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犬のクリッカートレーニングのデメリット~悪影響や逆効果が確認された研究論文集

 犬のクリッカートレーニングに関する調査報告は「効果があった」というものから「効果がなかった」というものまでさまざまです。何の効果もないだけならまだ救いがありますが、実は悪影響や逆効果を示唆している調査も存在しています。当ページではクリッカートレーニングで確認されたデメリットをご紹介します。

アメリカ・フロリダ大学

調査概要
ごほうびに「クリッカー+おやつ」「褒め言葉+おやつ」「おやつだけ」という違いを設けた上で飼い主ではない訓練者が「待て」をマスターさせる

クリッカーグループの成績が統計的に有意なレベルで低く、学習が阻害されている可能性が高い

調査デザイン

 アメリカにあるフロリダ大学心理学部の調査チームは、アラチュア郡アニマルサービスに収容された子犬たちを対象とし、クリッカーが犬の学習を促進するかどうかを検証しました。調査に参加した子犬たちの年齢は2~6ヶ月齢、犬種と性別は様々で、過去にクリッカーを含めた本格的なトレーニングを受けていないことが条件です。
 犬たちをランダムで3つのグループに分け、行動に対するごほうびに「クリッカー+おやつ」「褒め言葉+おやつ」「おやつだけ」という違いを設けた上で「待て」と「バイバイ(前足を挙上して左右に振る)」という2つの動作を、同一の有資格者が同一のプロトコルを用いて強化しました。なお褒め言葉に関しては犬たちの来歴が不明のため「next」という中立的な言葉が選ばれています。またクリッカー(クリック音)と褒め言葉(next)に関しては事前に20回ほど古典的条件付けを行い、音(声)とごほうびとのペアリングが行われています。

テスト1~「待て」

 テストに参加したのは30頭の子犬たち。各グループにはランダムで10頭ずつが割り振られました。訓練の課題行動は「待て」で、以下に述べる7つのステップに小分けして進行しました。「その場で」とは指示を出した場所から訓練者が動かないこと、「下がって」とは事前に決めておいたポイントまで訓練者がステップバックすること、秒数は子犬が「待て」の状態をキープできた時間を意味しています。
「待て」の訓練ステップ
  • その場で1秒
  • その場で5秒
  • 下がって5秒
  • 下がって10秒
  • 下がって20秒
  • 下がって30秒
  • 下がって40秒
 50回固定で正の強化を行い、ステップ4(下がって10秒)まで到達できた子犬たちの割合をグループ間で比較した所、クリッカーグループの到達率が27%、褒め言葉のそれが36%、そしておやつだけのそれが70%だったといいます。統計的に計算した結果、「おやつだけ>クリッカー(p=0.004)」という格差が確認されました。またクリッカーと褒め言葉、褒め言葉とおやつだけの間に差は見られなかったとも。

テスト2~バイバイ

 テストに参加したのは60頭の子犬たち。各グループにランダムで20頭ずつが割り振られました。訓練の課題行動は「バイバイ」で、以下に述べる8つのステップに小分けして進行しました。ここで言う「バイバイ」とは犬が前足を片方だけ浮かせて左右に振る動作のことです。
「バイバイ」の訓練ステップ
  • 様式は問わず前足を動かす
  • 前足を地面から浮かせる
  • 前足を浮かせて訓練者の手に近づく
  • 前足を訓練者の手の平(上向き)に乗せる
  • 前足で訓練者の手の平(前向き)に触れる
  • 訓練者の手の近くで前足を浮かせる
  • 訓練者の手から15cm地点で前足を浮かせる
  • 15cm地点で前足を浮かせたら訓練者はバイバイする
 50回固定で正の強化を行い、ステップ4(前足を訓練者の手の平に乗せる)まで到達できた子犬たちの割合をグループ間で比較した所、クリッカーグループの到達率が40%、褒め言葉のそれが50%、そしておやつだけのそれが45%だったといいます。統計的に計算した結果、グループ間に成績格差は見られませんでした。

まとめ

 テスト1および2の結果から調査チームは、訓練経験がない子犬に対しクリッカーはいかなる学習促進効果も有していないとの結論に至りました。またテスト1ではパフォーマンスの低下が統計的に有意なレベルで確認されたため、マスターさせる動作の種類によっては、クリッカーが逆に学習を阻害している可能性すらあるとも指摘しています。
Clicker training does not enhance learning in mixed-breed shelter puppies (Canis familiaris)
Nicole R.Doreya, Alexander Blandina, Monique A.R.Udell, Journal of Veterinary Behavior Volume (2020) 39, DOI:10.1016/j.jveb.2020.07.005

アメリカ・ノックス大学

調査概要
ごほうびに「クリッカー+おやつ」と「褒め言葉+おやつ」という違いを設けた上で、飼い主ではない訓練者が目標動作(おすわり)をマスターさせる

学習速度に違いはないが、2日間のインターバルを置いた後の再テストではクリッカーグループの方が成績(=想起)が悪い

調査デザイン

 ノックス大学生物学部の調査チームは、イリノイ州にあるノックス郡動物愛護協会に収容された保護犬12頭をランダムで2つのグループに分け、6頭は「褒め言葉+おやつ」、残りの6頭は「クリッカー+おやつ」という違いを設けた上で「おすわり」の動作を教えました。オペラント条件付けを行ったのは犬が見知らぬ人で、訓練スケジュールはファーストセッション(10トライアル)→2日のインターバル→セカンドセッション(10トライアル)というものです。俗に「クリッカーチャージ」と呼ばれる、古典的条件付けを通したクリック音とおやつとのリンク過程は省かれました。

調査結果

 犬がおすわり姿勢を取るまでに要した時間(秒)をトライアルごとにすべて計測したところ、ファーストセッションの最後のトライアルと、セカンドセッションの最初のトライアルとの間にグループ格差が見られたといいます。具体的には、褒め言葉グループでは所要時間に統計的な変化が見られなかったのに対し、クリッカーグループではセカンドセッションの最初のトライアルで長い時間を要したというものです。

まとめ

 2日間のインターバルを開けたら覚えていたはずの動作をすんなり思い出せなくなったことから、クリッカーの存在が何らかの要因を通して犬の記憶想起を阻害したのではないかと推定されました。
Conditioning Shelter Dogs to Sit
Journal of Applied Animal Welfare Science, Volume 9 (2006), Judith M. Thorn,Jennifer J. Templeton, et al., DOI:10.1207/s15327604jaws0901_3