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腹腔鏡を用いたメス犬の避妊手術~メリットとデメリットを最新科学データで徹底検証

 1985年に初めて紹介されて以来、腹腔鏡を用いてメス犬の避妊手術を行う獣医師が増えています。従来の開腹手術と比べた時、いったいどのようなメリット・デメリットがあるのでしょうか?最新の科学データとともに検証してみましょう。

犬の腹腔鏡避妊手術とは?

 腹腔鏡避妊手術とは、腹腔鏡(laparoscope)と呼ばれる小型の医療カメラを用いてメス犬の避妊(卵巣切除もしくは子宮卵巣切除)を行う術式のことです。1985年、学術論文で具体的な手順が初めて報告されて以来、さまざまなテクニックが開発され、年々洗練されてきました出典資料:S.Gower, 2008)
 実際の手術では犬の腹部に1cm未満の小さな穴を1~3ヶ所開け、そこから腹腔鏡や外科デバイス(鉗子・レーザー焼灼器・止血器)を挿しこみ、モニターで術野を確認しながら卵巣や子宮の結紮・止血・切除を行います。以下は代表的な切開部です。 犬の腹腔鏡避妊手術における代表的な開口部

腹腔鏡避妊手術のメリット

 腹腔鏡避妊手術では従来の開腹手術と比べた時、以下のようなメリットが報告されています。
  • 鮮明な術野を得らえる
  • 術後の痛みの軽減
  • 回復時間の短縮
  • 入院期間の短縮
  • 鎮痛薬の節約
  • 周術期ストレス軽減
  • 卵巣遺残症候群の治療に有効
画像の元動画→Laparoscopic Ovariectomy in a dog 犬の腹腔鏡避妊手術における切開部は通常1cm未満で済む  腹腔鏡の最大のメリットは、傷口が小さくて済むという点です。それに連動し、犬が感じる痛み、回復までにかかる時間、入院期間、鎮痛薬の必要量、周術期ストレスがすべて軽減されます。ただし1点開口型の術式では、複数の器具を1ヶ所から挿入するという関係上、3cmくらいのかなり大きな切開をへその近くに施さなくてはなりません。これは通常の開腹手術と同程度ですので、上記したメリットはやや薄れてしまいます。
 避妊手術をしたのに卵巣組織の一部が腹腔内に残ってしまう卵巣遺残症候群では、あらためて開腹手術を行わなければなりません。前回の手術痕に再びメスを入れることを避けるため、腹腔鏡手術を積極的に選択して切開部をずらすこともあります。

腹腔鏡避妊手術のデメリット

 腹腔鏡避妊手術では従来の開腹手術と比べた時、以下のようなデメリットが報告されています。
  • 獣医師の訓練と熟練を要する
  • やや時間がかかる
  • 腹腔鏡を操作できるアシスタントを要する
  • 特殊な設備と機器を要する
 腹腔鏡避妊手術を獣医学校で教わらなかった場合、獣医師は何らかの方法で実地トレーニングを積む必要があります。また開腹手術に比べて時間がかかるという報告が複数ありますので、短縮するためには経験と熟練も必要でしょう。
 通常は腹腔鏡と外科器具を別々に動かしますので、腹腔鏡の操作法をマスターした医療アシスタントが必要になります。腹腔内にガスを送り込んで膨らませるという特徴的なプロセスがありますので、うっかり脾臓などに付けてしまった傷口から空気が入り込み、塞栓症を引き起こさないよう十分な注意が必要です。 画像の元動画→Laparoscopic Ovariectomy in a dog 犬の腹腔鏡避妊手術に必要な設備と道具一式  腹腔鏡手術に必要な設備や機器には腹腔鏡、ビデオイメージングシステム、ガス送気器、トロカール、腹腔鉗子、可動式外科テーブル、吸引・洗浄機などがあります。設備投資が必要となりますので、すべての動物病院が設置・導入できるわけではありません。費用に関しては地域によってまちまちですので、手術に対応している動物病院に直接お問い合わせ下さい。
 なお手術を行ってはいけない「禁忌条件」としては横隔膜ヘルニア、腹膜炎、体重2kg未満、過度の肥満、破裂した子宮蓄膿症などが報告されています。また猫においては腹腔鏡手術と卵巣遺残症候群との関連性が指摘されているものの、犬では同様の報告がありません。おそらく超小型犬や小型犬を除き、猫よりいくぶんか体が大きいため、失敗する確率が低くなるのでしょう。

犬の腹腔鏡避妊手術・エビデンス集

 以下でご紹介するのは、犬に対して腹腔鏡避妊手術を施したときの結果や、従来の開腹手術と比較したときの有効性に関する学術論文集です。原文へのリンクもありますので、気になるデータがあった場合は当たってみて下さい。

アメリカ(2003)

 バージニア州にある獣医大学のチームは9頭のメス犬(17.7kg | 5ヶ月齢~5歳)に対して腹腔鏡を用いた3ヶ所開口型の避妊手術を行い、有効性の評価を行いました。
 へその上1cm地点と左右の鼠径部に穴を開け、切断と焼き固めを同時に行える特殊な器具を使いながら卵巣と子宮を切除したところ、すべてをひっくるめた時間は中央値で60分(35~100分)だったといいます。6週間後の健康診断で1頭が鼠径開口部に漿液腫を発症したものの、8ヶ月後のチェックで発情や副作用の徴候を示した犬はいなかったとのこと。
Laparoscopic Ovariohysterectomy in Nine Dogs.
Brenda Austin, Otto I. Lanz, Stephanie M. Hamilton, Richard V. Broadstone, and Robert A. Martin (2003), Journal of the American Animal Hospital Association: July/August 2003, Vol. 39, No. 4, pp. 391-396. https://doi.org/10.5326/0390391

アメリカ(2003)

 オクラホマ州立大学の調査チームは、出産経験のない34頭のメス犬(2.4~31kg)を対象として子宮卵巣摘出術を行い、開腹手術(18頭)と腹腔鏡手術(16頭)のパフォーマンスを比較しました。
 その結果、手術に要した平均時間に関し、開腹手術が69分だったのに対し腹腔鏡手術の方は120分だったといいます。一方、術前と術後2→8→24時間後のタイミングで痛みの度合いを主観的及び客観的に評価したところ、腹腔鏡の方が少ないと評価される割合が多かったとも。術後6ヶ月に渡って追跡して合併症を確認したところ、開腹手術では卵巣間膜(卵巣に付着した膜状の結合組織, 卵巣茎)からの出血、縫合部の離開、漿液腫などが見られた一方、腹腔鏡では術後の発熱と食欲不振、脾臓もしくは卵巣間膜からの出血、断続的な性器からの血液性排出物、縫合部の炎症反応などが見られ、やや多いと判断されました。
Comparison of Laparoscopic Ovariohysterectomy and Ovariohysterectomy in Dogs
Veterinary SurgeryVolume 33, Issue 1, Ellen B. Davidson H. David moll Mark E. Payton, DOI:10.1111/j.1532-950X.2004.04003.x

アメリカ(2005)

 コロラド州にある二次診療施設において、10kg以上のメス犬を対象とした 子宮卵巣摘出手術を行い、従来の開腹手術(10頭)と腹腔鏡手術(10頭)のパフォーマンスを比較しました。
 その結果、術後の鎮痛薬投与率に関し開腹手術グループが90%だったのに対し、腹腔鏡手術グループは0%だったといいます。また血糖値に関しては前者が術後1、2、4、6時間のタイミングで上昇が確認されたのに対し、後者では術後1時間のタイミングでのみ確認されたとも。さらにコルチゾールレベルに関しては、開腹手術グループでのみ術後1、2時間のタイミングで増加が確認されました。
 こうした結果から調査チームは、腹腔鏡手術は術後の痛みと周術期ストレスを軽減できるとの結論に至りました。なお年齢、体重、手術に要した時間は両グループで格差はなかったそうです。
Duration, complications, stress, and pain of open ovariohysterectomy versus a simple method of laparoscopic-assisted ovariohysterectomy in dogs
Journal of the American Veterinary Medical Association, September 15, 2005, Vol. 227, No. 6, Chad M. Devitt, DVM, MS, DACVSRay E. Cox, DVMJim J. Hailey, DVM, https://doi.org/10.2460/javma.2005.227.921

アメリカ(2008)

 ペンシルベニア大学の調査チームは10kg未満の小型犬20頭を対象とし、従来の開腹手術と腹腔鏡を用いた卵巣切除手術の比較を行いました(※子宮はそのまま)。
 その結果、開口部2ヶ所の腹腔鏡手術(30分)の方が開腹手術(21分)に比べて有意に長い時間がかかったといいます。手術前24時間と手術後48時間の活動性を首輪に取り付けた速度計でモニタリングしたところ、術後の活動性減少率に関し腹腔鏡グループが25%だったのに対し従来の開腹グループが62%で、この格差は統計的に有意と判断されました。
The Effect of Laparoscopic Versus Open Ovariectomy on Postsurgical Activity in Small Dogs
William T.N.Culp, Philipp D. Mayhew, Dorothy C.Brown, Veterinary SurgeryVolume 38, Issue 7, DOI:10.1111/j.1532-950X.2009.00572.x

トルコ(2009)

 オンドクズマユス大学獣医学部のチームは、42頭のメス犬を対象として卵巣切除術を行い、腹部の開口部が1ヶ所の術式(21頭)と2ヶ所の術式(21頭)とのパフォーマンスを比較しました。
 その結果、手術に要した平均時間(21分と19分)に関し両グループ間で格差は見られなかったといいます。手術時間に影響を及ぼしていた要素は術式ではなく、犬の体型(BCS)、卵巣靭帯に付着している脂肪量、卵巣からの出血、そして術者の経験だったとも。脾臓や卵巣からわずかな出血が見られたものの、両グループ間で格差はなかく、出血に影響を及ぼしていた要素は犬の体型(BCS)、卵巣靭帯に付着している脂肪量でした。
 こうした結果から調査チームは、腹腔鏡手術は1点開口でも2点開口でもパフォーマンスに違いは見られないとの結論に至りました。ただし、1点開口手術では施術者の腕や経験が物を言うと指摘しています。
Laparoscopic Ovariectomy in Dogs: Comparison Between Single Portal and Two‐Portal Access
Veterinary SurgeryVolume 38, Issue 7, Gilles Dupre, Valentina Fiobrianco, Monika, Skalicky, et al., DOI:10.1111/j.1532-950X.2009.00601.x

イラン(2014)

 テヘラン大学獣医学部のチームは16頭のメス犬を対象として卵巣切除術を行い、2点開口式の腹腔鏡手術(8頭)と従来の開腹手術のパフォーマンスを比較しました。
 その結果、手術に要した平均時間、腹部についた傷口のトータルの長さ、出血量、術後の癒着に関し、腹腔鏡手術の方が統計的に有意なレベルで少なかったといいます。
Comparison between two portal laparoscopy and open surgery for ovariectomy in dogs
Shariati E, Bakhtiari J, Khalaj A, Niasari-Naslaji A. , Vet Res Forum. 2014;5(3):219?223., PMID: 25568722

アメリカ(2017)

 テキサスA&M大学の調査チームは2003年から2013年の期間中、腹腔鏡を用いて避妊手術(卵巣切除もしくは子宮卵巣切除)を受けた278頭の犬を対象とし、術中や術後の特性を検証しました。
 その結果、手術に要した時間に関しては卵巣のみ切除したグループの方が有意に短かったといいます。手術部位の感染症は1.3%(3/224)で見られ、術後14日以降に確認された尿もれに関し卵巣切除グループが5.6%(7/125)、子宮卵巣切除グループが14.6%(12/82)だったとも。術後に発情や子宮蓄膿症を発症した犬はおらず、99%(205/207)の飼い主は結果に満足し、95%(196/207)の飼い主は機会があれば再び同じ手術を選ぶと回答したそうです。
Outcome of laparoscopic ovariectomy and laparoscopic-assisted ovariohysterectomy in dogs: 278 cases (2003?2013)
Kayla M. Corriveau, Michelle A.Giuffrida, Philipp D. Mayhew, et al., Journal of the American Veterinary Medical Association, DOI:10.2460/javma.251.4.443
通常の開腹による手術法に関しては「メス犬の避妊手術」をご参照下さい。最新データを元にメリットとデメリットを詳しく解説してあります。