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犬は自分が受けた報酬に対するお礼を不特定の者に返す

 犬が持つギブアンドテイクの精神を調べたところ、受けた報酬に対するお礼を不特定の者に返す「一般的な互酬性」という特徴を有していることが明らかになりました(2017.3.30/スイス)。

詳細

 ギブアンドテイクの精神は「互酬性」(ごしゅうせい, reciprocity)とも呼ばれ、「直接的」や「一般的」といったサブクラスがあります。
互酬性の種類
  • 直接的互酬性特定の相手Aから受けた利益を直接Aに返す。例えば「鈴木さんからお歳暮もらったので、お返しをする」など。返礼の相手が特定されているのが特徴。
  • 一般的互酬性相手から受けた利益を不特定の相手に返す。例えば「小学生の頃サッカー選手に夢をもらった。自分もサッカー選手になって子供たちに夢を与えよう」など。返礼の相手が不特定であることが特徴。
 スイス・ベルン大学の調査チームは、犬が持つギブアンドテイクの精神がどのような特徴を有しているのかを調べるため、スイス軍に所属する41頭のベルジアンマリノアに特殊な訓練を施し、さまざまな状況における互酬性を検証しました。訓練の具体的な内容は以下です。
 身体的に接触できないよう60cmの間隔をあけて2つの犬舎が並んでいる。一方は「レシーバー」、他方は「ドナー」という役割で、ドナー側の犬舎に設置されているロープを引っ張ると、レシーバーの犬舎にエサが放り込まれる仕組みになっている。ドナーがロープを引っ張った後、素早く2頭の位置を入れ替え、今度はドナーがレシーバーになりエサをもらう。 他の犬にだけ報酬が与えられるようにデザインされた設備  こうした訓練を2週間ほど続けることにより、犬たちは「ロープを引っ張るとレシーバーにエサが与えられること」および「レシーバーにエサを与えると、自分にもご褒美が与えられること」を学習した。
 上記した訓練を終え、ロープを引っ張ることに対する犬たちのモチベーションが十分に確立したタイミングで、調査チームは様々な状況における犬たちの反応を観察してみました。具体的な状況設定と結果は以下です。
犬の互酬性テスト
  • 直接的互酬性テスト【前半】
    顔見知りの犬が「ドナー」となり、「レシーバー」になった調査対象犬が2日間エサをもらい続ける→3日目に立場を入れ替え、調査対象犬が「ドナー」、顔見知りの犬が「レシーバー」になる。
    【後半】
    顔見知りの犬が「ドナー」となり、調査対象犬が「レシーバー」になるが、2日間全くエサをもらえない→3日目に立場を入れ替え、調査対象犬が「ドナー」、顔見知りの犬が「レシーバー」になる。
    【テスト結果】
    調査対象犬が「ドナー」の立場になったとき、隣の犬舎にいるのが「エサをくれていた」犬の場合にロープを引く頻度が増えた。
  • 一般的互酬性テスト【前半】
    見知らぬ犬2頭が1日ずつ「ドナー」となり、「レシーバー」になった調査対象犬が2日間エサをもらい続ける→3日目に立場を入れ替え、調査対象犬が「ドナー」、見知らぬ第三の犬が「レシーバー」になる。
    【後半】
    見知らぬ犬2頭が1日ずつ「ドナー」となり、調査対象犬が「レシーバー」になるが、2日間全くエサをもらえない→3日目に立場を入れ替え、調査対象犬が「ドナー」、見知らぬ第三の犬が「レシーバー」になる。
    【テスト結果】
    調査対象犬が「ドナー」の立場になったとき、隣の犬舎にいるのが「エサをくれていた」犬の場合にロープを引く頻度が増えた。
  • 直接×一般的互酬性テスト【前半】
    顔見知りの犬が「ドナー」となり、「レシーバー」になった調査対象犬が2日間エサをもらい続ける→3日目に立場を入れ替え、調査対象犬が「ドナー」、顔見知りの犬が「レシーバー」になる。
    【後半】
    見知らぬ犬2頭が1日ずつ「ドナー」となり、「レシーバー」になった調査対象犬が2日間エサをもらい続ける→3日目に立場を入れ替え、調査対象犬が「ドナー」、見知らぬ第三の犬が「レシーバー」になる。
    【テスト結果】
    調査対象犬が「ドナー」の立場になったとき、隣の犬舎にいるのが顔見知りの犬だろうと見知らぬ犬だろうと、ロープを引く頻度に大きな違いは見られなかった。
犬の互酬性を実験するために設けられた犬舎  こうした結果から調査チームは、犬が持つギブアンドテイクの精神には不特定の者に返礼しようとする「一般的互酬性」という特徴があるようだとの結論に至りました。一般的互酬性を有している理由としては、相手の個体識別に要する脳内の処理プロセスを省略できるからとか、不特定の相手に返礼を施した方が最終的には自身の生存に有利に働くからといったものが想定されています。
Working dogs cooperate among one another by generalised reciprocity.
Gfrerer, N. and Taborsky, M. Sci. Rep. 7, 43867; doi: 10.1038/srep43867 (2017).

解説

 直接的互酬性テストの結果、「顔見知り」という条件は同じであっても、その前の2日間で自分にエサをくれていた方の犬に返礼する頻度が高まることが判明しました。調査対象犬がドナーの立場になったときの心境としては、相手の個体を識別した上で「2日間ずっとエサを与えてくれていたからこの犬にお返ししよう!」とか、「2日間全くエサをくれなかったこの犬に利益なんて与えてたまるか!」といったものが想定されます。
 一般的互酬性テストの結果、「見知らぬ」という条件は同じであっても、その前の2日間で自分にエサをくれていた方の犬に返礼する頻度が高まることが判明しました。調査対象犬がドナーの立場になったときの頭の中では、「2日間見知らぬ犬がずっとエサをくれ続けてくれた。今隣にいる見知らぬ犬も親切に違いない!」とか、逆に「2日間全くエサをもらえなかった。今隣にいる奴もどうせけちん坊に違いない!」といった一般化が行われていたと想定されます。このテストの結果、「直接的互酬性テスト」における犬の返礼行為が、相手を個体識別した上で行われていたのかどうかが怪しくなってきました。
 直接的互酬性と一般的互酬性の比較テストの結果、相手のステータスが見知らぬ犬であれ顔見知りの犬であれ、ロープを引っ張ることに対するモチベーションに大きな違いは見られませんでした。つまり犬が返礼するときは、相手が特定の犬であるかどうかがそれほど重要ではないという意味です。
 人間の場合、見ず知らずの相手に対して利益を与えようとすると、「この人はろくにお礼も言わない嫌な奴なんじゃないか?」とか「なんで見ず知らずの人を喜ばせないといけないんだ?」など、さまざまな思いが頭をよぎり、二の足を踏んでしまうことがしばしばあります。一方犬の場合、人間のようにはあまり深く考えず「おいしい思いをさせてもらったからお返しをしよう!」という単純な思考回路によって行動することが多いのかもしれません。
 飼い主が日頃から犬にとってのご褒美的な存在になっていれば、「一般的互酬性」の原理に則って飼い主の面影を人間全体に一般化し、誰に対しても人懐こくて親しみやすい犬になってくれるものと考えられます。その逆もまた真ですが。