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犬の皮膚無力症(エーラス・ダンロス症候群)~症状・原因から検査・治療まで

 犬の皮膚無力症(エーラス・ダンロス症候群)について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。なお当サイト内の医療情報は各種の医学書を元にしています。出典一覧はこちら

皮膚無力症の病態と症状

 犬の皮膚無力症(cutaneous asthenia)とは結合組織の一種であるコラーゲン線維に異常が起こり、十分に生成されなかったり生成されても正常ならせん構造を形成しないため、皮膚が異常に伸びたり脆(もろ)くなったりする遺伝性の病気。似たような病気は人間、ウマ、ネコ、ウシ、ヒツジ、ウサギ、ミンクなどで確認されています。ただし発症因子や症状が全く同じではないため、呼び方は以下のように様々です。
  • 人間→エーラス・ダンロス症候群
  • ウシ・ヒツジ→皮膚脆弱症
  • ウマ→HERDA
  • イヌ・ネコ→皮膚無力症
 人間におけるエーラス・ダンロス症候群は、早くも紀元前400年の段階でヒポクラテスが記述していますが、病名が確立したのは20世紀に入ってからで、症例報告を行ったデンマーク人医師(Edvard Ehlers)とフランス人医師(Henri-Alexandre Danlos )の名にちなんでいます。文献によってまちまちですが、人医学では発現様式によって6~13タイプに分類されます。 皮膚無力症の犬で見られる異常に伸びる頬  病気は成長してからある日突然発症するのではなく、多くの場合生後まもなく現れ始めます。主症状は以下です。
皮膚無力症の主症状
  • 皮膚が異常に伸びる
  • 皮膚がすぐに裂ける
  • 高齢になってからは顔の皺、腹部のたるみ
  • 関節可動域異常
  • 傷が治りにくい
 患犬では皮膚の引っ張り強度は1/40程度にまで減弱するため、「魚の口(fish-mouth)」と形容されるようなパックリ裂けた傷口を呈するようになります。
 犬における症例自体が少ないためか、人間のエーラス・ダンロス症候群で確認されている偏頭痛、心臓の弁逸脱、肺動脈狭窄、僧帽弁逆流、大動脈瘤、心房中隔欠損、ファロー四徴症などは犬では確認されていません。一方、一部の症例では鎖骨下動脈の血管壁に弱化が見られたという報告あります出典資料:Uri, 2015)

皮膚無力症の原因

 皮膚無力症の原因は遺伝子の変異です。劣性遺伝の症例も優性遺伝の症例も混在しています。遺伝形式が完全に解明されたわけではありませんが、変異部は性染色体ではなく常染色体上にあり、発症頻度に性差はありません。さまざまな犬種における症例報告があるものの、統計的に計算できるほど多くの症例が蓄積していないため好発疾患なのかどうかはわかっていません。

COL5A1遺伝子の変異

 V型プロコラーゲン遺伝子「COL5A1」の変異によって発症した症例が報告されています。この遺伝子は人医学におけるエーラス・ダンロス症候群の分類で「古典型」とされるタイプを作り出すものです。
 症例の一部では両親のどちらか一方だけから変異遺伝子を受け継いだヘテロ型が確認されましたので、常染色体優性遺伝の一様式ではないかと推測されています出典資料:Bauer, 2019)エーラス・ダンロス症候群(皮膚無力症)を発症した犬では皮膚が異常に伸びる

ADAMTS2遺伝子の変異

 ADAMTS2のナンセンス突然変異による症例がドーベルマンで報告されています。両親から変異遺伝子を1本ずつ受け継いだホモ型が確認されましたので、常染色体劣性遺伝の一様式ではないかと推測されています出典資料:Jaffey, 2019)ADAMTS2遺伝子の変異でエーラス・ダンロス症候群(皮膚無力症)を発症したドーベルマン

TNXB遺伝子の変異

 TNXB遺伝子のミスセンス突然変異による症例がミックス犬で報告されています。TNXBは細胞外マトリックスにある巨大な糖タンパク質をエンコードする遺伝子です。 TNXB遺伝子の変異によってエーラス・ダンロス症候群(皮膚無力症)を発症したミックス種の犬  両親のどちらか一方だけから変異遺伝子を受け継いだヘテロ型が確認されましたので、常染色体優性遺伝の一様式ではないかと推測されています。また「Gly967Asp」という変異形式に関してはチワワとプードルの一部でも確認されたため、EDSに似た症状に注意が必要だとも出典資料:Bauer, 2019)

皮膚無力症の検査・診断

 犬の皮膚無力症は皮膚伸長テストと顕微鏡を用いた組織学的な検査によって診断します。

皮膚伸長テスト

 皮膚伸長テストでは、後頭稜~しっぽの付け根までの長さを「1」としたとき、背中~腰の皮膚を限界まで上に持ち上げたときの長さがどの程度になるかを計測します。 皮膚伸長インデクス(SEI)  皮膚伸長インデクス(SEI)と呼ばれるこの指標の犬における目安は8~15%未満です。背中の皮膚が異常に伸び、17~25%に達するような場合はコラーゲン線維の生成異常による皮膚無力症が強く疑われます。

組織病理学検査

 犬の皮膚から採取したコラーゲン線維を光学もしくは電子顕微鏡で観察することにより異常を見つけます。皮膚無力症における主な特徴は以下です出典資料:Bauer, 2019)
顕微鏡所見
皮膚無力症の犬で見られる真皮層のコラーゲン不整列
  • 真皮層におけるコラーゲン線維の減少と不整列
  • 真皮層におけるコラーゲン線維の短縮化や歪曲
  • コラーゲン線維破損に続発する好中球の浸潤や線維症

皮膚無力症の治療・予後

 犬の皮膚無力症に対する根本的な治療法はありません。ただ遺伝疾患ですので、発症した犬を繁殖に用いないことで予防は可能です。
 皮膚の傷や壊死に対しては縫合を始めとした外科的な修復が行われます。傷口からの二次感染を防ぐため、抗生剤などが処方されることもあります。
 皮膚が脆くちょっとした外圧や衝撃で裂けてしまいますので、服を着せたり爪キャップをするなどの予防策は絶対に必要です。例えば以下は皮膚無力症を発症したパグ「ペッパー(Pepper)」の私服姿です出典資料:DailyMail, 2015)エーラス・ダンロス症候群(皮膚無力症)を発症した犬は怪我を予防するため防護服を着用する必要がある エーラス・ダンロス症候群(皮膚無力症)を発症した犬の飼い主は献身的なケアが必要