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犬は親しい犬と見知らぬ犬を区別した上で利他行為を行う

 特殊なトークンを選ぶと別の犬に報酬が与えられるという状況に犬を入れ、向社会性(利他行為)が見られるかどうかが観察されました(2017.1.30/オーストリア)。

詳細

 他者に利益を与えるような行動を自発的に取る「向社会性」(こうしゃかいせい, prosociality)は、これまで人間固有の特質と考えられてきました。しかし2000年以降に行われた様々な調査により、霊長類以外の動物でも存在していることが徐々に明らかになりつつあります。その代表例が人類最良の友「犬」です。
 オーストリア・ウィーンにある獣医大学の調査チームは2015年、「棒引パラダイム」と呼ばれる方法を用いて犬の向社会性に関する検証を行い、「犬にも利他行為があり、その度合いは犬同士の親密度によって影響を受けるようだ」という結論に至りました。しかし向社会性を確認する時のテストは、動物種の間で異なる結果を導くことが多く、また同じ個体に対して同じ方法を用いたとしても、違う結果になることが少なくありません。そこで上記チームは、「トークンパラダイム」と呼ばれる新しい手法を考案し、前回の調査で確認された犬の向社会性が追認されるかどうかを検証することにしました。パラダイムに関する簡単な説明は以下です。
トークンパラダイム
  • 2つの区画を作り、一方にはご褒美を与える「ドナー」、他方にはご褒美を受け取る「レシーバー」を入れるドナーとレシーバーを隣り合った区画内に入れる
  • ドナーはボードに取り付けられたトークンを選ぶドナーに事前にトレーニングを施し、一方のトークンをご褒美あり、他方をご褒美なしと覚え込ませる
  • 特定のトークンを選んだらレシーバーにご褒美が与えられるご褒美ありのトークンを選んだときだけ隣の区画におやつが出てくる
 つまりドナーがトークンを選んだとしても、自分ではなく隣にいるレシーバーだけが報酬を受け取るという状況を設定したわけです。この設定により、犬がトークンを選んだら「自発的に利他行為を行った」と判断できるようになりました。
 その後、ご褒美を受け取るレシーバーの設定を様々に変え、ドナー犬がどの程度の頻度でトークンを選択するかが観察されました。具体的な状況の内容と主な結果は以下です。なお「顔なじみの犬」とは、最低1年間同じ家庭内で暮らしている犬、「見知らぬ犬」とは親しい犬と同性だが全く別の家庭で暮らしており、これまで一度も交流したことがない犬のことを意味しています。
ドナー犬の実験状況
  • レシーバーが区画内にいるおやつを受け取るレシーバー犬が隣の区画内にいる状況。レシーバーには「顔なじみの犬」と「見知らぬ犬」の2バージョンあり。調査チームの仮説は「見知らぬ犬よりも顔なじみの犬に対して高い頻度でトークンを選択する」というもの。おやつを受け取ることができる位置に他の犬がいる時のドナー犬の向社会的反応を観察する
  • レシーバーが区画外にいるおやつを受け取るレシーバー犬が区画外の床の上にいる状況。レシーバーには「顔なじみの犬」と「見知らぬ犬」の2バージョンあり。調査チームの仮説は「レシーバーが区画内にいるときよりもトークンの選択頻度が下がる」というもの。おやつを受け取ることができない位置に他の犬がいる時のドナー犬の向社会的反応を観察する
  • レシーバーがいない室内からレシーバーの存在を排除した状況。調査チームの仮説は「レシーバーが区画内にいる時や区画外にいるときよりもトークンの選択頻度が下がる」というもの。室内に他の犬がいない時のドナー犬の向社会的反応を観察する
 観察の結果、レシーバーが見知らぬ犬の時(6.3回)よりも親しい犬の時(15.9回)の方が高い頻度でトークンを選ぶことが明らかになりました。その一方、レシーバーが存在していない時(9.4回)と、レシーバーが区画の外にいて、おやつをゲットできない場所にいる時(13.9回と8.3回)とでは、トークンを選ぶ頻度に格差は見られなかったといいます。また「顔なじみが区画内(15.9回)」と「顔なじみが区画外(13.9回)」、および「見知らぬ犬が区画内(6.3回)」と「見知らぬ犬が区画外(8.3回)」との間でも、統計的に有意な格差は見られなかったとも。これは、レシーバー犬が実際に報酬を得られるかどうかを、ドナー犬がしっかりと理解していないことを示す結果です。 レシーバー犬を様々な状況においたときのドナー犬の向社会的行動頻度の変化  こうした結果から調査チームは、レシーバーが親しい犬であるときに利他行為の頻度が増加する「親密性効果」は確認されたものの、その行為が純粋に向社会性を反映したものなのか、それとも社会的促進の産物なのかは現段階では断言できないとしています。
社会的促進
 社会的促進(social facilitation)とは、同種の仲間がそばにいるだけで動機付けの状態が変化し、行動の出現に影響を及ぼすこと。例えば、単独で食事しているときよりも仲間と一緒に食事をしているときのほうが食が進み、摂食量が増えるなど。
Task Differences and Prosociality; Investigating Pet Dogs’ Prosocial Preferences in a Token Choice Paradigm.
Dale R, Quervel-Chaumette M, Huber L, Range F, Marshall-Pescini S (2016) PLoS ONE 11(12): e0167750. doi:10.1371/journal.pone.0167750

解説

 レシーバーが見知らぬ犬の時よりも親しい犬の時の方が高い頻度でトークンを選ぶというのは、直感的に理解しやすい結果です。人間に置き換えると、食事中に「一口ちょうだい」と言われる状況を思い浮かべれば分かりやすいでしょう。ねだってくるのが友人ならシェアすることもありますが、赤の他人なら気持ち悪くて押し黙ってしまいます。この点に関しては、2015年の「棒引パラダイム」において確認された「親密性効果」が、今回の調査でも追認されたという形になります。
 一方、レシーバーが区画内にいるときと区画外にいるときとで、行動頻度に大きな格差が見られなかったというのはあまりピンとこない結果です。まるで、レシーバーが実際に餌を受け取ることができるかどうかを犬が理解していないかのような印象を受けてしまいますが、この現象に対する仮説としては「パラダイムの複雑性」というものがあります。チンパンジーや人間の子供を対象とした調査では、実験デザインが複雑になればなるほど、向社会的行動が低下したと報告されています。犬でも同じ現象が起こったのだとすると、脳の中で処理する情報が多くなったため、他人(他犬)のことが頭からすっぽり抜けてしまったといったメカニズムが考えられます。人間に置き換えると、「忙しくなったため接客が雑になる」といった感じでしょうか。実際、パラダイムをマスターするまでに要したトレーニングセッションは、棒引きパラダイムの方が「平均2.38」、トークンパラダイムの方が「平均7.36」だったといいます。
 レシーバーが区画の外にいるときとレシーバーそのものがいないときとでは、利他行為の頻度がそれほど変わらないという奇妙な現象も確認されました。もし、近くにいる同種の仲間の存在が動機付けに影響を及ぼす「社会的促進」という現象が犬にあるならば、レシーバーがいない状況よりも、レシーバーが区画の外にいる状況において行動の頻度が増減するはずです。しかし実際は、両状況の間で統計的に有意な格差は見られませんでした。この事実から、社会的促進が全くないとは言い切れないものの、すべての状況において犬の行動に作用しているとは考えにくくなります。
 イギリス・ポーツマス大学が2016年に行った調査では、「犬は相手を助けてあげようという利他的な動機で行動できる」という可能性が示唆されています(→詳細)。しかし今回の調査で浮き彫りになったように、テスト手順(パラダイム)の微妙な違いによって、異なる結論に至るという可能性がなきにしもあらずです。当調査から導き出された「レシーバーが見知らぬ犬の時よりも親しい犬の時の方が高い頻度でトークンを選ぶ」という現象の裏にあるのが、果たして「向社会性」なのか「社会的促進」なのか、それともその両方なのかを解明するには、さらなる検証実験が必要でしょう。 犬には以心伝心がある? 犬には同情心がある?