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犬の「心の理論」(Theory of Mind)に関する検証実験

 相手の認識していることを理解する能力「心の理論」が、犬にもあるのかどうかを検証するための実験が行われました(2017.4.6/オーストリア)。

詳細

 「心の理論」とは、他者が五感を通じて認識している内容や考えている内容を、自分自身の経験などから推測して頭の中で再構築する能力。簡単に言うと、相手の考えていることを理解する能力のことです。オーストリア・ウィーン大学の調査チームは、犬にもこの「心の理論」があるのかどうかを確かめるため、犬に特殊な訓練を施した上で検証実験を行いました。
 実験に参加したのはオーストリア国内に暮らしているペット犬16頭。平均年齢は4.8歳で、犬種と性別はバラバラです。調査チームはまず、中が見えない4つの容器のうち人間が指差したものだけを犬たちが選ぶよう訓練しました。次に、指をさす人間の数を2人に増やし、異なる2つの容器を同時に指差す状況を作り出しました。 2人同時に指をさしたとき、犬が一方を選ぶ確率は理論上50%  もし犬に何の予備知識もない場合、「2人が同時に2つの容器を指さしている…どちらが正解が分からないから適当に選ぼう!」となり、どちらか一方の容器を選ぶ確率はちょうど50%になるはずです。しかし犬に何らかの予備知識があった場合、この50%ルールが崩れ、どちらか一方の容器を選ぶ確率が高くなると考えられます。調査チームはこの原理を生かし、犬の予備知識を様々に変化させることで、彼らの「心の理論」を証明しようと試みました。「Knower-Guesser Task」(知る者-知らぬ者課題)と呼ばれる具体的なテスト内容は以下です。
犬の心の理論・実験1
犬の心の理論「Guesser Present Test」
  • 実験内容犬の目の前に目隠し用のスクリーンを設置し、その後ろにAとBという2人の実験者がいる。Aは犬に見えないように容器におやつを隠す役割、Bはその様子をただ単に眺めているという役割。Aがおやつを隠し終わったタイミングでスクリーンを倒し、2人同時に異なる容器を指差す。果たして犬はどちらの容器を選ぶのだろうか?
  • 仮説もし犬が人間の知識の状態(おやつの隠し場所を知っているかどうか)を「心の理論」によって推し量ることができるなら、「2人とも隠し場所を知ってるはずだ。どちらを選んでもおやつをゲットできるだろう」と考え、どちらか一方の容器を選ぶ確率はちょうど50%に近づくはずだ。
  • 結果犬がAを選ぶ確率は56.2%だった。
犬の心の理論・実験2
犬の心の理論「Guesser Absent Test」
  • 実験内容AとBという2人の実験者がいる。Aは犬に見えないように容器におやつを隠す役割だが、Bはその間退室し、Aがどの容器におやつを隠したかを知らない。その後Bが室内に戻ったタイミングでスクリーンを倒し、2人同時に異なる容器を指差す。果たして犬はどちらの容器を選ぶのだろうか?
  • 仮説もし犬が人間の知識の状態(おやつの隠し場所を知っているかどうか)を「心の理論」によって推し量ることができるなら、「Bは部屋の中にいなかったからおやつの隠し場所を知っているはずがない。Aの指示に従おう!」と考え、BよりもAの指差した容器を選ぶ確率が高くなるはずである。
  • 結果犬がAを選ぶ確率は72.3%だった。
犬の心の理論・実験3
犬の心の理論「Guesser Looking Away Test」
  • 実験内容A、B、Cという3人の実験者がいる。Cは犬に見えないように容器におやつを隠す役割で、AとBは傍観者という役割。ただしAはCが視界に入らないような方を向いており、BはCが視界に入るような方を向いている。ただしBの視線はCの手元ではなく壁の方を向いている。Cがおやつを隠し終わったタイミングでスクリーンを倒し、傍観者だったAとBが2人同時に異なる容器を指差す。果たして犬はどちらの容器を選ぶのだろうか?
  • 仮説もし犬が人間の知識の状態(おやつの隠し場所を知っているかどうか)を「心の理論」によって推し量ることができるなら、「AもBも部屋の中にいたけれど、Cの手元を見るチャンスがあったのはBだけだ。Bの指示に従おう!」と考え、AよりもBの指差した容器を選ぶ確率が高くなるはずである。
  • 結果犬がBを選ぶ確率は61.7%だった。
「心の理論」を検証する際によく用いられる「Knower-Guesser Task」(知る者-知らぬ者課題)  実験2と3の結果が統計的に有意と判断されたことから調査チームは、犬が行動を決定するときの判断材料にしたのは人間が見ている内容である、すなわち犬には「心の理論」が備わっているのではないかとの推論を述べています。また当調査は、犬の「心の理論」に関して行われた過去の調査結果を再現し、補強するものであるとも。
Dogs demonstrate perspective taking based on geometrical gaze following in a Guesser-Knower task
Catala, A., Mang, B., Wallis, L. et al. Anim Cogn (2017). doi:10.1007/s10071-017-1082-x

解説

 今回行われた調査のベースになっているのは、2014年にMaginnityらが報告した実験です。こちらの実験では犬の心の理論が以下のような方法で検証されました(→出典)。
Maginnityらの実験(2014)
  • 実験1今調査の実験1と同じ内容で、おやつを隠した人とそれを見ていた人が同時に指をさす。
    【結果】おやつを隠した人の指示に従う確率は58%異なる知識状態の2人が同時に指示を出す「Knower-Gueser Task」
  • 実験2今調査の実験2と同じ内容で、おやつを隠した人とその間退室していた人が同時に指をさす。
    【結果】おやつを隠した人の指示に従う確率は73%
  • 実験3おやつを隠す実験者の他に傍観者2人が用意され、一方は両手で頬を隠し、他方は両手で目を覆う。
    【結果】両手で頬を隠した人(隠す現場を目撃できた人)の指示に従う確率は64%一方は頬を隠し、他方は目を隠すことで視認状態に差をつける
  • 実験4おやつを隠す実験者の他に傍観者2人が用意され、一方は床を見下ろし、他方は天井を見上げる。
    【結果】床を見下ろしていた人(隠す現場を目撃できた人)の指示に従う確率は62%一方は下を、他方は上を見ることで視認状態に差をつける
  • 実験5おやつを隠す実験者の他に傍観者2人が用意され、2人とも天井を見上げるか、2人とも床を見下ろす
    【結果】どちらか一方を選ぶ確率は50%
  • 実験6おやつを隠す実験者の他に傍観者2人が用意され、2人とも天井を見上げるか、2人とも床を見下ろすまでは実験5と同じだが、その後どちらの実験者も指をささない。
    【結果】容器を選ぶ確率が29%に減り、さらに自力でおやつ入りの容器を見つける確率はわずか4.2%に激減
 実験1と2は今回の調査と共通しており、ほぼ同じ結果に至っています。実験3と4に関しては今回の調査でアレンジが加えられました。具体的には「手で両目を覆う」とか「天井を見上げる」といった犬にとっては奇異に感じるような動作の代わりに、「横を向く」というありふれた動作を採用した点です。2014年のMaginnityによる実験、および今回の実験を通して、犬の選択率に影響を及ぼすような以下の可能性が排除されたのではないかと推測されています。
犬の選択影響因子
  • おやつを隠す動作に釣られる
  • おやつを隠した人を選好する
  • 奇異な行動を見せる人を避ける
  • 犬の近くにいた飼い主による無意識的な促し
  • 指さしをする実験者による無意識的な促し
  • 容器の匂いに釣られる
 2人の人間が同時に指を差した時、本来ならばどちらが一方を選択する確率は50%になるはずです。しかし犬の予備知識を様々に操作したところ、選択率が50%から大きくぶれることが明らかになりました。この現象について調査チームは、犬の行動に影響を及ぼすような様々な要因の可能性を排除した結果、最後に残るのは「犬は人間の視線を追い、何を知って何を知らないかを理解することができる」という「心の理論」ではないかと推測しています。 犬には以心伝心がある? 犬には同情心がある?