トップ2023年・犬ニュース一覧6月の犬ニュース6月2日

犬のしつけに文脈緩衝効果は有効か?

 複数の動作を順不同で練習した方が本番におけるパフォーマンスが向上する「文脈緩衝効果」。人間で認められているこの学習効果は、犬のしつけにおいても有効なのでしょうか?

犬の訓練と文脈緩衝効果

 文脈緩衝効果(Contextual Interference Effect)とは複数の動作を訓練する際、ブロックごとに行うよりもランダムで行った時の方が、訓練時におけるパフォーマンスが落ちる代わりに本番におけるパフォーマンスが向上する現象のこと。テニスを例にとると以下のようになります(S=サーブ/F=フォアハンド/B=バックハンド)。 ブロックトレーニングとランダムトレーニングの違い  この文脈干渉効果は犬においても見られるのでしょうか。仮に見られるのだとするとどのような形での応用が考えられるのでしょうか。ニューヨーク市立大学ハンター校付属の「Thinking Dog Center」がこの疑問に答えるための検証実験を行いました。

調査対象

 参加条件を「4ヶ月齢以上/おやつによる動機づけができる/攻撃性がない/試験で用いるタスクに関する予行演習がない」と設定した上で募集した結果、ボランティアベースで17頭の犬たちが選考に残りました。
 次に犬たちは以下のようにランダムで4つのグループに分けられました。「B」は順番固定のブロック形式、「R」は順不同のランダム形式のことで、左側が規定タスクを会得するときのプログラム、右側が会得したタスクを再現するときのプログラムです。
訓練デザイン
  • B-B=5頭
  • B-R=4頭
  • R-R=3頭
  • R-B=5頭

調査方法

 規定タスクとして「あご乗せ」「足乗せ」「スピン」の3つが採用されました。難易度勾配の妥当性は複数の試験で確認済みです。
規定タスク
  • あごのせ指示者の手のひらにあごを乗せる(難易度低)
  • 足のせ規定の台(55.88?×?30.48?×?10.16?cm)の上に両前足を乗せる(難易度中)
  • スピンその場で時計回りに360度回転する(難易度高)
 タスクをマスターする「会得フェーズ」では1つのタスクごとに24セッションが用意され、ブロックとランダムによって以下のようなプログラムが組まれました。また成功時には「よし!」という褒め言葉と同時にご褒美が与えられ、行動が強化されました(正の強化)。 タスク会得フェーズにおけるブロックおよびランダム形式の模式図  会得したタスクを再現する「保持テスト」は「会得フェーズ」の翌日に行われ、18回のトライアルが実施されました。ブロックでは「あご乗せ6回→足乗せ6回→スピン6回」の固定順、ランダムでは各タスクが6回ずつ再現されるよう順不同で指示されました。なお1トライアルでは1回目の指示で失敗しても2回目で成功すれば再現成功とみなされました。

調査結果

 文脈緩衝効果が十分に発揮された場合、ランダム群の会得フェーズにおけるパフォーマンスが下がり(=会得までに時間がかかり)、逆に保持テストにおけるパフォーマンスが上がる(=スムーズに再現できる)はずです。
 調査チームがタスクごとのパフォーマンスを統計的に比較したところ、当初の予測とは違いタスク間における格差は認められなかったと言います。認められた特徴は、会得フェーズがブロックだろうとランダムだろうと、保持テストをブロック形式で行った方がスムーズにタスクが遂行されるという点でした。
A preliminary examination of the contextual interference effect on trained trick retention in domestic dogs
Maddie G. Messina, Gal Ziv, Sarah-Elizabeth Byosiere, Journal of the Experimental Analysis of Behavior, DOI:10.1002/jeab.858

文脈緩衝効果はそもそもない?

 文脈緩衝効果は「難易度が高まるに連れ効果が薄れていく」という特徴を有しています。難易度にはタスクが内包している「名目上の難易度」と遂行する実施者のスキルレベルや実施時の環境による「機能的難易度」とがあり、当調査では実施環境と犬たちのスキルレベルを統一することでこれらが調整されました。

そもそもないのか消えたのか

 実験の結果、会得フェーズにおける形式がブロックでもランダムでもパフォーマンス(会得+保持)に影響を及ぼさないことが判明しました。これは犬にそもそも文脈緩衝効果がないことを意味しているのでしょうか?それともタスクの難易度が高まったことにより効果が薄れたことを意味しているのでしょうか?
 もし後者が正解の場合、難易度が低い「あご乗せ」ではグループ格差が認められ、難易度が高い「スピン」ではグループ格差が消えるはずです。しかし実際は難易度に関わらずパフォーマンスへの影響は見られませんでした。この事実、および保持テストではブロック形式の方が成績が良いという事実から「犬にそもそも文脈緩衝効果がない」方が正解に近いのではないかと推測されます。

犬のしつけへの応用

 予備調査段階の現時点で言えることは犬に複数の行動をランダムでマスターさせてもパフォーマンスが落ちることはないという点です。
 例えば1日10~15分のトレーニングを行う場合、1つのタスクだけ延々とやらせても複数のタスクをやらせても犬の学習速度や再現能力は変わりませんので、犬や飼い主のお好みに合わせてプログラムを組んでも支障はないと考えられます。
 ただしマスターした行動や動作を再現させる際はブロック形式で成績が向上するようですので、犬に成功体験を焼き付けて行動を強化したい場合は、同じ指示を繰り返し出した方が効率的かもしれません。
当調査はまだ予備段階です。後続調査で結果が覆る可能性もありますので、頭を柔軟にしておきましょう。 犬のしつけの基本理論