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犬には同情心がある?

 犬の都市伝説の一つである「犬には同情心がある」について真偽を解説します。果たして本当なのでしょうか?それとも嘘なのでしょうか?

伝説の出どころ

 「犬には同情心がある」とか「犬には共感能力がある」といった都市伝説の出どころは、メディアで度々紹介される犬に関する美談だと思われます。例えば以下は2015年に報道された犬に関する心温まるエピソードです。どのケースにおいても、犬が相手の気持ちに共感して行動を起こしたという印象を与えます。
犬の同情エピソード
  • イギリス スタッフォードシャーブルテリアの「バズ」が、盲目の相棒「グレン」のため、盲導犬を買って出る(→DailyMail)。盲目の相棒のため盲導犬の役を務める犬
  • ワシントン州 セッターの「ティリー」が貯水槽に落ちた相棒「フィービー」のために一週間そばに寄り添い、通行人に助けを求める(→the guardian)。貯水槽に落ちた相棒のため1週間見張りを続けた犬は、ワシントン州知事から表彰された
  • テキサス州 ダラスの路傍で、行き倒れた友のなきがらをグレートピレニーズがじっと見守る(→NBC)。来歴のわからないグレートピレニーズは車に轢かれて死んだ相棒のかたわらに数日間たたずんでいた
 また、新聞やテレビといったマスメディア以外にも、インターネットの動画を通じて、犬の同情心を感じるというパターンも散見されます。
 以下でご紹介するのは、泣きまねをしている飼い主の元に駆け寄って盛んに中断しようとする犬の動画です。 元動画は⇒こちら
 上記したような事例に触れていると、犬には確かに他の犬や人間の気持ちに共感する能力があると信じてしまいそうになります。「犬には同情心がある」という都市伝説は、犬に関する数々の美談や、飼い主の間で流布する「泣いているときや具合が悪い時、犬がそばに来て静かに寄り添ってくれた」という噂話によって、少しずつ形成されていったものと考えられます。

伝説の検証

 人間の子供においては、苦境にある他人に同情して慰めるという傾向が9ヶ月齢くらいから現れ始め、14ヶ月齢くらいからは自発的な手助け行動に進展していくといいます。では、人間の子供と似たような行動を犬が見せた場合、犬にも同情心や共感能力があると言えるのでしょうか?このテーマに関しては様々な仮説が立てられ、今もなお議論が続けられています。
同情と共感に関する仮説・目次

共感仮説

 「共感仮説」とは、犬が相手の心の内を理解した上で、自分の行動を決定するという仮説のことです。この仮説の実証実験には、「あくびの伝染」という現象が利用されてきました。理由は、人間やいくつかの霊長類で観察されているあくびの伝染が、同情や共感の証と考えられているためです(→出典)。犬と人間の間にもあくびの伝染が起こることから、「犬にも同情心があるに違いない!」という仮説が立てられ、以下のような実験が行われてきました。
あくびの伝染に関する調査
  • 2008年の調査 29頭の犬に対し、「本当のあくびをする人」と「あくびのマネをする人」を接触させたところ、21頭の犬では本当のあくびをしているときに伝染が起こった。しかし、ただ単に口を開けてあくびのマネをしているときにこの現象は起こらなかった。このことから、あくびの伝染は犬に共感能力があることの証であると推察される(→出典)。
  • 2012年の調査 犬に対して人間があくびをする時の声だけを聞かせ、伝染が起こるかどうかを調査した。その結果、あくびの伝染は起こり、なおかつ親しい人間のあくびの声を聞いた時の方がより頻繁に起こった。このことから、犬におけるあくびの伝染には、人間や一部の霊長類で確認されているように、同情心が関わっている可能性が示唆された(→出典)。
  • 2014年の調査 東京大学のテレサ・ロメロ氏主導のもと、東京都日野市にある多摩動物公園で、12頭のオオカミを5ヶ月間、合計254時間に渡って観察した。その結果、「あくびを見た後の方があくびが出やすい」、「あくびの音よりもあくびをする姿を見たほうが移りやすい」、「オスよりもメスの方があくびが移りやすい」、「他のグループよりも同じグループ間で発生しやすい」という傾向が見出された。こうした事実から研究者は、あくびが移るメカニズムが心理的に近いものの間で起こる「共感仮説」によって成り立っているとの認識を強めた(→出典)。あくびの伝染は犬の祖先であるオオカミの間でも観察される現象である
 上記したように、犬が相手を観察し、心理的な状態を把握した上で、自分の行動に反映させるとする考え方が「共感仮説」です。

伝染仮説

 「伝染仮説」とは、相手が見せる何らかの引き金刺激(リリーサー)によって自動的に行動が発動するというものです。「まつげにものが触れると自動的に目を閉じる」に似た現象だと考えれば分かりやすいでしょう。「伝染仮説」を支持する実験としては以下のようなものがあります。
 4~14ヶ月齢の子犬35頭に対し、親しい人とそうでない人があくびをしたり、口を大きく開けたりする様子を観察させました(→出典)。その結果、7ヶ月齢を過ぎた子犬でだけあくびの伝染が観察されたものの、親しいかそうでないかという心理的な近さとあくびの伝染しやすさには相関関係は見出されなかったと言います。こうした観察から研究者は、あくびの伝染という現象は、同情や共感の結果として生じるのではなく、犬という動物種の発達段階の中に生まれつき組み込まれている反応であると推定しました。
 しかし上記実験には反証もあります。例えばHarrらは、本当にあくびをしている映像とあくびのマネをしている映像を犬に見せ、あくびの伝染が起こるかどうかを観察しました(→出典)。その結果、あくびのマネだけを見せられた犬の大部分では、伝染が起こらなかったといいます。あくびの伝染が生得的な反応であるならば、あくびが本物であるかニセモノであるかに関係なく、犬の間で伝染が起こるはずです。ですからこの調査結果は「伝染仮説」に対立するものと言えるでしょう。 犬にあくびが伝染するのは、人間が本当のあくびをしているときに限る

単純模倣仮説

 「単純模倣仮説」とは、相手との交流を円滑にするため、単純に相手のやっていることをマネするという仮説のことです。相手の心情を理解する必要がないという点で「共感仮説」とは異なり、また何らかの刺激に自動的に反応するわけでは無いという点で「伝染仮説」とも異なります。無意識的に相手をマネする現象が、まるで周囲の環境に合わせて自動的に体の色を変えるカメレオンのようであることから「カメレオン効果」と呼ぶ人もいます(→出典)。
 人間界では社会的パートナーの行動を知らず知らずのうちに模倣してしまう現象が確認されています。例えば、子供が親の口調をマネするだとか、恋人同士が相手のちょっとした仕草を無意識的にマネしてしまうなどです。この現象の根底には、「相手と社会的なつながりを持ちたい」という欲求があると想定されています(→出典)。実際、模倣者と模倣されたものの間の交流が円滑になるという効果が確認されていますので(→出典)、女性向け雑誌の恋愛特集でよく聞く「ミラーリング」というテクニックも、あながちデタラメとは言えないでしょう。 アメリカのオバマ大統領とイギリスのキャメロン首相が、無意識的に同じ姿勢を取る  上記カメレオン効果は、種を超えても起こりうるようです。例えば人間に育てられ、強い親愛の情を抱いているオマキザルは、自分のマネをしてくれた人間のマネをすることが確認されています(→出典)。犬と人間の間で起こる「カメレオン効果」(あくびの伝染など)が、人間同士において観察されたのと同じように、「相手と交流したい」という気持ちの裏返しであるならば、犬に同情心や共感能力があるという事実の証明にはなってくれないでしょう。その代わり、動物種という枠を超え、生命全体に対する愛情の存在を想定する「バイオフィリア仮説」の傍証にはなってくれるかもしれません。

伝説の結論

 同情心や共感能力の証拠とされる「あくびの伝染」に関しては、様々な仮説が乱立しており、今のところ決着を見ていません。ですから「犬には同情心がある」という都市伝説は、現在検証中とするのが妥当なところでしょう。

飼い主を助ける犬は?

 犬に同情心や共感能力が無いのだとすると、世界中で聞かれる「犬が飼い主の危機を救ってくれた」といった類の散発的なエピソードは一体どう説明すればよいのでしょうか? 実はこの疑問に対しても面白半分、および学術的に検証実験が行われています。
 バラエティの面では、 10年以上前に放映された番組内で「倒れたふりをする飼い主を飼い犬が助けるかどうか? 」という調査が行われました。100組に及ぶ飼い主と犬のペアに参加してもらい、散歩中の飼い主が心臓発作に見舞われて突然倒れるというシチュエーションを設定したところ、飼い主を助ける犬はゼロという結果になりました(→YouTube)。
 一方、学術面では、「飼い主が心臓発作に見舞われたふりをする」および「本棚が倒れて飼い主が床に倒れこむ」という、まるでバラエティ番組のような状況が設定されました。その結果、犬が緊急事態を察知して誰かに助けを求めるといった行動は、結局観察されなかったと言います(→出典)。 心臓発作と本棚に押しつぶされるという状況において、犬は飼い主のピンチを理解できなかった  こうした結果を見ると、「犬が飼い主のピンチを助けてくれる」といった逸話は、名犬ラッシーの世界だけということになりそうです。しかし一縷(いちる)の望みも残されています。2002年、オーストラリアの医師アラン・E・ストックス氏が行った調査によると、犬は人間が危機的状態になった時にだけ発散する、何らかの揮発性物質を感知できる可能性が示唆されています(→出典)。同医師によると、おそらくその物質は、汗に含まれるアドレナリン、ドパミン、ノルアドレナリンなど各種のカテコールアミンだろうとのこと。ですから「犬は飼い主のピンチを救ってくれない」のではなく、「犬は飼い主がサル芝居をしている限り助けてはくれない」というのが真実なのかもしれません。
 いずれにしても、犬が飼い主を助けるという行動だけから、犬に同情心があるという結論を導き出すのは、少々難しいようです。

飼い主を慰める犬は?

 非常によく耳にするエピソードとして「悲しんでる飼い主を犬が慰めてくれた」といったものがあります。犬に同情心や共感能力が無いと仮定してしまうと、この種の話はすべて嘘か勘違いということになってしまうでしょう。しかし、過去に行われたいくつかの調査や実験により、犬が第三者を慰めるという行動は確かにあるという可能性が示唆されています。
 2008年、3つの犬の群れを観察したところ、敵対関係にある個体のうち、攻撃行動を受けた方の個体に、全く無関係な第三者が親和的行動を見せる姿が確認されたと言います(→出典)。この行動にはストレス軽減効果があるものと推測されており、犬の遠い祖先に当たるオオカミでも似たような行動が観察されています(→出典)。泣いている人のそばに行って慰めるかのようなしぐさを見せる犬  また2012年に行われた実験では、犬が泣いている人に積極的に近づこうとする傾向が確認されています(→出典)。実験では、人が話したりハミングしている状況と泣いている状況とが設定され、それぞれの状況に対し犬がどのようなリアクションを見せるかが観察されました。その結果、犬は泣いている人に対してより積極的に近づく傾向があり、この傾向は実験者が飼い主だろうと、見知らぬ人だろうと変わらなかったと言います。さらに、見知らぬ人間が泣いているふりをしていると、犬は普段ご褒美と感じるような愉快なこと(おやつやおもちゃ)よりも、その人に近づいて鼻を擦り付けたり匂いを嗅ぐといったしぐさを優先したとも。こうした結果から研究チームは、泣いている人に近づこうとする犬の行動は、人間の子供で観察される同情行動と一致するものであるとの認識を強めました。
 上記した事実を考え合わせると、「飼い主を慰めてくれる犬」という話はあながちデタラメとも言い切れなくなってきます。しかし、普段見かけない人間の行動に対し、犬がただ単に興味を抱き、新奇探索傾向の一環として人に近づいたという可能性を排除できません。ですから、泣いている人に犬が近づくという行動だけから、犬に共感能力があるという結論を導くのは、やはり難しいでしょう。

犬の同情心は擬人化?

 「犬が飼い主のピンチを救ってくれた」だとか「犬が慰めてくれた」といったエピソードから、犬に同情心があると結論付けることはいささか早計だと思われます。物事を可能な限り単純に解釈しようとする「モーガンの公準」にのっとると、「犬が同情するなんて擬人化である」の一文で片付けられてしまうでしょう。しかし、こうした単純化は時として隠された真実に光が当たる機会までつぶしてしまいます。近年は、相手の心の中を類推する能力である「心の理論」が、犬においてもある程度あるのではないかという可能性が検証されていたり(→出典)、犬と人間の脳内において社会的コミュニケーションツールである「声」を処理する領域が一致しているという事実が確認されています(→出典)。人間と犬の脳内では、社会的交流にかかわる情報が同一部位で処理されているらしい ですから、犬が人類最良の友と呼ばれるようになった背景には、彼らが持つ同情・共感能力があるに違いないという夢を持っていた方が、より建設的でしょう。