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犬のアスペルギルス症~病態・症状から原因・検査・治療法まで

 犬のアスペルギルス症について病態、症状、原因、治療法別に解説します。病気を自己診断するためではなく、あくまでも獣医さんに飼い犬の症状を説明するときの参考としてお読みください。

アスペルギルス症の病態と症状

 アスペルギルス症とはアスペルギルス属(Aspergillus)の真菌によって引き起こされる感染症のことです。 アスペルギルス菌の顕微鏡写真  アスペルギルス属は土壌や腐葉土に偏在するありふれた菌で、200種以上が確認されています。撥水性の分生胞子が空中に容易に拡散するため呼吸を通じて肺に取り込むことは避けられませんが、通常は免疫応答や粘膜の自浄作用で駆逐されます。しかし何らかの理由で免疫力が下がった個体においては日和見感染を起こし、局所~全身性の症状へと発展してしまいます。
 犬で多いのは鼻腔内に発症する「鼻副鼻腔型」および全身に発症する「播種(はしゅ)型」です出典資料:Renschler, 2020 | 出典資料:Sharman, 2012)。

鼻副鼻腔型の症状

✅中頭種と長頭種に多い
✅好発品種や性差は確認されていない
✅全年齢層が罹患するが若年~中年層に多い
✅症状は非特異的で咳やくしゃみなど上気道感染症の症状が数ヶ月から数年にわたって継続することもある
✅粘膜膿性の鼻汁(片側性 or 両側性)はやがて血を含むようになり鼻鏡が脱色する
✅宿主自身の免疫応答や組織溶解性カビ毒による鼻甲介、眼窩周辺の軟部組織、篩板の崩壊が起こり、鼻血が重症化して貧血を引き起こすこともある
✅顔面変形、流涙症、中枢神経への侵入に伴う引きつけ
✅共存症として多いのは顔面外傷、鼻腔内異物、歯牙疾患

播種型の症状

✅品種ではジャーマンシェパードに多い
✅性別ではメスに多い
✅症状は非特異的で元気喪失、体重減少、脳内侵入に伴う中枢神経症状、筋骨格病変に伴う運動失調など
✅椎間板、骨、胸部リンパ節、気管支、肺、腎盂などが侵され、四肢の痛み、荷重不全、脊柱の痛み、不全対まひ・対まひ、運動不全、知覚鈍麻、精神作用の鈍麻、視野障害、ぶどう膜炎、咳、慢性嘔吐、脾臓・リンパ節・腎臓の肉芽腫など感染部位に応じた多様な症状を引き起こす

アスペルギルス症の原因

 アスペルギルス属が日和見感染を起こす一因は宿主の免疫力低下です。代表例としては先天性のIgA減少、免疫抑制剤の投与、若齢・老化による免疫不全などが挙げられます。原因菌として多いのは以下です出典資料:Elad, 2018)

鼻副鼻腔型の原因

多いのはAspergillus fumigatusでまれにA. flavus。A. fumigatusが産生する菌毒(グリオトキシン、フマギリン、helvolic acidなど)や代謝産物には粘膜繊毛の浄化作用、食細胞による食作用、宿主細胞の増殖を阻害する働きがある

播種型の原因

多いのはAspergillus terreus。レアケースでは
  • A. carneus
  • A. alabamensis
  • A. deflectus
  • A. fumigatus
  • A. niger
  • A. flavus
  • A. flavipes
  • A. versicolor

アスペルギルス症の検査・診断

 播種性であれ鼻副鼻腔性であれアスペルギルス症の確定診断は容易ではなく、複数の検査結果を組み合わせて総合的に判断することが求められます出典資料:Renschler, 2020)。2011~2021年の期間、英国内にある23の二次診療施設に蓄積された鼻副鼻腔型アスペルギルス症475例のデータが解析されました出典資料:C.Prior, 2024)。診断補助テストが実施された312例に絞って調べたところ、感度(陽性を陽性と判断する確率)に関しては細胞診67%、菌培養59%、組織学検査47%、PCR検査71%だったといいます。
 アスペルギルス症の診断過程で行われる主な検査は以下で、悪性腫瘍、異物迷入、歯牙疾患に伴う鼻炎、特発性リンパ形質細胞性鼻炎との鑑別診断が重要となります。
アスペルギルス症の検査法
  • 鼻腔鏡・副鼻腔鏡検査鼻甲介崩壊 | 粘液性鼻汁 | 菌プラーク
  • 全血球計算正球性正色素性貧血 | 白血球増加 | 好中球中毒
  • 血清生化学高グロブリン血症 | 高窒素血症 | 高カルシウム血症 | 低アルブミン血症
  • 尿検査等張尿 | 血尿 | 膿尿症 | 菌糸の視認(尿沈渣)
  • 組織学検査化膿性肉芽腫炎
  • 菌培養A. terreusではアレウリオ型分生子を視認できる
  • 脳脊髄液検査神経症状を示す患犬では脳脊髄液の髄液細胞増加
  • エックス線検査鼻甲介崩壊 | 椎間板脊椎炎 | 骨髄炎 | 肺門リンパ節腫脹
  • 腹部超音波検査腎臓(腎盂腫・膨張した腎盂内のデブリ、結節、腫瘤) | 脾臓 | リンパ節 | 肝臓
  • MRI検査軟部組織の評価 | 神経症状は非特異的
  • CTスキャンアスペルギルス症を発症した犬の鼻腔における鼻甲介崩壊像 鼻腔の骨化過剰症や骨溶解 | 鼻甲介崩壊 | 粘膜肥厚 | 上顎骨、鋤骨、前頭骨の肥厚 | 篩板の評価
  • 抗体検査血清に含まれるアスペルギルス抗体を検知する(鼻副鼻腔型においては有効だが全身性では実用性がない)
  • 抗原検査血清、尿、気管洗浄液に含まれるガラクトマンナン抗原を検出する(播種型を発症した犬を対象とした2012年の調査ではGMI≧0.5をカットオフと設定した場合、感度が血清92%、尿88%、特異度が血清84%、尿92%)

アスペルギルス症の治療・予防

 アスペルギルス症の発症部位が限局的な鼻副鼻腔型では局所投薬治療、全身に渡る播種型では全身投薬治療が選択されます出典資料:Renschler, 2020 | 出典資料:Sharman, 2012)。

鼻副鼻腔型の治療

 人においては鼻副鼻腔型に対する内視鏡下での菌プラーク除去が行われますが、犬に対してはアゾール系の抗菌薬投与が行われます。この薬は菌細胞膜を構成するエルゴステロールの生合成を阻害する一方、局所投薬で組織溶解、肝毒性、皮膚血管炎などの副作用が報告されています。
 局所投薬の一例は前頭洞への永続的カテーテル留置術、内視鏡での一時的なカテーテル設置、前頭洞穿頭術、粘性の高い抗菌クリームを塗布して接触時間を増やすなどです。 鼻副鼻腔型アスペルギルス症を発症した犬に対する前頭洞カテーテル留置術

播種型の治療

 多臓器が侵された重症例では中枢神経症状、痛み、呼吸困難などを理由に安楽死が選択されることもあります。
 より軽い症例ではイトラコナゾール、アムホテリシンB、テルビナフィンなどが全身投与されます。人医学で用いられる新興のアゾール薬はまだ高額なため、一部のジェネリック薬を除いて獣医療では転用されていません。