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経鼻胃管の誤挿入による犬の気胸症例

 栄養や水分を強制的に胃内に送り込む際に行われる経鼻胃管挿入。症例自体は少ないものの、気管内に誤挿入して医原性の気胸を発症した場合、死亡率がかなり高くなる可能性が示されました。

経鼻胃管挿入に伴う医療事故

 経鼻胃管挿入とは鼻の穴からチューブを挿入し、先端を胃内に到達させる施術のこと。栄養、水分、薬剤、造影剤の流し込みのほか、胃内減圧や胃残留量計測を目的として行われます。 犬の経鼻胃管挿入  食道切開が必要な食道瘻造設術に比べて体への負担が小さい一方、人医学では合併症として鼻出血、鼻炎、気管気管支内へのチューブ迷入、気管穿孔、気胸、肺出血、腸管穿孔などが報告されており、必ずしも安全というわけではありません。また犬においてはチューブの誤設置による合併症(気胸)で死亡したケースも少数ながら報告されています出典資料:J.Rodriguez-Diaz, 2021)

調査対象

 今回の調査を行ったのはフロリダ大学獣医学校を中心とした複数の大学からなる共同チーム。2017年1月から2022年7月までの期間、4つの獣医療施設において経鼻胃管もしくは経鼻食道管の気管気管支内誤挿入で気胸を発症した症例を回顧的に集め、その特性を解析しました。
 対象期間中、合計4,777頭の患犬たちが経鼻胃管もしくは経鼻食道管の挿入術を受け、そのうち14頭(0.3%)で気胸が確認されました。医療データに不備があった1頭を除外した残り13頭の体重中央値は7.4kg(1.87~28.2kg)でした。

調査結果

 気胸症例は全て経鼻胃管に起因するもので、経鼻食道管の例は1つもありませんでした。
 誤挿入による呼吸困難は13頭中9頭で認められ、挿入直後が3頭、17分後が1頭、残りは不明という内訳でした。また応急処置として肺の中の空気を抜く胸腔穿刺が11頭に対して行われました。
 心肺停止は5頭で確認され、心肺蘇生が行われた3頭では全頭が心拍再開(ROSC)に達しました。
 無事に回復して退院にまでこぎつけた犬が5頭いたのに対し死亡した犬が8頭おり、そのうちチューブ誤挿入が原因であることが明白な症例(安楽死含む)は5頭、不明が1頭、誤挿入とは無関係が2頭(ともに安楽死)でした。
Outcomes, including death, in dogs with pneumothorax following nasogastric feeding tube misplacement in the tracheobronchial tree: 13 cases (2017 - 2022)
Journal of the American Veterinary Medical Association(2023), Adesola Odunayo, Meredith't Hoen, Jacob Wolf, Kristen Marshall, Kara Osterbur, DOI:10.2460/javma.22.12.0585

症例は少ないが死亡率は高い

 今回の調査により、チューブの誤挿入を原因とする気胸自体は少ないものの(0.3%)、一度発症すると死亡率は非常に高くなる(41%, 5/13頭)傾向が確認されました。

万全を期すならエックス線

 挿管に際しては陰圧にすることで胃内か気管内かを簡易判定する方法が採用されますが、人医学では正答率が53%との報告もあり、それほど信頼できる確認法ではないようです。その他、胃内容物の吸引、カプノグラフィ、超音波検査などの代替法があるもののそれぞれに難点があるため、調査チームはゴールドスタンダードとして側面エックス線撮影でチューブの位置を目視確認する方法を提唱しています。 誤挿入した経鼻胃管の位置を調整した直後における胸部エックス線画像  具体的にはチューブを胸郭入り口まで挿入した時点で側面からエックス線撮影し、しっかり食道内にあることを確認するというものです。

施術から20分間は油断大敵

 誤挿入の明確なサインである呼吸困難が、挿入直後~17分後に集中して起こっていたことから調査チームは、施術から少なくとも20分間は慎重なモニタリングが必要であると注意を促しています。最悪の状況を想定し、胸腔穿刺や心肺蘇生の準備をしておくことが重要だとも。
 ちなみにポリウレタン製のチューブは柔軟性が高くて臓器粘膜を傷つけるリスクが少ない反面、気管内などの狭い空間にも迷入しやすいから注意が必要です。
症例自体が少ないため救命例と死亡例を分け隔てるファクターが何であるかまでは分かりませんでした。万が一の事態に備え、可能であればエックス線による確認作業を施術に加えた方が無難です。