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小型犬より大型犬の寿命が短い理由は無酸素系エネルギーのせい?

 小型犬よりも大型犬の方が短命であるという現象を引き起こしている原因は、細胞内におけるエネルギー代謝の違いである可能性が示されました(2018.5.3/アメリカ)。

詳細

 一般的に哺乳動物は体が大きくなればなるほど寿命が長くなるとされています。しかし犬だけは例外で、過去に行われた数多くの調査により「大型犬ほど寿命が短くなる」という逆説的な現象が確認されてきました。しかし、なぜこのような現象が起こるのかに関してはよくわかっていないというのが現状です。 今回の調査を行ったのは、ニューヨークにあるコルゲート大学が中心となったチーム。小型犬の子犬(11犬種+雑種)と老犬(15犬種+雑種)、大型犬の子犬(21犬種+雑種)と老犬(22犬種+雑種)から、それぞれ一次線維芽細胞を採取して培養し、細胞内における以下の項目を計測しました。
細胞内調査項目
  • 酸素消費量
  • プロトン漏出
  • 活性酸素の産生速度
  • 還元型グルタチオン量
  • ミトコンドリア量
  • 脂質過酸化反応ダメージ
  • DNA(8-OHdg)ダメージ
  • 解糖系エネルギー産生
 その結果、以下のような傾向が見られたと言います。
犬のサイズと年齢による違い
  • プロトン漏出は老犬で高く、体の大きさは無関係
  • 解糖系のエネルギー産生は大型犬>小型犬
  • GSH濃度は老犬>子犬
  • DNAダメージが大きいほど子犬の平均寿命は縮む
  • 活性酸素の産生量は年齢や体の大きさで変化しない
 こうしたデータから調査チームは、大型犬で見られる短命という現象は、解糖系によるエネルギー産生比率(=無酸素的エネルギー産生比率)の高さがDNAにダメージを与えることで引き起こされているのではないかと推測しています。
Cellular metabolism and oxidative stress as a possible determinant for longevity in small breed and large breed dogs.
Jimenez AG, Winward J, Beattie U, Cipolli W (2018), PLoS ONE 13(4): e0195832. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0195832

解説

 犬たちの平均体重に関し、小型犬「7.04 ± 0.54kg」に対し大型犬は「31.04 ± 1.42kg」でした。また犬の死亡時の年齢は小型犬「13.76 ± 0.38歳」に対し大型犬は「10.99 ± 0.47歳」でした。今回の調査でも「犬の体が大きければ大きいほど短命になる」という逆説現象が確認された形になります。 犬の場合哺乳類の一般原則に反し、体が大きいほど短命になる  「老化の酸化ストレス理論」によると、細胞内で発生した酸化ストレスが遺伝子にダメージさえ与えなければ永久に生き続けるとされています。ところが意外なことに、今回の調査では酸化ストレスの主犯格である活性酸素の産生量は年齢や体の大きさで変化しないことが確認されました。酸化ストレスが犬における老化の原因でないとすると、一体何が大型犬における短命を引き起こしているのでしょうか?そのヒントになるのが「解糖系のエネルギー産生は小型犬よりも大型犬の方が多い」という事実です。
 細胞がエネルギーを産生する際は2つの代謝回路があります。1つはミトコンドリアにおいて有酸素的にエネルギーを産生する「有酸素系」、もう1つは酸素がない状況下でエネルギーを産生する「解糖系」です。
 ミトコンドリアで有酸素的にエネルギーを産生すると、その代謝産物として活性酸素が発生します。そしてこの活性酸素がDNAを傷つけると腫瘍の元になり、タンパク質を傷つけると変異タンパク質の累積につながり、脂質を傷つけると細胞の機能を引き起こし、最終的には細胞死につながると考えられています。では解糖系で無酸素的にエネルギーを産生すると安全かというとそういうわけでもありません。解糖系が優位な細胞ほどがん化しやすいといった怖い報告もあります。
 今回の調査で見られた大型犬と小型犬の格差は「解糖系によるエネルギー産生比率」でした。この事実から推測すると、大型犬における短命は「解糖系細胞が多い→細胞ががん化しやすい→寿命が短くなる」といったメカニズムによって引き起こされている可能性が浮上してきます。悪性腫瘍の発症率に関し、一般的に大型犬の方が高いという過去のデータがこの仮説を裏付けていると言えるでしょう。
 しかし成長に関連する「IGF-I」が絡んでいる可能性も否定できません。身体の成長を促すこのホルモンは、細胞のがん化を促すこと、および大型犬の方が高い濃度で保有していることが確認されていますので、「大型犬のIGF-I濃度が高い→細胞ががん化しやすい→寿命が短くなる」といった別ルートも十分に考えられます。さらに「大型犬は体が成熟するまでに時間がかかるため、小型犬に比べると幼齢期における酸化ダメージが大きい」という仮説が否定されたわけでもありません。
 体が大きくなるほど寿命が延びるという一般原則に反し、体が大きくなるほど寿命が短くなるという犬における逆説現象は長らく謎とされてきました。今回の調査でその一端が解明されましたが、そもそもなぜ大型犬で解糖系による無酸素的なエネルギー産生経路が優位なのかに関してはよくわかっていません。老化現象には酸化ストレスや解糖系のほかテロメアの摩耗、タンパク質恒常性の喪失、幹細胞の枯渇、細胞内コミュニケーションの変化など複数の要因が絡み合っていますので、今後もさらなる調査を続けていく必要があるでしょう。 犬の老化について