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犬にオメガ3脂肪酸(DHA・EPA)を与えると何がどう変わる?

 ドッグフードや犬用サプリメントに含まれているDHAやEPAといったオメガ3脂肪酸。一昔前のブームから「何となく体に良さそう」とか「頭が良くなりそう」といったイメージがありますが、果たして本当なのでしょうか?具体的な実証データを元に検証してみましょう!

ドッグフードと多価不飽和脂肪酸

 ドッグフードや犬用サプリメントの中にはラベルに「DHA」(ドコサヘキサエン酸)や「EPA」(エイコサペンタエン酸)と記載していたり、パッケージに「オメガリッチ」と記載しているものがあります。こうした商品は多くの場合、脂質の一種である「オメガ3脂肪酸」を多く含んでいます。オメガ3脂肪酸は過去に行われた膨大な数の調査により、犬の健康に対してプラスに働く可能性が示されていますが、一体どの程度の量をどのくらいの期間給餌すれば、犬の体に変化が現れるのかに関してはそれほどクリアに分かってるわけではありません。

オメガ脂肪酸とは?

 3大栄養素の1つである脂質は分子的な違いにより「飽和脂肪酸」や「不飽和脂肪酸」などに大別されます。不飽和脂肪酸はさらに「オメガ3脂肪酸」と「オメガ6脂肪酸」などに細分され、各項目はさらに細分されます。具体的な名称と主な原料は以下です。
多価不飽和脂肪酸の種類
  • オメガ3脂肪酸●αリノレン酸←フラックスシードオイル(亜麻仁油) | カボチャの種 | 大豆油
    ●ドコサヘキサエン酸(DHA)←海水魚油
    ●エイコサペンタエン酸(EPA)←海水魚油
  • オメガ6脂肪酸●リノール酸←ひまわり油 | 菜種油 | 大豆油 | コーンオイル | 月見草油 | 綿実油 | 米ぬか油 | ごま油 | 小麦胚芽油
    ●アラキドン酸←動物の脂肪 | 乳製品 | 卵 | 貝類 | 淡水魚 | 海水魚
    ●γリノレン酸←月見草油 | ルリヂサ油 | カシスオイル

オメガ脂肪酸の効果

 過去に犬を対象として行われた軽く100を超える研究により、オメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸といった多価不飽和脂肪酸(PUFA)には、ある種の健康増進効果がある可能性が示唆されています。具体的には以下です。
犬の疾患と多価不飽和脂肪酸
  • 骨関節炎・関節症
  • アトピー性皮膚炎
  • 心不全
  • 腎不全
  • 炎症性腸疾患
  • がん
  • 神経機能
  • 攻撃行動
 こうした調査の解釈は慎重を行わなければなりません。なぜなら、不飽和脂肪酸の摂取量、給餌期間、病気の進行度、フードに含まれる他の成分の有無、DHAとEPAの含有比率、オメガ3とオメガ6の含有比率などが調査ごとにバラバラだからです。
 調査結果を左右する要因があまりにも多いため、現時点ではある特定の体調不良に対する不飽和脂肪酸の推奨摂取量はよくわかっていません。それに対し、NRC(全米研究評議会)が公表している犬のオメガ3脂肪酸(EPA+DHA)に関する摂取推奨値は「30mg×体重0.75kg」、上限値は「370mg×体重0.75kg」です(※体重0.75kg=代謝重量)。要するに少なすぎても多すぎても摂取する意味が薄れると言うことです。 犬の体重別オメガ3脂肪酸(EPA+DHA)摂取推奨値と上限値一覧表

フードラベル記載例

 日本国内で流通しているドッグフードや犬用サプリメントの中には「DHA」(ドコサヘキサエン酸)、「EPA」(エイコサペンタエン酸)、「オメガリッチ」などと記載されているものがあります。先述したように、こうした不飽和脂肪酸はEPAとDHAの含有比率やオメガ3脂肪酸とオメガ6脂肪酸の含有比率が変わると体内における生理作用が変わってしまう可能性があります。重要なのはどの程度含まれているかという点です。
 しかし、実際に流通しているドッグフードやサプリのラベルを見ると、ただ単に「魚油(DHA源)」と記載されていたり、「EPA+DHA=400mg」といったものが散見されます。後者の場合、オメガ3脂肪酸が少なくとも400mg含まれていることまではわかりますが、EPAとDHAがどの程度の比率で含まれているのかがわかりません。例えば「EPA350mg+DHA50mg」という比率で含まれている場合と、「DHA350mg+EPA50mg」という比率で含まれている場合とでは、まったく違った生理作用を示す可能性が高いでしょう。犬向けに販売されているオメガ3脂肪酸(DHA・EPA)配合のドッグフードとサプリメント  一方、療法食(※)の中には「オメガ3脂肪酸→1.62%/オメガ6脂肪酸→2.02%」のように含有量と含有比率がわかるように記載されているラベルもあります。しかしこうした含有量や比率にいったいどのような根拠があるのかに関しては、自主的によく調べない限りわからないことが大半です。またペットフード安全法上、「療法食」は医薬品とみなされていませんので、「○○効果あり」とか「○○病に効く」といった医薬品と誤解されかねない表現は使用できないことになっています。つまり消費者から見ると「オメガ3脂肪酸がある一定の比率で含まれていることは分かった。けれども一体何のために含まれているのかがさっぱりわからないし、含有量にどのような根拠があるのかもわからない」という煮え切らない感覚になるかもしれません。
療法食
 ペットフード安全法に「療法食」の定義はありません。ペットフード公正取引協議会による定義は「栄養成分の量や比率が調節され、特定の疾病又は健康状態にあるペットの栄養学的サポートを目的に、獣医療において獣医師の指導のもとで食事管理に使用されることを意図したもの」です。また一般社団法人ペットフード協会による定義は「特定の疾患や疾病などに栄養的に対応するために栄養バランスが考慮され、専門的なアドバイスや処方に従って与えることを意図したペットフード」となっています。
 いずれにしても医薬品ではありませんので、健康増進効果を実証したデータを提出する必要がない代わりに、医薬品的な効能効果をラベルに記載することはできないことになっています。

飼い主の注意・心がけ

 ドッグフードに含まれる多価不飽和脂肪酸(PUFA)は諸刃の剣です。適切な量を適切な比率で摂取した場合は望ましい生理的効果が得られるかもしれませんが、過剰に摂取してしまうと時として健康を損なうことがあります。飼い主として注意すべき点は以下のようになるでしょう。
買う前にここをチェック!
  • オメガ3脂肪酸(DHAやEPA)には健康増進効果を示すような調査報告があることは確か
  • ベストな摂取量や含有比率はよくわかっていない
  • 犬が複数の体調不良を抱えている場合摂取量の計算はより難しくなる
  • オメガ3脂肪酸やそれを含む療法食はそもそも医薬品ではない
  • 「○○に効果あり」「○○病を予防する」といった表記をしている商品は薬機法違反
  • 含有量や含有比率がはっきりわからないフードやサプリにはほとんど意味がない
  • 過剰に摂取すると健康を損なう危険性がある
 ドッグフードやサプリメントのラベルに含有量と含有比率が記載されている場合に限り、犬に対してどのような作用があるのかを検証できるようになります。ではどのように検証すればよいのでしょうか?以下では過去に犬を対象として行われた膨大な数の調査報告のうち、代表的なものをご紹介します。漠然と「健康そうだから」とか「どこかで聞いたことある成分だから」という理由で犬に与える前に、少し考えてみましょう。

DHAとEPAの働き・作用

 オメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸を含む多価不飽和脂肪酸に関しては、犬を対象とした非常に多くの研究がなされています。以下でご紹介するのは、特に熱心に研究されているオメガ3脂肪酸(DHAやEPA)を中心とした報告の一例です。決して効果や効能を保証するものではありませんのでご注意ください。「何のために含まれているのか?」「含有量の根拠は何なのか?」を検証する時の資料として使うことを勧めします。

骨関節炎・関節症

 犬の骨関節炎や変形性関節症に関しては非常に多くの調査が行われており、オメガ3脂肪酸が症状の軽減につながっている可能性が示されています。あまりにもたくさんの論文があるためここですべてを紹介することはできません。そこで便宜上、エビデンス(医学的な証拠)として信頼できるものだけをご紹介します。
 2012年、ベルギーにあるURVIの調査チームは、犬、猫、馬に用いられる「ニュートラスーティカル」(nutraceutical)に関する過去の研究報告を網羅的に調べなおし、エビデンスとしての信頼度を「CONSORT」および「Center of Evidence Based Medicine of Oxford」という2つの指標に照らして総合的に評価しました(→J.‐M. Vandeweerd, 2012)。ニュートラスーティカルとは通常医療の補助として摂取する何らかの成分のことです。
 レビューの結果、犬の骨関節炎を対象として行われた調査のうち4つが「信頼できる」との結論に至ったと言います。以下でご紹介するのがその4つです。基準としては「サンプル数の多さ」「調査対象のランダム選抜」「二重盲検」などが用いられています。 犬の変形性関節症
 ヒルズペットニュートリションの調査チームは、股関節もしくは膝関節に慢性的な骨関節炎を抱えたペット犬177頭を対象とした不飽和脂肪酸の給餌試験を行いました。エイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)を乾燥重量中0.79%(≒0.22g/100kcal)含有したフードを基準とし、その2倍量、3倍量を含んだ実験用フードを給餌した上で、給餌前、21日後、45日後、90日後のタイミングで血清脂肪酸濃度をモニタリングしました。また試験終了のタイミングで獣医師が骨関節炎に特徴的な5つの徴候の有無を確認すると同時に飼い主に聞き取り調査を行い、病状、病気の進行度を総合評価しました。
 その結果、血清中のEPAおよびDHA濃度はフードに含まれていた脂肪酸の濃度に連動する形で上昇したといいます。また5つの骨関節炎症状のうち荷重不全と体重負荷、総合的な病状、病状の進行度に関しては、基準フードと3倍量フードとの間には統計的に有意な格差が確認されたとも。一方、基準フードと2倍量フードとの間に同様の格差は見られませんでした。 Dose-titration effects of fish oil in osteoarthritic dogs
Fritsch D, Allen TA, et al., J Vet Intern Med. 2010 Sep-Oct;24(5):1020-6. DOI: 10.1111/j.1939-1676.2010.0572.x
 ヒルズペットニュートリションの調査チームは、アメリカ国内33の動物病院で慢性骨関節炎と診断された131頭の犬を対象とした給餌試験を行いました。
 調査チームは給餌試験に先立ち、非ステロイド系抗炎症薬(NSAID/カルプロフェン)の量を3週間にわたって体重1kg当たり1日4.4mgに統一してもらい、この投与量をベースラインとしました。次に犬たちをランダムで2つのグループに分け、一方にはオメガ3脂肪酸を豊富に含んだフード、もう一方には少ししか含まれていないフードを給餌し、3、6、9、12週間後のタイミングで投与量の増減を評価してもらいました。また獣医師には症状に関する5つの評価項目を、飼い主には15の評価項目をチェックしてもらいました。
 その結果、12週間にわたる給餌期間中、オメガ3脂肪酸を給餌されている犬においてNSAIDの投与量が速いペースで減少したといいます。つまり痛みが緩和された可能性があるということです。 A multicenter study of the effect of dietary supplementation with fish oil omega-3 fatty acids on carprofen dosage in dogs with osteoarthritis
Fritsch DA, Allen TA, Dodd CE, J Am Vet Med Assoc. 2010 Mar 1;236(5):535-9. doi: 10.2460/javma.236.5.535
 カンザス州立大学の調査チームは、アメリカ国内18の動物病院で骨関節炎と診断された127頭の犬を対象とした給餌試験を行いました。
 調査チームはまず、犬たちをランダムで2つのグループに分け、一方には何も手を加えていない市販のドッグフード、もう一方にはオメガ3脂肪酸の含有量を調整したフードを6ヶ月間給餌しました。調整フードの具体的な内容は、オメガ3脂肪酸の量を31倍に増やし、オメガ6:オメガ3の含有比率が市販フードの34分の1になるように微調整するというものです。次に給餌試験の開始前、6、12、24週間後のタイミングで飼い主への聞き取り調査で関節の状態を評価してもらうと同時に、獣医師が身体検査や血液生化学検査を行い、症状を評価しました。
 その結果、調整フードを給餌されていた犬において、血清総オメガ3脂肪酸濃度が高く、逆にアラキドン酸濃度が低いという特徴が確認されたといいます(※6、12、24週後)。また飼い主への聞き取り調査により、寝た状態から立ち上がるときにの機敏さや遊び行動(※6週後)、および歩行能力(※12、24週後)の改善が確認されたとも。 Multicenter veterinary practice assessment of the effects of omega-3 fatty acids on osteoarthritis in dogs
Roush JK, Dodd CE, et al., J Am Vet Med Assoc. 2010 Jan 1;236(1):59-66. doi: 10.2460/javma.236.1.59
 カンザス州立大学の調査チームは骨関節炎を抱えた38頭の犬を対象とし、オメガ3脂肪酸が足への踏ん張りにどのような影響を及ぼすのかを検証しました。
 犬たちをランダムで2つのグループに分け、16頭には何も手を加えていない市販のドッグフード、残りの22頭にはフード1kg当たり3.5%のオメガ3脂肪酸を含んだテストフードを給餌し、給餌試験の前、45日後、90日後、給餌試験後のタイミングでフォースプレートを用いた整形外科的な荷重テスト(※もっとも症状の重い足が対象)や飼い主に対する聞き取り調査を行いました。
 その結果、垂直方向にかかる力のピークであるPVFの平均値に関し、テストフードを給餌されていたグループでは試験開始前と90日後で5.6%増加したのに対し、市販フードのグループでは0.4%とほとんど変わらなかったと言います。またテストフードグループの82%でPVFの改善が確認されたのに対し、市販フードグループでは38%止まりでした。さらに獣医師の主観的な臨床検査により、給餌試験の前と90日後とでは荷重不全が顕著に改善したと評価されました。 Evaluation of the effects of dietary supplementation with fish oil omega-3 fatty acids on weight bearing in dogs with osteoarthritis
Roush JK, Cross AR, J Am Vet Med Assoc. 2010 Jan 1;236(1):67-73. doi: 10.2460/javma.236.1.67.

アトピー性皮膚炎

 オメガ3脂肪酸には炎症を抑える作用があるのではないかと考えられています。そのため、アレルギーの一種であるアトピー性皮膚炎を抱えた犬に対しDHAやEPAを給餌するという試験が数多く行われてきました。
 症状の軽減につながったという報告がある事は確かですが、一体どの程度の量をどのような含有比率で給餌するのがベストなのかに関してはよくわかっていません。 犬のアトピー性皮膚炎
 フロリダ大学の調査チームは、特発性の掻痒、アトピー性皮膚炎ノミアレルギー性皮膚炎のいずれかを抱えた16頭の犬を対象とし、オメガ3脂肪酸が皮膚疾患に対してどのような影響を及ぼすかを検証しました。魚油を含んだカプセルを用意し、1日1回6週間にわたって給餌した後、3週間のウオッシュアウト期間を置き、今度はコーン油を含んだカプセルを同じように6週間にわたって給餌しました。魚油に含まれていたのは犬の体重4.55kg当たり180mgのEPAと120mgのDHA、コーン油に含まれていたのは570mgのリノール酸と50mgのγリノレン酸です。
 その結果、魚油カプセルを与えられていた期間において、時間の経過とともに掻痒、自傷、被毛の状態が改善していったと言います。またコーン油と比較したところ、掻痒、脱毛、被毛の状態が良好だったとも。こうしたデータから調査チームは、オメガ3脂肪酸が抗炎症作用を発揮したのではないかと推測しています。 Double‐blinded Crossover Study with Marine Oil Supplementation Containing High‐dose icosapentaenoic Acid for the Treatment of Canine Pruritic Skin Disease
Dawn Logas, Gail A.Kunkle, Veterinary Dermatology Volume 5, Issue 3, doi.org/10.1111/j.1365-3164.1994.tb00020.x
 イタリアにあるトリノ大学の調査チームは、非季節性のアトピー性皮膚炎を抱えた22頭の犬を対象とし、2ヶ月に及ぶ不飽和脂肪酸の給餌試験を行いました。グループAは何の治療を受けていない発症して間もない犬15頭、グループBは治療したけれども反応しない慢性アトピーの犬7頭という内訳です。用意された療法食は犬の体重1kg当たりEPA17mg、DHA5mg、γリノレン酸35mgを含有し、フード中におけるオメガ6とオメガ3の割合は「5.5:1」に統一されました。
 給餌試験前、30日後、給餌試験後のタイミングで両グループの症状を比較した所、グループAにおいては掻痒スコアが改善し、血清中のアラキドン酸濃度が低いという特徴が見られたと言います。一方グループBにおいては血清γリノレン酸濃度が高いという特徴が見られました。
 こうした結果から調査チームは、軽症グループと重症グループとでは脂肪酸代謝に違いがあり、発症間もない軽症例の方が脂肪酸サプリによる付属セラピーに反応しやすいのではないかと推測しています。 Essential fatty acids supplementation in different‐stage atopic dogs fed on a controlled diet
C. Abba, P.P.Mussa, A.Vercelli, G. Raviri, Journal of Animal Physiology and Animal Nutrition Volume 89, Issue 3‐6, doi.org/10.1111/j.1439-0396.2005.00541.x
 コロラド州立大学の調査チームは、アトピー性皮膚炎を抱えた29頭の犬を対象とした10週間に及ぶ給餌試験を行いました。
 フラックスオイル(200mg/kg/日)、魚油(EPA50mg/kg/日+DHA35mg/kg/日)、ミネラルオイル(偽薬)の3種類をフードに混ぜて症状の変化をモニタリングしたところ、フラックスオイルと魚油を摂取していたグループでは改善が見られたのに対し、偽薬群では改善が見られなかったと言います。また脂肪酸のトータル摂取量、オメガ6とオメガ3の含有比率と臨床スコアとの間に関係性は見られなかったとも。 Effect of omega‐3 fatty acids on canine atopic dermatitis
R. S. Mueller, K.V.Fieseler, et al., Journal of Small Animal Practice Volume 45, Issue 6, doi.org/10.1111/j.1748-5827.2004.tb00238.x

心不全

 心不全、不整脈(心房細動)、心筋梗塞などに対するオメガ3脂肪酸の効果がいくつかの調査で検証されてきました。主な報告は、心臓におけるサイトカインの放出抑制、コラーゲンの新陳代謝抑制、心筋細胞内のコネクシンへの影響などにより、心房細動が予防されたり心筋梗塞が軽減されるといったものです。明確なメカニズムおよび摂取量に関してはよくわかっていません。
 タフツ大学の調査チームは、臨床上健康な犬5頭と心不全を抱えた犬28頭を対象とし、食餌中の魚油が心機能やサイトカイン(細胞から分泌され、周囲にある細胞の振る舞いに影響を及ぼすタンパク質の1種)にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
 心不全を抱えた犬たちをランダムで2つのグループに分け、一方には魚油(EPA7mg/kg/日+DHA18mg/kg/日)、他方にはプラセボ(コーン油)を8週間に渡って与えたところ、魚油給餌グループは偽薬グループと比較し、インターロイキン-1β濃度が低下し、悪液質が改善したといいます。インターロイキン-1とインスリン様成長因子-1の血中濃度が生存率と連動していたため、魚油を給餌することによってサイトカインの放出が抑えられ、効果として生存率が改善したのではないかと推測されています。 Nutritional Alterations and the Effect of Fish Oil Supplementation in Dogs with Heart Failure
Lisa M. Freeman, John E. Rush et al., Journal of Veterinary Internal Medicine Volume 12, Issue 6, doi.org/10.1111/j.1939-1676.1998.tb02148.x
 カナダにあるキーナン研究所の調査チームは31頭の犬を対象とし、オメガ3多価不飽和脂肪酸が心臓の刺激伝導系に及ぼす影響を検証しました。
 ペースメーカーなしの7頭とありの24頭とに分け、24頭をさらにオメガ3(EPA+DHAで1g/日)摂取グループ12頭と偽薬グループ12頭とに分割し、2週間の給餌期間を設けました。
 その結果オメガ3摂取グループにおいては心房細動が起こりにくかったといいます。また刺激伝導の局所的遅延やばらつきが少なく、MMP-9(細胞外マトリクスの崩壊を促す酵素)の活性およびコラーゲンタイプIとIIIのメッセンジャーRNAの発現が低く抑えられていたとも。
 こうしたデータから調査チームは、オメガ3脂肪酸には心房細動や心房性心筋症に対する予防効果があるのではないかと推測しています。メカニズムとしては、脂肪酸の摂取により心房におけるコラーゲンの新陳代謝が緩やかになったことなどが想定されています。 Long chain n-3 polyunsaturated fatty acids reduce atrial vulnerability in a novel canine pacing model
Gabriel Laurent, Gordon Moe, et al., Cardiovascular Research, Volume 77, Issue 1, 1 January 2008, Pages 89?97, doi.org/10.1093/cvr/cvm024
 カナダ ケベック・シティーにある大学病院の調査チームは16頭の犬を対象とし、オメガ3脂肪酸に不整脈(心房細動)の予防効果があるかどうかを検証しました。
 8頭の犬には魚油(1.2gのEPAとDHA)を経口摂取させ、8頭の犬には静脈注射を介して14日間投与したところ、経口摂取グループでは心房のオメガ3濃度が高まったと言います。一方、不応期、血液動態、心エコーパラメーターにグループ間で違いは見られませんでした。経口摂取グループでは心房細動が減少し、心房内におけるコネクシン(膜貫通タンパク質の一種)40、コネクシン43のレベルはともに低いという特徴が確認されました。特にコネクシン40のレベルが低い個体においては心房細動の抑制効果が高かったとも。
 こうしたデータから調査チームは魚油の経口摂取は心房内におけるオメガ3脂肪酸の濃度を高め、心房細動が起こりにくくする可能性があるとの結論に至りました。心筋細胞内のコネクシンが影響を受けたことにより、不整脈が起こりにくくなったものと推測されています。 Reduced Incidence of Vagally Induced Atrial Fibrillation and Expression Levels of Connexins by n-3 Polyunsaturated Fatty Acids in Dogs
Jean-Francois Sarrazin, Genevieve Comeau, et al., Jurnal of the American College of Cardiology Volume 50, Issue 15, October 2007, DOI: 10.1016/j.jacc.2007.05.046
 シカゴ大学の調査チームは21頭の犬を対象とし、食事に含まれるEPAが心筋虚血に続発して生じる心筋壊疽に対して軽減効果があるかどうかを検証しました。
 全く同じ食事を全頭に与え、10頭にだけフード1kg中に0.06gのEPAと0.04gのDHAを添加して6週間給餌したところ、EPAを摂取していたグループでは血小板細胞膜内のEPAが増加し、心筋梗塞のサイズが比較群の半分以下にまで縮小したといいます。 Dietary fish oil supplementation reduces myocardial infarct size in a canine model of ischemia and reperfusion
Helgi J. Oskarsson, John Godwin, Journal of the American College of Cardiology Volume 21, Issue 5, April 1993, DOI: 10.1016/0735-1097(93)90257-2

腎不全

 慢性腎不全を抱えた犬に対して推奨されているオメガ3脂肪酸の総量は、フードの乾燥重量1kg中0.41%~4.71%とされています。またオメガ6脂肪酸との含有比率が「5:1」になるように調整した時、糸球体性高血圧と炎症促進性エイコノサイドに対する低減作用が顕著であったとされています。
 オメガ3とオメガ6の両方で腎臓に対する作用を最大にしようとすると、フード1kg中に含まれる脂肪酸の総量は以下のようになるでしょう。
  • 最少の場合オメガ3脂肪酸0.41%(4.1g)+オメガ6脂肪酸2%(20g)=2.41%(24.1g)
  • 最多の場合オメガ3脂肪酸4.71%(47.1g)+オメガ6脂肪酸23.5%(235g)=28.2%(282g)
 一方、NRCが定めるオメガ3脂肪酸の上限値はフードの乾燥重量1kg中11gとされています。最多の「4.71%」で摂取してしまうとこの上限値を軽く4倍ほど上回ってしまいますので、プラスの作用よりマイナスの作用のほうが大きくなってしまうかもしれません。何事もバランスが重要です。 犬の慢性腎不全
 アメリカにあるジョージア大学の調査チームは21頭の犬を対象とし、食事に添加した脂肪酸の種類が腎機能に及ぼす影響を検証しました。
 7頭ずつ3つのグループに分け、それぞれにメンハーデン油(オメガ3脂肪酸=EPA2.28%+DHA2.1%)、菜種油(オメガ6脂肪酸)、牛脂(飽和脂肪酸)を加えて20ヶ月間の給餌試験を行ったところ、タンパク尿、血漿クレアチニン、コレステロール、トリグリセリド濃度は魚油グループで最も低い値を示したといいます。給餌期間後、糸球体濾過率は菜種油グループで最も低く、また間質性線維症の割合も多いことが判明しました。一方、糸球体間質細胞の拡張、糸球体硬化症、間質細胞浸潤は魚油グループで最も低い値を示しました。
 こうしたデータから調査チームは、オメガ6脂肪酸が腎障害を促進するのに対し、オメガ3脂肪酸は逆に腎機能を守る働きがあるのではないかと推測しています。 Beneficial effects of chronic administration of dietary ω-3 polyunsaturated fatty acids in dogs with renal insufficiency
Scott A. Brown, Cathy A. Brown, The Journal of Laboratory and Clinical Medicine, DOI: https://doi.org/10.1016/S0022-2143(98)90146-9

炎症性腸疾患

 オメガ3脂肪酸が腸粘膜における脂質(コレステロール)の代謝に関わっており、炎症性腸疾患の改善につながるる可能性が示されています。しかし推奨量は全くわかっていないため、暫定的にアトピー性皮膚炎と同じ「125mg/体重0.75」が取られています(Bauer, 2011)。
 スイスにあるベルン大学の調査チームは、十二指腸粘膜においてコレステロールのホメオスタシスに関連している様々なmRNAの発現に、多価不飽和脂肪酸がどのような影響を及ぼすのかを検証しました。
 対象となったのは食事反応性の下痢症を抱えた犬14頭、炎症性腸疾患を抱えた犬7頭、臨床上健康な犬14頭。コレステロールを除外して多価不飽和脂肪酸を添加した療法食を与え、給餌試験の前と後で十二指腸粘膜におけるNPC1L1とSR-B1(細胞外からのコレステロールの取り込み)、ABCA1(細胞内における過剰なコレステロールの排出)、カベオリン-1(コレステロールや脂肪酸との結合およびコレステロールの輸送)、SREBP-2(細胞内におけるコレステロール合成センサー)を調べた所、炎症性腸疾患を抱えた犬でのみカベオリン-1、ABCA1、SREBP-2の低下が見られたと言います。
 こうした結果から調査チームは、食事中の多価不飽和脂肪酸は炎症性腸疾患を抱えた犬の十二指腸粘膜におけるコレステロールのホメオスタシスに影響を及ぼす可能性があるとの結論に至りました。 Polyunsaturated fatty acid-enriched diets used for the treatment of canine chronic enteropathies decrease the abundance of selected genes of cholesterol homeostasis
C.E.OntsoukaaI, A.Burgener, Domestic Animal Endocrinology, Volume 38, Issue 1, January 2010, doi.org/10.1016/j.domaniend.2009.08.001

がん

 犬のがん(悪性腫瘍)に対するオメガ3脂肪酸の作用はよくわかっていません。スウェーデンにあるカロリーンスカ研究所を中心としたチームが包括的に調査した報告(→Larsson, 2004)によると、アラキドン酸由来のエイコサノイド生成抑制、転写因子への影響、遺伝子の発現、シグナル伝達、エストロゲン代謝、フリーラジカル・活性酸素への影響など、様々なメカニズムを通してがん細胞の振る舞いを変化させる可能性があるといいます。今後の調査と解明が待たれる分野です。 犬のガン(悪性腫瘍)
 コロラド州立大学を中心とした調査チームは悪性リンパ腫を抱えた犬32頭を対象とし、オメガ3脂肪酸が患犬の予後にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
 犬たちをランダムで2つのグループに分け、一方には「メンハーデン油+アルギニン」(フード1kg中のEPA29g+DHA24g)、他方には「大豆油」を添加したフードを給餌したところ、魚油グループにおいてオメガ3脂肪酸の血清レベルが高い値を示したといいます。また血漿DHA濃度が高いほど寛解期間と生存期間の両方が伸びるという関係性も確認されました。
 こうした結果から調査チームは、魚油由来のオメガ3脂肪酸が血漿乳酸濃度を低下させ、悪性リンパ腫(ステージ3)の寛解期間と生存期間に変化をもたらしたのではないかと推測しています。 Effect of fish oil, arginine, and doxorubicin chemotherapy on remission and survival time for dogs with lymphoma
Gregory K. Ogilvie, Martin J. Fettman, et al., Cancer Volume 88, Issue 8

神経機能

 オメガ3脂肪酸のうち特にDHA(ドコサヘキサエン酸)が成長期における神経の発達に必要不可欠であることは分かっています。その一方、加齢によって失われた認知能力がDHAによって改善するかどうかに関してはわかっていません。認知症に対しては活性酸素を抑える「抗酸化物質」が有効とされていますので、オメガ3脂肪酸が直接的・間接的に抗酸化作用を助けているのであれば、ある程度は脳の機能を維持する効果はあるでしょう。 犬の認知症
 飼い主によって認知能力に難があると報告されている7歳以上の犬を対象とした調査では、61頭には療法食(0.01%のDHA)、64頭には比較対象フードを給餌するという60日間におよぶ試験が行われました。
 その結果、療法食グループにおいては認知能力を測る16項目中14項目において改善が見られのに対し、比較対象グループでは4項目しか改善しなかったと言います。また飼い主へのアンケートでは機敏さ、家族のメンバー認識力、他の動物認識力の平均値がアップし、過剰な舐め行動、ペイシング(無目的に行ったり来たりすること)が減少したと報告されました。
 ただしこの調査では0.01%のDHAを含有していたものの、その他の抗酸化成分も含まれていたため脂肪酸が犬の認知機能を改善したのかどうかははっきりとはわかりません。 Cognitive dysfunction in dogs
Christie L-A, Pop V, Landsberg GM, et al.Small animal clinical nutrition 5th ed. Topeka, Kan: Mark Morris Institute, 2010;715?730
 母犬と子犬を対象とした調査では、妊娠中、出産中、授乳中の母犬、および離乳後の子犬に同じ内容の食餌が与えられました。一方のグループは低濃度のオメガ3脂肪酸、他方のグループは高濃度のαリノレン酸というものです。
 子犬が生後12週齢に達した時点で視覚反応を計測した所、DHAを給餌された子犬のほうが光に対する反応や視神経の反応が良かったと言います。また視覚機能に必要な分子レベルのカスケード反応でも良好な成績が見られました。それに対しαリノレン酸を給餌された子犬においては、DHAの10倍の量を給餌して初めて光に対する感受性改善が確認されたとのこと。しかもその改善度はDHAグループには及びませんでした。
 こうした結果から調査チームは、妊娠中の母犬および離乳後の子犬にDHAを給餌すると血漿中のDHA濃度が高まり、神経系の発達や視覚機能の維持につながるとの結論に至りました。さらに記憶力や学習能力の発達にも関係している可能性があるとも指摘しています。αリノレン酸は神経組織や網膜内でDHAに転換されるものの、生理機能を引き出すためにはかなりの量を給餌しなければならないため、サプリメントとしては現実的ではないと考えられています。 Facilitative and functional fats in diets of cats and dogs
John E. Bauer, JAVMA, Vol 229, No. 5, September 1, 2006

攻撃行動

 人間においては血中のコレステロール濃度が低いと自殺、他殺、事故死の割合が増えるとされています。また霊長類においてはコレステロールの低下が攻撃行動を増やすといいます。犬において同様の傾向があるかどうかは不明ですが、体内におけるオメガ3脂肪酸の濃度が低いと攻撃性が高まってしまう可能性があるようです。ただし「攻撃性が高い犬にオメガ3脂肪酸を給餌したところ攻撃性が減少した」という現象は確認されていませんので、現時点ではあくまでも仮説です。 犬の攻撃行動
 イタリアにあるパヴィア大学の調査チームは、血漿中のオメガ3脂肪酸濃度やオメガ6とオメガ3の比率が、犬の攻撃性にどのような影響を及ぼすかを検証しました。
 対象となったのは18頭の攻撃行動を見せるジャーマンシェパード(平均4.9歳)と18頭の問題行動を見せない比較対照用の犬(平均4.8歳)。食事前のタイミングで血液を採取して含有成分を調べた所、ジャーマンシェパードにおいてはDHA濃度、コレステロール濃度、ビリルビン濃度が低く、オメガ6:オメガ3比率が高かった(=オメガ3濃度が相対的に低い)という特徴が見られたと言います。一方、血漿中のアラキドン酸やEPAに格差は見られませんでした。
 こうした結果から調査チームは、血漿中のオメガ3濃度が低いと攻撃性を高める可能性があるのではないかと推論しています。 Aggressive dogs are characterized by low omega-3 polyunsaturated fatty acid status
Simona ReMarco, ZanolettiEnzo Emanuele, Veterinary Research Communications, March 2008, Volume 32, Issue 3, DOI: 10.1007/s11259-007-9021-y

てんかん

 特発性のてんかんを抱えた犬にオメガ3脂肪酸を含んだ魚油を与えたところ症状が軽減したという逸話的な報告があります。しかしこうした報告はかなりレアなものであり、逆に「何の報告も見られなかった」という報告も共存していますので、現時点での過剰な期待は禁物です。 犬のてんかん
 ブラジルにあるUNIFESP/EPMの調査チームは特発性てんかんを抱えた2歳になるグレートデーンに関する症例報告を行いました。
 この患犬は抗てんかん薬だけでは症状のコントロールができなかったものの、抗てんかん薬に魚油(2g/日)を加えて投与したところ、50日後には発作回数が減少し、18ヶ月の追跡調査期間中における発作回数は3ヶ月に1回(-85%)まで減少したといいます。しかしこの症例は単発なものですので、てんかんを抱えたすべての犬に当てはまるわけではありません。 Positive impact of omega-3 fatty acid supplementation in a dog with drug-resistant epilepsy: A case study
Fulvio A.Scorza et al., Epilepsy & Behavior Volume 15, Issue 4, August 2009, doi.org/10.1016/j.yebeh.2009.05.013
 イギリスケンブリッジ大学の調査チームは、15頭の特発性てんかんを抱えた犬を対象とし、オメガ3脂肪酸を含んだオイルを体重10kgに対して1.5mLの割合で給餌するという二重盲検試験を行いました。オイル1.5mLに含まれているのは「EPA400mg+DHA250mg+ビタミンE22mg」です。
 12週間の給餌量を終えた後、さらに12週間の偽薬給餌期間を設け、飼い主に対して発作の頻度、重症度などを聞き取り調査しました。その結果、オイルの給餌による改善効果は見られなかったと言います。 Effects of essential fatty acid supplementation in dogs with idiopathic epilepsy: A clinical trial
HelenMatthews, NicolasGranger, The Veterinary Journal, Volume 191, Issue 3, March 2012, doi.org/10.1016/j.tvjl.2011.04.018

オメガ脂肪酸はなぜ重要?

 以下はオメガ3脂肪酸やオメガ6脂肪酸に関する基本事項です。これらの多価不飽和脂肪酸が動物の体内でどのような振る舞いをするかについて簡単に説明します。

動物はω3を生成できない

 多価不飽和脂肪酸は動物の体内で代謝されて重要な生物活性物質に変換されます。しかし問題なのは、動物はパルミチン酸までの脂肪酸を合成できるものの、他の系列に属する脂肪酸(ステアリン酸やオレイン酸など)からリノール酸やαリノレン酸を合成できないという点です。その結果、これらの多価不飽和脂肪酸は食事という形で摂取しなければならない脂肪酸、すなわち必須脂肪酸に位置づけられるようになりました。 多価不飽和脂肪酸を豊富に含むのは植物油と魚油  例えばオメガ6脂肪酸はひまわり油、菜種油、大豆油、コーンオイル、月見草油など植物由来の油に豊富に含まれています。これは植物がオレイン酸からリノール酸を合成できるからです。またオメガ3脂肪酸は魚油に豊富に含まれています。これは海の中に生息している海藻類がαリノレン酸からオメガ3脂肪酸を生成し、食物連鎖を通じて海産魚の体内にEPAとDHAが蓄積されるからです。

重要なのはエイコサノイド

 多価不飽和脂肪酸が特に重要とされる理由は「エイコサノイド」(eicosanoid)と呼ばれる生理活性物質に変換されるからです。エイコサノイドとはγリノレン酸、エイコサペンタエン酸、アラキドン酸が酸化されて生成される成分で、具体的にはプロスタグランジン、トロンボキサン、ロイコトリエンなどが含まれます。
 生成されたエイコサノイドは一様ではなく、原料となった脂肪酸の種類や細胞膜におけるシクロオキシゲナーゼやリポキシゲナーゼといった酵素活性によって生理作用が大きく変わります。
 例えば以下は、細胞膜のリン脂質に最も多く含まれるアラキドン酸(AA)を原料として生成されるエイコサノイドの例です。
アラキドン酸由来エイコノサイド
  • AA+シクロオキシゲナーゼ●生成エイコノサイド=プロスタグランジンE2
    ✓サイトカイン産生↓
    ✓リンパ球増殖能↓
    ✓ナチュラルキラー細胞活性↓
    ✓抗体産生↓
  • AA+リポキシゲナーゼ●生成エイコノサイド=ロイコトリエンB4
    ✓リンパ球増殖↓もしくは↑
    ✓ナチュラルキラー細胞活性↑
    ●生成エイコノサイド=15HETE
    ✓リンパ球増殖↓
    ●生成エイコノサイド=リポキシン
    ✓ナチュラルキラー細胞活性↓

オメガ3脂肪酸の抗炎症作用

 アラキドン酸を基にして生成された4種類のロイコトリエン(B4、C4、D4、E4)と1種類のプロスタグランジン(E2)は、最も中心的な炎症促進剤です。これらのエイコサノイドは細胞膜にシクロオキシゲナーゼとリポキシゲナーゼを豊富に含んでいる免疫細胞の一種マクロファージで最も活発に生成されます。 【参考画像】Bacteria vs. Macrophage/YouTube 顕微鏡下で見たマクロファージ  オメガ3脂肪酸を豊富に含む魚油やγリノレン酸を豊富に含む植物油には、上記した炎症反応を軽減する効果があるといいます。理由の1つは、オメガ3脂肪酸が細胞膜に含まれることによりアラキドン酸の含有比率が低下するからです。その結果、細胞膜に含まれる酵素とアラキドン酸が結合する割合が低下し、炎症性エイコサノイドの生成が抑えられます。またエイコサペンタエン酸とシクロオキシゲナーゼが反応して生成されたロイコトリエンB5や15HETEが、アラキドン酸由来のロイコトリエンB4の生成を阻害することも抗炎症作用の一因と考えられています。
 皮膚炎や関節炎など、炎症性疾患に対してオメガ3脂肪酸が効果的であると言われる理由はここにあります。

DHAに特有の作用

 オメガ3脂肪酸の代表格はエイコサペンタエン酸(EPA)とドコサヘキサエン酸(DHA)ですが、DHAにだけ見られる特徴があります。それは脳内と網膜に豊富であるという点です。
 DHAが占める割合は、脳内に存在している多価不飽和脂肪酸(PUFA)のうち40%、網膜に存在しているPUFAのうち60%と他の脂肪酸を圧倒しています。また、神経細胞の細胞膜のうち5%はDHAで構成されているとの推計もあります。
 主な働きは、塩素、グリシン、タウリンの輸送、カリウムチャンネルの調整、光受容器に存在するロドプシンの機能調整などです。こうした機能を持っていることから、DHAが不足すると認知能力が低下したり細胞死が促進されたりします。近年ではうつ病を発症した患者の脳内においてDHA含有量が低下するといった報告もあります。
 しかし理論上の作用とは裏腹に、人間を対象とした調査ではDHAの摂取によって言語能力、認識能力、精神症状に変化は見られなかったという報告が多数存在しています。理屈の上では脳の正常な機能に必要な成分のはずですが、医学的に実証されているというわけではありません。「DHAで頭が良くなる!」というのは誇大広告になりますので、やみくもな過剰摂取には注意が必要です。