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犬における尿路上皮癌の危険因子~水道水に含まれる総トリハロメタンとの関係

 犬における尿路上皮癌の危険因子を調べたところ、水道水との付き合い方が非常に重要であることが判明しました。

犬の生活環境と尿路上皮癌

 調査を行ったのはアメリカにあるウィスコンシンマディソン大学獣医学校を中心としたチーム。犬の生活環境と尿路上皮癌の発症リスクを検証するため、実際にがんを発症した患犬群と臨床上健康な対照群を対象とした前向き調査を行いました。

調査対象

 調査に参加したのは複数の大学において尿路上皮癌との診断を受けた37頭の患犬たち。診断基準は「下部尿路症状」「画像検査で膀胱もしくは尿道内に腫瘤確認」「組織学検査陽性」「犬BRAF遺伝子変異検査陽性」とされました(※BRAF遺伝子は膀胱移行上皮癌や前立腺癌で変異が高率に認められる)。また参加に際しては化学療法や放射線療法を受けていないこと、およびNSAIDsを使用していないことが条件とされました。
 比較対照群としては2021年2月から2023年2月までの期間、ウィスコンシン-マディソン教育病院や犬種クラブからリクルートされた臨床上健康な犬たち37頭が選ばれました。選抜に際しては患犬群と犬種、年齢、不妊ステータスが揃うよう配慮されました。

調査方法

 尿路上皮癌発症の危険因子としては人医学もしくは獣医学分野の先行調査で報告がある以下の項目がピックアップされました。
  • 総トリハロメタン飲水中に含まれる総トリハロメタン(クロロホルム・ジブロモクロロメタン・ブロモジクロロメタン・トリブロモメタン)の濃度を公開されている自治体データから参照
  • 無機ヒ素ヒ素(III)とヒ素(V)および代謝産物であるカコジル酸、モノメチルアルソン酸、トリメチルアルシンオキシド濃度を犬と飼い主の尿から確認
  • アクロレイン喫煙(タバコの煙)や有機物の燃焼時に発生するアクロレインの代謝産物3-HPMAの濃度を犬と飼い主の尿から確認
  • 2,4-Dフェノキシ系除草剤の成分を犬と飼い主の尿から確認
  • コチニン二次喫煙の指標であるコチニン濃度を犬と飼い主の尿から確認

調査結果

 患犬群と比較対照群はどちらも年齢中央値が12歳、現在の飼い主との生活歴が11年でした。また現在の住居における居住歴は患犬群が中央値で4.8年、対照群が7年でした。両群ともおおむね水道水とドライフードを主食としており、近隣環境、車でのドライブ習慣、家庭内喫煙状況、入浴頻度、暖炉や木材燃焼系ストーブ・丸太デッキ・除草剤の使用環境に大差は認められませんでした。
 生活習慣を含めて両群を比較した結果、統計的な有意差が確認された項目および確認されなかった項目は以下です。
有意差あり
  • プールの使用割合患犬群15.2%>対照群0%
  • 水道水中の総トリハロメタン濃度患犬群28ppb>対照群6.9?ppb
  • ほこり中のヒ素濃度患犬群0.28?ng/cm²<対照群0.40?ng/cm²
  • 飼い主の尿中3-HPMA濃度患犬群217?ng/mg<対照群347?ng/mg
有意差なし
  • 尿中無機ヒ素濃度(犬)
  • 尿中無機ヒ素濃度(飼い主)
  • 水道水中の総ヒ素濃度
  • 尿中3-HPMA濃度(犬)
  • 尿中2,4-D濃度(犬)
  • 尿中2,4-D濃度(飼い主)
  • 空気中のアクロレイン濃度
 尿中コチニン濃度に関しては患犬群では1頭だけから検出され、飼い主に喫煙習慣が認められました。一方、対照群では飼い主に喫煙習慣がないにもかかわらず3頭から検出されました。
Urinary and household chemical exposures in pet dogs with urothelial cell carcinoma
Braman SL, Peterson H, Elbe A, et al. , Vet Comp Oncol. 2024;1‐13. doi:10. 1111/vco.12968

犬の尿路上皮癌を予防する

 先行調査で報告のある危険因子を検証した結果、いくつかの項目が追認されました。この知見は尿路上皮癌を予防する際のエビデンスとして重要となるでしょう。

プールの使用

 塩素化(消毒)に随伴する副生成物は、過去の調査で水泳、入浴、シャワーを介して人の尿路上皮癌発症リスクを高める可能性が示されています。今回の調査では患犬におけるプールの使用率が高いと判定されましたので、塩素消毒された水道水が水浴びを通して発症の引き金になったのかもしれません。
 プールそのものではなく、犬がプールで遊べるような社会経済的な家庭環境が関わっている可能性は否定できないものの、調査チームは好発犬種として報告されている犬種は念の為プールの使用を控えるよう勧告しています。具体的にはスコティッシュテリアシェットランドシープドッグウェストハイランドホワイトテリアです。

水道水の総トリハロメタン

 尿路上皮癌と水道水の総トリハロメタン濃度との関係は、同じチームによる犬を対象とした別の先行調査でも示されている知見です。当調査でも追認されたため、総トリハロメタンの摂取が発症に関わっている可能性は無視できないでしょう。 屋外でシャワーを浴びる犬  摂取ルートとしては飲水という単純なルートのほか、水道水での入浴というルートも考えられ、月1回の入浴をする犬の割合は患犬で82%、対照群で67%でした。調査チームは水道中の総トリハロメタンを減らすようなろ過システムを家庭内に導入するよう勧告しています。
 なお日本の水道法では水道水中の総トリハロメタンに関し「0.1mg/L(100ppb)以下」という基準が設けられています。

ほこり中のヒ素

 ほこりに含まれるヒ素濃度に関しては仮説に反し、患犬家庭で低い値を示しました。調査チームは患犬家庭においては診断が下ってから飼い主が意識的に室内をきれいにしているのではないかと推測しています。正確なヒ素濃度を計測するには、掃除頻度や空気清浄機の稼働時間を明確化したり、空気清浄機のフィルターや掃除機のゴミパックを検査サンプルとする必要があるとも。
水道水中の総トリハロメタンを除去する際は10分以上沸騰させたり対応フィルターでろ過するといった方法があります。家庭でもサロンでも水浴びや入浴に使う大量の水を浄化するのは現実的ではありませんが、飲み水くらいは気を配ってあげましょう。