやつ」、後者は「おやつのみ」という違いを設けた上で、飼い主ではない第三者がオペラント条件付けを行いました。犬たちの参加条件はクリッカートレーニングを受けたことがないことで、クリッカー組は下準備として古典的条件付けによるクリック音と報酬のリンク(クリッカーチャージ)が行われています。
 下準備が終わったところで両方の組に課題として出されたのは「タッチという指示語に従い鼻先で三角コーンに触る」という目標行動。合格基準は指示語から5秒以内に10回連続でコーンに触ることと設定されました。同一トレーナーが同一手順を用いて犬たちを訓練し、合格基準に達するまでに要したセッション総数およびセッション総時間を比較した所、両グループ間で統計的な格差は見られなかったといいます。
 しかし次に行われた消去テストにおいては明白な違いが見られたとのこと。「消去」とは一度マスターした行動に対してごほうびを与えないという肩透かしを繰り返し、行動へのモチベーションを低下させるプロセスのことです。この消去テストにおいては、クリッカーグループの方が「指示語を出されてから30秒間反応しない回数が合計10回」という基準に到達するまでの回数も時間も多かった(=行動が消去されるまでにより多くの時間と労力を要した)といいますので、二次的な報酬としての機能はあるかもしれないと結論付けられました。
Clicker increases resistance to extinction but does not decrease training time of a simple operant task in domestic dogs (Canis familiaris)
Shawn M.Smith, Ellen S.Davis, Applied Animal Behaviour Science Volume 110 (2008), DOI:10.1016/j.applanim.2007.04.012

メキシコ・ベラクルス州立大学

 犬を対象とした検証実験ではありませんが、クリッカーの有効性を示唆する報告ですので念の為ご紹介しておきます。
 メキシコにあるベラクルス州立大学の調査チームは、生後20ヶ月齢のミニブタ(Yucatan miniature pig)をランダムで10頭ずつからなる2つのグループに分け、ごほうびに「クリッカー+おやつ」および「褒め言葉+おやつ」という違いを設けた上で「とってこい」という動作をマスターさせました。訓練は同一のトレーナーによって行われ、以下の10ステップに細分されています。
「とってこい」の小ステップ
  • 訓練者に5秒間注意を払う
  • 対象物を見たり鼻で嗅ぐ
  • おやつで誘導して対象物に触ったり噛む
  • 2秒間口に入れ続ける
  • 5秒間口に入れ続ける
  • 口に入れたまま90度方向転換
  • 口に入れたまま180度方向転換
  • 180度方向転換して2歩近づく
  • 「とってこい」という指示語で訓練者から80cm地点まで近づく
  • 「とってこい」という指示語で自発的に対象物をくわえて持ってくる
 行動をマスターするまでに要した総合トライアル回数を比較した所、クリッカーを用いたグループの方が少なくてすんだといいます。また各ステップごとに格差を比較した所、訓練者が手で動作を誘導するタイプ(=ルアリング, 行動誘導)のステップにおいてとりわけ大きな違いが見られたとも。具体的にはステップ3、4、6、7でした。
 こうした結果から調査チームは、背景にあるメカニズムまではわからないものの、ミニブタが自発的には取りにくい行動を促進する際はクリッカーが役立つかもしれないとの結論に至りました。ただし「音響刺激なし」という比較対照を設けていないため、クリッカーが学習を促進したのか、それとも声が学習を阻害したのかはわかっていません。犬を対象とした同様の検証実験は行われていませんので、これからの分野と言えるでしょう。
Clicker Training Accelerates Learning of Complex Behaviors but Reduces Discriminative Abilities of Yucatan Miniature Pigs
Pedro Paredes-Ramos, Joanna V. Diaz-Morales, et al., Animals 2020, 10(6), 959; DOI:10.3390/ani10060959