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アジリティ中の危険な動きと受傷しやすい筋肉

 アジリティ競技で怪我が多いとされる肩関節を調べたところ、最大で歩行時の10倍もの負荷がかかっていることが明らかになりました(2017.3.23/カナダ)。

詳細

 調査を行ったのは、カナダ・ゲルフ大学が中心となったチーム。最低2年間のアジリティ経験がある8頭のボーダーコリー(オス4頭 | 平均年齢5.4歳 | 平均体重15.6kg | 平均体高50.7cm)を対象とし、歩いている時とアジリティ競技中における肩関節への負荷を、侵襲性の小さい筋電計を用いて調査しました。具体的な運動の内容と調査対象となった筋肉の名称は以下です。
受傷リスクが高い運動
  • ベースライン(1度目)6mの平地を行ったり来たりする(3セット)
  • Aフレーム昇降運動アルファベットの「A」の形をした障害物を上り下りする(6セット)。頂点の位置は1.67mと1.75mの2種類。犬のアジリティ競技会で用いられるAフレーム
  • ジャンプ4.5m離れた場所から助走をつけて55cm高さの障害物を跳び越える(3セット)犬のアジリティ競技会で用いられるジャンプバー
  • ベースライン(2度目)6mの平地を行ったり来たりする(3セット)
前肢の筋肉
アジリティ中に受傷しやすい犬の上肢筋肉群
  • 上腕二頭筋肘関節を屈曲させてくの字に曲げる働き
  • 上腕三頭筋長頭肩関節を屈曲させて肘を後方に引き寄せる+肘関節を伸ばして一直線にする働き
  • 棘上窩肩関節を安定化させる+伸展させて肘を前方に振り出す働き
  • 棘下筋肩関節を安定化させる働き
 調査の結果、普通に歩いている時(ベースライン)よりもジャンプしている時の方が、4つの筋肉に大きな負荷がかかっており、その幅は2.7~10.6倍に及ぶことが明らかになったといいます。またAフレーム昇降運動においても同様の傾向が見いだされ、負荷倍率は2.8~7.4倍だったとも。
 アジリティ競技中における捻挫や打撲といった軟部組織(筋肉・腱・靭帯)の受傷は多く、32%もの競技犬が何らかの怪我を負っているという推計もあります。調査チームは、とりわけ怪我のリスクが高いとされるジャンプ運動とフレーム昇降運動中のバイオメカニクス(生体力学)を、怪我の予防につなげていきたいとしています。
The magnitude of muscular activation of four canine forelimb muscles in dogs performing two agility-specific tasks
Cullen et al. BMC Veterinary Research (2017) 13:68, DOI 10.1186/s12917-017-0985-8

解説

 ジャンプ運動において最も強い負荷がかかった瞬間は、バーの上を跳び越える寸前の上腕三頭筋(10.6倍)でした。 犬の上腕三頭筋には前方に振り出す相で強い伸張性収縮が起こる  肘を後ろに引きつけるはずの上腕三頭筋が、肘を前方に振り出しているときに最も活性化するというのは奇妙な話です。しかしこれは「伸張性収縮」(eccentric contraction)という筋肉の収縮様式の1つで、走っている時の人間の太ももでも確認されています。具体的には足を前方に振り出した時の腿裏の筋肉(ハムストリングス)です。
伸張性収縮
筋肉の長さを短くしながら収縮する様式を「短縮性収縮」というのに対し、長くしながら収縮する様式を「伸張性収縮」という。例えば、肘関節を曲げながら鉄アレーを持ち上げるのが「短縮性」(上腕二頭筋が短くなって力こぶができる)、伸ばしながら戻すのが「伸張性」(上腕二頭筋が伸びて力こぶが消える)。人間がハムストリングスを痛めるのは振り出し相に多い
 興味深いことに、ハムストリングスが受傷しやすいのは伸張性収縮が関わっている振り出し相のときだといいます。筋肉が最も収縮しやすい角度(経済角)にないタイミングで無理に強い力を出そうとすると、個々の筋線維への負荷が高まり、肉離れといった怪我につながるのかもしれません。もしそうだとすると、特にジャンプ運動において犬が肩関節に怪我を負いやすいという事実にも説明がつきます。
 2013年、アメリカ獣医学協会(AVMA)がイギリスとカナダのアジリティ協会に登録しているハンドラー1,669人から合計3,801頭のデータを収集して統計を取ったところ、全体の32%に相当する1,209頭が最低1つの怪我を抱えていたといいます。合計1,523ヶ所の怪我のうち、多かった部位は以下です。 アジリティ競技犬に多い受傷部位
  • 肩=349ヶ所
  • 背中=282ヶ所
  • 手の先=202ヶ所
  • 首=189ヶ所
 さらに怪我のきっかけになった運動は「バーのジャンプ」(260ケース)、「Aフレームの昇降」(235ケース)、「歩行障害物」(177ケース)だったとも。 瞬発力が必要なドッグアジリティでは怪我が発生しやすい  適度な有酸素運動は、体の筋肉や神経系に刺激を与えて健康の維持につながると考えられます。しかし瞬間的に強い力がかかるような無酸素運動を繰り返していると、どうしても怪我を負ってしまうリスクが高まります。アジリティ競技をやっている人は、それが犬のためなのか、それとも家の中にトロフィーを飾るためなのかをよく考える必要がありそうです。 犬の捻挫 犬の骨と筋肉の解剖図