トップ2019年・犬ニュース一覧7月の犬ニュース7月27日

IoT技術を用いたベストで犬の分離不安を治す試み

 人とモノがインターネットを介して情報のやり取りをするIoT技術。この技術を応用した特殊なベストで、留守番中の犬の分離不安が改善するかどうかが検証されました。

IoT技術とは?

 IoT(Internet of Things, アイオーティー)とは、さまざまなモノに取り付けられたセンサーがインターネット上にデータを送り、人との間で情報のやり取りをする技術のこと。日本語では「モノのインターネット」などと訳されます。
 センサーを搭載したモノはWiFi(無線LAN)、LTE、3G、WiMAXといったさまざまな無線方式で情報をインターネット上に送り、その情報を人間がパソコンやスマートフォンなどを通して読み込むことによって、モノと人との情報交換が可能になります。 IoT(Internet of Things, アイオーティー)の基本概念図  このIoT技術を犬のしつけや行動修正に応用すると、いったいどのような形になるのでしょうか?犬の問題行動でよく見られる「分離不安」を対象とした予備的な実験が行われました。

犬の分離不安軽減ベスト

 犬の分離不安(ぶんりふあん, separation anxiety)とは、飼い主の姿が視界から消えることをきっかけとして様々な問題行動を示すこと。問題行動の具体的な内容としては大きな声で吠える、破壊行動に走る、不適切な排泄(おもらし)、自傷行為などが含まれます。よく知らない方は取り急ぎ以下のページをご参照ください。 犬の分離不安を理解する  コロンビア・イセシ大学の開発チームは、上記した分離不安を軽減するための特殊なベストとスマートフォンアプリ、そしてそれらをつなぐIoT技術を用いたプロトタイプシステムを作成しました。概要は以下です。

分離不安ベストの概要

 ベストに3次元傾き検知計と3次元速度検知計がついており、犬の行動が自動認識されます。また4つの振動発振器が付いており、任意のタイミングで犬に触覚刺激を与えることができます。
 振動刺激を犬にとってのご褒美(二次強化刺激)として機能させるため、あらかじめ飼い主がそばにいることと振動刺激とをリンクしておくことが必要です。 IoT技術を用いた犬向けの分離不安軽減ベストシステム概略図  犬の位置情報や行動情報はブルートゥースを経由してローカルホストに飛び、そこからインターネット上のクラウドに蓄積されます。飼い主はスマホに入れたアプリを経由してクラウドにアクセスできるという仕組みです。

犬の行動の機械学習

 ベストが犬の行動を自動検知できるようにするため、まず分離不安ベストを着用させ、自発的な行動を観察します。 立つ、座る、寝る、吠える、歩き回るなど様々な行動を記録し、それらと傾き検知計および速度検知計のデータとをリンクします。するとAIが機械学習により両検知計のデータだけから犬がどのような行動を取っているのかを認識できるようになります。

システムOFFフェーズ

 犬にベストを着用させ、システムをOFFの状態にして留守番をさせてみます。分離不安でよく見られる問題行動を4つに分類し、録画された映像から飼い主が5段階評価していきます。具体的には以下の項目です。
分離不安時の問題行動
  • 不安に起因する発声吠える、遠吠えする、クンクン鳴き、うなり etc
  • 不安に起因する身体的動揺耳を後ろに倒す、しっぽを足の間に挟む etc
  • 不安に起因する破壊行動壁をひっかく、ものに噛み付く etc
  • 不安に起因する攻撃性見知らぬ人に対する威嚇や攻撃 etc

システムONフェーズ

 犬にベストを着用させ、今度はシステムをONの状態にして留守番をさせてみます。分離不安でよく見られる問題行動を4つに分類し、録画された映像から飼い主が5段階評価していきます。振動発振器が起動するタイミングは「犬に不安の兆候が見られた時」に設定されました。

分離不安は軽減したか?

 システムOFFとシステムONにおける飼い主の客観的な評価を比較したところ以下のようになりました。 分離不安軽減ベストによる問題行動のレベル変化  全ての問題行動指標に関してシステムをONにしている時の方が低い値を示しましたが、統計的に有意と判断されたのは「破壊行動」だけでした。
Technology-Enhanced Training System for Reducing Separation Anxiety in Dogs
Carlos Arce-Lopera, Javier Diaz-Cely, Paula Garcia, Maria Morales, Springer Nature Switzerland AG 2019, DOI.org/10.1007/978-3-030-23525-3_58

IoT技術と犬のしつけ・訓練

 犬の分離不安を軽減する時にネックとなるのは、飼い主が近くにいない状態で犬の行動を強化しなければならないという点です。飼い主がそばにいないため、おやつを与えたり、「いいこ」と声をかけたり、体を撫でてあげるといった強化刺激は使えません。こうした難しさが飼い主のやる気をくじき、しつけに挫折するといったケースが多々見られます。
 今回試験的に用いられた分離不安軽減ベストは、こうしたネックをクリアすることを目的として開発されました。ベスト自体が自動的に犬の行動を検知してくれますし、飼い主がいない状態でも犬に対して強化刺激(=振動)を与えてくれますので、飼い主が常時モニタリングしてご褒美のタイミングを見計らう必要がありません。

ご褒美のタイミング

 強化刺激(=振動)が発動するタイミングは「犬に不安の兆候が見られた時」に設定されましたが、このタイミングはヘタをすると逆に犬の問題行動を助長してしまう危険性があります。例えばワンワンと大声で吠えている時に強化刺激が与えられると「もっと吠えなさい」と誤解してしまう犬も出てくることでしょう。
 にもかかわらず「破壊行動」において統計的に有意な減少が確認された理由は、振動刺激がご褒美ではなく単なる陽動刺激(行動を中断するのに十分なびっくりするような刺激)として偶発的に機能したからかもしれません。
 犬にどのタイミングでご褒美を与えるのがよいのかは、クラウドに蓄積されたデータからのフィードバックで微調整していく必要があると考えられます。IoT技術のメリットは、個々の犬から採った個別データからテーラーメイドの改善提案ができるという点でしょう。

ご褒美の種類

 強化刺激としては「振動」が用いられましたが、自動的におやつをポンと出すとか、飼い主の声を再生するといったバリエーションもありそうです。どういったタイプのご褒美が犬にとって一番の報酬になるかには個体差がありますので、事前にその犬の個性を見極めておけば、効果が最大限になるでしょう。
 いずれにしてもAIが自動的に犬の行動を検知し、特定の行動に対して自動的に強化刺激を与えてくれるというシステムは、飼い主が目の前にいない「留守番中」という状況で最大の威力を発揮してくれるものと考えられます。

留守番中の救世主になるか?

 日本国内においても海外においても、犬を車内に置き去りにするという人が後を絶ちません。これは気温が高まる夏においては命を奪いかねない危険な行為です。  飼い主がわざわざ犬を車内に連れ込む理由としてよく挙げられるのが「留守番中の破壊行動がひどい」「留守番中の無駄吠えがひどい」といったものです。今回の調査で示されたような分離不安軽減ベストがあれば、留守番中の問題行動を理由とした犬の連れ出しや車内置き去りのケースが減るものと推測されます。 犬の留守番のしつけ