トップ2023年・犬ニュース一覧1月の犬ニュース1月14日

犬の音源定位能力~定説より最小可聴角が小さい可能性あり

 音の発生源を耳だけで探り当てる能力は音源定位能力と呼ばれます。過去に行われた実験では7~8度程度と推測されていましたが、実験方法を洗練した結果、従来の定説よりも精度が高い可能性が示されました。

犬の音源定位テスト・改

 調査を行ったのはイタリアにあるパドヴァ大学のチーム。音の発生源を聴覚だけから探り当てる音源定位能力を検証するため、可能な限り雑音が入ってこない部屋を用いた観察実験を行いました。

調査方法

 調査に参加したのは年齢、性別、耳の形がバラバラな10頭の犬たち(平均4歳)。簡便さを優先し、大学職員や学生が飼っている犬たちの中から「臨床上健康で食べ物による動機づけできること」を最低条件にリクルートされました。
 大学内にある一室(5.8m × 4.7m)に防音・反響対策を施し、下図のように音の発生源を自由に調整できるセッティングを用意しました。 犬の音源定位テスト・セッティング模式図  犬の頭が定位置から動かないよう中央にヘッドレストを取り付け、右側もしくは左側から出る音(ホワイトノイズ/65dB)に反応したらご褒美がもらえるという関連性を、オペラント条件づけを通して学習させました。
 音が真横から聞こえた場合は発生源の特定も簡単ですが、音源が真後ろに近づくほど左右どちらから音が聞こえたのかが判別しにくくなっていくという仕組みです。実験に際しては音源を弁別できるギリギリのラインを見極めるため、弁別を間違えたタイミングでほんの少しだけ難易度を下げて再チャレンジさせる「階段方式(staircase method)」が採用されました。以下基本用語です。
用語解説
  • テストセッション1セッションは「ななテなテなテなテなテなテな」という14トライアルから構成される。
    ・な=ならし(120度固定)
    ・テ=テスト(1~30度のどれか)
  • リバーサルセッションテストセッション中に含まれる6回のテストトライアル中、2回以上間違えたら不合格とし、合格から不合格に転じたセッション、もしくは逆に不合格から合格に転じたセッションを「リバーサルセッション」と定義する。
  • 粗調整フェーズヘッドレストから3mほど離れた音の発生源を10度もしくは10度に最も近い合格角度をスタート地点とし、そこから1度刻みで角度を調整していく。犬が合格から不合格に転じたら1度角度を戻し、合格したらまた角度を1度だけ0度に近づける。リバーサルセッションが10回蓄積するまでこの工程を繰り返す(※原文ではdescending assessmentと表現されている)。
  • 微調整フェーズ粗調整フェーズで得られたリバーサルセッションのデータ(最後の6回)から各犬の平均角度を算出し、この角度より1度マイナスした角度をスタート地点として、そこから1度刻みで角度を調整する。犬が合格から不合格に転じたら1度角度を戻し、合格したらまた角度を1度だけ0度に近づける。リバーサルセッションが10回蓄積するまでこの工程を繰り返す(※原文ではascending assessmentと表現されている)。
 微調整フェーズで得られたリバーサルセッションのうち、最後の6回(最大角と最小角が3度以上離れていないことが条件)を平均化したものが各犬の最小可聴角、つまり聴覚だけで変化を弁別できる最小の角度とされました。

調査結果

 最小可聴角(Minimum Audible Angle, MAA)は犬によって1.3 ± 0.5~13.2 ± 1.2度と幅があり、平均値は7.6 ± 3.4度でした。
 粗調整フェーズでは最終的に平均25.1回のセッションが行われ、そのうち11.1がリバーサルセッションでした。最初の4セッション(以後B1)における平均角度が11.8 ± 1.1度だったのに対し、最後の4回(以後B2)におけるそれが9.6 ± 1.0度となり、この差は統計的に有意と判断されました。
 一方、微調整フェーズでは最終的に平均19.2回のセッションが行われ、そのうち10.8回がリバーサルセッションでした。最初の4セッション(以後B3)における平均角度が7.7 ± 1.2度だったのに対し、最後の4回(以後B4)におけるそれが7.4 ± 1.1度となり、この差は統計的に有意とは判断されませんでした。
 ゴールに到達するまでの時間を計測したところ、B1(2.4秒)に比べてB4(2.2秒)の方が有意に短くなっていることが判明しました。
Sound Localization Ability in Dogs
Cecile Guerineau, Miina Looke, et al., Vet. Sci. 2022, 9(11), 619; DOI:10.3390/vetsci9110619

MAAの個体差を生むもの

 犬の最小可聴角(MAA)に関する先行調査はいくつかありますが、今回と同じように犬のリアクション(=音源に近づく)を正解と不正解の基準にしたものは2つしかありません。しかも実験に参加したのが2頭と1頭だけと極めて少ないため、結果を犬全体に押し広げるには無理があります。今回の調査では10頭の犬が参加しましたので、少なくとも過去のデータよりは一般化しやすいでしょう。
 犬のMAAに関し、純音を用いた先行調査では7度、ノイズバーストを用いた調査では8度だったと報告されており、当調査では平均が7.6度でしたので、過去データを追認する形となりました。一方、個体差も同時に確認され、中には1.3度という極めて微妙な角度差を弁別できる犬もいたとのこと。
 MAAの個体差に関し調査チームは、頭蓋の形状や網膜におけるベストヴィジョン領域が関わっている可能性に言及しています。

犬の頭蓋の形状

 音源の定位には右の耳と左の耳に音が入ってきたタイミングの違いである「両耳間時間差」や、音の強さの違いである「両耳間レベル差」が重要です。
 頭蓋が大きいほど左右の耳の距離が遠くなりますので、体が大きな犬種ほど両耳間時間差が際立ち、結果として音源定位能力も向上すると推測されます。
 今回の調査でも犬たちの頭の形と耳の距離が計測されましたが、予想に反しMAAとの間に明白な関連性は認められませんでした。しかしサンプル数が10頭と少ないため、より多くの犬を対象として改めて実験をすると何かしらの因果関係が見えてくるかもしれません。なお実験に参加した犬たちの中には立ち耳のものも垂れ耳のものもいましたが、やはりMAAとは関連していなかったとのこと。

犬の網膜の違い

 人間を含む24種の哺乳類を対象とした調査では、網膜の中で神経節細胞を少なくとも75%の割合で含んでいるベストヴィジョン領域の幅の違いで、動物種間のヴァリエーションの83%を説明できるとしています。簡潔に言うとベストヴィジョン領域(BV)が狭いほど最小可聴角(MAA)が小さいという関係性で、動物によって以下のようなデータが報告されています。
動物のBVとMAA
  • ウシ:BV132度/MAA30度
  • 犬:BV5.1度/MAA7.6度
  • 猫:BV4.9度 /MAA5.7度
  • 人:BV0.75度/MAA1.3度
 犬のBVは5.1度で、当調査によりMAAが7.6度と判明しましたので、ちょうどウシと猫の中間地点に位置することになります。この結果はBVが狭いほどMAAが小さくなるという仮説に矛盾しません。
 BVとMAAの関係性については、進化上の適応的な意味が想定されています。例えば捕食動物はBVが狭いかわり両眼視野が広く、またMAAが小さいため対象(獲物)の位置を正確に把握できます。逆に草食動物はBVの広さに連動して単眼視野が広くなり、MAAが大きいため対象(捕食者)の大まかな位置だけがわかります。
 こうした特徴は「肉食動物→捕食」と「草食動物→逃走」という、それぞれのライフスタイルにうまく適応した結果だと考えられます。捕食者は獲物の正確な位置をピンポイントで把握する必要があるのに対し、被捕食者は敵の大まかな位置をすばやく察知してとっとと逃げるのが得策ということです。
 実は長頭種の犬と短頭種の犬とでは、網膜内のBVに解剖学的な違いがあり、前者は草食動物に近く、後者は肉食動物に近いとされています出典資料:McGreevy, 2004)。BV領域とMAAとの間に関連性があるのだとすると、BV領域に違いがある犬でMAAに個体差が生まれるのもうなづけます。今調査で確認された1.3~13.2度というレンジにも、網膜の個体差が関係しているのかもしれません。ただし結論を導くためにはより多くの犬を対象とした実験を改めて行う必要があります。