犬における痛風の症例
痛風(つうふう, gout)とは血中の尿酸濃度が高くなりすぎたために結晶が生じ、関節に沈着することで激しい痛みを引き起こす病気。人間においては疫学的に女性よりも男性に多く、中年期の男性と閉経後の女性で多発するとされています。また一部の症例では、腎臓における尿酸の代謝に関わる遺伝子が原因になっていると考えられています。
MSDマニュアル「痛風」
一方、犬や猫では尿路における尿酸結石は症例としてあるものの、尿酸を水に溶けやすい形に変換する酵素(ウリカーゼ)があるため結晶化しにくく、関節痛風までは起こらないと考えられてきました。しかし韓国にある建国大学校獣医学校の調査チームが、犬の滑液包から採取した結晶を偏光顕微鏡で解析したところ、人間で見られるのと同じ成分だったといいます。この事実から、実は看過されているだけで犬にも痛風があるのではないかとの推論に至りました。以下は具体的な症例です。
症例1:チャウチャウ
- 基本属性9歳/避妊済みメス/23kg/BCS7(やや太り気味)
- 患部両側の手根関節・後膝関節・足根関節
- 主症状と期間四肢の荷重不全(重症度=3/5)/6ヶ月
- 食事内容ドライフード・カラフトシシャモ・シカの肋骨・ラムの脛骨・アヒルの頚椎
- エックス線所見びらん性病変・骨棘・放射線不透過性物質
- 滑液検査所見尿酸一ナトリウムの結晶・巨大単核細胞
- 治療抗炎症薬(プレドニゾロン)・免疫抑制剤(シクロスポリン)
- 予後治療開始から6週間で軽快/以後3ヶ月間無症状
症例2:ポメラニアン
- 基本属性2歳/メス/4.2 kg/BSC6(かろうじて普通体型)
- 患部両側の後膝関節・手根関節・足根関節
- 主症状と期間前肢は荷重不全(重症度=2/5)が左右入れ替わり、後肢は断続的/1週間
- 食事内容牛の肝臓パウダー・ウシ肝臓・茹でた鶏肉・さつまいも・リンゴ・洋梨
- エックス線所見膀胱結石・胆泥
- 滑液検査所見尿酸一ナトリウムの結晶・巨大単核細胞
- 治療抗炎症薬(プレドニゾロン)・免疫抑制剤(シクロスポリン)
- 予後治療開始から8週間で軽快/1年後に再発
症例3:シーズー
- 基本属性11歳/避妊済みメス/7.6 kg/BCS7(太り気味)
- 患部両側の肩関節・股関節・後膝関節・足根関節
- 主症状と期間後肢の荷重不全(重症度=5/5)が左右入れ替わり/8ヶ月
- 食事内容ドライフード・ウエットフード・肉
- エックス線所見びらん性病変・骨棘・骨減少
- 滑液検査所見尿酸一ナトリウムの結晶・微小~巨大単核細胞
- 治療抗炎症薬(プレドニゾロン)・免疫抑制剤(シクロスポリン)・高尿酸血症治療(アロプリノール)
- 予後治療開始から3週間後に死亡
症例4:ビーグル
- 基本属性8歳/避妊済みメス/15.8 kg/BCS7(太り気味)
- 患部左手根関節・左前肢の指関節
- 主症状と期間左後肢の断続的な荷重不全(重症度=4/5)/1ヶ月
- 食事内容ドライフード+豚肉+鶏の胸肉
- エックス線所見びらん性病変・骨棘
- 滑液検査所見尿酸一ナトリウムの結晶
- 治療高尿酸血症治療(アロプリノール)・非ステロイド性抗炎症薬(フィロコキシブ)
- 予後治療開始から4週間で軽快/3年間症状なし
Hyo-Sung Kim, Hyun-Jeong Hwang, et al., Front Vet Sci. 2022; 9: 752774, DOI: 10.3389/fvets.2022.752774
人と犬・痛風の共通点と違い
人医学では古くから知られていた痛風ですが獣医学ではいまだに存在を認知されておらず、自然発症した症例は今回の報告がほぼ初めてです。「犬にも痛風がある」と仮定した場合、人間における病態とどこが同じでどこが違うのでしょうか。
MSDマニュアル「痛風」
痛風の症状
人間における痛風は足首、足の甲、膝、手首、肘などさまざまな部位に発症しますが、特に多いのが足の関節です。中でも足の親指の付け根に発症する「ポダグラ(podagra)」と呼ばれる炎症は痛風に特徴的な症状としてよく知られています。こうした好発部位が生まれる理由としては、尿酸結晶が温かい部位よりも冷たい部位で形成されやすいからだと推測されています。
痛風の症状は激しく、ある日突然「風が吹いても痛い」と形容されるような強い痛みとともに発症することも珍しくありません。炎症が生じた関節では4主徴(腫脹・発赤・痛み・発熱)が現れるほか、発熱(38.9℃超)、心拍数の上昇、全身のけん怠感といった症状を伴うこともあります。
今回報告された4頭の症例では、症状がすべて膝以遠・肘以遠に集中していましたので、発症部位は人間に近いと推測されます。
今回報告された4頭の症例では、症状がすべて膝以遠・肘以遠に集中していましたので、発症部位は人間に近いと推測されます。
痛風の検査・診断
人間の痛風を検査する際は、上述したポダグラや繰り返し起こる足の甲の炎症をヒントに当症が疑われ、エックス線検査や超音波検査、MRI検査、関節液の顕微鏡検査などを通して確定診断に至ります。特に信頼度が高いのは関節穿刺で、採取した関節液のサンプルを特殊な偏光顕微鏡で調べ、痛風に特有な針状の尿酸結晶を確認することで診断を下します。
今回の症例報告では、4頭すべての関節内から尿酸一ナトリウムの結晶が検出されましたので、確定診断には人医学と同様関節穿刺と結晶分析が有効だと考えられます。なお人の痛風患者では血中尿酸値が上昇している人もいれば正常範囲内の人もいるため参考程度にしかなりません。この傾向はどうやら犬でも同じで、尿酸値が上昇している患犬は1頭もいませんでした。
痛風の治療・予後
人間の痛風患者においては、炎症による痛みと腫れを緩和するため安静や冷却といった基本的な消炎処置のほか、抗炎症薬が投与されることもあります。また個々の症例に応じて食事内容の見直しと尿酸値のコントロール、減量、尿酸値を下げる薬の投与、結晶を溶かす薬の投与なども考慮されます。
犬における痛風治療のゴールドスタンダードはまったく確立していません。今回の症例報告では試験的な意味合いも兼ね、抗炎症薬や免疫抑制剤が投与されましたが、結果は寛解した例もあれば再発した例もありますので、有効性の検証にはさらなる調査と研究が必要でしょう。
なお今回の報告には含まれませんでしたが、その後別の症例が5つほど見つかったとのこと。関節炎が変形性でも感染性でもない場合、「特発性」という便宜的な言葉でくくられますが、実は痛風であるケースがかなりあるのではないかと調査チームは睨(にら)んでいます。原因がわからない関節炎が見られた場合、関節液内における尿酸結晶の有無(針状+負の複屈折性)を確かめるべきだと推奨しています。
犬における痛風治療のゴールドスタンダードはまったく確立していません。今回の症例報告では試験的な意味合いも兼ね、抗炎症薬や免疫抑制剤が投与されましたが、結果は寛解した例もあれば再発した例もありますので、有効性の検証にはさらなる調査と研究が必要でしょう。
なお今回の報告には含まれませんでしたが、その後別の症例が5つほど見つかったとのこと。関節炎が変形性でも感染性でもない場合、「特発性」という便宜的な言葉でくくられますが、実は痛風であるケースがかなりあるのではないかと調査チームは睨(にら)んでいます。原因がわからない関節炎が見られた場合、関節液内における尿酸結晶の有無(針状+負の複屈折性)を確かめるべきだと推奨しています。
犬における痛風の予防
人間の痛風患者では、尿酸のもととなるプリン体を多く含む食品を控えるよう指示されます。具体的には以下のような食品です。
痛風・尿酸財団「食品中プリン体含量」
さらにエビデンスレベルは低いものの、果物に多く含まれるフルクトースの摂取が痛風の発症リスクを高める可能性が示されていますので、少なくとも「果物ならいくら与えても大丈夫」という盲信は改めたほうが無難だと思われます(:J.Jamnik, 2016)。
人間の痛風患者の約20%では、合併症として腎臓内に尿酸結石を抱えているといいます。尿酸結石は犬でも発症しますので、過剰なプリン体の摂取は関節と尿路両方における結石のリスクを高めることになります。
高プリン体含有食品
- 肝臓・レバー
- 腎臓
- アンチョビ
- アスパラガス
- コンソメ
- ニシン
- グレービーソース
- ブイヨン
- キノコ類
- ムール貝
- イワシ
- 子牛や子羊の胸腺や膵臓
さらにエビデンスレベルは低いものの、果物に多く含まれるフルクトースの摂取が痛風の発症リスクを高める可能性が示されていますので、少なくとも「果物ならいくら与えても大丈夫」という盲信は改めたほうが無難だと思われます(:J.Jamnik, 2016)。
人間の痛風患者の約20%では、合併症として腎臓内に尿酸結石を抱えているといいます。尿酸結石は犬でも発症しますので、過剰なプリン体の摂取は関節と尿路両方における結石のリスクを高めることになります。