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犬の声帯切除~目的・方法からメリット・デメリットまで

 声帯切除手術(Devocalization)は犬の声帯(せいたい)を部分的にカットして声が出にくくする外科手術の一種です。声のボリュームを小さくしたり鳴き声を永久的になくすことを目的に行われます。果たしてこの手術は本当に必要なのでしょうか?考えてみましょう。

声帯切除手術を行う理由

 声帯切除手術とは声を作り出す声帯ひだの一部~全体を切り、犬の声を小さくしたり全く出るなくする外科手術のことです。
 「吠える」という行動は、犬が狼から枝分かれした後、人間と生活を共にするようになってから獲得したユニークな習性です。「うれしい」「おなかすいた」「近寄らないで!」など、人間や他の犬に対して自分の意志を伝える際に重要な役割を担っています。ではいったいなぜ、犬にとっても人間にとっても重要なコミュニケーションツールである声帯を切り、声を出せないようにしてしまうのでしょうか?切除手術を望む飼い主で多いのは、以下のようなタイプです。
犬の声帯切除・その理由
  • 集合住宅に暮らしており、ペットの声に対する苦情を申し立てられている人
  • 多頭飼いをしているブリーダー
  • ドッグショーへ出場予定の純血種を飼っている人
  • 認知症が進行してしつけを受け付けない老犬を飼っている人
  • あらゆる無駄吠えのしつけを試しても効果がなかった犬を飼っている人
  • 犬が予想外にうるさくてしつけも面倒だという無責任な人
  • 侵入者を襲わせることを目的に犬を飼っている麻薬密売人(アメリカ)
 いろいろな目的がありますが、そのほとんどは「飼い主自身がうるさいと感じている」か「近隣住人がうるさいと感じている」のどちらかです。犬の健康や福祉の改善につながる理由は一つもありません。  シェルティーやスピッツなど、犬種によっては生まれつき吠え声が大きいものがあり、こうした犬種においては声帯切除手術が他の犬種よりも頻繁に行われる傾向にあります。
 また犬が無駄吠えをする理由はいろいろありますが、多くの場合解決が可能です。代表的なものとしては社会化期における不適切な生育環境やトレーニング、ストレス、退屈、恐怖や欲求不満などが挙げられます。人によっては「時間をかけて無駄吠えを解決するのが面倒だから手っ取り早く声帯を切ってしまおう!」というケースもあるでしょう。
 声帯切除の理由が先天的な声の大きさだろうと、後天的な問題行動だろうと、人間の都合に合わせて犬の声を奪うという構図に変わりはありません。
NEXT:声帯切除の方法

声帯切除手術の方法

 喉の奥にある犬の声帯はいったいどのようにして切られるのでしょうか?手術の方法は大きく分けて2種類あり、どちらも全身麻酔下で行われます。手術を行う場所の関係上、麻酔薬は注射タイプか気管を切開して体内に入れなければなりません。
声帯切除手術の方法2種
  • 口腔アプローチ法口腔(こうくう)アプローチ法では、うつ伏せ状態の犬の口からパンチやはさみ、あるいはレーザーなどを用いて声帯ひだの一部をカットします。かかる時間が短く費用が安いというメリットがある反面、効果が長続きせず場合によっては再手術を要するというデメリットがあります。
  • 喉頭切開法喉頭切開法(こうとうせっかいほう)は、より侵襲性(しんしゅうせい=体をより多く傷つける)が高い方法で、仰向け状態の犬の喉頭(=のど)を切開して声帯の一部~全体を切り取ります。声帯を広範囲に渡って切除できるため効果が長続きするというメリットがある反面、手術に時間がかかってリスクが高まるとか、費用がかかるというデメリットがあります。
 声帯切除手術の海外における呼び方は様々で、一例を挙げると「devocalization」「debarking」「devoicing」「bark softening」「stifling」「ventriculocordectomy」などがあります。
犬の声帯切除手術は、声帯を完全に除去するのではなく、一部に切れ目を入れて声帯ひだの振動ボリュームを下げることを目的としています。 喉頭麻痺を発症した犬に対しても治療目的で声帯切除手術が施されることがあります。しかし目的はあくまでも麻痺の治療ですので、声帯は部分的に切除されるだけで大部分は元の位置にとどまったままです。
 一方、手術の目的が治療ではなく「声を出せなくすること」である場合、声帯の部分切除ではなく全体切除がしばしば行われます。理由は、手術後数ヶ月すると元の声を取り戻し、再び無駄吠えを発することができるようになるからです。
声帯切除手術を受けた犬の声
 以下の動画は、声帯切除手術を受けた犬たちの吠え声です。人間でも喉頭の筋肉をつかさどる「迷走神経」(めいそうしんけい)と呼ばれる神経が麻痺すると、声帯ひだがうまく振動しなくなり、スカスカのしゃがれた声(嗄声, させい)しか出せなくなります。この状態を「声帯麻痺」(せいたいまひ)といいますが、声帯切除された犬もちょうどこれと同じ状態になるのです。 元動画は⇒こちら
 チワワはキューキュー音を出すおもちゃのような声を出しています。ニューファンドランド(黒い大型犬)はまるで咳をするかのような声しか出せません。マルチーズ(白い小型犬)はアザラシ(もしくはハト)のような声に変わっています。ラブラドールレトリバーは声帯を切りすぎたためか、声を発すると痛いためか、まったく声が出なくなってしまいました。
 2015年版「診療料金実態調査及び飼育者意識調査」には、日本の動物病院における声帯切除手術の料金や費用が記載されていません。理由は、無駄吠えの抑制を目的とした声帯切除がそもそも医療行為ではないと判断されているからです。もし吠えること自体が病気だったなら、日本にあるペット保険業者は1日で全滅してしまうことでしょう。
NEXT:手術のリスク

声帯切除手術のリスクと副作用

 声帯切除手術のリスクや副作用としては、以下のようなものがあります。口腔アプローチ法よりも、侵襲性の高い喉頭切開法において発生リスクが高まります。
声帯切除手術に伴う主なリスク
  • 麻酔の副作用
  • 麻酔が切れてからの痛み
  • 傷口からの感染症
  • 患部の出血
  • 神経を傷つけることによる医原性の喉頭麻痺
  • 手術痕の再生(また声が出てしまう)
  • 瘢痕化(繊維が過剰に再生してごわごわに)した組織が気道をふさいでしまう
 治療目的で声帯切除手術を受けた犬では、患部に「ウェビング」(webbing)と呼ばれる瘢痕組織ができ、呼吸に関するさまざまなトラブルが引き起こされます。具体的には呼吸困難、呼吸時の騒音(ガチョウのようにガーガー)、痰をうまく除去できないことによるえづきや気管支炎、酸欠による気絶、体温調整がうまくできないことによる熱中症などです。手術を受けた犬の14%では何らかの副作用を経験した(Holt DE, 1998)とか、24%では再手術を要した(Katherine L., 2014)といった報告もあります。
 手術後は患部の裂開や出血を予防するため、6~8週間は犬が声を出さないよう努めなければならないとされています。手術の成功は獣医師の腕だけではなく、傷口が治癒するまでの間いかにして犬をおとなしくさせておくかという飼い主の側の努力にも依存しているというわけです。しかし犬をおとなしくできるのなら、そもそも手術は必要ないという大きな矛盾をはらんでいます。
 犬の声によるコミュニケーションに関しては犬の声から心を読む訓練で詳述しましたが、声を思うように出せなくなり、自分の気持ちや意思を相手の犬に十分伝えることができない状態をストレスと呼ぶなら、それ自体が副作用の一種ということもできるでしょう。ストレスの蓄積によって破壊行動や攻撃性の増加など別の問題行動につながる危険性もありますし、声によるコミュニケーションができなくなり他の犬とトラブルに陥ってしまうリスクも高まります。
NEXT:声帯切除は虐待?

声帯切除手術に対する各国の対応

 声帯切除手術を、いわゆる最後の手段として認める動物関連団体がある一方、手術自体を違法としている国や州もあります。以下では、声帯切除に対する各国の対応の仕方について述べていきます。

ヨーロッパにおける声帯切除

 声帯切除手術は 「ペット動物の保護に関する欧州協定」(The European Convention for the Protection of Pet Animals)に署名し、批准(ひじゅん)している国においてはすべて禁止されています。以下はペット動物の保護に関する欧州協定・第10項です(📖:出典
ペット動物の保護に関する欧州協定・第10項
単にペットの外見を変えるだけで治療的な目的をもたないような外科手術は禁止されるべきである。特に
  • 断尾
  • 断耳
  • 声帯切除
  • 猫爪の切除・牙の抜歯
 これらの禁止事項に例外があるとすれば、医学的な理由や、当該ペット動物の利益を考慮し、獣医が手術を必要と認めたとき、および繁殖制限するときのみに限る。動物が多大なる苦痛を味わうような手術を行う際は、獣医本人、もしくは獣医立会いの下、麻酔をかけて行うこと。麻酔が必要とされない手術は、国家資格を有する者のみが行うこと。

アメリカにおける声帯切除

 アメリカにおいては、州によって対応がまちまちです。たとえばニュージャージー州では、医学的な目的以外での声帯切除手術が州法で禁止されており、またオハイオ州では2000年8月にロバート・タフト知事によって声帯切除手術禁止法が法制化されました。2009年2月にはマサチューセッツ州で禁止法が提起され、2010年4月に州法として成立しています。2011年にはニューヨーク州のワーリック市とロードアイランド州の政令により、声帯切除手術が禁止されました(📖:出典
 また、アメリカ国内に存在する動物関連団体のリアクションは以下です。
アメリカ国内での声帯切除に対する反応
  • 全米獣医師会全米獣医師会(The American Veterinary Medical Association, AVMA)は「無駄吠えに対する行動矯正を施してもなお問題が改善されない場合に限り、資格を得た獣医師が声帯切除を行うべき」という見解を示しており、手術自体は容認する姿勢です(📖:出典
  • 全米動物病院協会全米動物病院協会(American Animal Hospital Association, AAHA)は、全米獣医師会のスタンスに追従しています(📖:出典
  • 全米動物虐待予防会全米動物虐待予防会(The American Society for the Prevention of Cruelty to Animals, ASPCA)は、「過剰な無駄吠えに対してはまず、習熟した専門家による人道的なしつけを施すこと」を提唱しています。そして、「こうしたしつけが奏功せず、また無駄吠えが原因で捨てられたり生活の場を失う危険性がある場合に限り、声帯切除手術をすべきだ」という見解を示しており、やはり手術そのものは否定していません(📖:出典
 簡潔にまとめると、最後の手段としてなら、声帯切除手術は致し方ないといったところです。

日本における声帯切除

 日本における声帯切除に対する対応は、「小動物医療の指針・第11項」においては以下のような記述が見られます(📖:出典
小動物医療の指針・第11項
飼育者の都合等で行われる断尾・断耳等の美容整形、あるいは声帯除去術、爪除去術は動物愛護・福祉の観点から好ましいことではない。したがって、獣医師が飼育者から断尾・断耳等の実施を求められた場合には、動物愛護・福祉上の問題を含め、その適否について飼育者と十分に協議し、安易に行わないことが望ましい。しかし、最終的にそれを実施するか否かは、飼育者と動物の置かれた立場を十分に勘案して判断しなければならない。
 このように諸手(もろて)を挙げて賛成ではないものの、手術自体を否定はしている訳ではないようです。また、動物に関連する法令としては「動物の愛護及び管理に関する法律 」(通称:動物愛護法)がありますが、声帯切除を禁止する条文はどこにも見当たりません。よって、声帯切除手術を行うかどうかは、最終的に担当獣医師と飼い主の判断に任されます。
 2012年11月、一般社団法人日本小動物獣医師会に在籍する獣医師3,878人に対して犬の声帯切除に関するアンケート調査が行われ、「獣医畜産新報」(Vol.69)内でその結果が発表されました。
 まず、声帯切除の是非について回答のあった353人の内訳は「良い」が53人(15.0%)、「悪い」が176人(49.8%)、「わからない」が124人(35.1%)、また実施状況について回答のあった357人の内訳は、「実施している」が111人(31.0%)、「実施していない」が246人(68.9%)だったといいます。 声帯切除手術の実施状況と手術に対する獣医師達の倫理観  さらに「手術の是非」と「実施状況」の両方に回答した人を集計したところ、「良い」と回答した人の約77%、「悪い」と回答した人の約13%、「分からない」と回答した人の約36%が実施していると回答したそうです。 声帯切除手術を行っている獣医師達の倫理観  手術を行う理由としては、合計98人から以下のような回答が得られました。理由の筆頭に「安楽死や飼育放棄の回避」が来ていますが、保健所や動物愛護センターでは近年、「鳴き声がうるさいから」といった安易な理由で飼育放棄をする飼い主に対して代替案を模索するよう指導する所が増えてきています。ですから今後は、「施設に引き取りを断られました。もう切除しかありません!」という犬の無駄吠えを自力で解決できない飼い主が増えてしまう可能性も考えられます。
声帯切除を行う理由
  • 安楽死や飼育放棄の回避=45人
  • 騒音問題の解決=28人
  • 飼い主の希望=12人
  • 治療の手段=10人
  • 認知症対策=3人
 逆に手術を行わない主な理由としては、合計119人から以下のような回答が得られました。日本では近年、獣医学教育の正規カリキュラムの中に、ペット動物の問題行動を扱う「動物行動学」と「臨床行動学」が取り入れられました。また2013年からは、問題行動を解決するエキスパートである「獣医行動診療科認定医」の認定制度が開始されています。今後は、手術を行わない理由の筆頭である「しつけ・環境改善などで対処」がもっと増えていくことが期待されます。
声帯切除を行わない理由
  • しつけ・環境改善などで対処=31人
  • 動物愛護の観点=29人
  • 術後の合併症や技術的な問題=22人
  • 必要性がない=12人
  • 依頼がない=11人
  • 獣医師の意向=8人
  • 部分的な容認=6人
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愛犬家が考えるべき声帯切除

 2012年1月、日本テレビの番組内で、ミュージシャンとともに地方を旅するサモエドの兄弟犬「Zippei」(2012年8月他界)が、実は声帯切除手術を受けていることが明らかとなり、一部の動物愛好家から「かわいそうだ」、「動物虐待ではないか?」という声がにわかに高まりました。声帯切除手術が正当かどうかに関しては、声帯切除手術が最後の手段かどうか?という点が境界線になりそうです。
 たとえば「声帯にガンができ、除去しなければ犬が死んでしまう」という状況に陥ったとき、声帯切除手術に同意する飼い主を責める人はまれでしょう。同様に「声帯を切除して無駄吠えの問題を解決しなければ、犬を安楽死させなければならない」という状況に陥ったとき、声帯切除手術を決行する飼い主を責める人の数も減るはずです。では2012年に起こったZippeiの件はどうだったのでしょうか?
 今回、サモエド兄弟が声帯切除手術を受けたのは、「飼い主が多頭飼いでしつけに手が回らず、無駄吠えに対する近隣住民からの苦情が相次ぎ、このままでは犬を手放して保健所に任せなければならない」、というのが、プロダクションが発表した表向きの理由でした。この状況は先述した、「声帯切除が最後の手段で、これを決行しなければ犬が死んでしまう」という状況には当てはまらないと思われます。たとえば
声帯手術に対する反論
  • 始めから無理して多頭飼いしなければよいじゃないか
  • 多少お金がかかってもしつけ教室に預ければいいでしょ?
  • 睡眠時間を削れば無駄吠えのしつけくらいできるだろう!
  • 近隣住民がいない土地に引っ越せばよい
  • 撮影がスムーズに進むように意図的に声帯切除したんじゃないの?
など、ちょっと考えただけでも様々な「突っ込みどころ」があります。しかしこうした「突っ込みどころ」に対するすっきりした説明がないため、TV局やプロダクションの「声帯切除が最後の手段」という言い分にはとうてい納得がいかず、「動物虐待だ」・「かわいそうだ」という意見が相次いだのだと思われます。
 上記した「突っ込みどころ」は、飼い犬の声帯切除を考えている一般家庭に対しても適用できる部分があります。「声帯を切るという方法の前にまだ何かできることはないだろうか?」「時間がないとかお金がないを都合のよい言い訳にしていないだろうか?」など、自問自答すべき部分は、事前に徹底的にクリアしておきたいところです。
犬の無駄吠えは多くの場合、飼い主の努力によって解決が可能です。犬の無駄吠えをしつけ直すを参考にしながらできることをやってみましょう。犬が吠えることには必ず原因があります。