トップ2021年・犬ニュース一覧6月の犬ニュース6月16日

子犬が持つ人との先天的な協調性~生まれながらにして人類最良の友?

 古くから「人類最良の友」と呼ばれている犬。子犬の行動を観察したところ、生まれながらにして人と交流したり協調するための資質が備わっていることが明らかになりました。

子犬の先天的な協調性テスト

 調査を行ったのはアメリカにあるアリゾナ大学を中心とした混合チーム。人間と交流したり協調する犬の社会的なスキルが生まれつきのものならば、特殊な訓練を積んでいない発達の初期段階で現れ、なおかつ遺伝による影響を強く受けたバリエーションが見られるはずだという仮説を検証するため、純血種登録された375頭のレトリバーの子犬(平均8.5週齢/ラブラドール98頭+ゴールデン23頭+ミックス254頭/オス172頭+メス203頭)を対象とした認知能力の実験を行いました。

ジェスチャー理解力テスト

 人間が発する明示的なシグナルを理解できるかどうかを確かめるテストでは、子犬から等間隔にある2箇所にボックスを設置してどちらか一方にだけおやつを入れて正解ボックスとしました。手順は実験者が「1:子犬の名前を呼びながらどちらか一方のボックスを指さして見つめる」「2:黄色いブロックをマーカーとしてボックスの横に置く」という明示的なシグナルを見せた後、子犬を定位置からリリースして自発的にどちらのボックスを選ぶのかを観察するというものです。 子犬の先天的な明示的シグナル理解力を確かめるテストセッティング

人間への興味テスト

 警戒心を抱かず人間に対してどの程度興味を抱くかを確かめるテストでは、実験者が子供向けのスピーチに含まれる音律を模して開発された犬向けのスピーチ(高い声で短いフレーズを反復する)で子犬に語りかけ、自発的に近づいてきたら撫でてあげました。 また観察者は子犬が人の顔を見つめている時間および実験者の近くで費やした時間を計測しました。 子犬の自発的な接近とアイコンタクトから人間への興味の度合いを測る

解決不能タスク

 自分では解決できない問題に直面した時、人間を頼るかどうかを確かめるテストでは、蓋を開ければおやつをゲットできることをあらかじめ学習させた上で、固定されて開かない蓋を提示しました。観察者は子犬が自発的に実験者の顔を見つめてお伺(うかが)いを立てるまでの時間を計測しました。 解決不能な問題に直面したときの子犬のリアクションで人間への依存度を測る

協調性テストの結果

 ジェスチャー理解力テストの結果、指差しジェスチャーの平均正解率が67.4%、マーカーの平均正解率が72.4%で、偶然レベルではないことが確かめられました。また、ただ単におやつの匂いにつられて正解を選んだ可能性を検証するため、明示的シグナルがない状況で同様の二者択一テストを行ったところ、指差しの平均正解率が48.9%に急落しました。この事実から、匂いをヒントにして正解を選んだ可能性が排除されました。
 さらに指差しテストの正解率は初見から70%、マーカーの正解率は76%という高い値だったこと、およびテストの反復によって正答率が上がらなかったことから、学習による影響は無関係と判断されました。 明示的シグナル理解力テストにおけるトライアル回数と正答率の推移グラフ  犬向けスピーチにおいて子犬が実験者の方を見つめた時間が平均6.2秒、自発的に接近・交流した時間が18秒だったのに対し、解決不能タスクにおいて自発的に人間の方を見た時間は1.1秒とわずかでした。これらの結果とジェスチャー理解力テストの結果を元に、血縁関係を加味して狭義の遺伝率を計算した結果、最も高い遺伝性を有していたのは「指差しへの感受性」および「人の顔への注視力」で43%だったといいます。以降、高い順に「マーカーへの感受性=14%」、「自発的な接近・交流=13%」、「困ったときの自発的なおうかがい=8%」と続きました。 子犬が持つ人との協調性に関する狭義の遺伝性 Early-Emerging and Highly-Heritable Sensitivity to Human Communication in Dogs
Emily E. Bray, Gitanjali E. nanadesikan, Daniel J. Horschler et al., Current Biology(2021), DOI:10.1101/2021.03.17.434752

ハードワイヤな部分はどこ?

 人間の双子を対象とした50年に及ぶ長期的な調査では、個人間の認知力バリエーションのうち47%は遺伝で説明できると報告されています出典資料:Polderman, 2015)
 また生まれてからすぐ人間に育てられた狼と犬を対象とした調査では、「指でエサの入った容器を叩く」「容器から10cm付近を指さす」「容器の後ろに立つ」「離れた場所から容器を瞬間的に指さす」「指の代わりに足を使う」「視線で誘導する」といったジェスチャーを頼りに、子犬たちは生後4ヶ月で早くもエサの場所を当てることができたといいます。一方、子狼たちは集中的なトレーニングを行い、生後11ヶ月頃になってようやく犬と同程度の問題をクリアすることができるようになったとのこと。 犬の都市伝説~犬は小型の狼か? 指さしテストにおける狼の成績の悪さには、人間に注目しないという特性が影響している  さらに犬達の能力を系統発生的に比較した調査では、遺伝的に狼に近い古代犬種では近年になってから選択繁殖が進められたモダン犬種と比較し、アイコンタクトが苦手という特徴が報告されています。 遺伝的に狼に近い犬種はアイコンタクトが苦手  今回の調査により少なくともレトリバー(ゴールデン/ラブラドール)においては自発的に人間の顔を見つめる能力と指さしを理解する能力で高い遺伝率が確認されました。過去に行われた調査でも、犬と狼の間および古代犬種とモダン犬種の間でアイコンタクト能力や明示的シグナル理解力の格差が報告されていますので、人間の方をじっと見つめて命令を聞くという行動特性に強い選択圧がかかった可能性が伺えます。少なくともすべての犬が一様ではなく、野生動物全般で見られる視線嫌悪を生まれつきどの程度克服できているかによって、社会性や協調性が影響を受けるようです。
犬が狼から分岐するタイミングで「人懐こさ」という特性が獲得され、その後の人為選択で特性の強化が成されたとする二段階仮説が有力です。 犬の都市伝説~犬は小型の狼か?