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犬の指差し理解力はサルよりも優れているのか?

 人が指で差し示したものに注目して選ぶ「対象選択タスク」(OCT)。犬においてはサルよりも優れており、人間の1歳児と同等の能力を有しているとされてきましたが、どうやら指の差し方によって成績が大きく変動するようです。

犬の対象選択タスク

 人が指で示したものに注目する能力は「対象選択タスク」(OCT)と呼ばれ、人間においては生後14ヶ月齢頃になると自然に身に付くとされています。十分に成長した人間の目から見ると何の難しさもない単純なタスクですが、人間以外の霊長類を対象とした調査では非常に成績が悪く、人間の1歳児にすら劣るという結果が報告されています。
 一方、人間以外で対象選択タスクを得意としているのが犬です。 犬におけるこの能力は、遺伝的に人間に近いはずのサルを凌ぐという事実から、収斂進化の一種ではないかと考えられています。
収斂進化
収斂進化(しゅうれんしんか, convergent evolution)とは、種は異なるものの、同じ環境内で似たような目的を達成するため、結果として同じ能力を獲得すること。例えば、犬と人間は動物種として異なるものの、身振り手振りで意思の疎通を図りながら集団生活を営むという共通の目的に適応するため、ジェスチャーの読み取り能力を獲得するなど。
 今回の調査を行ったのは、イギリスにあるサセックス大学の心理学研究チーム。これまで考えられてきた収斂進化仮説に致命的な欠陥があると考えたチームは、犬の対象選択タスクが本当にサルよりも優れているかどうかを検証するため、特殊な状況を設定した上で2種類の指差しテストを実施しました。致命的な欠陥とは、これまでの調査では人間と動物の間にある檻や柵など障壁(barrier)を考慮に入れていなかったという点です。

OCT実験その1

 調査対象となったのは、オス15頭とメス17頭からなる合計32頭のペット犬。平均年齢5歳(4ヶ月~13歳)で犬種はさまざまです。
 実験者と犬の飼い主が184cmの間隔を空けて離れ、飼い主の傍らには1mのリードを取り付けた犬を配置し、実験者の前には60cmの間隔を空けて2つのコンテナが置かれました。どちらか一方のコンテナをランダムで「正解」と設定し、実験者はコンテナからおよそ10cm上の地点に同側・近位・持続的な指差し合図を出します。これは「正解と同じ側の腕を用い、正解コンテナの近くで、犬にリアクションが見られるまでずっと合図をキープする」という意味です。 対象選択タスク(OCT)の実験セッティング  「実験者との間に障壁がない」状態で1頭につき4回ほど(合計124回)、「実験者との間に障壁がある」状態で1頭につき4回ほど(合計120回)実験を行った所、以下のような成績になったといいます。
正解と同側の腕を用いたときのOCT
同側・近位・持続的な指差し合図による犬の成績
  • 正解コンテナーから10cmの距離に入るもしくは鼻先でタッチする
  • 不正解指で示したのとは逆のコンテナを選ぶ
  • 時間切れ1分以内にどちらか一方のコンテナを選ぶことができない
 正解率に関しては、障壁があろうとなかろうと偶然である50%を超える成績を示しました。また不正解率に関しては障壁があろうとなかろうと格差は見られませんでした。統計的に有意な格差が認められたのは「時間切れ」に陥った犬たちの割合で、障壁があるテスト状況における割合が有意に増えました。

実験その2

 実験対象となったのはオス15頭とメス19頭からなる合計34頭のペット犬。平均年齢は4.23歳(生後5ヶ月~11歳)で犬種はさまざまです。
 犬たちをランダムで2つのグループに分け、一方は「実験者との間に障壁がない」状況、他方は「実験者との間に障壁がある」状況で実験を行いました。また実験1とは違い、指差しに用いる腕は正解コンテナーとは逆側が用いられました。例えば正解コンテナが右にある場合、左腕を使って指をさすということです。
 1頭につき4回ほど実験を行ったところ以下のような成績になったと言います。用語の定義は実験その1と同じです。 逆側・近位・持続的な指差し合図による犬の成績  障壁があってもなくても、正解率は偶然である50%を超えましたが、同側の腕を用いて指を差した時よりも成績はガクンと落ちました。不正解率に関しては、障壁がある時よりもない時の方が統計的に有意なレベルで高まりました。また時間切れに関しては逆に、障壁がない時よりもある時の方が統計的に有意なレベルで高まりました。
Testing dogs in ape-like conditions: the effect of a barrier on dogs’ performance on the object-choice task
Hannah Clark, David A. Leavens, Animal Cognition, doi.org/10.1007/s10071-019-01297-8

犬はサルよりも優れている?

 指差しを行う腕の位置、および犬と実験者との間の障壁の有無により、対象選択タスクの成績が左右されてしまうことが明らかになりました。

障壁の存在で時間切れが増える

 実験1でも実験2でも、障壁を設けた状態で指差しを行うと、「時間切れ」に陥る犬の割合が増えることが明らかになりました。要するに、自分が何をして良いのか分からず、その場に立ちすくんでしまうケースが増えるということです。この現象を理解する際のヒントとしては、人間の幼児を対象とした同様の実験があります。 幼児の認知能力を調べる際の指差しジェスチャー  生後18ヶ月齢(1歳半)と36ヶ月齢(3歳)の子どもを対象とし、障壁がある状況とない状況で指差し合図を理解させるという調査が行われました。その結果、どちらの年齢層でも障壁がある状況においては、指示に従ってカップを直接持ち上げるという行動の代わりに、自分の意思を第三者に伝えようとする反応が増えたとのこと。このことは、実際には自分自身で手を伸ばしてカップを持ち上げることができるにもかかわらず、「障壁があることによって手が届かない」という誤認を抱いたのではないかと推測されています。
 これと同じ誤認が犬の頭の中で生じたのだと仮定すると、障壁の存在が「どちらか一方を選ぶ」という行動の足かせになった可能性があります。

逆側の腕で正解率が下がる

 正解コンテナがある側とは逆側の腕で指差しをすると、正解率がぐんと下がることが明らかになりました。理由は定かではありませんが、体幹からはみ出す腕のエリアが大きいほど、犬の目には認識しやすいのかもしれません。以下のようなイメージです。 体幹と腕の位置関係により顕著さが変化する

「犬がサルより優れている」は早計

 人間以外の霊長類および犬を対象として行われた71の調査報告をレビューした所、霊長類を対象とした対象選択タスクの実験においては、99%の確率で障壁が設けられていたと言います(Clark, 2019)。それに対し、犬を対象とした実験における障壁の設置率は1%未満だったとのこと。障壁がない状況と比べ、障壁がある状況のほうが統計的に有意なレベルで成績が悪かったといった報告もあるようです(Kirchhofer, 2012)
 これまで「指差しを理解する」と言った社会的な認識力に関しては、サルよりも犬のほうが優れているという見解が示されていましたが(Maclean et al. 2017)、当調査結果を考え合わせると「障壁の有無」という観点を持ってもう一度検証し直す必要があるでしょう。サルと犬の視力(解像度)の違いや、柵や檻の目の細かさや色により、成績が大きく左右されてしまう可能性があります。
 今回の調査で得られた知見から類推すると、犬に対するハンドジェスチャーは体の外に腕を張り出したほうが理解されやすいかもしれません。犬の目は人間ほどよくなく、また加齢に伴って視力も落ちますので、体の前でごちゃごちゃ細かいシグナルを出すのではなく、腕を大きく動かすようなシグナルのほうが視認されやすいでしょう。特に耳が遠くなった老犬において重要です。 犬は人間と共に進化してきた?