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犬の黒目がちでつぶらな瞳に隠された秘密

 チンパンジーと比べ、平和主義で知られるボノボは目の虹彩(黒目)部分が濃いと言われています。祖先種であるオオカミより友好的なイエイヌにも同じ特徴は当てはまるのでしょうか?

犬の瞳が持つ目ヂカラ

 調査を行ったのは帝京科学大学アニマルサイエンス学科のチーム。平和主義で知られるボノボは目の虹彩(黒目)部分がチンパンジーに比べて濃いという事実に着眼し、同じく平和主義で友好的なイエイヌにも同じ形態的な特徴があるかどうかを検証しました。

調査方法

 調査1では自然光が差す屋外環境で撮影されたイエイヌの写真88枚と、イエイヌの祖先種であるハイイロオオカミの写真22枚を用意し、両者の虹彩と瞳孔のコントラスト値をLab色空間(L=グレースケール/A=赤-緑/B=青-黄色)と呼ばれる色のバロメータを用いて比較しました。
 調査2ではイエイヌの写真を両目とマズルを含む形に編集し、描画ソフトを用いて虹彩を濃い色と薄い色に加工しました。モデルになったのは非純血種6頭のほか、ラブラドールレトリバー、柴犬、ヴィズラ、ワイマラナー、ウェルシュ・コーギーペングローブが各1頭ずつです。 虹彩の形状だけが異なる犬の画像  加工した画像は口コミなどを通じてリクルートした参加者に提示され、受けた印象を元に2項対立式の10問に回答してもらいました。具体的には以下です。
友好性・攻撃性軸
  • 非攻撃的/攻撃的
  • 不安/のんびり
  • 非友好的/友好的
  • 不親切/親切
  • 非社交的/社交的
未熟・成熟軸
  • 自信がない/自信がある
  • 独立的/依存的
  • 賢くない/賢い
  • 未熟/成熟
  • 信用できない/信用できる
 さらに「画像中の犬とどのくらい交流したいと思いますか?」という問いに対し0~5までの6段階、「画像中の犬をどのくらい飼いたいと思いますか?」という問いに対し0~3までの4段階で回答してもらいました。
 調査3では調査2の再現性を確かめるため、同様のアンケート調査が参加者を替えて行われました。また調査2では元画像の12ペアの中から3ペアを選出して4バージョンのアンケートが紙に印刷されましたが、調査3はオンラインで行われました。

調査結果

 以下は主な調査結果です。

調査1の結果

 調査1の結果、イエイヌとオオカミの虹彩瞳孔コントラスト値はLとAにおいてのみ統計的に有意な差が認められ、概して犬の目の方が濃くて赤みがかっていることが明らかになりました。 オオカミと犬の目の比較画像

調査2の結果

 調査2では帝京大学の学生を中心とした合計76名(女性40名+男性34名+性別未回答2名/18~38歳で平均21.7歳)が回答しました。その結果、目(虹彩)の色が濃い場合、友好スコアが高く成熟スコアが低く評価されることが明らかになったといいます。また犬の性格特性に関する10問に関しては、以下の項目において「虹彩色が濃い>虹彩色が薄い」という統計差が確認されました。
目の色が濃い犬の性格特性
  • のんびり
  • 友好的
  • 親切
  • 社交的
  • 非攻撃的
  • 自信がない
  • 依存的
  • 賢くない
  • 未熟
  • 信頼できない
 犬に対する能動的な態度に関しては「交流したい」にしても「飼いたい」にしても、目の色の影響は見られませんでした。一方、犬の友好スケールが高く評価された場合、「交流したい」も「飼いたい」も高まることが判明しました。なお成熟度スケールの態度に対する影響は確認されませんでした。

調査3の結果

 調査3では合計66名(女性41名+男性25名/18~68歳で平均39.6歳)が回答しました。このうち50名は大学とは無関係の人たちです。
 再現性を確認した結果、やはり目(虹彩)の色が濃い場合、友好スコアが高く成熟スコアが低く評価されることが判明しました。また犬の性格特性に関する10問に関しては、調査2と全く同じ項目において「虹彩色が濃い>虹彩色が薄い」という統計差が確認されました。
 犬に対する能動的な態度に関しては「交流したい」にしても「飼いたい」にしても、目の色の影響は見られませんでした。一方、犬の友好スケールが高く評価された場合、「交流したい」も「飼いたい」も高まることが判明し、調査2と同じ結果となりました。なお成熟度スケールは「飼いたい」という態度に影響しており、この点においてのみ調査2との違いが認められました。
Are dark-eyed dogs favoured by humans? Domestication as a potential driver of iris colour difference between dogs and wolves
Konno A, Aoki H, Suzuki E, Furuta S, Ueda S. 2023, R. Soc. Open Sci. 10: 230854, DOI:10.1098/rsos.230854

自己家畜化か選択圧か

 犬の目(虹彩)の色がオオカミのそれより濃いことがわかりました。この特徴は環境に応じて犬自身が残したものなのでしょうか?それともある意図を持った人間によって選び抜かれた結果なのでしょうか?

犬の目が濃くなった理由

 調査1の結果、イエイヌの虹彩色は祖先種のそれより濃いことが客観的に確認されました。
 野生生物が人間との共同生活に適応するため自らの有利な特性を選別していく自己家畜化仮説では、人間とともに日照時間が長い南方に移住したため、眼球を紫外線から守るメラニンの発達した個体が自然と残ったという解釈があります。また人間に受け入れやすい非攻撃的で穏やかな個体が残った結果、虹彩の色が濃くなったのだとすると、虹彩が濃くなることで瞳孔(眼球中央にあり光を取り込む小さな穴)との境界線が不明瞭となり、対峙した対象に脅威を感じさせにくくなったことが関係しているのかもしれません。この仮説は「小さい瞳孔はネガティブな印象を与える」という実証的な事実に基づいています。
 人間が「人懐こい」という無形の特性を家畜化の過程で選別していった副産物として虹彩が濃くなったとする神経堤細胞仮説では、目の色は単なる偶然の産物であると解釈されます。しかし家畜化された動物の色素は一般的に薄くなるため、逆に色が濃くなるという現象は不自然であり、やはりどこかで人為的な介入があった可能性をうかがわせます。この「人為的な介入」がなぜ起こったかに関しては調査2および3の結果が示唆に富みます。

人が犬の目の色を変えた?

 調査2と3により、虹彩の色が人の印象に影響することが判明しました。大まかにまとめると「虹彩が濃いと友好的で未熟と判断されやすい」となります。そしてこの印象は家畜化の過程で犬を選択繁殖する際の強力な決定因になりそうです。
 上記した印象を生み出す原因としては「虹彩と瞳孔の境界線が分かりにくくなり、ネガティブな印象を受けにくい」というものが想定されています。根拠は先行調査で報告されている「小さい瞳孔はネガティブな印象の他、成熟という印象を与える」という事実です。
 また「強膜(白目)が見えないため黒目がちな目と錯覚し、幼児性を感じる」という仮説も印象を生み出す有力候補の1つです。こちらは「黒目の比率は幼児で高い」という事実に根ざしています。
 さらに「自分に似ているものに親近感を抱くなじみ効果の一種」という考えもあります。ただしこれは目の色が濃いアジア人に限定した場合の仮説であり、立証には目の色が薄い西洋人を交えた比較調査が必要です。

犬の魅力は目だけじゃない

 少し意外だったのは、目の色が見る人の態度(交流したい・飼いたい)にまでは影響していなかった点です。態度を決める因子には「かわいい」とは別のなにかがあるのかもしれませんし、脳科学的な根拠があるのかもしれません。
 前者に関しては保護施設に収容された猫のベビースキーマ(幼児性の度合い)と施設滞在期間に関連がなかったという先行報告があります。また後者に関しては、動物の写真から「かわいい」という感想は抱くが、人間の赤ちゃんを見た場合と脳内の報酬システムの活性度が違うという興味深い報告があります。
ペットショップで子犬を衝動買いする来店客にも、「かわいい」だけで財布を開かないだけの冷静心がほしいところですが…。店員にそそのかされて抱っこしてしまうとそうもいかないんですかね。