トップ2020年・犬ニュース一覧11月の犬ニュース11月12日

診察中の犬のストレスは飼い主が付き添うだけで軽減できる

 2,188名の犬と猫の飼い主を対象とした2011年の統計調査では、およそ5人に1人の割合で、ペットが示す恐怖やストレス反応のせいで動物病院を受診する機会が減っていると報告されています。では動物病院において犬が感じるストレスは、飼い主が近くに寄り添うことで軽減されるのでしょうか?

診察時の犬のストレス

 調査を行ったのはカナダにあるオンタリオ獣医大学ゲルフ校のチーム。学校附属の動物病院を受診した臨床上健康な32頭の犬たち(1~8歳)をランダムで2つのグループに分け、半分(すべて不妊手術済み | オス9頭 | 年齢中央値5歳)は「飼い主がいる」、残りの半分(すべて不妊手術済み | オス10頭 | 年齢中央値5.5歳)は「飼い主がいない」という条件を設け、統一化された診察プロトコルを受けている最中、どのようなストレスサインが見られるかを比較検証しました。診察プロトコルとストレスサインの具体的な内容は以下です。 動物病院で診察を受ける犬は強いストレスを感じやすい
  • 診察プロセス(約7分間)頭部(耳・目・口)診察 | リンパ節(下顎・脇)触診 | 身体触診 | 腋窩温計測(1分) | 心拍数計測(聴診器15秒間使用) | 呼吸数計測
  • ストレスサイン接触を拒絶する | 逃げようとする | 唇をなめる | 震える | あくびをする | 声を出す(吠える・うなる・クンクン鳴き・キャンキャン鳴き)
 診察室に飼い主とともに入り、「飼い主がいる」グループでは飼い主がラバーマットの上に犬を誘導してすぐ横に置かれた椅子に座り、診察中に犬に話しかけたりコンタクトすることが許されました。一方「飼い主がいない」グループでは実験者が犬をマットに誘導した後、飼い主は速やかに退室しました。
 診察プロセス中に両グループで観察されたストレスサインを統計的に調べた所、以下のような違いが見られたといいます。なお4頭が除外され、最終的な分析対象は28頭に減っています。
飼い主がいる場合
  • ✓発声頻度が少ない:1.84/分>0.11/分
  • ✓平均腋窩温が低い:38.0℃ >37.2℃
  • ✓あくび頻度が高い:0.24/分>0.046/分
  • ✓高齢なほど唇なめの頻度が低下する:1歳→8.51回/分>8歳→2.94回/分
飼い主がいない場合
  • ✓メス犬の心拍数(112/分)>飼い主がいるオス犬(81.3/分)
グループ統合
  • ✓発声頻度:メス0.82>オス0.24
  • ✓腋窩温:メス38.1℃>オス37.2℃
  • ✓唇なめ:頭部触診および身体触診>他のプロセス
  • ✓拒絶:頭部触診および身体触診>心拍・呼吸・体温測定時
  • ✓逃げ腰:リンパ節触診および身体触診>心拍・呼吸・体温測定時
  • ✓逃走:呼吸数>他のプロセス
Evaluation of associations between owner presence and indicators of fear in dogs during routine veterinary examinations
Journal of the American Veterinary Medical Association, November 15, 2020, Vol. 257, DOI:10.2460/javma.2020.257.10.1031, Anastasia C. Stellato, PhD et al.

飼い主が付き添うことの意味

 動物病院で診察を受ける際、飼い主の存在が犬のストレスにどのような影響を及ぼすかを検証した結果、発声頻度、あくびの頻度、体温(腋窩温)というストレスサインにおいて統計的に有意なレベルの格差が確認されました。
 体温に関しては、不快感を与える嫌悪刺激で条件付けされた犬においては直腸温の上昇と心拍数の増加が確認されています。飼い主がいないグループの方が高い体温を示したため、ストレスレベルが高かったと推測されます。  発声に関しては、新しい保護シェルターに連れてこられた犬たちを対象とした観察調査で、人間が撫でたり遊びに加わった場合、発声やパンティングなどのストレスサインの頻度が減り、ストレスホルモンであるコルチゾールレベルも低かったと報告されています。飼い主がいないグループにおいて発声頻度が高かったことから、こちらのグループの方が強いストレスを感じていた可能性が伺えます。
 あくびに関しては、一般的に「カーミングシグナル」の一種と考えられ、不安を抱いている時や自分を落ち着かせようとする時に出やすいとされています。飼い主がいるグループの方で多く観察されたのは直観に反しますが、「ストレスが軽いときに出る」という解釈ができなくはありません。調査チームもこの点に関してはさらなる研究が必要と言及しています。

診察中は飼い主が寄り添って

 調査チームは、飼い主の存在が社会的な緩衝材になってストレスを軽減したのか、それとも飼い主の不在が分離不安を引き起こしてストレスを増幅したのかはわからないものの、近くに飼い主がいるだけで犬が味わうネガティブな感情が軽減される可能性があると結論づけています。
 当調査において、飼い主が交流した場合(12頭)としなかった場合(4頭)を比較した所、意外なことに唇なめ、あくび、逃げ腰の頻度、および腋窩温、心拍数、呼吸数に影響していなかったといいます。しかし過去に行われた別の調査では、身体的な接触を持った方が心拍数と逃避行動が少なかったと報告されていますので、少なくとも犬に話しかけたり体にタッチすることがマイナスに作用することはないでしょう。
 唇なめの頻度に関し、1歳が1分間平均8.51回だったのに対し8歳が2.94回と大きな格差が見られました。「犬生」経験が少ない分、子犬の方がより強い不安を感じている可能性がありますので、飼い主の不安緩衝材としての役割はそれだけ大きくなると考えられます。
 発声、腋窩温、心拍数に関し、オス犬よりもメス犬の方が強いストレスを感じている可能性が示されました。過去に行われた複数の調査でも、メスの方がストレス因子に敏感に反応し、恐怖症を発症しやすいと報告されていますので、飼い主が寄り添ってあげる意義は大きいでしょう。 犬の病院嫌いを克服する方法は?
人間においても緊張感が生理学的なパラメーターを変化させる「白衣高血圧」という現象が確認されています。動物病院ではなるべく飼い主が犬の目に見える場所に陣取り、寄り添ってあげましょう。ストレス緩和と同時に正確な診察につながります。