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犬の髄膜脳脊髄炎に腸内細菌が関与している可能性あり

 脳と脊髄およびそれらを包む髄膜に炎症が発生する髄膜脳脊髄炎のうち、原因不明のものはある種の腸内細菌によって引き起こされているかもしれません(2017.2.27/アメリカ)。

詳細

 調査を行ったのは、アイオワ州立大学とテキサスA&M大学の共同研究チーム。大学の動物病院を受診した犬の中から、原因不明の髄膜脳脊髄炎を発症した犬と、品種や年齢層は同じだけれども発症していない犬をリクルートし、発症要因に関する比較調査を行いました。 犬の脳と脳脊髄膜の位置関係模式図  発症グループ20頭と対照グループ20頭から糞便サンプルを採取し、かねてから当症との関連性が指摘されていた「Faecalibacterium prausnitzii」と「Prevotellaceae」という腸内細菌の量を調べた所、「Prevotellaceae」が豊富な犬において発症リスクが低下することが明らかになったといいます。以下に示すのは「Prevotellaceae」の量と発症リスクの関係です。数値は「オッズ比」(OR)で、標準の「1」よりも数字が大きいほど発症リスクが高いことを意味しています。
Prevotellaceaeと発症リスク(OR)
  • 少ない→7.0
  • 中間→1.0
  • 多い→0.4
Prevotellaceaeの菌量と特発性髄膜脳脊髄炎の発症リスク  こうした結果から調査チームは、特発性の髄膜脳脊髄炎には「Prevotella種」が何らかの形で関わっている可能性が高いとの結論に至りました。ただし因果関係が立証されたわけではなく、全く無関係な腸内細菌と免疫機構との間に起こった相互作用の結果として、たまたまこの細菌が増えたという可能性も否定できないとのこと。その場合、治療法や予防法として「Prevotella種」を増やすようなアプローチを採用しても全く無意味ということになります。
The Association of Specific Constituents of the Fecal Microbiota with Immune-Mediated Brain Disease in Dogs.
Jeffery ND, Barker AK, Alcott CJ, Levine JM, Meren I, Wengert J, et al. (2017) PLoS ONE 12(1): e0170589. doi:10.1371/journal.pone.0170589

解説

 自分の体に対する免疫反応が、ある種の腸内細菌叢によって調整されているのではないかという仮説はかねてからありました。例えばワイルドタイプ(人間が調整していないタイプ)のマウスは自己免疫性脳炎を発症するのに対し、無菌状態のマウスは発症しないとか、抗生物質を投与して腸内細菌叢を変化させることによって自己免疫性脳炎を発症するなどです。また人医学の分野では「F. Prausnitzii」と「Prevotella」のどちらか一方、もしくは両方が減少すると、自己免疫反応を抑制することによって多発性硬化症の発症リスクが下がるという可能性が示されています。
多発性硬化症
 多発性硬化症とは、脳や脊髄に含まれる神経細胞の髄鞘が消失していく難病の一つ。神経細胞同士をつなぎ合わせている電気ケーブル(軸索突起)から髄鞘が失われると、信号の伝達が滞り、様々な障害が引き起こされる(→出典)。
 こうした既知の事実から調査チームは、髄膜脳脊髄炎を発症した犬の糞便中では「F. Prausnitzii」と「Prevotella」が少なくなっているはずだという仮説を立てて検証に臨みました。しかし出てきた答えは仮説とは違い、「F. Prausnitzii」の量は発症とはあまり関係がなく、「Prevotella」が多いほど発症リスクが下がるという意外なものでした。「Prevotellacea」が生体内において担っている役割はよくわかっていませんが、酪酸塩を生成するという発酵性が自己免疫疾患に対する抵抗性につながってるのではないかと考えられています。一例としては、酪酸塩がTreg(ティーレグ)細胞の分化を促し、過剰な免疫応答を抑制しているなどです。
 「Prevotellacea」以外では、「都市部の生活」が発症リスクを1.8倍に高めていることが明らかになりました。しかし今回の調査では、犬の生活環境に関する細かな調査が行われていないため、「都市部の生活」が具体的に何を指し示しているのかはよくわかっていません。人医学の分野では、ある特定地域における多発性硬化症の発症リスクが高く、特にビタミンDステータスとの関連性が指摘されています。その他、綺麗すぎる衛生環境による免疫機構の弱体化、汚染物質への頻繁な暴露といった可能性がありますが、よくわかっていないというのが現状です。
 人間における多発性硬化症と犬の特発性髄膜脳脊髄炎は病理学的に共通する部分が多いと言います。「Prevotellacea」が発症に直接関わっているのか、それとも単なる副産物なのかを解明できれば、両疾患に対して「腸内におけるPrevotellaceaの相対量を増やす」といった斬新なアプローチ法が実現するかもしれません。 犬の髄膜脳炎